第十三話 皇妃からの招待状
普段は二人で寂しくお茶をしているサロン室だが、今日は何だかとても賑やかだった。
一応来客予定はあったらしいのだが、事前に連絡を貰っていたのはネリーと呼ばれていた女性だけだったようだ。
他の三人(その内の一人は人形だが)は勝手にサロン室に乗り込んできたそうで、ココは酷く不機嫌そうに紅茶を淹れていた。
それでも不満を顔に出さない所は侍女としてのプライドなのかもしれない。
ココはやっぱり凄いな、と感心している中、相変わらず凄い勢いで人形と金髪美女が卓に出されたお菓子を平らげていく。
自分で出したのだからいくら食べてもらっても問題ないが、食べる量は異常すぎる。見ているこっちが胸焼けしてしまいそうな光景に思わず視線を背けた。
一方、寝癖男はというと、サロン室に来ているというのに卓に突っ伏したまま眠っている。
卓と顔面キスをしている状態だが、呼吸は普通に出来るのだろうか。絶対真似出来ない器用な眠り方に感心していると、一人優雅に紅茶を飲んでいた美女が口を開いた。
「さて、当初の予定より人数が増えてしまったが……まあ、この際無視しよう。自己紹介が遅れたが、私の名はエレアノーラ・R・アルトゥーロだ」
そう名乗ったのは庭園から移動魔法をした銀髪美女だった。
癖のないさらりとした銀髪は結い上げることなく、そのまま垂らしている。強い意志の篭った金色の瞳が印象的な女性だ。
端正な顔立ちをしているというのに表情にあまり変化がみられないせいか、冷たい印象を見る者に感じさせる。
今までに出会ってきた女性達に比べると、妖艶さがあまり無いがその分王者の貫禄というか、威圧感が凄まじい。
そう、あれだ。未来の旦那様(仮)の女バージョンみたいな感じといえば分かりやすいか。
トップに立つ者の素質を持った女性――エレアノーラは里愛をジッと見つめている。
それこそ里愛の仕草一つ一つを観察し、何か考えているようだった。よく見ることはあっても、見られることはあまり無い里愛はどうしていいのか分からないままエレアノーラを見つめ返す。
離宮で見てきた女性達は豪華なドレスを着ていたが、彼女の場合質素という言葉が似合うドレスだった。
若草色のドレスは瞳の色と合っているし、飾りがあればもっと彼女自身を目立たせるに違いない。
だが、エレアノーラの場合飾り気の少ないドレスを選んでいるのは動きやすさを重視しているようにも思えた。
他のドレスに比べふくらみは少ないし、袖口にたっぷり付いているはずのレースはすべて取り外され必要最低限のレースしか残されていない。
唯一飾りらしい飾りといえば首元のリボンくらいか。
それなのにその美貌を一切損ねることなく、存在感を露にしているのだからある意味凄いともいえるだろう。
こういう相手は下手に刺激すると後々大変なので里愛は会釈をするとココに教えてもらった挨拶をした。
「お初にお目にかかりますエレアノーラ様。私は……」
「堅苦しい挨拶は抜きにしようかリディア嬢。勿論名は知っているさ。だからこそ会いに来たんだ。あと、私のことはネリーと呼んでくれ」
「は、はあ……」
見るからに身分の高そうな相手に愛称で呼べと!?無理に決まっているだろうが。そのくらい普通に考えれば分かりそうなのにそういうのは熊となのだろうか。
だとしたら凄く意地悪だなぁ、と心の中で罵倒していると、ふいにエレアノーラが瞳を細めた。
「今日は無理をいってココに予定を組んでもらったのだが、是非とも一目見てみたかったんだ」
「私を、ですか?」
「勿論さ」
何故か当然だと言わんばかりに頷かれ、里愛は困惑したように瞳を瞬かせる。
こんな美女に一目見たかったと言われるほどの価値など自分にはないと思うのだが……。
理解できずだらだらと冷や汗を垂らしていると、エレアノーラは温くなった紅茶に口をつけた。
「まあ、他の連中もここに来た理由は私と同じだろうな」
「まさか他の皆さんも私を見に来たんですか?」
驚いたように瞳を見開くと、それもある。とエレアノーラは頷いた。まるで珍獣扱いだ。
というか、そんなに花嫁候補が珍しいのだろうか。多分私が異世界からやってきたことなどまだ知らないだろうに。
むしろそれ以外で注目される点など存在しないと思うのだが、それは私の思い過ごしなのだろうか。
不思議そうな顔をしていたからだろうか、エレアノーラは口元を小さくほころばせた。
「本来この離宮にやって来た目的はアルヴィドの花嫁候補の視察だった。が、今回は規格外が混じっているという話が舞い込んできてね。またシリウスが何かやらかしたと周りが喧しいから様子を見に来たんだが――嗚呼、確かにこれは似ているな」
「?」
一体どこの誰に似ているのでしょうか。懐かしむような、それでいて親しい人を見るような生ぬるい視線に思わず視線を背けたくなる。
自分そっくりな人間がもう一人いたら嫌だなぁ。正直な話、私だったら絶対に嫌だ。だって、自分に似たような人がもう一人いるんだよ?
