7.それでも 大好き
知識の無いまま、初めての『夢魔退治』に挑む、主人公・シェリル。
このことが きっかけで、例の『あの事件』へと発展するのです。
夢魔や 救夢士≪ロータス≫のことは 誰でも知っているが、実際に 救夢士≪ロータス≫が どうやって夢魔を退治するのか……など、一般人が 知る由もない。
まして、魔法≪ザク≫の扱い方をわかっていない シェリルにとって、自分が 送転術≪ヘリエ≫を使ったことも、エイドス少年の『夢の中』に侵入したことも、今 自分が≪精神体≫でいることも……何一つ、わかってはいなかった。
ただ、ミゲル少年の放った「何とかしろ」という言葉だけが 心に残り、シェリルの足を前へと向けさせた。 大きな岩が転がっている でこぼこ道だったが、北方・ノツィアの山間部で生まれたシェリルにとっては、さほど苦にもならない。 時折、にょきにょきと 緑色の蔓が伸びてきて、手足に絡まってきたが、『離せ』と念じるだけで、植物は霧散した。
……自覚こそなかったが、シェリルは この時、≪植物≫に変化した『夢魔』を、魔法≪ザク≫で 倒していたのである。 倒して、進んで、また 倒して。 いつの間にか すっかり綺麗になった≪世界≫の果てで、シェリルは エイドスを見つけたのだが。
黄金の瞳を見たエイドスは 震えあがり、シェリルから逃げ出した。 『寄るな、化物!!』 という、最悪な言葉を残して。 シェリルから逃げることで、結果的にエイドスは ≪夢の世界≫からの 覚醒を果たしたのだ。
後から わかったことだが、エイドスに憑依した夢魔は シェリルが全て一掃し、エイドス本人と一緒に、一度 肉体に戻って来たという。
助からないと思われた エイドスが目を覚まし、周囲が 喜びに包まれる中。
確かに 一度は意識を取り戻したはずのシェリルが、 今度は 目覚めなくなったのだ。 それは、新たな 夢魔の出現を 現していた。
入れ替わるようにして、新たな夢魔に憑依された シェリルの『夢の中』…… つまり≪内面の世界≫は、驚くほど殺風景で、何も無い 空間だった。
化物、ばけもの、バケモノ…… 一つの言葉だけが、空間に こだまする。
何となく、今度こそ 自分は『死ねるかもしれない』と思い、そう思えたことに安堵した。
本当は、もうずっと長い間、楽になりたかったのだ。 ただ、何度試みても、生き残ってしまう…… 無意識に発動する 魔法≪ザク≫というチカラによって、引き延ばし続けた 命。
『もう、いいかな?』と、誰へともなく つぶやいた。 『もう、いいよ』と、返事は返らなくても。
静かに、たった一人で 目を閉じて…… 全てを終えよう、終わらせよう―――― シェリルの瞼が下りかけたとき、世界に 侵入者が現れた。
『もう、大丈夫だ。 一緒に帰ろう』 と、その人は言った。
救夢士≪ロータス≫であると身分を明かした男は、レインと名乗った。
孤児院が シェリルを心配して、虹城≪サハラ≫に依頼を出したのでは ない。 たまたま、近くに来ていたレインが 魔物の気配を感じ取り、シェリルの救出に来てくれたのだ。
『今の君は、夢魔と同化してしまっているんだよ』
夢魔さえ見当たらない、何も無い空間。
けれど、夢魔が存在するから、シェリルの意識が戻らないのだ。 夢魔と≪一体化≫してしまったから、夢魔の姿が見当たらないのだ、と言うレイン。
もう、放っておいてほしい。 自分は、疲れたのだ。 やっとラクになれる絶好の機会を、邪魔しないでほしい。 自分は、誰かを不幸にする『化物』なのだから。
レインの説得を ことごとく拒絶したシェリルは、感情のままに 転送術≪ヘリエ≫を使って、レインを 強制的に『外』へと 追い出すことに成功し、今度こそ やっと眠りにつける……と 思った矢先。
『一緒に帰りましょう、シェリル』―――― 誰もが 避けて通るシェリルに対して、唯一 根気よく話しかけ続けた、唯一の女性…… ダリアが、レインに同行していた 送転術者≪ヘリオン≫の チカラを借りて、シェリルを連れ戻しに来たのだ。
救夢士≪ロータス≫となった 今なら、ダリアの行動が どんなに危険な行為か…… よくわかる。
現役のレインでさえ まったく歯が立たない、魔法≪ザク≫を暴走させている シェリルを相手に、何のチカラも持たず、単身乗りこんで来たダリアは、恐れなど微塵も感じさせない いつもの笑顔で、ふんわりと微笑んだ。
