6.お人形さん
シェリルの 過去のお話です。
『生い立ち』から始まって、『あの事件』……(第4話・フレイズ談)……に繋がっていきます。
読み書きは できなかったが、数を数えることはできた。 だから、自分がいつ生まれ、今 年齢がいくつになったか……くらいは、幼かったシェリルでもわかっていた。
自分のことを『母親』だと名乗っていた女性の話が、本当かどうかはわからない。 当時暮らしていた地方でも珍しい、『漆黒の髪』や『琥珀の瞳』など、外見的な特徴は よく似ていた。 生みの親………ではないにしても、多少なりとも 同じ血が流れていたのだろう。 今となっては、正直 どうでもいいことだ。
大陸バンテルンの北部、ノツィア。 まだ誰も支配が届いていない 山間部の小さな村……人々は『休憩地≪ニメティ≫』と呼ぶ場所で、シェリルは生まれた。
夏といわれる季節でも 雪が残っている村は、水には困らない分、 作物はほとんど栽培できない場所で、村の者たちが定期的に 山を降りて食料を調達しなければならない。
木製の『押し車』を押して山道を行き来する……過酷な作業だが、生活するために必要だと思えば 誰も文句は言わず、その日も 当番に当たった村人数人が、食料を積んで山を登っていた。
夏場は 食料保存効果がある、山で採れた『氷の固まり』がよく売れた。 売るとはいっても、村同士の物々交換である。 この日は特に 大量の食糧が手に入り、男たちは大喜び…… 村へと戻る足取りも、いつもより軽い。 手伝いに駆り出されたシェリルも、これで少しは 村の人たちが争わずに食べ物を分け合えることに、安堵した。
あと少しで、村に到着する………… そんな時。 木々の間から飛び出してきた山賊に襲われ、斬られ、殴られ、突き飛ばされ―――― 村の男たちは、地面に転がっていた。 『売れるかもしれねぇから、連れていくか』 と、シェリルは荷物のように担ぎ込まれ、とっさに『嫌だ』と叫んだと―――― 思う。
村の男たちと同じように、山賊が 地面に転がっていた。 しかも、土やら草は、何故か 赤い液体で染まっている。 自分の顔や服にも飛び散ったモノが 何なのか、この時のシェリルには わからなかった。
喧騒を聞きつけた 他の村人たちが到着し、まだ 息のあった者たちが 運ばれていく中、シェリルは 『化け物!!』と罵られる声を、どこか遠くで ぼんやりと聞いていた。
村には、村の 『掟』がある。
山賊から、『村人』と『食料』を守ろうとした……その点だけは 認められたが、シェリルが 人を傷つけたのは事実。 まして、異能でしかない『魔法≪ザク≫』を使った、人間とは異なる『化け物』。 化け物を 村に置いておくわけには、いかない。
村人に手を引かれて シェリルは歩いた。 辿り着いた先は、危険だから近付くなと≪禁止令≫ が出されていた、切り立った 崖。
『……村のためなんだ、悪く思うなよ!!』
言葉と ほぼ同時に突き飛ばされ、真っ逆さまに落ちて行く 小さな体。 見ている者は 誰もいない。
不思議と、怖いとは思わなかった。 悲しいとも 思わなかった。 悲鳴さえ、出なかった。
すさまじい衝撃とともに、シェリルは 意識を手放した。
自分が 殺されるほどの『化け物』なのだ、と知った………… 七歳の、暑い夏の日。
魔法≪ザク≫というのは、≪火・風・水≫などの 力を操り、人間に恵みを与えてくれる、本来は『ありがたい能力』なのである。
特殊な能力ゆえに、扱える者が 極わずかだったり、目には見えない力だったり…… 一般人には 理解できないチカラというものは、時には 恐怖しか与えない場合もある。
魔法≪ザク≫を使える 魔法士≪ザクル≫…… が多く輩出される、大陸 西方の地・キンバル方面では、魔法士≪ザクル≫に対して理解があるし、尊敬する対象にもなっていたりするが、大陸全体を通して、魔法≪ザク≫に対しての反応は まだまだ厳しい。
確かに、崖から突き落とされたのに、シェリルは 生きていた。
自分が 魔法士≪ザクル≫の卵…… であることを知らなかったので、当然 チカラの使い方も 知らない。 それでも生存本能からか、無意識のうちに 瀕死の状態だった体を 魔法≪ザク≫で治したのだろう。 傷らしい傷は、もはや見当たらなかった。
どこに行けばいいのか、わからない。
どこに行っても、自分は『化け物』なのだ。 誰かに迷惑をかけてしまう 存在なのだ。
……そう考えると、もう 行く場所なんて、どこにも無い気がした。
