番外編 1. 師匠の心 弟子知らず (前編)
サラン王子事件後の、フレイズの お話です。
シェリルの 担当教官になった経緯や、彼の≪過去≫の エピソードが、日常とともに 出てきます。
『親の心 子知らず』とは―――― 子を思う親の心を 子は察しないで、勝手な振る舞いをする…… という意味の言葉である。
含蓄のある その言葉を、≪師匠の心 弟子知らず≫―――― と勝手に変更して、フレイズは シェリルに対して思っていた。
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コペルチカ王国の サラン王子の一件は、『コペルチカ王子事件』として名付けられ、担当した 救夢士≪ロータス≫…… フレイズ、リニサール、マクリー、シェリル…… 四名の、三十日間・謹慎処分という形で 決着がつき、事件解決から 十日ほど経った、ある日の出来事である。
謹慎中だからといって、上級 救夢士≪ロータス≫にもなれば、休んでいる暇はない。
≪出張任務≫を受けないというだけで、訓練生に対しての≪訓練≫や≪講義≫など、仕事は山ほどあり―――― 戦闘に長けた フレイズは、≪訓練≫を担当することが多かった。
本日も、正規 救夢士≪ロータス≫へ 昇格試験直前である、第五十三期生たちの『特別指導』に入っていたのだが……。
「いつになったら…… フレイズ教官は、仕事に復帰するんだよ……?」
「十日後って聞いたぞ」
「俺は、二十日後だって……」
「え、四十日間の謹慎…… じゃなかったか?」
「…… 俺、もう一日だって、もたねぇよ………」
だよなぁ…… と、その場にいた全員が、深いため息をつく。
「そこ! 集中が足りない!」
「はいぃぃぃ―――!!」
逆らえば後が恐ろしいので、訓練生たちは 素直に≪課題≫に取り組むしか、生き残る道はない。
「何か…… いつにも増して、鬼気迫るっていうかさ……」
「アレだろ? 自分が失敗して、救援を呼ぶ羽目になって…… まして 呼ばれたのが、リニサール様と あのシェリル先輩だしよ」
最近の訓練生たちに、リニサールは『様』と呼ばれている。 得体が知れない―――― という、恐れを含んだ意味で。
「教え子に助けられるなんて、恰好悪い~……とか思って、それで怒っているんじゃないの?」
「…… とんだ≪とばっちり≫だよなぁ、俺たち……」
「だよなぁ…… 」
はぁぁぁぁぁぁ……と、ため息は どこまでも深い。
「でもさぁ……」
落ち込みつつも 復活が早いのが、若者の特徴である。
「今日の≪治療室≫の担当って……… 確か、シェリル先輩って聞いたぜ?」
「…… マジか!?」
とたんに、全員 目の色が変わる。
虹城≪サハラ≫内には、怪我を治療する『治療室』というものがあり、訓練生から 正規の救夢士≪ロータス≫まで、必ず 全員がお世話になる場所だ。
薬草よりも、ほとんど 魔法≪ザク≫が用いられ、非番の 魔法士≪ザクル≫が 毎日『交代制』で行っていた。
フレイズ同様 謹慎処分を受けた シェリルは、普段より時間が余っている分、最近は 治療室の≪当番≫を多く引き受けていた。
優秀な『治癒魔法』の使い手として、シェリルの評判は高く、日頃から 彼女の当番日を狙って 治療室を訪れる者も 少なくない。
「シェリル先輩が いるなら…… 俺、怪我しても いいかも……」
「丁寧に、キレイに治してくれるし……」
「何たって………」
「可愛いもんなぁぁぁ………」
上下関係が厳しい 虹城≪サハラ≫において、五十三期生から 一応≪先輩≫と呼ばれている シェリルだが、年齢でみれば 彼らの方が 年長だった。 いわゆる、自分よりも≪年下≫の≪先輩≫という構図に、何故か イケナイ妄想を抱いてしまう……らしい。
シェリルと同期の 四十六期生―――― 別名『シェリルちゃんを愛でる会』の一団を筆頭に、実は シェリルを≪可愛い≫と評価する者が けっこう多いのは事実で、知らないのは シェリル本人だけなのだ。
「フレイズ教官に対しては、ものすごい 強気なのにさぁ」
「普段は シャイっていうか…… 話しかけると、ビクビクしてさ~」
「そんで、上目使いで、時々 チラっ…… とか、こっちの様子を窺ったりしてさ~」
「あれは たまんないよなぁ~」
「震えてる 子ウサギみたいで、何か こう ぎゅっ…… っとか、したくなるし!」
「――――――― そうか」
