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第十五話 青い薔薇



 翌日、日の光をたっぷり浴びせた招待状を開いた里愛は二日後、皇妃主催の茶会が開催されることを知った。

 正直どんな人なのか気になるところだが、皇妃を知っている人達はみんなそろって悪女と口にするのだから相当性格が悪いに違いない。

 とはいっても半分冗談程度に聞き流さないと、嘘を付いている可能性もあるのでそこの所は注意しなければならない。

 それにしても二日後が酷く憂鬱だ。どんな嫌がらせを受けるのかと今から考えると憂鬱を通り越して逃げたくなってくる。だが、逃げる場所も無い里愛にとって出ないという選択肢は存在しない。

 元の世界に戻るためだと何度自分に言い聞かせても、不安は拭い去ることは出来なかった。





 そして、当日。綺麗に着飾った美少女が鏡越しに此方を見つめていた。紫がかった銀髪を後ろへ綺麗に纏め上げ、脇にそっと造花をあしらっている。

 水色のドレスは涼しげな印象を与えていた。水色と言っても淡い色合いなのでどちらかと言えば白の割合が強く、ほんのり青く見える程度だ。

 コルセットによりギュウギュウに締め上げられた体はそれはそれは細く見えた。正直自分でもご飯を食べているのか心配になるくらい病的な細さだ。

 別にこちらの食事に不満はないし、美味しいとは思う。でも、和食を食べたいと思うのは日本人だったら普通だろう。

 ……つーか、この美少女が自分だと言うのだから可笑しなものだ。本当、魔法って何でもありだよね。髪の毛の色から外見まで何もかもが違う。

 肌の色も白磁のように白いし、日の光を浴びた事が無いんじゃないかと思うほどだ。まあ、一番違うのは年齢なのだが。



「これじゃあ、本当に十歳前後のお嬢ちゃんじゃない」



 眉をひそめながら里愛はそう呟くとドレスの裾を掴む。装飾が無駄に付けられたドレスは相変わらず重いが、謁見の時よりは軽く思えた。

 とはいってもドレスの重さは然程変わっていないため、慣れたと考えるのが一番妥当か。そりゃあ毎日、誰に会うわけでもないのに重量感があるドレスを着ていたら慣れるに決まっていた。

 最初のうちは普段使わない筋肉を使うものだから筋肉痛になっていたが、今はそれもなくなりしっかりといたるところに筋肉が付いている。

 贅肉がなくなった分身体が引き締まったようにも感じるが、何せ外見が全く異なるため元の姿に戻ったときどうなるのか些か心配でもあった。


 里愛の心境を表したかのように不機嫌そうな美少女が鏡越しに此方を睨みつけてくる。眉間に皺を寄せている事に気づいた里愛は解すように指を押し当てた。

 相変わらずフリルは多いし、絶対好んで着るような服では無いが鏡越しに映っている美少女には確かに似合っていた。

 それが自分自身だというのが一番気に喰わない事実なのだが仕方があるまい。そこは目を瞑っておこう。じゃないとやりきれない。

可笑しな箇所がないか鏡に映る自身を眺めた後、溜息を零しながら視線を外す。

 何だかこれでは自分がナルシストのようではないかと思ったからだ。事実、そう見えても可笑しくはなかった。幸いココはいなかったので良かったが、見られていたら恥ずかしくて顔を合わせる事も出来なかっただろう。



「それにしても一体何の目的で茶会なんて開くんだろう」



 まあ、アルヴィドの花嫁候補を集めた茶会だから自ら見て、花嫁を選定しようというつもりなのだろうが、まず自分が選ばれる事は無いだろう。

 何せ子供だし。これが一番重要な理由なのだが、どうなのだろうか。自分としては子供を選ぶとは思えないのだ。そもそも選択肢にすら入らない。

 ……しかし、相手はロリコン疑惑のある魔術師だ。

 他の候補者達も子供だったらその確率はかなり高くなるだろう。未だ会ったことがない候補者を思い浮かべ、里愛は苦々しい表情をした。

 確かに美少女を眺めていると眼福だと思えるが、危害が加えられそうな状態でそんな美少女観察などしている暇があるのだろうか。



「まあ、何とかなるわよね」



 一人意気込みながら里愛はそう呟くと気合を入れる。さり気なく皇妃に頭の弱い子供だという印象を与え、候補者から外れるように仕向けなければ。

 多分アルヴィドも自分に興味など無いに決まっている。何せこの離宮に来てからあの謁見以外で会った事は無いし。こちらも会う気も無いんだけどさ。

 でもやって来たら断れないから来ない方が幸せだと里愛は思いながら開け放たれた扉へと足を向ける。

 どうやら準備が出来たらしい。



「さあ、参りましょうリディア様」

「はい」



 顎を引き、頷くと里愛はココに案内されながら回廊を歩く。白亜の石柱は細かく装飾が彫られており、一本一本どれもていねいに仕上げられているのが分かる。

 頬を撫でる陽気な風を感じながら里愛は瞳を細めた。天気が良いから外で茶会をするそうだ。茶会専用の庭があるのだから凄いと言えるだろう。

 金持ちはやる事が違うなぁ、と感心しつつ里愛は見えてきた庭園に瞳を瞬いた。一際綺麗な庭園は色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。

