10.夢から覚めたら
最終話…… 少し長いです。
つらいとか、悲しいとか、苦しいことがあると、誰だって 逃げ出したくはなる。
しかし、逃げることでは 何も変わらない。 そこからは、何も生まれない。 逃げることで、かえって自らを追い詰めていくことだって あるのだ。
自分の 希望通りにはいかない 世界。 縛ることが多すぎて、時々 息もできなくなるけれど。
「あなたは 独りぼっちなんかじゃないよ、サラン王子」
シェリルは視線を後方へとずらし、ステファンの姿を見るようにと サラン王子を促した。
「頑張れ、なんて…… ≪無責任≫なこと、私は言わないよ。 いいや―――― 言えないよ」
頑張りたくても 頑張れなかった……… 強くなれなかったからこそ、夢魔に憑依される人々。 経験者のシェリルが、一番 よくわかっている。
「でもね、そんな私だからこそ、あえて 言うわ。 弱くたって、いいじゃない。 みっともなくたって、いいじゃない。 それが……自分自身であるのなら、まずは認めてあげなくちゃ」
弱いから、夢魔に捕まった。
その≪現実≫ごと 全てひっくるめ、認めて 受け入れるべきなのだ。
「ラクな道では ないかもしれない。 逃げることより、苦しく感じるかもしれない。 でも、あなたが諦めない限り、世界は 変えていける可能性があるのよ。 逃げることでは 絶対に≪掴めないコト≫が、未来になら…… あるかもしれない」
かつて身動きさえできなかった 傷心のシェリルに、ガスパーが言い続けてくれたコトだ。
今度はシェリルが、サラン王子に伝えていく番。
「罪深い私でも、できることはあるのよ。 今だって、本当は 何が正しいか…… 正直わからない。 でもね、だからこそ 戦うべきなんだわ」
≪生き恥をさらす≫と、人は 言うかもしれない。
だから、なんだ……と。 それが、悪いか、と。
フレイズなら、ふんぞり返って 言うはずだ―――― 開き直れる≪図々しさ≫があるから、彼は いつだって≪強い≫のだ。
彼だって≪人の子≫で、彼だって 何度も間違える。
そうやって 誰もが、いつも 正しい選択ができるわけではないけれど。
「間違ったって、いいじゃない。 私には、そう言ってくれる人が現れたから…… ガスパー長官が 見守ってくれたから、今 こうして救夢士≪ロータス≫になれたの。 あなたなら…… 大丈夫」
独りで抱え込むことが、つらいなら。 現実を 受け止めることが、苦しいなら。
「誰かに、半分持ってもらえばいいのよ。 うまくいかなくたって、一緒に 乗り越えていけばいいんだわ。 あなたには―――― それが 可能なはずよ、サラン王子」
生きてさえ いれば。 必ず、何かは 変わっていくのだ。
「…… 坊っちゃん………」
今まで沈黙を保っていた ステファンが、ここでようやく 口をはさむ。
何気ない一言だったが、サラン王子には 何より有効な『呼びかけ』だった。
「…… ステファン…… 今、何て?」
「坊っちゃん、と…… お呼びしたのです。 皆にならって ≪殿下≫などと…… 呼び方を改めたのが、間違いの始まりでした」
シェリルが作り出した≪最強結界≫を 抜け出して、ステファンは 王子の前へと歩み寄った。
「わたしにとって、あなたは 王位を継ぐ≪殿下≫などではなく…… いつまでたっても、ずっと可愛らしい≪坊っちゃん≫なのです。 そのことに、ようやく気付きました」
サラン王子の両頬に、涙が流れていく―――― 暗く淀んだ≪闇≫を吹き飛ばし、碧玉の瞳に 光が戻りだす。
「シェリル様の 言葉の通り…… 間違えたって、やり直しましょう。 何度でも。 二人なら、必ず 今とは違う≪答え≫を見つけられるはずです」
「ス……ステファン……!」
「もう一度、あなたに仕えさせて下さい。 わたしを、あなたの傍に置いて下さい。 お願いします―――― 坊っちゃん」
泣きじゃくる王子を抱きしめて、涙をぬぐっている ステファンの姿は、まるで父親のようだった。
血は繋がらなくても、二人の間にあった≪絆≫は、そう簡単には 壊れるものではない。
大きな すれ違いを乗り越えて、二人は より成長できるだろう…… 心が 共にあるなら、きっと。
「夢魔が…… 引いていくね」
リニサールの指摘通り、植物が 他の場所へと移動を始めていた。
「リニサール、お前は あの二人を頼む。 落ち着いたら、促して連れてこい」
涙が止まるまで、まだ 少し時間がかかるだう。 その間に、救夢士≪ロータス≫として、夢魔退治の『最終仕上げ』が 残っていた。
サラン王子は、夢魔との≪同調≫からは 切り離されたが、夢魔は『核』という≪本体の中心≫を滅ぼさない限り、完全に 消滅はしない。
「夢魔の≪核≫は、今回 二つだ。 俺は 逃げた≪核≫を追いかける。 シェリル、お前は先に≪外≫へ戻って………」
