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第二話  美男美女に囲まれ生死のやり取り


 何が何だか分からぬまま里愛は薄暗い水の中、もがいていた。意識が飛びそうになりながら足をバタつかせる。

 突然得体の知れぬ存在に引き摺りこまれたせいか、思いっきり水を口の中に含んでしまった。

 ぐえ、この水……黒く濁っていたのに、慌てていたせいで思いっきり飲んでしまった。最悪、マジで死にそうかも。

 てか、突然伸びてきた干乾びた腕はなんだったんだろうか?

 まさか本当に幽霊が存在していたなんて……気持ち悪!兎に角、酸素、空気っ!

 呼吸困難に陥った里愛はもがく様に水面を掻けば今度は簡単に身体が浮上した。



「――げほ、がはっ……」



 浅い呼吸を繰り返しながらすぐさま縁に掴まる。滴の付いた睫毛を震わせながらゆっくり瞳を開いた。

 俯かせていた顔を上げた里愛はポカンと阿呆面をさらす。思わず瞳を瞬いた。

 何度かそうした後、幻覚が見えているようなので両目を擦る事にした。濡れている掌は気持ち悪かったがこの際仕方がない。

 池に落ちてしまったショックか、それとも本物の幽霊を見てしまったショックなのかよく分からない。

 だが、この現状が明かに可笑しいという事だけは十二分に理解できた。



「……何これ?」



 空しい問が宙を消える。自分の目が腐敗していなければの話しだが、先ほど落ちた学校の風景とは別物に見えるのは気のせいだろうか。

 闇夜の中、妙に明るい月明かりに照らしだされた場所は優雅の一言につきた。

 だだっ広い噴水を囲むように綺麗に切り揃えられた垣根が丸く辺りを囲んでおり、甘ったるい香りを漂わせながら赤い花を咲かせている。

 一見薔薇にも見えるが、匂いは金木犀の様な強烈な香りだ。まるで香水の原液を垂れ流したかのような匂いに眉をひそめる。


 庭園のような場所だと思いながら視界を動かす。

 遠巻きに見えるのは白亜の石柱が連ねた通路。その先を辿って行けば見た事も無い豪華な城が建っていた。

 きっとここはあの城の庭園なのだろう。城の周囲を囲むように城壁のようなものも見えるし。

 段々落ち着いてきたのか、ようやく動き出した頭で考える。

 まあ、幸いな事に自分がいる噴水の水はとても綺麗で飲み水としても問題無さそうだ。

 というか溺れていた時、この水を飲んだという事であって欲しいと切に願いつつ、里愛はよっこらせと呟きながら噴水から出た。


 それほど寒くないとはいえ、ずっと水の中に浸っているのもどうかと思ったので出たが完全に衣服はびちょぬれだ。

 気温は初夏と言った所だろうか。熱くもないし、寒くもない。頬を撫でる風だけが酷く優しく感じた。

 幾ら寒くないとはいえ、このままでは風邪を引いてしまうため、服の端を掴むと絞る。

 本当は脱ぎ捨てて全部絞りたい所だが、誰かやって来たら最悪だ。間違っても露出狂と勘違いされたくない。

 

 ……それにしても本当にここは何処なのだろう。


 頬に張り付いた漆黒の髪の毛を払い除けながら里愛は再度改めて辺りを見渡す。

 勿論見知った校舎や池などは存在しない。



 ――ではここは何処なのだろうか?


