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番外編 2. 薄紅の花が 咲く丘で (前編)

 フレイズと対になる、もう一人の 若き天才救夢士≪ロータス≫、リニサールの お話です。

  登録されているだけでも 三十九もの 国や都市が混在している、大陸バンテルン。

  緑多い中心部・中立地帯 マストュール平原には、独立組織・虹城≪サハラ≫があり、各地域は そこから見て「北だ、南だ」と表現するようになって、はや六十年が経つ。


  四十三期生のフレイズは、十一歳で 虹城≪サハラ≫に入り、たった三年間で上級 救夢士≪ロータス≫に昇格した、『逸材』であるが…… 「天才」と称される彼も、己の≪努力≫と≪根性≫だけで上り詰めた、いわば『苦労人』なのである。


  救夢士≪ロータス≫とは、夢魔から 人々を救うのが仕事である。

  単に 剣や 魔法≪ザク≫に優れているだけでなく、救済対象者の『心』を救ってこそ、夢魔を倒し 事件を解決することができる。

  つまり、独りよがりな『説得』や、押しつけがましい『優しさ』などは、通用しないどころか≪逆効果≫となり、失敗は すなわち『死』を意味するのだ。

  それ故に、対象者ごとに、対策は違う。

  包み込むような『優しさ』が必要な時もあれば、冷酷ともとれる程『厳しく』接することもある。

  説得の課程でも 少しずつ変えてゆき、最終的に 対象者が『生きる希望』を持ち、≪夢≫から目覚めようとするまで…… 導くこと。


  言葉で言うほど、簡単なことではない。 

  失敗すれば、対象者は 心を閉ざし、説得を受け付けてくれなくなる。 そして、夢魔に憑依されてから 一定時間が過ぎれば、肉体は 死に至るのだ。

  限られた時間の中で、初対面の相手に、どれだけ 寄り添えるか―――― それが 救夢士≪ロータス≫の本文であり、その手際の『良し悪し』が、試験の合否や 査定の基準にもなる。

  上下関係が厳しい 虹城≪サハラ≫では、年齢は 一切考慮されない。

  しいて言えば『何期生』かということだけで、すべては 己の『実力』のみが 評価される場において―――― 虹城≪サハラ≫の中では 「天才」という称号を与えられている、もう一人の人物。


