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第十六話 美人の笑みは薔薇の棘よりも鋭い


 薔薇園に入ると、香りが一層強くなるのがわかった。円卓のようにぽっかりと切り開かれた庭園にセッティングされた卓の上には美味しそうな焼き菓子が用意されている。

 その円卓を囲むように一足早く到着した令嬢達が楽しげに談笑をしていた。遠巻きに見ているだけでも美人だと分かるほどだ。

 それよりも、幼女なんて何処にもいないのはどういう事なのだろうか。アルヴィドはロリコンじゃなかったのか!?

 思わずそう叫びそうになった里愛だったが、何とか言葉を呑み込む。何だか場違いなんてもんじゃないような気がする。

 皆さん列記とした淑女ですよ。私のような幼女なんて何処にも居ませんから。この場にシリウスが居たらどういう事だと胸倉を掴んで問い詰めていた事だろう。

 別に銀髪が好みというわけでは無さそうだし、この姿はシリウスの好みということなのだろう。そういえば謁見の時も酷く不機嫌そうだったし、幼女は守備範囲外か。うん、そうに違いない。

 むしろ幼女が好みだったら他の花嫁候補が幼女だって何ら可笑しく無い筈だ。あー、良かった!これで確実に候補から外れたね。後は皇妃に嫌われれば完璧だ。

 そんな事を頭の中で考えながら里愛は皇妃の後を追い駆けるように付いて行く。表面上は楽しそうに談笑していた令嬢達だったが、皇妃の登場に椅子から立ち上がると挨拶をした。

 自分のような二日でマスターしたようなお辞儀の仕方などではなく、何処となく品を感じさせる美しい仕草だった。

 扇子で口元を隠しながら皇妃は瞳を細め、微笑んでいらっしゃるが、完全に比べられているのが分かった。

 しょうがないではないか。あれが私の限界だったんだ!と心の中で弁明するも皇妃には伝わるはずも無く、空いている席に進められ里愛は座った。

 視界の端でココが紅茶を淹れているのが見える。どうやらココもこの場には居てくれるらしい。それだけで不思議と心強さを感じた。

 初めて気づいたが私は意外と貧弱な神経をしていたらしい。まあ、無理やり見知らぬ世界に連れて来られれば誰だってそうなってしまうよね。

 あまりの居心地の悪さに既に気持ち悪くなっていた時だった。全員分の紅茶が出されたのを確認した皇妃が広げていた扇子をぱちりと閉じた。

 それだけの動作だというのに不思議と空気が変わるのが分かった。思わず背筋を伸ばす里愛。視線を皇妃に向ければ微笑みながら円卓を囲むように座っている令嬢達を見つめながら口を開いた。



「今日は茶会に参加していただき感謝していますわ。こうして花嫁候補が集う事など滅多に無いでしょうから、わたくしが用意させて頂きました。存分に交流を深めてくださいね」



 つまり、ライバル達と腹の探り合いをしろという事ですね。まあ、そんな事をしなくても皆さんアルヴィドの花嫁になりたいからここに居るんじゃないんですか?