 結局最初の問いに戻ってしまった事にげんなりしながら服を絞り終わった頃だった。

 静寂が満ちていた庭園の空気が急に変わった。

 それは一般人の里愛ですらすぐに気づくほどのぴりりとした空気。全力で逃げ出したくなるような、ゾッとする気配の中、突然それは現れた。

 垣根の間から現れた訳ではなく、歩いてきた訳でもない。言葉通り何も無い所から突然現れたのだ。

 大きく瞳を見開く里愛を他所に突然現れた男は里愛がここに居たことを知っていたのか、鋭い眼差しを此方に向けた。



 まるで地獄の炎を再現したかのような艶やかな紅蓮色の髪が風に揺られ、髪に飾られた装飾具と共に綺麗な音色を奏でる。

 どこまでも燃やし尽くしそうな紅蓮の髪とは対照的に静かな光を湛える天藍石ラズライトの瞳が里愛を貫く。

 整った鼻梁に一文字に引かれた薄い唇。ほっそりとした輪郭に白皙の肌がとても印象的だった。

 細やかな刺繍が施された外套を身に纏い、腰には見慣れない短杖ロッドをぶら下げていた。

 宝石なのだろうか。吸い込まれそうな程綺麗な拳大の紅玉が嵌めこまれており、見るからに高そうな短杖だ。


 第一印象は赤と青。全く異なる色を宿していながらも激しく燃え盛る炎のような外見をした男は里愛を睨み付けると柳眉をひそめた。

 驚くほど端整な顔立ちをしている事にもびっくりするが何より身に纏っている雰囲気が恐ろしく威圧的だった。

 まるで王者の貫禄というのだろうか。兎に角、側にいるだけで圧倒される気配に里愛は一歩後ろに下がる。

 形の良い唇が言葉を紡いだ。



「キディーアマ レダァ」



 低い声音が鼓膜を揺らす。しかし、里愛は硬直したまま動けなかった。

 ……すみません。全く持って意味が分からないのですが、日本語に通訳してくれませんか?

 そう心の中で思っても勿論目の前の男に通じるわけも無く、男は更に眼光を鋭くしながら不愉快そうに言葉を紡ぐ。



「ドゥーラ フォルシャ ダァナ」



 いやいや、マジで意味が分からないんですけど。

 英語?英語なの?いやいや、英語にしては妙に変な発音というか全く違うよね、英語とはそもそも発音の仕方が。

 喋っていいものなのかどうなのかよく分からない雰囲気に呑み込まれた里愛は口を噤みながらその男を見つめる。

 そもそもこの雰囲気、絶対好感的では無いような気がする。

 自分は危険人物ではないとどうやって伝えるべきか。


 そもそもこの場で日本語なんて喋ってしまったら更に怪しまれそうな雰囲気だ。

 ここはジェスチャーで私は敵ではありませんよ!てきな感じで伝えるしかないのだろうか。

 でも、そんな事をしたら一瞬で拘束されそう。冗談とかこれっぽっちも通じそうも無い人種に見えるし。……どうしたものか。

 困ったように見つめていれば腰にぶら下げていた短杖を掴むのが分かった。

 紅玉が嵌め込まれた立派な短杖の先端が里愛に突きつけられる。

 実際そんな物を平然と突きつけられたのは初めてでどんな反応を示して良いのかさっぱり分からなかった。


 日本でそんな行動したらかなり頭のヤバイ人で登録されるに違いない。というか外国でもそんな行動したら怪しい人になると思うのだけど。

 というかどこぞの魔法の世界でもあるまいに何故に杖?

 何、そっちに憧れてしまっている人なの?というかここは本当に何処の国なの?

 イギリス?フランス?イタリア?デンマーク?

 誰かー、ここにかなり痛い人がいるんですけど、助けてぇー。


 心の中でそんな事を叫びながら魔法の存在なんてこれっぽっちも信じていなかった私は危機感を覚えることなくそんな事を考えていた。

 まさかこの世界では当たり前のように魔法が存在するなんて知る由もなく、ただの痛い人だと真剣に思っていた。何の抵抗もすることなく、その仕草を見続けていた。

 黙ったまま立ち尽くす私を男は完全に不法侵入者と判断したんだろう。

 思いっきり一般人の私に向かって詠唱破棄をした上、上位呪文をぶっ放してきたのである。

 後でその時の出来事を思い出す度、良く自分生きていたなぁと実感するほどだ。



「ロェキ」



 まるでそう告げられた言葉は消えろと言われたようでよく覚えている。

 実際に後で聞いたらそのまんまの意味だったのでこの国に来て最初に覚えた言葉が『消えろ』だというのは物凄く哀しい事だが仕方がない。

 彼は本気で何も出来ない、魔力の魔の字も無い小娘を跡形も残らず殺そうとしていたのだから。


 杖の先から小さな火花が飛散ると同時に一気に周囲の気温が破裂したかのように上がった。

 え?と思う間もなく目の前が一瞬にして炎に包まれる。

 頬を撫でるように燃え上がる炎。嘘、ここで死ぬの!こんな、意味も分からない状況で!?と言うか何で杖の先から炎が迸るのっ!一体何のマジック!?

