2.飛竜移動、いざコペルチカへ
虹城≪サハラ≫という組織、 救夢士≪ロータス≫の仕事、 主人公シェリルや 先輩リニサールの関係などが出てきます。 消息不明の フレイズのことも、ちらほら……。 世界観や 登場人物たちの雰囲気を、感じて頂けたら幸いです。
虹城≪サハラ≫があるマストュール平原から 派遣先のコペルチカまでの移動は、羽根の生えた飛竜が用意されていた。
大陸間の移動は「徒歩」、「馬車」、「飛竜」と三種類あり、水辺になると最近では「船」という乗り物も登場したが……こちらは利用料金が高額になるため、庶民には 噂話程度にしか広まっていないのが現状である。
危険度の高さに比例して、「救夢士≪ロータス≫」の報酬は他の職業に比べてずば抜けて高いといえる。
初めに依頼者側から提示された報酬金額は、一旦すべて 虹城≪サハラ≫に入金され、経費やら諸々の雑費を差し引いた残りの金額が、最終的に 各個人の収入になる。 手取りは 元の金額の四分の一に減っていようが、高いものは高い。
そんな 救夢士≪ロータス≫ならば、最新式の「船」の利用も不可能ではないが、原動力が何か、を知っているシェリルにとっては、金があろうと乗りたくはない代物だった。
空を飛ぶ「飛竜」も高額だが、 救夢士≪ロータス≫ の仕事上、移動には不可欠。 虹城≪サハラ≫では 専用の飛竜を飼っており、個人での出費はかからない……が、いくら自然物とはいえ、こちらもシェリルにとっては勘弁してほしかった。
「一緒に組むのは……カトランタの任務以来か。 半年前のことなのに、もう随分と昔のような気がしてくるね」
夜風になびくこげ茶色の髪は、たとえ一つに結んでいても「何かキラキラしたもの」が放たれているのか……リニサールは深夜の暗闇の中でさえ輝いていた。
女性たちから『ぜひ一緒に組みたい』と希望が殺到している彼と、運良く仕事を果たせた者は、後日 必ず他の女性連中から、物陰で『良くない仕打ち』を受けるので、シェリルにとっては「飛竜移動」と同等に、『遠慮したい・相方番付』の上位に挙げている……ことは、誰にも秘密である。
「……え? リニサール先生、何か言いましたか?」
高い所が好きではないシェリルにとって、飛竜移動など 苦行以外のなにものでもない。
怖いくせに、ついつい下の景色を覗いてしまう。 隣の、星をも霞ませる青年のことなど、少女には考える余裕などなかった。
「……ふふ、たいしたことではないよ。 君も、少しは 救夢士≪ロータス≫として成長したんだね、という話さ」
後輩の失礼な態度でも、リニサールは決して怒ったりはしなかった。
そもそも、彼が声を荒らげるのを聞いたことがない。
いつも怒っているのがフレイズであり、いつも笑っているのがリニサール…… 二人はとても対照的な組み合わせだ。
そういえば……… 二人はどうして友達なんだろう?
今までずっと不思議に思ってはいたが、直接訊ねたことはない。
フレイズ教官の下で 散々苦労してきたシェリルにって、友達付き合いを平気でできるリニサールの神経が信じられないので、「関わり合いになりたくない」と自然と距離を置くようになったからだ。
孤児院で育ったシェリルが「虹城≪サハラ≫」に来たのは、九つのときである。
夢魔に関する事件が原因で養母が亡くなり、孤児院は閉院。 数十人いた 子供たちは他の施設へと送られていったが、特殊能力 魔法≪ザク≫が使える、魔法士≪ザクル≫の卵であったシェリルのみ、強制的に 虹城≪サハラ≫へと連れてこられたのだ。
入ってすぐに 救夢士≪ロータス≫になれるわけでもなく、今でこそ一人前として認められ、各地へ派遣されるようになったが、実は同期の中で一番遅い。
その理由の一つとして、魔法≪ザク≫を憎み、魔法士≪ザクル≫になど なりたくない…… そう強く反発していたために、彼女の能力が不安定であったこともあるが、担当になった教官フレイズというのが、一番の理由かもしれない。
訓練生は、年齢に関係なく名簿順に四人一組に分けられ、一人の教官が担当する。
しかし、稀なる能力の持ち主シェリルは どの組みからも外され、別室で、まだ少年であった若きフレイズと対面した。
五つ年上だと聞かされたフレイズは、当時すでに天才 救夢士≪ロータス≫と呼ばれていたが、実績よりも何より……「人殺しですか」と疑いたくなるような人相の悪さと愛相の無さが、ただ恐ろしかった。同期の連中が、それぞれ優しい教官と 握手・挨拶をすませる中で、唯一 この二人だけは一言も交わさないまま初対面を終えたのである。
