第十一話 庭園にて奇妙な二人組発見
軽く前半は世界観を説明しておきます。
私が離宮で与えられた部屋はとても広い。風呂場は勿論のこと、接待室に寝室とサロン室等々、兎に角一人の令嬢に与えられている部屋が三部屋も四部屋もあるのだ。
どれも日本ではありえない広さの部屋をすべて一人で使えるのだから本当に凄いと思う。今日は良い天気なので外でお茶にしましょう、とココが張り切っている。
私に付いている侍女はココだけ。別に不満なんてこれっぽっちもないが、他の令嬢達はたくさん侍女を引き連れていそうな気がした。
まあ、別にそんなの私に関係ないんだけどね。
ココがバルコニーで準備をしている間暇なので借りてきた本を広げた。本当に古くて貴重な本らしいので見るときは手袋をしている。
後からココに聞いたのだ。本来図書館から持ち出し禁止になっている本はとても貴重な本なのだと。
本といえば一冊一冊その作者が執筆しているものらしいから複数冊あることはあまりないし、とても大切なものなそうだ。
だからあの図書館無駄に広いのに窓とかあまりなかったのだと今更ながらに実感していた。
さて……暇だから適当に説明するが、私が現在いるのは憤怒大陸のヴァレファル帝国にいるらしい。
何故七つの大罪の名が大陸の名になっているのかというと、何でもこの世界の基礎を創った者達が大罪を名乗る悪魔達だったらしい。
最初に原罪の悪魔が大まかな世界の基礎を創り、後の面倒事はすべて他の悪魔たちに押し付けたらしい。
何でも最初はやる気があったらしいのだが、途中で面倒になったそうだ。だったら最初からやるなという話だが、どの時代も権力者は気まぐれな性格をしているものらしい。
しょうがないので残された悪魔たちはでか過ぎる大陸を九つに分け、治めることにしたそうだ。
その一つがこの憤怒大陸らしい。
最初は九大陸あった地も諸事情により今では七大陸に減り、険悪な仲である人間とも今の所大きな戦争を起こすことなく平和な日々が続いている。
とはいっても五百年前に人間と全面戦争となったそうだが、今は落ち着いているそうなのでその点だけいえば安心できた。
だって自分がこちらの世界にいる最中に全面戦争なんて始められたら間違いなく巻き添えを食らう羽目になるだろうし、元の世界に戻れるかどうかも分からなくなってしまうからだ。
そして、一番知りたかった魔術師と魔導師の違いだが、大まかに説明するとポジションの違いらしい。
魔術師は悪魔と契約し、闇に落ちた穢れた存在なのだそうだ。とはいっても魔術師の両親から生まれればその者は生まれた時から魔術師だし、悪魔と契約し人間から魔術師となるものもいる。
一昔は契約し、人間としての自分を捨てた者達を魔女と呼んでいたそうだ。しかし今の時代は魔女という言葉は死語らしく、人間に敵対する存在を『魔術師』と一括りにして呼ぶようにしている。
その割にあの麗人は言霊の魔女と名乗っていたが、どうなのだろうかという疑問も残るがまあこの際どうでもいいや。
で、悪魔とは契約せず聖なる魔法を使う者達のことを魔道士と呼ぶのだそうだ。
ほら、あれあれ。RPGとかで白魔法使うような人達のこと。魔術師は絶対白魔法を使えないから白魔法を使えることが魔道士にとって必要不可欠なステータスなのだとか。
しかも魔道士にも二種類あり、普通に魔法を操る者を魔道士と呼び、その中でも特殊な存在を魔導師と呼ぶらしい。
つまり、魔道士の中でも師匠と呼ぶに相応しいベテランのみが名乗れる称号が魔導師なのだそうだ。
おい!最初の紹介で『そこそこ強い魔導師さ』とか名乗っていたけど、嘘だろ。
そもそも、そこそこ強い程度の者が魔導師と名乗れる事はまずない。難関といわれる国家試験を二度も合格しなければならないのだから。
本を読んで色々知ったのだが、あの男嘘つくにも程があるだろ。次に会った時にゃあ、しばいてくれるわっ!