  苦労人フレイズよりも 一つ年上で、第四十一期生。

  史上最年少・十二歳で、上級 救夢士≪ロータス≫を名乗ることを許された、ただ一人の人物。

  茶色の長い髪が美しい、『微笑みの貴公子』こと……… リニサール。

  これは、そんな彼のお話である。


            ※            ※


  マストュール平原から 東方に位置する ロウエン自治州。

  五つある領地のうちの一つ ミソノ―――― その領主・エディンバルの四男として、リニサールは誕生した。

  一般的な 茶色い髪と瞳にも関わらず…… 思わず見惚れてしまう『光輝く美貌』に、学者でも舌を巻く『知識の深さ』、大人顔負けの『社交術』など。

  五歳で すでに≪神童≫と呼ばれ、様々な場に 引っ張り凧だったリニサールは、その状況を 疎ましく思っていたのである。


  彼にとって―――― 世界は、常に 『退屈』だった。

  ≪当たり前の事≫ を言っているだけなのに、「立派だ」と褒められる。

  少し≪勉強≫をしただけで、「何て賢い子」と驚かれる。

  領主の息子…… という立場上、ある程度の≪社交術≫は当然なのに、「貴族の鑑だ」と持て囃される。

  初めのうちは、単なる≪社交辞令≫かと 気にも留めなかったが、それが≪本音≫からくるものだと知ってからは、虚しくなる一方だった。

  世界は、リニサールにとって『色あせた景色』以外の 何物でもない。

  称賛も 嫉妬も、心を動かすものなんて、何一つ 無い。


  くだらない 慣例、無意味な 因習。 無知よりも 酷い、醜悪な人間性。 それが 当然だとまかり通る 世界そのもの。

  ≪哀れ≫ を通り越して、ただ 蔑んでいた。

  自分だけは、違う。 自分だけは、そうならない。

  けれど、そうやって ≪心≫は守れたとしても、≪状況≫が 変わるわけではなく、どんなに馬鹿にしたって、その くだらない世界で 生きていくしかない。

  虚しい……… そう思う以外に、自分にできることはない。

  作り物の≪笑顔≫を張り付けて、同じような毎日を送る 日々。

  退屈で、虚しくて、何の希望も 喜びも、湧かない。


  そんなリニサールを、周囲の誰もが 大人扱いをする。

  無条件に 与えられる≪愛≫など、皆無だった。

  ≪自立≫に 拍車がかかり、ひねくれた感情だけが育っていく中で…… 唯一 『剣の稽古』だけが、リニサールの楽しみになった。

  あっという間に 師範を追い抜いて、領内一の剣士だった 兄たちも越え、周囲には 相手を務められる者が 誰もいなくなってしまったが。

  剣を 振るうたげでよかった。

  ≪型≫をなぞり、空を斬る―――― その間だけは、無心になれる。

  退屈なことも、虚しい気持ちも、すべてを忘れていられる、最高の時間。

  そうして、どこか ≪欠けた部分≫を持ちながら、リニサールが 十歳の誕生日を迎えようとしていた 二日前―――― 彼の 運命を大きく動かす≪事件≫が 起きるのである。



  ミソノ領主・エディンバルの館。

  明後日 行われる、リニサールの『誕生 祝賀会』の準備は、使用人たちによって 全て整っていた。


  祝賀会は 三日間開催される為、使用人たちの仕事も 普段の何倍にも及ぶ。

  その為、必ず 二日前までに準備を終わらせ、前日は 使用人全員が休みを取り、実家に帰ることが義務付けられていた。

  だから、その晩の 夕食を支度した使用人を最後に、館には リニサール家族しか いなくなっていた。


  ミソノ周辺は、『神』よりも 『精霊』に対する信仰の方が強い。

  リニサールは 別段何とも思ってはいなかったが、領主として 父エディンバルは 「精霊に対する感謝を忘れるな」と、日々繰り返していた。

  料理に手を付ける前に、長い 感謝の言葉を唱える父に対して、内心 うんざりしながら…… ≪お祈り≫を済ませ、いざ 食べ始めようとした時。

  父は、珍しいモノを取りだして、言った。

『リニサールにも、そろそろ 味を覚えさせよう』

  それは、領地内で採れた 果実から作った≪果実酒≫であり、リニサールは 首を捻った。


  地方では それぞれ領主が定めた『領地法』が定められており、ミソノに限っていえば、十六歳以下の飲酒は 厳禁だ。

  明後日 十歳になるとはいえ…… 実質 リニサールは まだ九歳。

  いくら、使用人がいない 家族だけの場とはいえ、堅物と称されるエディンバルが、自ら 法を犯すことが とても不自然に感じられた。

  (何か……… 、あるな)

  いつもより、若干 機嫌が良く見える 両親の態度も、疑念を抱く材料になる。

  慎重に、リニサールは 辞退を申し入れてみたが、父は あっさりとかわし、酒を勧めてくる。 運悪く、その時に限って 解毒の薬を 自室に置いてきてしまっていた。

  (まいったな…………)

  貴族社会において、≪酒≫と ≪毒≫は 密接に関係している。

  いくら親子とはいえ、疑うことに支障は無い…… 実際に、兄たちには 何度か毒を盛られているのだから。

  けれど、ここで断るのも 得策ではないか―――― と結論付け、渋々ながら 注がれた果実酒に口をつけた。 

  リニサールにとって、酒は 初めてではない。

  自分を疎ましく思っている 兄たちがいる為、≪酒≫と 幾つかの≪毒≫には 耐性をつけるために、日頃から≪訓練≫していたのである。

  案の定、瓶の銘柄は 領地内の果実酒になっていたが、中身は 別物―――― しかも、酒の味に混じって、毒の≪種類≫が 判別つかない。

  (しまった………)

  後悔先に立たず―――― 幸い、速攻性の毒では ないようだ。

  そもそも、兄弟一 優秀なリニサールを、父が 毒殺する 動機が無い。 三人の兄よりも立派に、領主として 後を継いでいけるのだから。

  内心を表には 一切出さず、普段通りの 澄まし顔で 何とか食事を終え、自室に戻ったリニサールは――――― 強烈な 睡魔に襲われた。

  苦しめるだけが、≪毒≫ 特有の性質ではない。

  (睡眠剤の方か………!)

  気付いた時は、すでに遅い。

  全身から力が抜けて 床に膝をつきながら、隠してあった 『秘密の箱』を手繰り寄せ、必死で開けた。

  中には、解毒中心の 数種類の≪薬瓶≫ が並んでいる……… はずが、中は 空っぽだった。

  (やられた……!)

  抵抗も虚しく、まだ小柄な リニサールの体は、床へと吸い込まれるようにして 倒れる。

  ごめんなさい…… と、母の声が聞こえたような 気がした。

    

 今回も、二話に分けることになりました。ご迷惑を おかけします。


 続きは、後編で……。

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