自らの過去を 目の前に突きつけられ、それでも戦いきった 元教え子―――― シェリルの≪精神体≫は、相当 疲労が激しいことを、フレイズは見抜いていた。
眠っていた≪チカラ≫の封印を解き、巨大な魔力を いっきに使うだけでも、相当な負担がかかるうえに――――自分の傷を 自らえぐる様な≪方法≫で、サラン王子の≪説得≫まで やり遂げて。
シェリルの方が、いつ 倒れてもおかしくはない。
けれど、過保護なフレイズに向かって、シェリルは きっぱりと反論した。
「先には、戻りません。 私は…… 救夢士≪ロータス≫ですから」
「おい……強がりは、よせ。 お前、今の 自分の状態が わかってるのか!?」
「…… お言葉ですけど、それは お互い様です、先生」
傷を治したとはいえ、初めに派遣されたフレイズは、この空間に 長く居過ぎた。 時間的なものを含めて、彼だって 限界に近い。
「二つ≪核≫があるなら、手分けして 追うべきです。 サラン王子から 切り離したし…… あとは、木っ端微塵に 破壊するだけですから」
フレイズの影響からか、時折 言葉使いが ひどく物騒だということを、本人は気付いていない。
大丈夫…… と、背中を向けた シェリルの髪は、虹色から漆黒に戻っていた。
「あ~あ…… 行っちゃった。 結局、守らせてももらえなかったね、フレイズ」
「うるせぇよ、ぶん殴るぞ」
リニサールを ひと睨みしてから、フレイズも 魔物を追いかけに向かった。
その場に残ったのは、抱き合って 涙を流す≪救済対象者≫二人と、救夢士≪ロータス≫のリニサールだけ。
「すべてを諦めるなんて…… 本当は、できないんじゃないかなぁ……」
すべてを 諦め、すべてを 捨てる―――― かつて、自分も望んだコトだった。
それでも、できなくて。 望めば望むほど、≪願い≫は 遠のいていって。
「すべてを諦められないから…… 人は苦しむんだよ、サラン王子」
リニサールの≪過去≫や、彼の 屈折した≪心の内≫を知る者は、数少ない。
相変わらず 笑顔を崩すことなく、彼は彼の記憶に 思いを馳せながら、しばらく 目の前の光景を見守っていた―――――。
全員が 無事に生還を果たしたからといって、めでたしめでたし……で、終ることばかりではない。
今回の事件では、三つのことが『問題点』として挙げられたのだ。
一、フレイズが 単独で処理できずに、救援を呼ぶ事態へと発展させ、コペルチカ国に 不信感を与えてしまったこと。
二、相手の条件とはいえ、素人のステファンを同行させるという ≪規定違反≫を犯したこと。
三、≪補助≫が中心と定められている・初級 救夢士≪ロータス≫のシェリルが、先輩を差し置いて 事件解決を担当したこと。
以上、三点をふまえて、虹城≪サハラ≫上層部が 出した結論とは―――――。
「全員、謹慎……… ですか? それだけ?」
見栄っ張り集団の上層部にしては、かなり寛大な処分といえる。 シェリルなど、追放処分などまで 覚悟していたのだから。
「まぁ、≪フレイズ≫と≪リニサール≫っていう、ウチの≪二枚看板≫が関わっているわけだし。 君は君で…… 自分で≪封印≫を解いて、何だか 強くなってるし。 コペルチカ側からも、実際 ものすごい感謝されたんだし…… ≪謹慎≫っていうのも、一応≪けじめ≫だから――――ってことで、ね」
そんなに、心配しなくても大丈夫だよ。
処遇を伝えるために 長官室に呼び出してから、ずっとシェリルは 唇を噛みしめていた。
ガスパーは、いつも通りの 慣れた仕草で、彼女の髪を 撫でる。
「…… そんな顔、しないの。 君が 何をやらかしたって、わたしは 君を嫌ったりしない。 君を―――― 手放したりは、しないから」
かつて、クラークの弟子として、最強の魔法士≪ザクル≫だった ガスパーは、シェリルのために現役を辞めて、周囲の反対を押し切って 長官に就任した経緯がある。
傷付き過ぎた 幼いシェリルを救うには、傍に 居続けることが重要だった。
留守がちになる≪現役≫は不向きだから、多忙でも 外出の少ない≪長官≫を選び、彼女を ≪養女≫として迎えた。
笑うどころか、泣くことさえできなかった、九歳のシェリル。
フレイズを担当教官につけたのも、長官だから できた。 彼ならば、シェリルに≪怒り≫や≪反抗心≫を、思い出させてくれるだろう―――― やがて、それらは 生きるチカラに繋がると信じて。
「お疲れ様。 最近、ずっと仕事が連続していただろう? いい機会だから、ゆっくりと お休み」
「謹慎中だって…… 仕事はたくさん あります。 ≪治療室≫での 治療行為とか、長官の書類整理の 手伝いとか……。 とりあえず―――― 治療室に行ってきます」
追放に ならないなら。 じぶんにできる仕事は、ゼロではない。
