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第十話  今更ながらに気づく恐ろしい事実

 思いっきり直視していたせいだろうか、女性は苦笑を浮かべながらふいに後ろに控えるように立っていたココを見つけ笑みを深める。

 鈴のような凛とした声音が図書室に響き渡った。



「君がシリウスの選んだ七番目の花嫁候補か」



 既に私が花嫁候補として連れてこられたのは周知の事らしい。もしかしたらあの謁見の時いたのかもしれない。

 何か周囲にいっぱい人が居過ぎて誰が誰だか分からなかったのだが、この美人さんもいたのだろう。

 それにしても何を話せばいいのやら。相手がどれくらい偉い人なのかさっぱり分からないし、目上の方に対する接し方などまだ習っていなかった。

 油断していた。この離宮には殆ど人がいないから図書館にも人がいないと思い込んでいたのだ。

 困ったようにココを見上げるが、侍女が勝手に話しに入り込むのはマナー違反なのだろう。

 緩く首を横に振られてしまったので助けに入ってはくれないらしい。

 困ったと、視線を女性に戻せば口元を綻ばせながら呟いた。



「私は目が不自由なものだから堅苦しい礼儀とか意識しなくても大丈夫だ。そんな細かい事を気にする性格でもないし……ココ、お前も普段通りに接してくれると助かる」

「かしこまりました」



 深々と頭を下げながら一定の距離を保つココ。喋る事は許されても、自分から話しかけることなど常識的に考えて駄目なのだろう。

 そういう点から考えれば自分だって同じような気もするのだが。一般庶民だし、勝手に花嫁候補にされただけの小娘だ。本来ならばココよりも立場は下の筈である。

 そんなリディアの疑問を他所に女性は首を傾げた。

 不思議と香ってくる甘ったるい匂い。不快なわけではないのだが、ほんのりと香る程度だ。いい香りに思わず頬が自然と弛んだ。



「して小さな花嫁殿はこのような場所にどのような用件で?」

「ちょっと調べたいことがあって、本を探しに来たんですけど」

「どうやら貴女は他の花嫁候補に比べ勤勉なようだ。小さい身体で一生懸命全てを受け止めようとするその姿はとても愛くるしいな。それに……良く似てもいる。全く、シリウスの奴め。何処からこんな可愛らしい令嬢を見つけてきたのやら」



 艶やかな声でそう呟かれるだけで頭がくらくらする。それにしてもこの世界の人間は美形揃いで困った。

 確かに目の保養にはなるのだが、目の前の女性の場合それすら超えて何やら苦痛にすら感じる。

 んん……?この感覚、何処かで感じたことがあるようなないような。気のせいかな?

 不思議そうに首を傾げる里愛を他所に黙ってみていたココが低い声で呟いた。



「ヴェルナー様……あまりリディア様を魅了しないでください。そういった類の耐性はあまり無いのですから」

「おっと、それは失敬。これでも魔力を抑えていたつもりだったのだが、足りなかったか。すまなかったリディア嬢」

「へ?魅了?」



 二人の言っている意味が分からず瞳を瞬けば、ヴェルナーと呼ばれた女性が小さく杖を振るいながら何か呟くのが分かった。

 すると先程まで香っていた香りが無くなり、視界が急にすっきりした。驚いたように辺りを見渡していると、女性が更にずいっと顔を近づけてくる。

 端正な顔立ちを間近にし、目を白黒させているとふいに口元を綻ばせながらふ、と笑った。



「相当魔力に対する耐性が無いようだな。どうだ?まだ視界がぼやけたり、くらくらしたりするか?」

「……しない、です」

「だろうな。これほどまでに魔力を抑えたのも随分と久しい」



 珍しい娘だ。と呟きながら女性はすっと立ち上がった。先程まで苦痛にすら感じていた色気はなくなっていた。むしろ綺麗な人だな。くらいの感想しか懐かないほどだ。

 先程と比べ真っ直ぐ見る事の出来るようになった里愛に女性は顎に手を添えると首を微かに傾ぐ。



「本当に面白い子だな。他の令嬢達は私を見つけるなり凄まじい勢いで迫ってきたがリディア嬢の場合、魔力を抑える前とそう大差ないな。むしろ冷静すぎるようにも見える。……なるほどね。アルヴィドの外見でも騒がないタイプの令嬢を見つけてきたのか。本当に天然記念物並に珍しい子だな」