それからは、『リニサールが教官だったならよかった』と、何度叫んだか覚えていない。 彼が担当なら、自分も もっと楽しい訓練生活を送れただろうに。 自分の運の悪さを嘆いたこともあったが、最近になって、それは間違った解釈であると気が付いた。
彼は、フレイズの親友なのだ。 表には見えなくても、必ずフレイズに匹敵する、何か恐ろしい一面を持っているに違いない。
人は、見かけだけではわからないのだから。
「……何を考えているのかな? 顔が百面相だよ。 君は、本当におもしろいね」
詰襟の仕事着は、位によって色分けされており、初級のシェリルは紺地に白の刺繍が入ったものだった。
上級の証、白の制服を纏ったリニサールは、整った容姿も手伝って、どこかの貴族にも見える。 彼の性格が受け取る印象そのままなら、とても素敵なのに。
世の中に、そんな出来過ぎた人間が存在しないことを、シェリルはもう理解していた。
「もうすぐ、コペルチカですね」
フレイズが怖くて、何かあるたびに リニサールの背中に隠れていた少女も、大人になってきたといえる。
コペルチカに着くなり、待機していた補助役から聞かされたのは、耳を疑う内容だった。
「マクリーさん、あなた本気で言ってます?」
「わかってる……俺だって、わかってるとも! でも、そのオッサンを連れて行かなければ、援助を止めるって脅されて……」
部屋の隅でコソコソと話す二人を見ながら、リニサールはのんきに、くすくす笑っていた。
「国王自らの脅しなんて……怖い国だね、コペルチカって」
表向きは、どこにも干渉と介入を許さないと謳っている 虹城≪サハラ≫だが、それで組織が運営していけるはずもなく、実際は各国や都市からの寄付で成り立っていた。
中でも、大国コペルチカからの援助は大きい。金銭を盾に取られれば、引き下がるしかない。
「だからって……できることと、できないことがあります! 国王はどこですか!?」
依頼された任務が滞っている弱みにつけこんで、コペルチカ王は条件を一つ追加してきたのだ。
それは、王子の『従者』…… を、一緒に同行させろというものであり、誰が考えても無茶な要求だった。
「無理だよ、シェリルさん。マクリーが説得しても、そう押し切られてしまったんだ。 変更はきかないよ。 僕たちは、やるしかない」
「素人を連れて行くわけにはいきません! 救夢士≪ロータス≫として、そう思うのは当然でしょう!?」
こんな条件でも、穏やかに受け入れようとするリニサールに食い下がってみるが、シェリルだって 救夢士≪ロータス≫のはしくれ。 『変更はきかない』という現実は、頭では理解できている。
結局、先輩に向かっての愚痴にしかならない、己の無力さが悔しかった。
「何でですか……? 息子さんが心配なのは、わかります。 待っていられないのも、わかります。 でも、私たちだって真剣に、命懸けてやってるんです。 身を守れない素人を連れて行くことが、お互いにとって どんなに危険なことか……」
おそらく、虹城≪サハラ≫の誰よりも、シェリルは 『その危険性』を知っている。 その行動が、『どんな結果を招くか』も…………。
唇を噛んだシェリルの髪を、優しく撫でる青年がいた。
「君は間違っていないよ。 僕だって、悔しい」
まるで、自分たちは信用されていない。 まかせておけないから、付いて行く。 そう宣言されたのと同じ行為に、リニサールも静かに腹を立てているのか。
「でもね、フレイズが足止めを食らっているのは事実だ。それは、こちらに非がある。 だからこそ、僕たちで取り戻さなきゃ。 救夢士≪ロータス≫全員の、信用をね」
シェリルに比べて、リニサールは格段に大人だった。
「はい……」
無様な仕事だけは、したくない。 救夢士≪ロータス≫を、本気で目指そうと思えるようになったアノ日、心に誓ったことだ。
些細な気の緩みは、即刻死につながる……それが、『夢魔退治』なのだから。
「よし、じゃあ例のオッサン………じゃない、従者殿を連れてくるぜ」
シェリルの顔つきが変わったのを見届けて、マクリーは一旦部屋を出て行った。
「一緒に連れていけば、救夢士≪ロータス≫が どんなに危険な仕事か、身をもってわかるしね。 ……設定金額の倍は、出してくれるんじゃないかなぁ……」
ぽつりと漏らしたリニサールの言葉は、シェリルの耳には届いていた。
ふふふっと笑う青年は、お世辞抜きで美しい。 今の一言さえなければ………。
やはり、といおうか、 さすが、というべきか。
フレイズの親友という名は、伊達ではないらしい。
星をも霞ませる美青年…… リニサール。
彼には まったく興味のない……主人公 シェリル。
鬼教官・フレイズ君の出番は、もう少しです。