長官室を出て行く際に、後ろ向きのまま、シェリルは ぽつりと呟いた。
「いつも ありがとう…………… ≪おとうさん≫」
慌てて 扉を閉めてしまったが、きっと ガスパーは、満面の笑みを 浮かべていたに違いない。
長官室を出た シェリルのことを、待ち構えている 一団がいた。
「あ、やっと出てきた~ シェリルちゃん!」
「久しぶり~、お疲れ~。 昼飯 食ったか~?」
「相変わらず ガリガリなんだから。 後で、オヤツ持っていってあげるわ」
やたらと シェリルに≪好意的≫な一団は、同期の『四十六期生』の面々である。
同期といえども、単独で フレイズが受け持っていたシェリルは、他の者たちとの交流は 皆無に等しかったが―――― フレイズの≪鬼教官ぶり≫や、痛々しいほど 傷付いていたシェリルの≪姿≫は、彼らの『庇護欲』を駆り立てた。
実際に、全員が シェリルよりも年長者であり、いつしか『妹扱い』をするようになっていたのである。
「謹慎だってな、まったく……上層部も、ふざけんなって感じだよなぁ」
「報酬だって、けっこう 跳ね上がったんでしょ? 何が気に入らないのかしら」
先日、『え~…… 倍にはならなかったの?』と、不謹慎にも漏らした リニサールの事は、秘密にしておくべきだろう。
「でもね、耳より情報をゲットしたのよ」
リニサールばりに ≪裏事情≫に詳しい ナディアからの情報により、彼らは集まったらしい。
「ついにね、シェリルちゃんも―――― ≪中級≫へ 昇格するそうで~す!」
「……え……」
「まぁ、遅すぎたくらいだろ。 ≪補助≫が中心といったって、戦闘に入れば 魔法≪ザク≫には助けられてばかりだもんな」
「怪我して帰って来たって、治療室で きれいに治してくれるしさ~」
「中級になったからには、仕事で組む相手が 選べるようになるしね」
「絶対、一緒に 仕事しましょうね!」
「あ、俺も俺も~」
「本題を戻しまして…… そこで。 我が≪四十六期生≫―――― 別名≪シェリルちゃんを 愛でる会≫の 満場一致で、シェリルちゃんの≪昇格祝い≫を 執り行うことに決定しました~!」
「お~!!」
ぱちぱちぱち…… と、拍手が起こる。
そもそも、同期の集まりに、そんな 名前が付けられていたのか―――― シェリルには、知らないことばかりだ。
「謹慎明けの、二十日後だからね。 忘れないでよ?」
「その日だけは、俺ら 全員、休暇取ってるしな~!」
「朝まで 騒ぐぞ~!!」
自分に向けられる 純粋な≪好意≫に、シェリルは未だに 慣れることができなかった。
彼らは、シェリルが抱える≪過去≫も、背負った≪罪≫も、詳しいことなど 誰も知らない。 知らなくても、好意をくれる。 知らないくせに…… と、拒絶するだけでは 何も変わらないから。
ほんの少しずつでも、彼らに対して、返事くらいは できるようになっていた。 いつかは、フレイズに対するように、憎まれ口も 叩けるようになるのだろうか。
「あ………あの……その、ありがとう……」
必死に返した 小さな≪感謝≫に、周囲は 一瞬、固まった。 固まって―――― 爆発した。
「か……か……」
「可愛い~!!」
「いや~ん、何 この生き物!!」
何故だか、一斉に興奮しだした集団に、この後 シェリルは もみくちゃにされるのである。
いつだって、どんな時も、忘れないで。
あなたは、決して、独りじゃない。
つらい時、苦しい時は、独りで 抱え込まなくていいんだよ。
目を開けて、周りを見渡して…… 大事なモノは、きっと すぐ近くにあるから。
虹城≪サハラ≫に所属する、救夢士≪ロータス≫全員が、常に 繰り返している言葉。
それでも、もし。
自分は 独りぼっちだと、思うなら。
思い出して。 救夢士≪ロータス≫は いつだって、あなたの元へと駆けつけるから。
あなたが 立ち上がれるまで、そばで見守っているから。
間違えたって、いい。 初めから 強い人なんて、いない。
何もできない…… と、自分の殻に 閉じこもるなんて、勿体ないよ。
≪夢≫から覚めたら、きっと 新しい世界が あなたを待っているはず。
だから、帰ろう。 一緒に、≪現実≫へ 帰ろう。
踏み出した 一歩は、決して 無駄には ならないから。
怖がらないで。 あきらめないで。
あなたには、あなたにしかない≪チカラ≫が、必ず ある。
だって、あなたの≪未来≫を変えられるのは―――――― いつだって 『あなたしか いない』。
≪完≫
お疲れ様でした。 これで『本編』は終了いたします。 ありがとうございました。
ここまで 辿り着いて下さった方に、感謝の意を込めて―――――
この後、『番外編』を掲載する予定です。
≪フレイズ≫と ≪リニサール≫目線の話です。
興味のある方は、引き続きお付き合い下さいませ。
それでは。 2012年10月7日 水乃琥珀でした♪♪