番外編 1. 師匠の心 弟子知らず (後編)
フレイズ中心の お話の、後編です。
いつも怒っている、評判の悪い フレイズですが…… 本当は苦労人で、生徒想いな 熱い野郎なのです。
フレイズの 幼少期は、殴られたことしか 記憶にない。
両親が揃い、小さいが 家もあり、食べていくには 充分な金もあったので、貧しい暮らしが多い 末端の≪庶民≫の中では、かなり恵まれた環境だといえる…… のだが。
毎日 毎日、何かあれば 殴られた。
何か無くても、結局は 殴られた。
痛みから 起き上がれなくて、一日中 寝転がったまま過ごしたことだって、ある。
今 考えてみても、当時の自分には、まったく 落ち度は無いはずだ。
単に―――― フレイズの両親は ≪病気≫だったのだろう…… 肉体的にでは なく、≪精神的≫な意味での 病気だ。
『お前なんか…… 殴られて 当然だ』と、両親は 常に叫んでいたが、フレイズには「その通り」だとは、とても 思えなかった。
彼は、いろいろな意味で ≪規格外≫だったのだ。
一般に、親から ≪虐待≫を受けた 幼児というのは、ひどく怯えたり、自分が 悪いんだ…… と、必要以上に 自分を責めて、親を 庇う発言をしたりするが―――― フレイズの場合は まったく違う。
『俺の、何が 悪い?』が、基本であって、殴られれば 殴られるほど、『こんちくしょう』とか、『ふざけんな』という 反発しか生まれなかった。
だから 耐えられた―――――― ともいえる。
両親に≪期待すること≫を 諦めた…… というのも、半分は あるけれど。
十歳になったら、自分は 家を出よう。 十歳になったら、独りでも 生きていけるはずだ。
漠然と、自分の中では 一人前だと感じていた ≪十歳≫までは…… 耐えて 耐えて。
そして、フレイズは 家を飛び出した。
外の世界に出て、子供が たった一人で生きていくというのは、並大抵のことではない。
仕事も無い、住む場所も 無い、家から持ち出せた 少しの金は、あっという間に 底をつき。
騙されたり、痛い目に遭ったり、それはもう 散々なことばかりだったが、フレイズは 少しも≪後悔≫は していなかった。
ただ 殴られるばかりの≪毎日≫では、自分で≪選ぶ≫ことなど、皆無だった。
酷い目に遭わされようが、それは 自分が選んで 得た結果だから…… すべては 自分の≪責任≫だから、誰にも 文句は言えない。
嫌だと思うなら、変えればいい。 変えるために、努力すればいい。
一年間の 放浪生活の果てに、十一歳のフレイズが 辿り着いたのは―――― 偶然にも 虹城≪サハラ≫だったのだ。
住み込みで、一生 働ける―――― なんて素晴らしい 場所なのか!
≪戦闘≫だろうが、何だろうが、何でも やってやる。
何も 持たない自分だからこそ、≪努力≫以外に 道は無いのだ。
目の前の壁なんて すべて ぶち壊し、自分だけの≪未来≫を 勝ち取ってやる―――― その一心で、気が付けば 三年が過ぎ…… 十四歳で上級 救夢士≪ロータス≫にまで なっていた。
そんな 努力の人…… フレイズからすると、目の前の シェリルというのは、何事に対しても、とにかく≪覇気≫が無い。
周囲が止めに入るほど つらく当たってみても、相変わらず 反応が薄かったので、とうとう『何故、怒らない?』と、問いただしてみると。
怒るのが、怖い……… と、シェリルは 小さな声で返してきた。
怒って、チカラが暴走して、止められなかったら―――― そう考えたら、怒ることなんて できない、と。
それを聞いたフレイズは、感情のままに 口走っていた。
『暴走したら…… 俺が、止めてやる。 ぶん殴ってでも、正気に戻してやるから!』
俺を、見ろ。 なかったことに、するな。 ぶつかってこい。