……ごほん。話がそれてしまったので戻すとしましょう。
で、今回の花嫁候補……実は過去にもやったことがあるそうですよ。ええ、意外な事に吃驚しましたが、ありました。
その時は主催者が怠惰大陸だったらしいですが、何でも他の大陸から候補者を一人ずつ選別して花嫁候補として送り出すらしいです。
つまり、今回集まった花嫁候補達も他の大陸に住む令嬢達ということになりますね。
……本当に、何でシリウスが全く関係ない私を連れてきたのかは全く謎なんですけどっ!
今更悩んでもしょうがないので割り切っていますが、少しも納得はしていませんから。当たり前ですけど。
期間は同じく一ヶ月。離宮に過ごしてもらい、その中から必ず選ばないといけないらしいです。まあ、態々選んだのだから花嫁を選んでもらわないと確かに困りますよね。
何のために一ヶ月行ったのか分からなくなりますし。ということで怠惰大陸の領主はその中の花嫁を選んだそうですが、ここで語ってもしょうもないので端折りましょう。
まあ、興味深い内容はたくさん載っていましたが、話す機会があれば別の機会で語るのも良いかも知れません。
「リディア様、お茶の準備が出来ました」
「はい!すぐ行きます」
分厚い本の表紙をていねいに閉じると、手袋を外しバルコニーへと足を向ける。
比較的温暖な気候の地域なのか、頬を撫でる風はとても優しい。春の陽気の中、里愛は日課になりつつあるお茶会を静かに二人で始めたのであった。
離宮での生活もそこそこ慣れ親しんできた頃、里愛は庭園を散歩していた。
離宮内はどこでも行っていいという話だったが、他の令嬢が怖くてあまり出歩いていなかった。
遠巻きに可愛い女の子を観察するのは楽しいし、癒されるから好きなのだが何せここは異世界だ。
しかも各大陸からやって来ている選りすぐりの美人さんともなれば魔法など簡単に操れるに違いない。
魔法などで攻撃されたら何の抵抗も出来ずにやられてしまうし、何せ自分も一応花嫁候補としてこの場にいるのだから敵視されても可笑しくはない。
子供の姿をしているとはいえ、過激な令嬢はどの世界にも必ず存在するものだ。そんな事を考えながら里愛は自分の保身のため出来るだけ室内にいるように心掛けていた。
特にテレビやゲームなど存在しないこの世界での時間潰しは読書しかなく、図書室の往復ばかりしていたらココに呆れたようにいわれてしまったのだ。
「リディア様、室内ばかりに閉じこもっていらっしゃられるとお身体に悪いですわ」
「それはそうなんだけど……ううーん」
「これから室内を掃除するので暫く散歩でもしてきてください」
「……はい」
綺麗な笑みを浮かべながらそういわれてしまえば従うしかあるまい。所詮私はひ弱な一般市民ですからね。
侍女さんに掃除するから出て行けといわれるなんて主としての威厳が足りないと周りはいいそうだが、何せ相手はココだ。
自分唯一の侍女であり、色んな事を教えてくれる彼女のいうことを無碍に出来ず、結局今に至る。
離宮も立派なら庭園も大層綺麗だった。見たことのない花々が咲き誇る庭園は見る者を和ませる何かがあった。
思わず立ち止まってその光景を見つめてしまうほどだ。もしかしたらココはこの風景をみて和んで欲しかったのかもしれない。
……そんなに疲れた顔してたのかな?
