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1.深夜の緊急依頼

「フレイズを捜してほしい」



  前置きも何もないガスパーの言葉に、少女は耳を疑った。

「ちょ……長官。 今、何と……?」

「聞こえなかったのかい? フレイズを捜してほしいと言ったんだよ。 任務中に 交信が途絶えたんだ」

「まさか……」

  一番ありえそうにない人物の名前が出たことで、眠気も吹き飛んだが……少女が動揺を隠せないのは、何も年齢のせいではない。

  現在の時刻、午前二時。 とっくに眠りについていた少女が 強制的に起こされたのは、ほんの数分前である。

  規則上、上司からの招集命令が出たら 六分以内に参上すること……訓令生時代に嫌というほど叩き込まれてきたため、大急ぎで寝巻を脱ぎ捨て、仕事着を半分着た状態で 部屋を飛び出してきた。途中で誰にも会わなかったのは幸運である。

「どういうことですか? 私には、あの先生が 交信を絶つなんて……とても信じられません」

「まぁ……わたしもそう思うけど、実際本当の話なんだよ」

 ガスパーは小さい子供をなだめるように、一つ一つ丁寧に、事の真相を少女に説明した。



  少女の名は、シェリル。 肩まで伸ばした珍しい漆黒の髪に、琥珀色の瞳。 年齢は、今年十六になる。

  職業……救夢士≪ロータス≫。

  救夢士≪ロータス≫とは、夢魔から人を救う者の 総称である。 


  いつの頃からか、この大陸バンテルンには「夢魔」と呼ばれる魔物が出没するようになり、人々に危害を加えていた。

  夢魔は人間に憑依し、その人間の意識・精神を「夢の世界」に引きずり込んでしまうことだった。

  引きずり込まれた人間は、はたから見れば眠っているようにしか見えないが、「夢の世界」という 異次元にも似た世界の中で、夢魔は これでもかと攻撃をしかけてくる。 精神体の負う傷が限界を超えるか、精神が肉体から離れて時間が経過し過ぎると、肉体は死に至るのだ。

 

  魔物でありながら実態を持たない夢魔は、普通の人間では打ち勝つことはできない。 長い年月の中でいろいろな対策を講じてきた結果、人間たちは 六十年前に一つの組織を誕生させる。

  大陸バンテルンの中心地、緑の多いマストュール平原にそびえ立つ、七色に光る 大理石の城。

  組織の名は「虹城≪サハラ≫」……夢魔に対する研究と、夢魔退治専門の「救夢士≪ロータス≫」の育成を行う団体であり、どの国にも干渉されない 独立組織である。

 

  基本的に、夢魔退治には「退魔剣≪フェーテ≫」と呼ばれる特殊な剣を使うので、救夢士≪ロータス≫は「剣士である」と誤解されがちだが、類いまれなる特殊能力……「魔法≪ザク≫」を駆使して戦う 救夢士≪ロータス≫も存在し、今回呼び出されたシェリルは、まさにそれに該当する。




「つまり……隣国コペルチカの王子様が、本来の救済対象者だったと?」

「うん、そう」

「それで、信頼性の高いフレイズ先生が 派遣された、と?」

  シェリルの訓練生時代の担当教官がフレイズだったので、いまだに「先生」という呼び方を変えないのだが……慕ってそう呼んでいるのではないことを、周囲の者は熟知していた。

「それなのに、先生は任務半ばで、連絡が取れないって……冗談でしょう!?」

「冗談なもんかい。 補助役に、対象者を見つけたって通信してから 行方知れずだ。 たいした夢魔ではなかったんだ。 正直、フレイズには簡単すぎる仕事だったんだよ。それなのに……」

  組織の長官であり、全てを預かるガスパーは苦い顔をした。


  フレイズは、虹城≪サハラ≫の中でも特に優秀な 救夢士≪ロータス≫だった。 まだ二十一歳になったばかりだが、知識も経験も豊富で、これまで多くの大役を果たしてきた。

  性格に少々難は有るが、任務には常に全力投球…… 手を抜いて失敗するなど 絶対に考えられない。

「想定以上に、夢魔が強敵だった、とか?」

「うちの調査隊をナメてはいけないよ、シェリル。 彼らが判断を誤ったとは言い難い。 だが、フレイズが手を抜くなんてのも 考えられない。そこで、君を呼んだわけだよ」

  にっこり笑ったガスパーと入れ替えに、今度はシェリルが苦い顔をした。

「何で私の名前が挙がるのか、まったくもってわかりません」

「何故だい? フレイズとくれば、君じゃないか」

「リニサール先生の名が出るならわかりますけど、私の名が出てくるのは変です!」

「そんなことを言ったら、フレイズが泣いてしまうよ、シェリルさん」

  誰もいないはずの長官室の奥から、第三者の声がした。

  今まで気配をきれいに消していた青年は、いつも通りの優しげな微笑を浮かべながら姿を現す。

「リ……リニサール先生……」

  その声の主を、シェリルはよく知っていた。



  フレイズの親友で、彼と同じく優秀なリニサールは、こげ茶色の長い髪を後ろで一つに結んでいた。

  虹城≪サハラ≫内で、こっそり「微笑みの貴公子」とも呼ばれている彼が 髪を結ぶのは、仕事のときと決まっている。

「え? 何で……」

「だから、仕事だって教えただろう、シェリル。 君は、即刻コペルチカに向かい、フレイズを見つけなさい。 これは特命だよ」

「だから、何で私なんですか!? 他にもっと優秀な人がいるのに…… フレイズ先生が手こずっている現場に、私なんかが行ったって……!」

「本来の救済対象者である サラン王子は、リニサールにまかせる。 君はフレイズ一人に狙いを定めて、必ず連れ戻しなさい」

  静かだが、有無を言わさぬガスパーの言葉に、シェリルはうなずくしかなかった。

「よろしく、シェリルさん」

  微笑むリニサールに対して、足を引っ張りまくるであろう 己の姿が想像できるだけに、シェリルの返事は暗い。

「よろしく……お願いします……」

「それでは二人とも、張り切って行ってらっしゃ~い!」


  これが 今生の別れになる可能性もあるのに、ガスパーは普段通りの明るい笑顔と言葉で二人を送り出した。 どんなに困難な依頼の時でも、彼は 常にその態度だけは崩さない。

  出て行く身としては不謹慎だと思えるほど、実際の 救夢士≪ロータス≫は 危険な仕事なのだが……「いつも通り」の明るさは、「帰りを待っているよ」というガスパーなりの 愛情の表れだった。  

 初めまして。 水乃琥珀と申します。

 

「救夢士」シェリルのお話を始めました。

7話~8話程度で完結する予定です。少しの間、お付き合い下さいませ。

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