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第四話  諸悪の根源は目の前の魔導師だった


「いやぁ~、やっぱ里愛は気が強いね。こんな風に抵抗出来ずビンタくらったのなんてハニー以外初めてだよ」



 そう呟きながら真っ赤に腫らした頬を撫でる男。細長い指先が自らの頬を撫でるたびに赤みが増しているように見えた。

 とっさとはいえ、見知らぬ相手を叩いてしまった罪悪感に押し潰されそうになる。

 相手が誰であれ、手を上げるなんてしてはいけないことだ。

 そんな里愛の心情を察してか、その場を和ませようとしたのだろう。だが、その後の行動が非常に不味かった。

 何と男は里愛の頬にキスを落としながら「僕は大丈夫だから気にしないで」と微笑んだのだ。

 正直美系の男に接近される事など滅多にない里愛はパニックに陥り、更に往復ビンタを食らわす始末となってしまったのだ。


 白皙の頬を赤く腫らした無様な男の姿に麗人は大爆笑しながら指を指す。

 一方、頬を真っ赤に腫らした男は部屋の隅に逃げた里愛を相手に困惑している様子だった。

 未だに笑いを抑える事が出来ず、ひぃひぃ笑い声を漏らす麗人を一睨みした後、男は里愛に視線を戻した。

 綺麗な蒲葡色の瞳が里愛をジッと見つめている。普段だったら視線にさらされることすら嫌で仕方がないのに、今は混乱しているせいか思考がぐちゃぐちゃでそれすら気にする余裕がない。

 そもそも、何故奈々美が突然見知らぬ男へと姿を変えたのかいまいち理解していないし――そうだ。

 奈々美は……どこ?と呟こうとして男の顔を凝視した。



 さらりとした黝い髪に蒲葡色の瞳。綺麗系な顔立ちは端整で見る者を捉えて放さない。品良く浮かべられた薄い笑みは一体どれほどの女性達を虜にしてきたのだろうか。

 自分の外見に絶対の自信を持っていそうな男の姿に何故か奈々美の面影が重なる。

 ……もしかして、自分が奈々美を可愛いと思えなかったのは、目の前の男が奈々美に変装していたからではないだろうか。

 そんな確信を持った里愛はソファで必死に笑いを堪えている麗人に視線を向けた。

 相変わらずどんな仕草をしていても美しいその姿は老若男女虜にするほど眩しくて仕方がない。

 可愛い系というよりも綺麗系のお姉さまだが、十分目の保養になるし、何時間でもいいから観察していたい気分になる。

 ついで目の前の男に視線を戻す。何処からとう見ても長身痩躯の美男子だ。

 もちろん見惚れるかといわれれば死んでもありえないわけで――キッと睨み付ければ微笑が返ってきた。

 ソファに戻る事もせず、部屋の隅っこにうずくまる里愛と一定の距離を保ちながら男は視線を合わせるように絨毯に膝を付く。

 綺麗過ぎる蒲葡色の瞳に酷くぶざまな自分が映って見えた。



「こんな理不尽な状況下に置かれても泣いていない君は本当に強いと思うよ。俺に聞きたい事いっぱいあるよね?何でも答えるから取り敢えずソファに行かない?」

「……ここでいい」



 子供のようにぐずるのは好きではないが、これ以上目の前の男に近づきたくないのもあって、里愛は壁に背中を預けたまま男をじっと見つめる。

 麗人は完全に傍観者を決め込んでいるのか、会話にすら介入してこなかった。

 笑い声も治まり、部屋の中がしんとする。男の静かな声音が部屋の中に響いた。



「じゃあ、自己紹介から始めるとするか。僕の名はシリウス・ルシファー。そこそこ強い魔導師さ」



 あまりにも大雑把過ぎる自己紹介に里愛は眉をひそめた。そもそも魔導師とは一体何なのだ?

 よくゲームとかファンタジーでは聞くような職業だと分かるが、魔女とは何が違うのだろうか。

 色々と頭の中で浮かんでは消えていく疑問。だが、それよりも聞きたいのは何故あんな姿をしていたのか。それが一番重要だった。



「……何で奈々美の姿をしていたの」

「色々事情があってね。その条件を満たすには女性の姿をしている方が上手く行くと思って森田 奈々美という人物になっていたんだ」

「それって、貴方自身が異世界に潜り込んで召喚する人間を選別していたって言う事?」

「ザックリ言うとそんな感じかな」



 悪びれた様子もなくさらりと告げる男に怒りすら覚える。突然見知らぬ世界に連れて来られたかと思ったら得体の知れぬ男に殺されかけたのだ。

 それに対し謝罪するわけでもないその姿に暴言を吐きそうになり、唇を噛み締めた。


 こんな情けない姿、誰にも晒したくない。

 こんな奴に……泣いている顔なんて、見せたくないっ!