不思議そうに首を傾げながら両手で頬を動かす。若返ったせいか子供特有のもちもち肌を引っ張っていると、垣根の間から噴水を見つけた。
何処かで見たことがある光景だと思いながら歩いていくと、細かい水飛沫を散らしながらキラキラと輝く噴水があった。
……うん、やっぱり何処かで見たことがあるなぁ、この噴水。何処で見たのだろうか。
記憶を辿りながら暫くの間、考え込んでいると思い出したかのように声を上げた。
「ああ!この噴水、あの時の噴水だ」
そう、この異世界に連れて来られた時、初めて出た先がここだったことを今更ながらに思い出したのだ。
しかし、あの時は夜で、しかも命を狙われていたためあまり周りを見る余裕がなかったが今は違う。
再度改めて見渡すとやはりというか、赤い花が周囲を彩っていた。
それにしても、この周囲一体ってあの魔術師に破壊されていなかっただろうか?
何か記憶が曖昧だが、半壊状態だったような気がしたのだが。一体何時の間に直したのやら。これも魔法とかで直したに違いない。
本当、そういう点でいえば魔法って凄く便利だよね。
絶対科学よりも優れていると思う。そんな事を考えながら一人頷いていると、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
誰かやって来たようだ。どうしよう、この場合逃げた方が得策だろうか。
他の花嫁候補だったらどうしよう。まだ心の準備がぁ!と一人プチパニックに陥りあわあわしていると、垣根を飛び越え一人の男が現れた。
右往左往していた里愛を見つけると驚いたように瞳を見開いたままこちらを凝視する。
あまりにも凝視するものだからこちらもついつい見返していると、男は驚きの発言をした。
「おっと……やべぇやべぇ!驚きすぎて呼吸するのも忘れてたわー」
そう呟きながらひーひーふー、と意味の分からない深呼吸を始めるものだから怪しい人物であることに間違いない。
そもそも驚きすぎて呼吸するのを忘れていたというのはどういうことだ。
普通庭園で人に会ったくらいで呼吸を忘れるほど驚く事などまずない。ますます怪しい男に警戒したようにじりじり後退る里愛。
全力で逃げればこの男を振りきれるだろうか。と頭の中で考えていると、今度は目の前の垣根が急にガサゴソ揺れると何かが飛び出してきた。
勢い良く飛び出し過ぎたのか、ゴロゴロと地面を無様に転げ回ったのは全長三十センチあるかどうかと思われる人形だ。
艶やかな金髪に翡翠の瞳が印象的な人形は凄まじい形相で顔を上げると可愛らしい桜色の唇を動かした。
「ゴラァ!いい加減にしやがれアーチェ!これ以上この俺様に手間掛けさせるならお前の心臓も喰うぞ!」
「相変わらず顔に似合わず怖いこと言うなー、グラは」
「うっせっ!黙ってろ!」
ひょいっと襟元を掴み、汚れた人形を拾い上げる男。その仕草が気に入らなかったのか、人形は手足をバタつかせながら凄く怒っていた。
翡翠の瞳には激しい怒りの炎が宿っている。
手を離したら最後、何をしだすか分からないほど怒り狂っていた。
――てか、人形が動いてる……?
普通じゃありえない光景に逃げる事も忘れ、凝視しているとようやく里愛に気づいたのか手足を止めた。
翡翠の瞳が細められ、怪訝そうにこちらを見つめる。ただ動く不思議人形に見られているだけなのに冷や汗が止まらない。
恐怖に顔を引きつりそうになった時、不思議そうに人形が小首を傾いだ。
「……アーチェ、アイツってこんな顔してたか?」
「んー。俺もあんまし会ってないから憶えてないんだよなぁ。大抵会う時って夢見ている最中だからさ」
「お前、ホント使えねーな」
「失敬なっ!でもさーこの子違くない?確かに似てるっちゃ似てるけど……アイツだったら挨拶代わりに魔法の一発でも放ってるって」
「それもそうか」
二人の間で疑問は解決したのか、視線が逃げ腰になっていた里愛に戻る。何時の間に和解したのか分からないが、先程までの険悪な雰囲気は無くなっていた。
むしろ二人の興味が自分に移ったのだと気づいた里愛は得体の知れない相手を目の前にし、硬直していると動く人形を片手に男が口を開いた。
「で、君は誰だい?」
怪しすぎる自分達のことは棚に上げ、そう里愛に問いかけてきたのであった。