『エイドスが助かったのは、全部シェリルの お手柄よ。 偉いわ、とても 尊いことをしたのよ』
そういえば、まったく反応を返さないシェリルにも関わらず、ダリアは いつだって『いい子ね』 とか、『偉いわ』 と褒めていたような…… 気がする。 誰の言葉も 聞かないようにしていたから、心には 何も残ってはいなかったけれど。 だから、『帰ろう』と 手を伸ばされても、シェリルには 応じる気持ちは 皆無だった。
うんざりする程、ダリアは 引き下がらなかった。 時間が経つにつれ、シェリルは ますます夢魔と同化し…… 扱う 魔法≪ザク≫も強大になっていく。 「ダリア先生だけ、帰れ」と 何度も言ったが、「一緒でなければ、帰らない」と 何度も返され、話は 平行線のまま、時間だけが過ぎ。
いい加減にして。 放っておいて。 最後くらい、好きに選ばせて。
もう、いらないの。 化物と呼ばれ、忌み嫌われるのは、もうたくさん。 ずっと気にしないようにしてきたけど、心は いつだって傷付いていたのだ。
何で、私ばかり こんな目に遭うの。 こんなチカラ、いらない。
『私なんか…… いらない!!』 と、ありったけの思いで叫ぶのに、『いらなくなんか、ないわ!!』 と、すぐに ダリアの否定が返ってくる。
静かだが 毅然とした態度は、シェリルの心を いっそう苛立たせた。
どうして 否定するの。 ダリア先生に、何がわかるの。 ダリア先生は、普通だから。 私みたいに、異能じゃないから。 だから、そんな 無責任なことを、平気で言えるのだ。 無責任、むせきにん、ムセキニン、酷い、ひどい、ヒドイ…………。
黄金に輝いていた瞳は いつしか闇色に染まり、『黒くて 重いモノ』に 体中が支配され―――― 自分に対して抱いていた ≪怒り≫の全てが、カタチを変えて 噴き出していく。
『先生なんか………』
何も わかってはいない、先生なんか。 無責任で、≪キレイごと≫しか言わない、先生なんか。
『先生なんか………… いらない!!』
シェリルの全てが ダリアへの≪憎悪≫に変わり、思いは 巨大なチカラとなって、襲いかかる。
魔法≪ザク≫によって吹き飛ばされながら、ダリアは 何故か微笑んでいて、その姿を見た瞬間に、シェリルは 自分が何をしでかしたのか…… 本当の意味で、理解した。
≪精神体≫の傷が 限界を超えれば、肉体は死に至る。
そんな知識など 何もなかったシェリルでさえ、出血は無くても ダリアが重傷だということは 一目瞭然で…… シェリルは泣きながら 助けを求めた。
『誰か…… 誰か、助けて!! ダリア先生を、助けて!!』
一番 呪っていた魔法≪ザク≫で、一番 してはいけないことをしてしまった。
助けて、たすけて、タスケテ、タスケテ、タスケテ。
ダリアの精神とともに、シェリルが 『夢の世界』から抜け出せたのは、奇跡に近い。
元の 現実の世界には、先に弾き出された 救夢士≪ロータス≫のレイン、 彼に同行していた 送転術者≪ヘリオン≫のトード―――― そして、救援として 急遽 虹城≪サハラ≫から呼ばれた ガスパーが、二人の覚醒を待っていた。
覚醒はしたものの、すでに 虫の息だったダリア。
治癒魔法では 当時最高の能力を誇った ガスパーでさえ、彼女の命を繋ぎ止めることは不可能だった。
自分の傷には いつも無意識で使えた 魔法≪ザク≫が、ダリアに対しては 全く発動しない。 半狂乱になった シェリルの小さな手を、ダリアは 最後の力を振り絞って掴み、微笑んだ。
『あなたのせいじゃ、ないわ』
どこをどう見ても、完璧 シェリルのせいなのに、こんな時でさえ、ダリアの笑顔は優しかった。
『あなたは…… とても、優しい子ね。 泣かなくていいのよ、大丈夫。 先生は…… あなたのことが、大好きよ』
大好きよ なんて、実の親にも 言われたことが無い。 まして、命が消えかかっている人に、言われるなんて。 こんな状態にしたのは、他でもない、自分なのに。
『あなたが、私を嫌いでも…… 先生は あなたが大好きよ。…… だから、笑って、シェリル。 泣かないで…… 笑ってね…………』
そうして、最後の瞬間まで 笑顔のまま――――― ダリアは、逝った。
傷付き過ぎたから、誰の声にも気付かなかった シェリル。
本当は、とても身近に、心配してくれる存在…… ダリアがいたのに。
7話~8話で終了する予定でしたが、終わりそうもありません。
もう少し、お付き合い下さいませ。