会話に うっかり盛り上がってしまった若者たちは、≪地獄耳≫と噂の『鬼教官』の存在を、すっかり忘れていた。
全員、顔色は 急降下…… いっきに 真っ青になる。
「随分と 余裕みたいだな…… お前たち」
年齢だけなら、ほぼ同じはずなのに―――― 訓練生とフレイズの間の差は 大きい。
「≪治療室≫に向かう 元気も出ないくらい…… 俺様が 特別にしごいてやろう」
にやり…… と笑った顔は、もはや犯罪者にしか見えなくても。
「次の試験は、これで 全員合格だな。 …… 感謝しな」
フレイズは、特に優秀な 救夢士≪ロータス≫なのだ…… 多少、性格に 難はあっても。
その日、訓練場は ≪修羅場≫と化した。
訓練生たちの悲鳴が 日没まで鳴りやまなかったのは、いうまでもない。
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フレイズにとって、シェリルは 初めての『生徒』である。
上級に昇格して 初めて出された≪任務≫が、担当教官を引き受けろ…… というものであり、聞いた瞬間は 正直かなり驚いた。 まして、相手は 魔法≪ザク≫が使える 魔法士≪ザクル≫の卵だというから―――― とうとう 長官は『気が狂ったか』と 心配したほどだ。
自分は、剣士だ。 魔法士≪ザクル≫の手ほどきなんか、できるわけがない。
速攻で 断ったフレイズに、長官になったばかりの ガスパーは、にっこり笑って こう言った。
『あの子には、魔法≪ザク≫は 二度と使わせたくない。 少なくとも、あの子自身が、魔法≪ザク≫を必要とするまでは。 だから…… 剣士として、シェリルを育ててほしいんだ』
シェリルの≪深い事情≫は、ガスパーは 教えてくれなかった。
『余計な≪気遣い≫や ≪同情≫は、あの子のために ならない。 それは、養父としての わたしの役目だから。 何も知らないまま…… 君は ≪教官≫として、あの子には 特に≪厳しく≫接してほしい』
ガスパーが 現役を辞めて、≪養女≫にするほど―――― シェリルという子供は、身も心も ボロボロだというが…… それなら せめて、もっと優しい人間を 担当に付ければいいはずだ。
納得がいかなかったが、 『君だから、いいんだ』という、ガスパーの≪口説き文句≫に勝てなくて、渋々 担当教官を引き受けたのが、七年前…… フレイズ 十四歳の 冬であった。
当初のシェリルは、一言でいうと…… ひど過ぎた。
とにかく、何を言っても、何をしても、まったく 反応が返ってこない。
これでも、最大限の 努力をして、怒らないようにしていたフレイズも、二か月後には 我慢の限界を超え―――― ついには 爆発した。
『お前の事情は、知らねぇよ! 長官が 教えてくれなかったからな!』
俺を、見ろ―――――― こんなに 強く思ったことは、今までに一度もなかった。
『どういう事情であれ、お前は ここで生きていくんだ! どこにも≪逃げ場≫なんか、無いんだ! 少しは 根性見せてみろよ!』
気が付くと、シェリルは はらはらと涙をこぼし、フレイズは大慌てで 長官を呼びに走ったのだが―――― 飛んできた ガスパーは、シェリルを抱きしめながら、何故か ほっとした様子だった。
『良かった……。 やっと、涙が出てきたんだね……。 大丈夫だよ、たくさん 泣いていいんだよ』
泣くこともできない…… とは、一体 どういうことだろう。
この時のフレイズには、まだ理解できない 現象だった。
≪逃げ場は無い≫という言葉が 効いたのか―――― 相変わらず 反応は乏しいが、知識や心得を学ぶ『学科』の課題だけは、シェリルは こなすようになっていた。
ただ、肝心の≪戦闘≫に対しては、いっこうに≪やる気≫が 見られない。
攻撃を 避けようともしないで、ぼーっと 突っ立っているから、いくら ≪寸止め≫を 心がけているとはいえ、時には 当たってしまうこともある。
ガリガリの 九歳の子供にとって、フレイズの攻撃は 強力過ぎる。
悪かった…… と 謝ると、痛いはずなのに、『私は、殴られて 当然だから』と、受け入れようとしたから――――― フレイズは、またもや激昂した。
『殴られて 当然なんて……… そんな奴、いるわけないだろ!!』
その言葉は、フレイズにとって ≪禁句≫だったのだ―――――。
※ ※ 後編へ 続く ※ ※
一話だけだと 長すぎると思い、二回に分けました。
ご迷惑を おかけします。
続きは、後編で……。




