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9.傷付けないで

  とくん、とくんと、鼓動が聞こえる。

  その場を埋め尽くしたのは、目も眩むような まばゆい金色の光だった。

「何だ、この光は……!?」

「シェリルさん……だよね」

  光の中心に立っているのは、間違えなく シェリルだが―――― あまりにも見慣れない姿に、リニサールでさえ 一瞬動きを止めた。

  魔力を放出する際に、琥珀の瞳が 金に輝くことはあるが、通常 漆黒の髪に変化は無い。

  しかし、サラン王子の目の前に立つ 彼女の髪は……… まさに、虹色。 七色に輝く大理石で作られた、虹城≪サハラ≫ そのものと 同じ色をしていた。

「もしかして…… 封印、していたのかも」

「封印……だと!?」

「ガスパー長官か…… クラーク長老か……いや、両方かな」

「…… ≪黄色い じーさま≫、か……」

  やりそうだな、と フレイズは思った。


  ≪アバママ孤児院事件≫の後、上層部は有無を言わさず、シェリルを 虹城≪サハラ≫に連れてきた。

  現役の 救夢士≪ロータス≫さえ簡単に退ける、シェリルの強大な魔力。

  無自覚でさえ あれだけのことができるのだ。 きちんと育てれば、立派な魔法士≪ザクル≫に成長するはず。 虹城≪サハラ≫にとっては、何よりの 良い≪宣伝≫になり―――― 戦えぬ者たちに安心感を与え、より多くの≪依頼≫と ≪寄付≫が集まるはずだ、と。

  

  経営や 世間体のことしか頭に無い≪上層部≫の中には、『長老』と呼ばれる 七人の幹部がいた。

  虹にあやかって、≪七色の衣≫を それぞれ一色ずつ纏っていたが、黄色い衣を着た 長老・クラークだけは、偏った見方をしない 人格者であり、皆から 親しみを込めて『黄色い じーさま』と呼ばれていた。