 むしろそれ以外の理由でここに居るのなんて私以外いるのだろうか。そんな失礼な事を考える里愛を他所に軽く自己紹介でも、という流れになっていく。 

 まず挨拶したのは桃色の巻き毛をした女性だった。童顔のロリっ子ぽい感じの女性はほんわかした笑顔を浮かべながら名前を名乗った。



「私はアルテミシアといいます。傲慢大陸プライドから来ました。趣味はハープを弾く事です」

「まあ。傲慢大陸プライドは弦楽器を弾く者が多いですものね。今度また聞かせて頂戴」

「皇妃様の頼みとあらば喜んでお弾きしますわ」



 顔は幼いのに仕草はとても色っぽく、大人の女性なのだと認識させられる。特に胸が豊かに育っている。あんなに大きく実っているのに子供なわけがない。

 自分に一番近いと思ったが、どうやら違ったようだ。外見では判断出来ないが、実際はもっと年を取っているのかもしれなかった。

 うう、皆さんお化粧や豪華なドレスを着ているせいでまったく年齢が分からないです。

 そんな事を思う里愛を他所に次の令嬢が挨拶をする。アルテミシアと名乗った令嬢の隣に座っていた子だ。黝い長髪に深みのある灰菫色の瞳が皇妃を見つめる。

 端整な顔立ちをしているというのに笑み一つ浮かべて居なかった。皇妃相手に媚びることなく淡々とした口調で告げる。



暴食大陸グラトニーから来たリナーシャよ。趣味は特になし。以上」

「ちょっと、皇妃様の前で失礼ではないの?貴女。そんな自己紹介の仕方があるの?」



 他の令嬢達が不機嫌そうに眉をひそめながらリナーシャと名乗った少女を叱咤するが、言われた本人は全く気にする様子も無く淹れてもらった紅茶に口を付けた。

 一口口を含むと、感情の篭らぬ瞳を横にずらし口煩い令嬢に向けた。



「では貴女が私の代わりに自己紹介すれば良いでしょう?私は茶会に招待されたから来ただけ。出された紅茶を飲み終えれば茶会は終了だもの。二度と会話を交わす事も無い相手に自己紹介などして何の意味があるというの?私は無駄な事はしない主義なの」

「無駄、ですって……!?」

「ええ、凄く時間の無駄だわ。時間は有限なのよ?有効に使わなければ損するのは自分だわ」



 怒りのためか頬を朱色に染めた令嬢を尻目にリナーシャと名乗った令嬢は空になったティーカップをソースの上に置くと、席を立った。

 そのまま一礼すると「失礼しました」と告げ、その場を後にする。実に潔い去り方だった。この茶会になど何の未練も無いと言わんばかりの仕草に思わず里愛ですら言葉が出なかった。

 完全に花嫁候補から外れてるでしょ、彼女。何の為にここにいるのだろうか。自分と同じように無理やり連れてこられたのだろうか?

 他の令嬢とはかなり毛色の違う令嬢に憧れを抱くほどだ。あんな風に自分もこの茶会から去りたいが、小心者の里愛には流石に真似出来なかった。

 さして皇妃は気にしている素振りを見せなかったが、明らかに空気が重くなったのは確かだ。気まずくなった雰囲気を払拭するように次の令嬢が口を開いた。



「皆様初めまして。わたくしはセシリアと申します。色欲大陸ラストから来ました。基本部屋の中で過ごすのが好きなので趣味は刺繍などです」



 よろしくお願いします、と頭を下げた令嬢はこれまた雰囲気が妖艶な女性だった。流れるような白金の髪の毛を綺麗に巻き上げている。パッチリと開いた瞳は見る者を惹きつける翡翠の瞳だった。

 口調こそていねいだが、垂れ目と控えめな笑みが不思議と目に止まる。

 彼女が喋るだけで周囲の空気がぐっと甘くなるのを感じるほどだ。この感覚は図書館であった女装男にとてもよく似ている。多分魔力を垂れ流ししているので無意識のうちに他者を魅了しているのだろう。

 まあ、図書館でもっと強烈な人に会っちゃいましたから抵抗が出来たのかさほど気にならないけど、他の令嬢は大丈夫なのだろうか。

 伺う様に辺りを見渡せば何人かは蕩けそうな表情を浮かべていた。おお、こうやって第三者からの視線で見ると、魅了されている最中ってこんな感じになってしまうのか。

 頬の筋肉緩みっぱなしだね、皆さん。そして皇妃様には全く通用していない所が凄いというか何と言うか……。絶対敵に回したくない人だと改めて再認識させられました。

 そんな事を考える里愛を他所にふふふ、と笑みを零しながら皇妃は声を発した。



「魔力が垂れ流しになっていますよ、セシリア嬢。もう少し抑えていただかないと、他の令嬢たちが骨抜きにされてしまいますわ」

「まあ……。わたくしとした事が、すみません」



 白磁の頬を赤らめ、俯くその姿も不思議と様になっていて眼福だ。と内心思う。まあ、彼女の場合確信犯だろうがそんな事はどうでもいいことだ。

 むしろ皇妃を虜にし、アルヴィドの花嫁になろうと躍起になっている可愛らしい花嫁候補ではないか。私は全力で応援していますよセシリアさん!頑張ってくださいっ!