ふらふらと 彷徨い歩くうちに、どこかに引き取られた記憶はある。
数か月のうちに売り飛ばされ、新たな場所で 働かされ、そして また別の雇い主に変わり…… 繰り返されるうちに、気が付くと 二年が過ぎていた。
魔法≪ザク≫が いつ発動するかわからない≪恐怖≫に怯え、命令されたことは 極力逆らわずにいたシェリルは、≪従順な態度≫と、珍しい≪髪と瞳≫の外見が評判になり、一部の買い手たちから『お人形さん』と呼ばれ……子供を多く扱う ≪人身売買の世界≫では、ちょっとした高値がついていた。
しかし、大陸南方・シッカーの町で開催される、子供専門の競売会は、少しずつ開催しづらくなっていた。 各国が 合同で出した『不当な ≪児童労働≫ 廃絶令』の影響を受け、見つかり次第 関係者は逮捕、子供たちは保護され、後に 施設へと送られていく。
高額商品『お人形さん』の話を聞きつけた、町の治安を守る『騎士』たちに発見された シェリルも保護され、大陸中心に近い アバママという町に送られることとなる。 施設…… いわゆる『孤児院』に入れられた時には、九歳になっていた。
その施設では、三才から十四歳の子供が、≪院長≫をはじめとした ≪先生≫と一緒に 暮らしていたが、中でもシェリルは 浮いた存在だった。
新入りとして必ず受ける ≪洗礼≫と称した『いじめ』に対して、シェリルは全くの≪無反応≫を貫いたからだ。 子供たちは『おもしろくない』……と、行為をエスカレートさせたが、流血沙汰までいっても、シェリルは 何も言わなかった。 痛いことは、慣れていた。 不当な扱いも、 浴びせられる罵声も、耐えるというより、何も感じなくなっていたのだ。
何も言わない。 何も やり返さない…… そうした 子供らしからぬ態度は、面倒を見ている大人たちにも『不気味』に映り…… そのうち シェリルの存在を 無視するようになる。
シェリルにとっては、好都合だった。
施設に入って 初めて≪読み書き≫を習ったシェリルは、それまで 接する機会の無かった『本』と出会い、その魅力の虜になった。 人生で初めて『自分の意思で 夢中になれるモノ』を見つけた 喜びでいっぱいで、≪他のこと≫など 目には入らなかったのだ。
本を読み、粗末ではあるが 毎食ごとに与えられる食事と、小さな寝台……… これまでの生活からは 想像もできないほどの≪幸福≫に浸っていたシェリルの前に、一つの事件が起こったのは、冬支度を始めた 秋の日だった。
いじめの主犯格であった エイドスという少年が、突如 眠ったまま目覚めない……という状態が起こった。 施設内では、『夢魔』のしわざであると結論付け、夢魔を倒せるのは 救夢士≪ロータス≫しかいない…… ということは 誰もが知っていたが、施設には 救夢士≪ロータス≫を呼べるほどの、お金が無い。
手だてが無い状況に ≪絶望≫という空気が流れる中で、相変わらず≪無反応≫なシェリルに 八つ当たりした、 エイドスの友人・ミゲルが…… シェリルを 引きずり、眠ったエイドスの前に突き飛ばした。
『…… おい、いつも 役立たずな≪人形≫め! こんな時くらい、何とかしてみせろよ!!』
施設に移っても 人形呼ばわりされていた シェリルが、この時 どんなチカラの使い方をしたかは 不明だが………… 『何とかしろ』という言葉に反応したのは、確かだった。
売られる立場の者にとっての、主からの 絶対命令……『何とかしろ』。 命令通りに 問題を解決しなければ、酷い仕打ちを受ける。 二年間に及ぶ 生活の中で、体に染みついた……恐ろしい≪習性≫。
ミゲル少年の≪言葉≫は ≪命令≫へと変換され、シェリルに チカラを引き出させた。
琥珀の瞳が、黄金色に 輝く。
意識が 空へと引っ張られる感覚がして、世界が 一瞬にして………… 変わる。
『…… おい…… おい、どうしたんだよ!?』
蒼白な顔をしたミゲルのことなど、シェリルには わからなかった。 エイドスの目の前に倒れ、動かなくなった 少女の体。
そこに、シェリルの意識は 無い………… 無くて、当然である。
虹城≪サハラ≫では、送転術者≪ヘリオン≫しか 扱えないとされる『送転術≪ヘリエ≫』を使って、少年・エイドスの『夢の中』に、 侵入していたのだから。
『過去』の話は、もう少し続きます。
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