  クラークは、 魔法士≪ザクル≫の最上級位・大魔法士≪ザクリル≫であり、ガスパーの師匠兼 良き理解者でもある。

  虹城≪サハラ≫に来たばかりの頃、シェリルは 口もきけない状態だった。 苦しむ シェリルのためを思って、二人がかりで≪封印≫を施したとしても、不思議ではない。

  ――――― そして、今。 

  七年という歳月を経て、『シェリルの意思』によって、その封印が解かれたらしい。

  シェリル自身が ≪本当の意味≫で、自分のチカラを受け入れた…… そう考えるのが妥当だろう。


「これは…… 目覚めだね」

  生まれたばかりの ヒナが、立っていた。

  苦しんで、苦しんで、苦しんで。

  罪を背負ったまま、生きることを強要され、逃げ場も失って―――― ようやく辿り着いた、場所。

「近年 稀にみる…… 大魔法士≪ザクリル≫の誕生だよ」

  暗くて 醜い≪闇≫を拒絶することなく、あるがままに 受け入れたからこそ、掴み取れた ≪その先≫。 誰もが 追い求める、『光のある場所』。

  空間の主である サラン王子でさえ、金の光に 呑まれていく。

「こうなってしまっては…… 多分、誰も敵わないよ」

  その場に存在する チカラというチカラ 全てを、シェリルは 支配したのだ。



  サラン王子の魔力は、所詮 夢魔からの借り物であり、本家本元には 遠く及ばない。

  まして、封印を解いたシェリルに、素人が勝てる見込みは 万が一にもない。

「もう…… 負けを認めて」

  王族にとっては、一番 屈辱的な言葉を シェリルは放った。

「これ以上戦っても、あなたに勝ち目はないよ、王子様」

  勝負といえども、シェリルが攻撃することはない。

  向かってくる魔力を受け止め、相手のチカラを≪無力化≫させること―――― 遠回りで 時間もかかるが、力量差をわからせるためには 有効な戦法である。


  シェリルは 手加減など一切しなかった。

「…… 無駄だよ」

  飛んでくる『かまいたち』を冷静に消滅させながら、サラン王子の体内から ≪夢魔の魔力≫を吸い出していく。

「やめろ……やめろ、チカラが………っ!!」

  あれだけ 無尽蔵に湧いて出てきた 夢魔の大軍だ。

  同調した王子に 夢魔から流れこんだ魔力は、相当な量だと思われるが―――― シェリルの前では 微々たるもの。 取り除くのは 簡単な作業だった。

「チカラが…… わたしの…… 手に入れた、チカラがぁ……!!」

「こんな黒いモノ、あなたは持っていちゃいけない」

  魔物が持つ≪闇のチカラ≫を、一刻でも早く、王子から遠ざけてあげたかった。

「わたしの……わたしのチカラ……」

  失われていく魔力と、小さくなっていく 声。

  攻防戦・第一段は、シェリルの圧倒的なチカラによって、早々に 終りを迎えた。



  間髪入れずに、第二段の戦いが 幕を開ける。

「それじゃあ…… 約束通り―――― 話をしましょう、サラン王子」

  王子が勝てば、自由にすればいい。 でも、私が勝ったなら、話をさせて。

  第一戦に負けた王子は、シェリルの言い分を 聞く義務がある。

「好きにしろ…… わたしは…… わたしには、もう何も……」

「―――― 何も残ってない、なんて……言わせないわよ?」

  絶対に、言ってやりたかった『一言』を、シェリルは 真っ直ぐにぶつけた。

「どうして 気付かないの? 見ようとしないの? 今のあなたは、ただ 甘えているだけだよ」

  怒鳴ってはいないのに、シェリルの声は、空間内に はっきりと響く。

「……お前に……お前に…… 何がわかる!?」

「初めに言ったでしょう? 私は、王子自身じゃないから、全ては わかってあげられない」

「…… わからないくせに、何故 わたしに説教をする!? 救夢士≪ロータス≫の義務感か!? …… 報酬のためか!? 他人を救ったという、満足感を得たいからか!?」

「―――――― 救われたいから」

  誰もが聞き返すような言葉が、口からするりと出ていった。



「…… 何だと?」

「本当はね、ずっと…… 救われたかったの、私自身が」

  救夢士≪ロータス≫としては≪不適切≫な発言だが、一人の人間としては、偽りの無い『本音』だった。

「何で、あなたに説教するかって?  ……義務感から? ―――――そんなわけないじゃない」

  義務感だけで命を懸けていたら、救夢士≪ロータス≫は 命がいくつあっても足りないだろう。

「救夢士≪ロータス≫だって、人間だから。 皆それぞれ 命懸けるほどの理由があるの。 報酬が目的の人だって、中にはいるかもしれないけど…… 私は、違う。 私はずっと、救われたかったんだわ」

  魔法≪ザク≫なんて、使いたくもなかった。 言葉を聞くだけで、何度も吐いた。

  けれど、本当に憎んだのは、何よりも軽蔑すべきなのは…… 魔法≪ザク≫ではなく、自分自身の≪弱い心≫だったのだ。

「私はね…… 自分の弱さが原因で、人を 死なせたことがあるの」

  王子を説得するためには、まず 過去を話さないと始まらない。

  単なる『不幸自慢』にならないように、シェリルは注意深く語りだした。


  北方の村での質素な生活、掟によって崖から落とされたこと、児童労働者として 売られ続けた二年間、孤児院に引き取られて 初めて得た幸福、そして―――― 起こしてしまった≪アバママ事件≫。

  自分自身を否定し、他人のことも 信じられなかった。

  初めて向けられた『愛情』が 、本物だとは とても思えなかった。

「私のことなんて、何一つ わからないくせに、って。……相手を 責めたの」

  サラン王子は、はっとしてシェリルを見た。 まさしく、王子が 何度も口にした言葉。

「自分だって、ダリア先生のことなんか眼中に無かったくせに、ね。 …… ひどいでしょう? 相手には、理解を求めてたのね。 自分のことしか考えてなくて、相手の心なんて 全然見えてなくて」

  それでも、ダリアは微笑んでいた。 一緒に帰ろうと、何度も言ってくれた。

「…… そこまで、私のことを思ってくれていたのに。 心から 私のことを心配してくれたのに。 見ようとしなかった。 気付こうとしなかった。 ほんの少し手を伸ばせば、ちゃんと誰かが そばに居てくれたのに――――― 私は、自分から 独りになっていたのよ」

  シェリルの独白を、誰もが じっと聞いていた。


「ねぇ…… ステファンさんのことが、嫌い?」

  答えをわかっていて、シェリルは あえて王子に尋ねた。

「嫌いなら、それでいいわ。 でも…… もし。 少しでも ステファンさんのことを想っているのなら、彼の覚悟を 簡単に否定しないで」

「あいつは…… 自らの≪後ろめたさ≫から 逃れるために……」

「本当にそれだけなら、とっくに 夢魔の≪餌食≫になってるはずよ」

  半端な覚悟では、夢魔に 心を奪われる。

「一番 してはいけないことは、知ろうとしないこと。 見ようとしないこと。 醜い部分だって、受け止めなきゃ。 これが≪現実≫だって…… これが、≪自分自身≫だって」

  認めたくなくて、信じたくなくて、ダリアに 八つ当たりをした―――― それが、どんな結果を招くのか、考えもせずに。

「後悔なんて、優しいものじゃない。 責任を取って、自分も命を絶つ? そんなの、なんの償いにもならないんだよ。 ……… 償うことなんか、できないんだよ。 罪を背負って、ずっと生きていくこと―――― それが どんなに苦しいか、王子にわかる? あなたなら、耐えられる?」

  言われるがままに 救夢士≪ロータス≫になって、誰かを 救う手伝いをしていても…… 常に付きまとう≪罪悪感≫。

  誰かを救うことで、自分も 救われる気がした。 しかし、それは間違いだった。

  どこまでいっても、逃れられない。 忘れることだって、許されない。 それが、現実。

「あなたに説教するのは、同じ目に 遭ってほしくないから。 今なら、まだ間に合うから。 自己満足だって、言われてもいい。 私と同じ過ちを 犯さないで」

  魔法≪ザク≫だって、万能ではない。 時間だけは 戻せない。 失ってからでは 遅いのだ。



  ―――― 命は 決して、戻らない。

「あなたを愛してくれる 優しい人を…… どうか 傷付けないで」      

 シェリルの想いは、サラン王子に届くのか?

 クライマックスの、対決シーンは まだ続きます。


 次回、最終話の予定……。


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