 表だって応援は出来ないけど、心の中で応援していますから。これでも一応花嫁候補の一人だからね。敵に応援されたら誰だって怪しむだろう。それにしても眼福美女だ。と密かに思っていると、次の令嬢が口を開いた。

 艶やかな金髪を複雑に結い上げた女性だ。薔薇をあしらった髪飾りが日の光を受けて虹色に輝いている。一体何の宝石を使用しているのだろうか。

 魔法で光を吸収し、内側から反射しているように見える薔薇の髪飾りはとても綺麗だった。

 強気な金色の瞳が知的な光を宿し、きらりと光った。



「わたくしはテオドーラと申します。テーアと呼んで下さると嬉しいですわ。強欲大陸グリードからやって来ましたの。趣味は乗馬とフェンシングですわ。……それにしてもセシリア様は魔力がお強いのですね。わたくしも魔術師の端くれですが、魔力が垂れ流しになるようなこと滅多にありませんから羨ましい限りですわ」



 流石、強欲大陸グリードからやってきたことはあり、性格が中々に強いようだ。初っ端からセシリアさんに喧嘩売っているし。私でも分かるほどの貶しぶりだ。

 あれでしょ。通訳すると―――


(魔術師の癖に自分の魔力も制御出来ない駄目女がっ!わたくしは一度もそんな風に魔力をコントロール出来なかった事は無くてよ!よくもまあ、こんな場所までやって来られたわね。恥を知れ!)


 そう言っているようなものだ。こわっ!顔はこれまた美女なのに言っていることがちぐはぐしていて外見と一致していない。

 まあ、がっつりセシリアさんをライバル視している所を見ると完全にこの人もアルヴィド狙いという事になるのだろう。よし、頑張ってテオドーラさん!セシリアさんが駄目でも貴女がいる。

 二人とも十分人目を惹くほどの美人だし、大丈夫だろう!まあ、アルヴィドの好みなんぞ全く知らないから大丈夫なんて安易な事は言えないんだけどね。

 見下し方が半端無いけど、その強欲ぶりでがっちりアルヴィドを掴んだら放しはしないだろう。ある意味色気勝負のセシリアさんよりも捕まったら怖い人だ。

 しかしセシリアさんもやられっぱなしのなすがなされるタイプでは無かったらしい。柔らかく微笑みながら喧嘩を売って来たテオドーラに毒づいた。



「まあ、そうなのですか?わたくし、意外と魔力が強くて困っていますの。今日も念のために魔力制御の腕輪を付けて来たのですが……不快な思いをさせてしまったのならごめんなさいね」


(ふん、垂れ流しにするほどの魔力も無い癖に魔術師なんて名乗らないでほしいわね!わたくしなんて魔力制御していてこれなんだから格の違いを思い知りなさい!身の程知らずは貴女の方よ)


「このくらいだったらわたくしは大丈夫ですわ。他の令嬢はどうか知りませんけど」


(この私がこの程度の魅了が効くわけがないでしょう。莫迦じゃないの?)

 


 鼻で嘲笑うテオドーラの姿にセシリアの鉄壁の笑顔が崩れそうになる。しかし、そこは淑女としての精神だろうか。なんとか堪えると、唇の端を震わせながら「そうですか」と答えるに押し止めていた。

 え?私?私なんてもう……突っ込める状況じゃないですよね。怖すぎて完全に傍観者に回っていましたよ。こんな美味しい状況――じゃなくて、危険な状況に首を突っ込むほど莫迦じゃありませんから私だって。

 そんな事を思っていると、一時休戦したのか再び自己紹介という名の相手を蹴落とす女の醜い戦いが幕を落としたのであった。




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