 その中でも赤色が多いのは皇妃が好きだからに違いない。情熱の赤を選ぶとは、流石と言うべきか。

 自分はどちらかと言えば白の方が好きだけどな。白は何者にも汚されない純白というイメージがあるし、何より綺麗だ。勿論赤も綺麗だが、個人的に白が好きなだけで。



「凄い、綺麗……」

「皇妃様は花の中でも薔薇を愛される方ですから、ここに咲く薔薇園はヴァレファル帝国一美しいと言っても過言では無いですわ」

「他の薔薇園を見た事が無いけど、ここの薔薇は凄く綺麗なのは分かるよ」

「左様でございますか。リディア様に気に入って貰えて皇妃様もさぞかし喜ばれることでしょう」



 緩やかに口元をつり上げながらそう告げるココに曖昧な笑みを返しつつ近づくにつれより見えてくる庭園を見つめる。

 花弁一つ一つが鮮やかに色付き、その美しさを競い合っているようだ。勿論桃色や黄色といった薔薇も彼方此方に散らばっているが、赤が断然多い。

 むしろ白が少ないような気がした。皇妃様は白が好きじゃないのかな、と思いつつ視線を横にずらしている時だった。



「青い、薔薇?」



 視界に過ぎった青色に里愛の視線が釘づけになった。青い薔薇など見た事が無かった。人工的に作る事は不可能と言われている青い薔薇が普通に存在するのだ。驚くなと言う方が無理だろう。

 思わず側に控えているココに本物か確認すれば本物だといった。魔法で染めているわけではなく、本当に存在するらしい。といっても、育てるのは他の薔薇よりも難しく大変なのだそうだ。

 まあ、神秘的な色合いをしているな。とは思うけど、育てるのも大変なのなら皇妃様は随分薔薇を愛しているのだと改めて知った。

 そういえば、頭に飾られている白色の造花も薔薇を模った物だと思いだした。

 そっと髪飾りを触りながら目の前に映る青い薔薇を見つめている時だった。ふいに鈴が転がるような声音が聞こえた。



「青い薔薇はお気に召されて?」

「はい。こんなに綺麗な薔薇は初めて見ました」

「ふふふ、良かったわ」



 音も無く背後に突然現れた女性はそう呟くと微笑んだ。まるで我が子を褒められたかのように嬉しそうに笑う女性はとても綺麗だった。

 緩やかな銀色の巻き毛が風に揺れるのを押さえるかのように頭に手をあてがう。鋭い天藍石ラズライトの瞳が里愛を見下ろすと同時に何処かで見た事のあるような顔だと思った。

 何処で見たのかよく覚えていないが、嫌な予感しかしない。冷や汗がボタボタ垂れるのを感じながら里愛は良く見覚えのある冷たい天藍石の瞳を見つめながら首を傾いだ。

 これって、もしかしなくても……皇妃さま、かな?

 謁見の時見た魔術師と同じ瞳の色しているし、何より相手を突き放すかのような冷たい色を宿した瞳はそっくりだ。むしろ顔立ちは非常に良く似ていらっしゃる。

 魔術師が美系だったのは母親に似たからだったんですね!多分髪の毛の色は父親に似たのだろう。まだ見た事無いけど、目の前の皇妃様は見事な銀髪だし、紅蓮色ではない。

 


「皇妃様、この度はこのような茶会にお招き頂き有難うございます」



 ここ二日間で更に教え込まれた挨拶をする。ドレスの裾を掴み少し屈む。足腰に相当な負担が掛かるが、レディとして当然の嗜みだそうだ。

 皇妃様の登場によりココは完全に離れてしまったし、ここからは自分一人でどうにかしなければならないらしい。

 おお、ついに泥沼のような茶会の開始ですか。ええ、まだ始まっていませんが、そんな予感を今からひしひしと感じている最中です。

 こういう嫌な予感がする時は大抵当たるから間違いないだろう。上辺はにこにこ笑っている皇妃様も現に自分がアルヴィドに見合う花嫁か既に選定を初めているのが分かる。

 むしろ目がちっとも笑ってないから。扇子で口元隠しているけど、実際はこれっぽっちも笑ってないでしょ。

 長年色んな女性を観察してきているから良く分かるが、彼女は相当色んな仮面を被っているようだ。まあ、自分が人の事を言えるような立場なんかじゃないんだけどね。



「さて、皆様お待ちかねですわ。行きましょう」



 連れ添うように歩き出す里愛は皇妃の言葉に一瞬表情を強張らせた。つまり、自分以外の令嬢は既に集まっているということなのだろう。

 どんだけ皆さん早いんですか。なんて突っ込んではいけない。むしろ出来るだけ早く行って皇妃の印象を良くしようという魂胆なのだろう。

 だとしたら時間ギリギリに来た自分はあまり良い評価は貰え無い筈だ。どうやら出だしは好調なようです。

 そんな事を考えながら里愛は皇妃の後に続き、茶会の場である薔薇園へと足を踏み入れたのであった。




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