『死んじゃったら…… どうするの?』
初めて 会話らしい言葉が飛び出したことに、達成感を覚えた―――― のは、誰にも秘密である。
『俺は、死なねぇ。 お前に殺されてやるほど、お人好しじゃねぇんでな。 だから、心配せずに ぶつかってこい!』
剣でも 魔法≪ザク≫でも、この際 何でもいい。
お前のチカラは お前だけのもの。 恐れるな。 溜めこむな。
『お前自身を―――― 解放しろ!』
それから、シェリルは ≪戦闘≫に対しても意欲的になり、魔法≪ザク≫という言葉を出しても、以前のように 吐かなくなった。
フレイズは、やはり どうしても、シェリルの≪過去≫が知りたくて、ガスパーに頼み込んで、ようやく『アバママ孤児院事件』のことを 知るのだが。
二度と 魔法≪ザク≫を使わせたくない…… と言った ガスパーの言葉の意味が、初めて わかったような気がした。
『あの事件に 至るまで…… シェリルが、どう過ごしてきたのかは、わかっていない。 あの子は、何も語ってないからね。 でも、孤児院に来るまでの生活は、きっと 事件と同じくらい、つらく苦しい事ばかりだったはずだよ。 そうでなければ、≪あの事件≫へとは 繋がらないからね』
ほんの少しだが、シェリルの≪過去≫に触れた フレイズが思ったのは―――― だったら、徹底的に、しごいてやる…… ということ。
恐れも 不安も 後悔も…… 考える余裕も無いくらい、クタクタに 疲れ果てるまで。
そして、理不尽だ―――― と、思えばいい。
何で、私だけ―――― と、恨めばいい。
目を開いて、真っ直ぐに。 俺に 向かって、『怒り』をぶつけてこい。
笑うどころか、未だに 泣くことさえ満足にできないなら…… せめて、怒れ!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
六年後―――― シェリルは 十五歳で 試験に合格し、晴れて 正規の救夢士≪ロータス≫になった。
同期と比べると 一番遅い合格だが、このような≪やり取り≫が影響していたのだから、仕方のないことである。
周囲からは、『フレイズが怖いから いけないんだ』と 噂されているが、ふざけんな……と、声を大にして 抗議したい。
無反応だった シェリルが、≪怒る≫とか ≪反抗する≫という、感情表現ができるようになったのは、すべて フレイズが課した≪訓練≫のたまものである。
途中、何故か、よりにもよって リニサールに助けを求める…… という、≪愚行≫ を犯したが――――― 自然と リニサールとは距離を置くようになったので、その点は 褒めてやろうと思う。
≪訓練生≫を 終了したことで、現在 十六歳のシェリルとは ほとんど接点が無くなったのだが、実は 一応…… それとなく、彼女の動向に 気を配っている。
本日も、日没までは 訓練場で≪特別指導≫を行い、その足で 治療室へと向かっていた フレイズは―――― いつもの通り、治療室前の『行列』を見つけ、こめかみに 青筋が浮き上がった。
シェリルが 治療担当の時は、不自然なほど、どこからともなく 怪我人がやって来るのだ。
「フ……フレイズ教官!」
「フレイズ先輩……!」
「やばいぞ、フレイズ君が 来た……!」
一斉に、その場の空気が 凍りつく。
「何だ 何だ、揃いも 揃って。 今日は 誰が、担当なんだ?」
当然、シェリルがいると わかっていて、全員を見渡した。
「すいませんでしたぁぁぁ!」
「ごめんなさいぃぃぃ!」
「何故だか、急に 調子が良くなったような……… 失礼するよ!」
口々に叫びながら、≪行列≫は あっという間に消えてなくなったが、数人だけは 残っていた。
いい度胸じゃねぇか――― どうしてくれよう?
