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古の竜と白薔薇の姫  作者: 芦屋莉雨
白い薔薇の城
2/19

 バシャッ。地面に溜まった水が跳ねて、私のブーツを濡らす。けれど、そんなことに構っている場合ではない。


 銀色の、長い髪をなびかせながら、狭い路地裏をすり抜けるように走る。チラリと後ろを気にしながら時々スピードを落として、私を追いかけてくるモノを見失わないように誘導する。


 ーー屍人(アンデッド)。そう呼ばれるモノ。死体を、人形のように操る、禁忌の呪術。自我は無く、ただ操られるまま、もしくは屍人としての本能のように、生きる人間の肉を喰らう為に襲う。


 屍人を殺せるのは、宝石竜(ジュエル・ドラゴン)と呼ばれるこの世界の均衡を保つ竜の体内で形成された、特別な宝石(ジュエル)の力、もしくは宝石竜そのものの魔力だけ。


 何度目かの曲がり角を曲がると、行き止まりで足を止める。月明かりが、私と唸り声をあげながらゆっくりと近付いてくる屍人を照らす。


 それから、屋根の上に居る人間の影を落とす。


 黒い大鎌を構えたその影が、対峙する私と屍人の間へと、屋根から降りてくる。そのまま黒い大鎌を屍人に振るう。屍人はギャッ、と短い声をあげてサラサラと、砂へ姿を変えて地に落ちる。


「お疲れ、ルイ。」


 ふぅ、と息を吐いて私に向き合う男。大鎌は、影が溶けていくかのようにふわりと漂って消える。


「私を囮に使ったんだから、何か収穫はあったんでしょうね、アル。」


 ジトリ、と睨み付けながら問えば、肩まで伸ばした金髪を、後ろで雑にひとつにまとめ、端正な顔立ちをした青年は「あー」だの、「えーと」だの煮え切らない返事をしてくる。そんな簡単に収穫があるんだったら苦労しないのはわかってるけど。雨上がりの足場が悪い中走り回ってブーツが泥だらけになったからこれくらいの意地悪は許してくれてもいいと思う。


「……収穫は何もありません」

「…ま、良いけど」


 砂になり、崩れ落ちた屍人の横にしゃがんで、手で砂を掻き分ける。コツンと手に物が当たる感覚。その箇所の砂をどけた下から出てきたのは赤いバラの彫刻が刻まれた小さな楔。


「やっぱりローザか?」

「こんな悪趣味で高度な呪術使うの、あの女以外に居ないでしょう。」


 両端を手で握って、そのまま真ん中あたりから半分に折る。手の中で、ジュッという音と、黒い煙があがる。煙がおさまるのを待ってから、手を広げれば楔は跡形も無く消え去っている。


「ほんっと悪趣味な魔女…」


 ローザ。かつて、その強い魔力と、生まれ持った美貌で、名前を知らない者はいないとまで言われていた、多分人間としては最も強い魔女。ただし、それはもう伝承といわれてもおかしくないくらいの遥か昔の話。でも、ローザは今も生きている。…老いることなく、美貌を讃えたまま。


「…一般的にはもう死んでて、伝説の魔女ってなってんのになぁ。」

「伝承は伝承ってこと。裏の顔なんて誰も知る由なかったんでしょ。」


 ーーその外見に、固執し過ぎて、どんな手を使ってでも若いままの姿で生きていきたいなんて、この世の理に反した思想。そしてそれを実現出来てしまう程の魔力と知識。


「ねぇアル」

「ん??」

「考え事してるんだから、邪魔しないでくれる?」


 具体的に言うと、拒絶しないからといって抱きついてきて顔を近付けたりしてくることを邪魔と言ってるんだけど。


「悩んでるルイ可愛いなぁって、思ったらつい。」

「………。これ以上ここにいても何も収穫は無さそうだから帰りましょう。」


 反省する素振りも見せないアルを強引に引き剥がして、足早に歩き出す。アルが、待って、とか言ってるのは聞こえてたけど、無視。…足早に歩こうが、どうせアルは私の隣を常にキープしてるから変わらないんだけど。



*****



 聖都市セイルーン。この世界の、中心とも言える栄えた都市。様々な人種が集い、暮らす。そんなセイルーンの中央に位置して、一際目を引く大きく、白い教会。出入り口である場所だけは、アーチ状の柱で道はあけてあるものの、その他は鮮やかな緑の荊と、色を失ったように白い薔薇で覆い尽くされている。


 …教会、といってもそれは形だけで、建物の中全てが厳重な管理下で運営されている。故に出入り口、といっても薔薇が道を開いているだけで扉らしきものは何一つ無い。


 アルが壁に触れると、手の周りに薄く光が灯る。波打った、フワフワとした光が壁を伝う。


「アルフレッド・ホワイト。帰還しました。」


 その声に反応するように、光が強くなったかと思えばアルの手が壁に吸い込まれていく。そのまま水に飲まれるようにトプン、と体が消える。アルが飲み込まれたあとは、何の変哲もないただの壁に戻って、次の声を待っている。


「ルイ・ラフィーナ。帰還。」


 先程のアルと同じように、声を掛け、壁に飲み込まれる。壁を抜けた先は教会の内部で、窓から見える空には夜の終わりを告げる朝日が見えた。

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