 ついに天然記念物にまで例えられるって……私は一体何者なんですか。私はいたって普通な人間なんですけど。

 そりゃ今まで魔法の欠片も存在しない世界に住んでいたのだから耐性など全く無くて当然といえば当然だろう。

 だが、それだけの理由でここまでいわれるなんて何だか納得いかない。

 釈然としないものを感じながら里愛は眉をひそめると女性を見上げた。

 目が見えないというのに憮然とした表情を浮かべているのが分かったのか、謝罪される。

 本当にこの人は何者なのだろうか。先程から凄く気になって仕方がなかった。

 流石に本人の目の前でココに確認するのは不味いし、後で聞くとしよう。そんな事を考えていると、女性が杖を片手に話しかけてきた。



「そういえば本を探していると言っていたな。詫びと初めて会った記念に私が特別に探してやろう。どのような内容の本だ?」

「えっと、歴史の本が欲しいです。世界史でも構いませんけど……」

「歴史。歴史ねぇ……。分厚い物だと十冊以上になるがどうする?」

「流石にそれはいらないです」

「だろうね。ではこちらの方がリディア嬢には向いているだろう」



 くるりと杖を回すと、淡い光の粒が飛び散る。そして女性は空いている手を宙に差し出すと、その手の中に突然本が落ちてきた。

 革張りの分厚い本は古く、ていねいに扱わないと破けてしまいそうなほど年季が入っていた。

 背中には金色の文字で『太古の大魔術師と十の大罪』と書かれていた。



「その一冊で大方の歴史は理解できるだろう。但しそれを執筆したのは魔術師だ。文面的には偏りのある部分もあるが、手っ取り早く理解したのであればそれが一番だろうな」

「態々すみません。ありがとうございます」

「気にすることはないさ。一応その本は禁書でな。持ち出し禁止だが、まあリディア嬢なら問題ないだろう。司書には私から伝えておくから部屋に戻って読むといい。ここにいると誰かやってくるだろうからね」



 それから数冊お勧めの本を図書館から借りると里愛はココを連れて後にした。

 女性はまだ調べ物があるといって残るそうだが、一体彼女は何者だったのだろうか。

 それよりも気になったのは、あれだけ整った外見をしているというのに最初だけで後は見惚れなかった事だ。

 可愛い女の子や綺麗な女性を観察するのが好きな里愛だけに何だか嫌な予感をひしひしと感じる。里愛は確認するように一緒に本を運んでくれているココに尋ねた。



「ねえ、さっき図書館で会ったヴェルナー様って女性、だよね?」

「まあ……流石リディア様。素晴らしいですわ」

「?何が?」

「初対面で正体を見破るなんて凄いですわ。ヴェルナー様は殿方ですわ」

「はいいいっ!?」



 やっぱりというか何というか……どうしてこの世界の男は女装をしたがるのっ!

 確かに美人だし、綺麗だったけど……ううん、むしろ女性にしか見えなかったけど、それはありえないでしょ。

 思わず黙りこくってしまう里愛にココは不思議そうに首を傾ぐ。



「どうなされました?リディア様」

「ううん。何でもない」



 むしろこっちの世界では男性が女装したりするのは珍しくないのかもしれない。シリウスだって女の子に化けていたわけだし、あの美人さんも男だったなんて。

 逆に普通の女性よりも綺麗に見えましたけど。世の中の女性に嫉妬されそうな美貌を持っているなんてなんて羨ましいのだろう。

 普通に男性としていればさぞかしもてるに違いない。まあ、女性の姿をしていてあれだけ色気を垂れ流していたのだから老若男女虜にする事も可能なのだろう。

 魔力を抑えてくれたから私だって正気に戻ったわけで、それまではその色気に翻弄されっぱなしだったのだから恐ろしい。

 そんな色気にすら惑わされず平然としていたココってある意味凄いんじゃ……などという事実に今更ながら気づく里愛であった。

 


 


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