 掌に爪が食い込むほど強く握り締める里愛。世界で一番自分が可哀相だと思いたくはない。悲劇のヒロインにもなりたくない。

 だから、この男の思い通りになりたくなくて、出来る限り低い声で呟いた。


 

「元の世界に帰して下さい」

「それはまだ無理だよ」

「どうしてっ!私が一体何をしたって言うの」

「何もしてないよ」

「だったら何で……」



 男の冷静な声音に世界が崩されて行くのを感じる。卑怯だ、こんなの……。

 まるで自分が駄々をこねる子供のようではないか。そんなつもり無いのに、そう思ってしまう。



「卑怯者」

「知っている。似たような言葉をよく言われるからね。でも、元の世界に帰る方法があるだけマシだと僕は思うよ。幸いそこに居るエルステディアは世界でも屈指の実力者だ。里愛が僕のお願いを叶えてくれた暁には必ず元の世界に戻してもらおう」

「……」



 何処までも上から目線なのが非常に気に食わない。そもそも契約って何なのだ。

 自ら召還する人材を選びに来るほどなのだから相当重要な内容に違いない。

 続きを促すように視線を送れば男は苦笑しながら話し始めた。



「知り合いの魔術師がね、あと一ヶ月で四百歳の誕生日を迎えるんだ」

「よ、よんひゃくうっ!?」



 聞いた事も無い年齢に思わず噴出しそうになる里愛。

 黒曜石の瞳を見開きながら男を見つめれば当然だといわんばかりに頷かれてしまった。

 どうやら、この世界では普通らしい。



「そう、四百歳。とは言っても普通の人間の平均寿命は長くても百歳前後だから魔術師という生き物はかなり長寿な存在なんだよ」

「へ、へぇ……」

「まあ、一般の魔術師は平均寿命二百~三百歳が普通だけど、彼の場合は違う。父親が世界最強の大魔術師と謳われる人物の一人だからかなり長寿なんだ。多分千歳は軽く生きると思うよ」

「っ!」



 せ、千歳……あまりにも規模が違いすぎて何と言っていいのやら困ってしまう。

 取り敢えず、年寄りとだけは覚えておこう。もうじき四百歳らしいし。

 まだ二十歳にもなっていない自分からすれば十分それだけで年寄りのように思えた。

 しかし、もうじき四百歳を迎える魔術師がいるから何だというのだ。どうしても嫌な予感しかしない。

 あからさまに嫌そうな顔をしたからだろうか。シリウスは苦笑しながら続きを語る。



「勿論ここからが本題だ。里愛……君にはその魔術師の花嫁候補として一ヶ月宮殿で過ごしてほしい。勿論他にも花嫁候補は六人居て、君が花嫁に選ばれる可能性は限りなく低い。花嫁候補として選ばれなければ無事元の世界に戻してあげるよ」

「六人も花嫁候補がいるのに何故私が花嫁候補に選ばれたの」



 四百歳の魔術師の花嫁候補として普通異世界から娘を召還するものなのだろうか。

 そもそも花嫁を探すのであれば異世界から連れてくる必要などないのではないか?

 この男……何か隠している。疑惑は確信へと変わり、里愛の瞳が鋭さを増した。

 自分を無理やりこんな場所に連れてきておいて重要な事を隠しておこうだなんて虫が良すぎるのではないだろうか。



「一体何を隠しているのかしら?シリウスさん」

「嫌だなぁ、隠しているだなんて……。ただ強いて言うのなら、君が魔術師の初恋の人に似ているから選んだんだ」

「……」



 何だその理由。初恋の人に似ているって……まさか、それだけの理由で態々異世界に連れてこられたのか、私は。

 思わず倒れそうになる体を必死に押し止める。いや、百歩譲って仮に私が初恋の人に似ているのだとしたら、逆に選ばれる可能性は高くなるのではないだろうか。

 他にも候補が六人いるとして、一体どんな人が集まるのか全く分からない。



「そもそもどこら辺が似ているんですか?黒髪?日本人系で童顔なの?」

「そうだねぇ……確かに童顔ではあるかな。拗ねると所が妙に子供っぽいし、普段は大人びている姿が凄く似ているんだ」

「……」



 ふーん。そうか、そうか……つまり、そういう仕草をどうにかすればいいのだろうか。でも顔はどうしようもないな。どうしよう、化粧でもすれば少しは老けるかな。

 そんな取り留めのないことを考えていると、ふいに穴が開くほど見つめられるのが分かった。

 美人さんに真正面からマジマジと見つめられるのは非常に居心地が悪い。どのくらい見つめられたのだろうか。

 納得したのか、分からないが煙管を揺らしながら麗人は小首を傾いだ。



「そんなに似ておるか?あれに」

「似ているよ。凄く似てる。三年間傍に居たから余計にそう思うよ」

「そうか。あれに愛嬌とか、子供っぽさがあると聞いたのは初めて聞いたのぅ……」



 口元に含んだ煙管をブラブラさせながら遠くを見つめる麗人。だらりとした態度をしているのにだらしなく見えるのだから不思議だ。

 しかし、驚くほど二人の証言が全く一致しない。一体どちらの言葉を信じればいいのやら。

 兎に角、その魔術師とやらに会ってみなければ分からないな。と密かにそんな事を思ったのであった。




すみません。題名入れ忘れてました。あと気になる所修正しました。

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