獲物を見つけた 猛獣のごとく、舌舐めずりをした フレイズに向かって―――― 残った≪勇者たち≫は、早口に 弁解を始めた。
「ち…… 違うんです!」
「誤解しないで下さい!」
「僕ら、シェリル先生のことが 心配で……!」
よく見ると、シェリルが 魔法≪ザク≫の講義を受け持っていた、第五十二期生の少年・三人だった。
「心配って…… 一体、何があった?」
詰め寄ったフレイズの態度に、少年たちは 何とか必死で 答える。
「あ……あの。 ロージー先輩なんですけど……」
「ロージー…… だと?」
救夢士≪ロータス≫ 全員を 把握していないフレイズは、はて そんな奴いたか…… と、首を傾げたが。
「四十期生の方で…… 西方の訛りがあって」
「金髪で、青い目で…… 口癖が、ごきげんよう……」
「先月…… 上級に 昇格なさった……」
さすが、シェリルの 教え子だ。 補足説明が 的確である――― 後で、何か 褒美をやろう。
「あの、≪白バラ≫のことか………」
リニサールとは 別の次元で、キラキラ光線を振りまく 迷惑な男のことは、有名である。
「そうです、あの、ロージー先輩なんですけど……!」
「この間から ずっと、シェリル先生のこと、追いかけまわしてるみたいで……!」
「先生 本人は気付いていないんですけど……!」
「今日も、この≪行列≫ができているのに、知らんぷりで!」
「一人だけ 治療室に籠ったまま、出てこないんです!」
「僕たち、もう 心配で 心配で……!」
何とかして下さい!―――― 少年三人は、全身で フレイズに訴えていた。
やはり……… こいつらには、後で 褒美をやろう。
「情報提供、感謝する。 お前たちは、もう 戻れ。 後は、俺が 何とかする」
頭を下げて 走って帰る少年たちを見届けながら、フレイズの怒りは 急上昇した。
シェリルが、≪怒る≫とか ≪反抗する≫という 感情を表せるのは、ガスパー・フレイズ・リニサールという、三人に限られていた。
少しずつ 周囲と会話が交わせるようになったとはいえ、昼間 五十三期生が話していたとおり、≪ビクビク≫してしまうのだ。
加えて、未だに 自分への『好意』に対して≪鈍感≫で、まったくの≪無防備≫なのだから―――― 見ている側としては、心配で 目が離せない。
自分目当てで、廊下に≪行列≫ができているなんて…… シェリルにとっては、夢にも思わないだろう。
「いい加減に―――― 自覚しろぉぉ!」
どごぉぉんという 爆音とともに、治療室の扉が フレイズよって粉砕された。
にらんだとおり―――― 出入り自由のはずの 入口の扉には、鍵がかけられていたようだ。
「な…… フ……フレイズ君……!?」
「ご丁寧に…… 鍵までかけて。 何をしようとしてたんだか、教えてくれねえか……なあ、先輩?」
四十三期生の フレイズにとって、四十期生の ロージーは≪先輩≫にあたるが、態度は フレイズの方が 圧倒的に大きかった。
これだから……… 気が抜けない。
とっくに≪先生≫は 卒業したはずなのに、いつまで経っても 心配で仕方がない。
このように、シェリルに付く≪悪い虫≫を、フレイズは 毎回、すべて追っ払っているのだが―――― 自覚の無い シェリルには、いつも何一つ 伝わってはいなかった。
「何を…… 何をやってるんですか、フレイズ先生―――!!」
フレイズの 気苦労など つゆ知らず、破壊された扉を指さして 怒るシェリル。
そうやって、誰でも 構わず、怒ればいいんだ。
そうすれば、自分だって―――― こんなに、朝から晩まで、心配することは 無くなるのに。
「あ~らら……。 また、やってるね~ フレイズってば」
神出鬼没の リニサールが、突如 背後から現れても、もはや 驚かない。
「本当に 君って…………… 不器用だよね、フレイズ」
≪意味不明≫の発言が多いから、リニサールのことは無視してやった。
「俺は 何にも、悪いことはしてねぇぞ?」
ふんぞり返って、フレイズは いつも通りに 主張したのである。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
戦って、戦って……… 戦い続けたからこそ、フレイズは『今』を 掴むことができた。
座り込むヒマがあるのなら、立ち上がって 戦え―――― というのが、『座右の銘』である。
立ち上がれないなら、俺の手を 掴めばいい。
いくらでも、引っ張っていってやる。
≪障害物≫が あるというのなら、それも すべて壊してやるから。
だから、恐れるな。
真っ直ぐ 前を向いて、俺の目を見ろ。
お前が 怖くないように―――― いつだって、守ってやるから。
俺を 信じろ。 俺を 頼れ。
お前にとっての≪世界≫は、悪いものばかりじゃないから。
本気で そう思うほど、フレイズにとって、初めての『弟子』は 可愛かったのだが………。
『師匠の心 弟子知らず』
≪飴≫役が ガスパー長官であり、フレイズは≪鞭≫役に 徹していたから。
フレイズの気持ちに シェリルが 気付くことは―――――― 今のところ、ない。
≪終≫
フレイズは、生来の 基本的な性格が、救夢士に ぴったりだと思います。
フレイズ編は、これで終了です。 お疲れ様でした。
次回、リニサール編になります。 どういう展開になるのかは…… リニサールの 気分次第、ってことで―――。