 恐怖に足が竦み、逃げるという発想にすら至らなかった里愛。反射的に両腕で顔を庇った瞬間だった。



「見つけたえ、異界の小娘」



 優雅な日本語の発音と共に呟かれた言葉。次いで里愛を何かがぐっと掴んだのを感じ、後ろに引っ張られる。

 とん、と砂利を踏みつける靴の音が聞こえ、恐る恐る手を退けた。

 目の前に広がった悲惨な光景に思わず口から小さな悲鳴が漏れた。

 先ほどまで綺麗な花が咲き誇っていた庭園は一変し、火の海と化していた。


 ままままままま、ま、まさか、先程の火の玉が周囲一体をこんな景色に変えてしまったのだろうか。

 というか、遠慮も何も無い完全なまでの排除攻撃だ。むしろ、魔法も何も扱えない普通の人間相手にこの仕打ち。

 今思えば本当にこの男、ありえねぇな!と大声で悪態付くぐらい出来ただろうが、その時の私には勿論そんな余裕も無く、呆然としていた。

 キャパシティーをとっくに超えてしまっているのか、混乱した頭で必死に考える。



 ――てか、私……何で浮いているのだろう。

 命の危機に晒されていた癖に、私は現実逃避するかのようにぷらぷら動く両足に視線を落とした後、ゆっくり視線を上げた。

 黒曜石の瞳を瞬けば見たことも無い麗人に抱き抱えられている状態だった。


 緩やかに巻かれた艶やかな黝い髪が肩から滑り降り、見上げる私の顔に落ちる。……正直くすぐったい。

 瞳を細めながら視線をずらせば薄く施された化粧に綺麗な弧を描く口元が見えた。

 綺麗にカールした睫が白皙の頬に影を落とす。何より切れ目の瞳が印象的だった。

 燃え上がるような緋色の瞳から徐々に紫へと変化していくその瞳は虹色を宿している。

 普通の人間では有り得ない色彩を宿した女性は実に目の保養だ。

 思わず溜息が漏れてしまいそうなほど豊かな身体をしているし。命の危機にさらされていたとはいえ、役得だと思えるくらいナイスバディな魅惑的な身体をしていると思う。

 この風景に良く似合う蒼と白を基としたドレスを身に纏った女性の横顔はとても凛としており美しい。

 ここまでドレス姿が似合っていると、彼女がパーカー姿で過ごしている姿など想像できない。

 言葉も無く、魅力的な女性を見上げていると、里愛の熱い視線に気づいたのか麗人が此方に視線を向けたのが分かった。

 怪しい微笑みに思わずぞわりとする。

 大きく瞳を見開いたまま見つめ返す里愛に笑いを含んだ声音が落ちてきた。



「何ぢゃ。妾の美貌に目が眩んだのかえ?」

「……」



 ええ、確かにその美貌には目が眩みすぎてチカチカするが、そんな事を平然と言ってしまう麗人はある意味凄いと思う。

 余程自分の外見に自信が無ければそのような言葉は口に出来ないだろう。

 そんな里愛の反応を麗人は楽しげに眺めながらも意識は既に庭園を火の海へと変えた男に向けられていた。

 何時の間にか蒼色に変わった瞳が里愛から男へと移される。

 里愛も一緒になって男の方へ視線を送った瞬間、見なければ良かったと後悔するほどの無表情な顔が此方をジッと見つめていた。


 まるで能面のような男の表情は感情が一切抜け落ち、ゾッとするほど恐ろしい。

 冷え切った氷の瞳だけが唯一と言っていいほど怒りの感情を宿していた。

 じゃり、と辺りに飛散った破片を踏みつける音が鼓膜を通して聞こえた。



「ドゥーラ レーマカナ カタッダ」



 相変わらず何を言っているのかさっぱり分からないが、里愛を抱きかかえている麗人はその言葉を理解しているのか意味深に微笑を貼りつけるだけだ。

 そんな笑みに男は更に瞳を鋭くする。只でさえ鋭い瞳が更に鋭くなり、もはや直視は不可能な状態である。

 里愛も恐怖のあまり視線を地面に落とした。

 恐怖で身体が震えているのを感じたのか麗人はしっかりと体を抱き寄せると、そっと里愛に向けて小さく呟いた。



「安心するが良い。妾はとりあえずそなたの味方ぢゃ」



 ……すみません。そのとりあえずって言葉がすっごく気になるんですけど。

 何、麗人もあの男みたいに殺そうとする日が来るのだろうか。

 呆然としながら視線を上げれば麗人はすでに真正面を向いていた。



「カースゥガーニ」



 間近で聞こえた声にびくりとする。視線を上げれば何時の間にか間合いを詰めた男の姿が其処にはあった。

 恐怖に慄く里愛に対し、麗人はあくまで逃げる動作もせず、ただ一言『言葉』を口にしただけだった。



『動くな、喋るな、騒ぐな』



 行動を制限するような言葉に男は一瞬眉をつり上げた。

 だが、そのままの状態で固まったように動かなくなった男を尻目に麗人は小莫迦にするような笑みを浮かべると唇を歪めた。



「残念だが、そなたでは妾には勝てぬよ。理由を説明してやりたいところだが、此方にも色々と事情があってのぅ、今はちと時間がない」



 それだけ呟くと麗人は里愛を脇に抱えたままその場から静かに消えたのであった。

 


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