始まりの赤
2014/06/04~
花を、摘んでいた。双子の妹と。優雅に咲き誇る花をひとつひとつ摘んでいく。ふ、と顔を上げた先にまだたくさんの花が咲いていて、それを摘みに、妹から離れてしまった。
それが間違いだった、離れてはいけなかった。
戻った私の視界に飛び込んできたのは、無造作に散らばった花と、その鮮やかさえ失わせる程の強烈な赤。赤い色が何かを理解するのにそう時間はかからなかった。ーー独特の、血なまぐさい臭い。
「ユナファ、」
バッと回りを見渡してみるものの、妹の姿は見えない。摘んだばかりの花を撒き散らしながら走る。あの状況で、無事だとは思えない。脳裏を過ぎるのは最悪のケース。
「ジル!!ユナファがーーー」
何度もコケそうになりながら、私たちの棲む洞穴に駆け込む。ツンと鼻をつく血なまぐさい臭い。そこに居たのは金色の緩くウェーブのかかった長い髪をした、見たことのない、美しいとも、綺麗とも形容し難い程の美貌を持った女性。その腕の中には探していたユナファ。女性の後ろには弱りきったドラゴンーージルの姿が見える。
私の存在に気付いた女性が、ふわり、と笑みを浮かべた瞬間、全身の肌が粟立つ。理由なんてわからない。本能が、この人を拒絶してる。関わってはいけない。
「あら、………今回はなんで2人居るのかしら」
自分の腕の中で気を失ってぐったりとしているユナファと私を見比べて、ぽつりと漏らす女性。悩んでいる素振りを見せた後、納得したように1人頷くと私に近づいてくる。
「面倒だけれど、2人いるのなら仕方ないわ。どちらが覚醒して継いでもいいよう、わたくしが支配しておけばいいだけだものね」
「ぁ…、」
息が詰まって、か細い声が漏れる。私に向かって伸ばされるだけの手に恐怖して、避けられない。体が言うことをきかない。怖い。
もうダメだ、そう思ってギュッと目を閉じると同時に空気を裂くようなジルの雄叫びが響く。
「だめ、やめてジル!!」
勢いよく空を裂くジルの爪。ダメ、やめて。そんなことをしたらジルが壊れてしまう。まだダメなの。ジルにはまだ役目があるんだから今壊れたら、世界も狂う。
恐怖を押し殺して、女性の手をすり抜けてジルの元へ走る。宥めるように私の背丈よりも大きいジルの頭に寄り添う。
「死にぞこないめ……まあいいわ、片方だけでも手に入ったのだし」
チラリとユナファに視線を移してにこりと笑う女性に激しい嫌悪感を覚える。私に、もっと力があれば。ジルが弱ってなければ。
「貴女は、またの機会にするわ」
そう言って、ポケットから数枚の赤いバラの花びらを取り出すと、宙に漂わせる。それは次第に枚数を増やして、やがて私の視界を埋め尽くす。
花びらが視界から消えた時にはもう女性の姿も、ユナファの姿も無くて。花びらがひらりと地面を舞った。
『ルイ』
ジルの呼びかけに我に返る。どうして、なんて疑問は今考えてる場合じゃない。
『あの女に、ユナファを渡してはいけません。ここは私に任せて、早くユナファを連れ戻して。』
「でもジル…ジルには時間がないのに、」
『ルイとユナファは2人でひとつなのはわかっているでしょう?ルイ1人でどうにか出来る問題ではないの、…ここは私が何としてでも繋いでおくから早く行きなさい。』
「……わか、った。でも私が戻るまで壊れちゃダメなんだから…約束して」
『当たり前でしょう……私は少し眠ります……』
「おやすみなさいジル…待ってて、必ず戻るから」
私よりもはるかに大きな体を持つジルに抱きつく。泣いてる場合でも、落ち込んでる場合でもない。そんな暇なんてないんだから。
長い、長い旅が始まる。