……無理無理。想像力の限界を超えてしまうよ。そんな事を思いながら里愛は緩く首を振るう。
余計な想像力を働かすのは止そう。そもそもこの外見にしたのはシリウスだし、この外見に似ているのなら本当の私には似ていないということになるはずだ。
「そんなに似ているか?外見はそれほど似てないように見えるけどねぇ」
同じことを思ったのか、卓に頬杖を付きながら金髪の女性が灰菫色の瞳を細める。相変わらず片手に焼き菓子をつまみながらの突っ込みだったが、エレアノーラはその意見に首肯した。
「外見など魔法でいくらでも変えられるからな。そこは重要じゃない。大切なのは内面の方だ」
「内面ねぇ。最近会ったことは何時だったことやら。随分昔のことで忘れてしまったわ」
思い出すつもりも無いのだろう。空腹を満たすためだけに菓子を頬張り、噛み砕く。そんな様子に卓の上で胡坐を掻いていた人形が呆れたように女性を見た。
「お前の場合、思い出そうともしてねぇじゃねえか」
「お黙り」
「ぐへっ!?」
余計な事を口にしてしまったせいか、思いっきり卓に叩きつけられる人形を目の当たりにした里愛は口を噤む。滅茶苦茶怖いんですけど、この人。
特に連れの人形に対して容赦の欠片も無い。顔を白くする里愛だったが、他の人達はそんな光景にすらなれているのか動じていない。
というか、ここに常識人は誰もいないのか。
現実逃避をしたくなったが、ココに「そろそろ本題に入ってください」と注意されたエレアノーラは思い出したように懐から一枚の招待状を取り出した。
そのまま卓を滑るように転がってくる封筒を見つめる。
蝋で封をされたそれは見たことも無い複雑な紋章が押されていた。……何だろう、これ?
そんな事を思いながら無造作に開けようとした瞬間、次に食べる菓子を選んでいた女性が忠告した。
「その招待状を無造作に開けると大変な事になるけどいいのかい?何せこれを送りつけてきた女は地上最強の悪女だからねぇ」
「え?開けちゃ不味いんですか、これ」
「ネリーも負けず劣らず性格悪いからな。どんな呪いが掛かっているかも分からないのに忠告一つせずド素人に渡そうとするとは、怖いねぇ」
「……」
酷く愉しそうに笑う女性に思わず里愛は無言で招待状を卓の上に置いた。
……とんでもないものを頂いてしまったようだ。しかも、中身確認できない招待状とか、マジ意味分からないんですけど。
何のために招待状って存在するの。そんな事を思いながらやっぱり性格悪いと再認識しながらエレアノーラを見ればやはりというかあくどい表情を浮かべていた。
あれかな。魔術師って基本性格悪い奴しかいないのかな。そう思わずにはいられない仕打ちに思わず睨みつければ何故か更に笑われてしまった。
今の何処に笑いの要素が含まれていたのかさっぱり分からない。ムスッとする里愛を他所にエレアノーラは唇をつり上げた。
「人を疑うことを知らぬ娘とはこれまた珍しいな。魔術師を相手にする場合、疑ってかかるのが普通なのだが……面白いなぁ」
いえいえ、全然面白くないですよ!やられた側からしたら本気で。それにしても、中身も確認できない招待状って一体何の意味があるのだろうか。
触れることすら出来ぬそれを遠巻きに眺めていると、エレアノーラが恐ろしい事を口にした。
「それは世界最強の性悪女――皇妃からの招待状だ。多分茶会を開くからそれの案内だろうな。詳しい内容は呪いを解いてから確認すればいい。解除には最低でも一日は掛かるだろうから」
「こ、皇妃、様……からの、招待状……」
凄い人物から送られてきた招待状に思わず言葉を噤む。それにしては恐ろしい内容の招待状だな。と現実逃避したくなった里愛であった。