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第九話  図書室で出会った不思議な女性


 結局何が何だか分からぬうちに謁見は終わり、里愛は案内された自室のソファに座りこんでいた。

 本当はこの堅苦しいドレスも脱ぎたい所だが、せっかく侍女が着付けしてくれたのだ。

 今日くらいこの姿で我慢するのも悪くないだろう。そんなことを思いながら瞳を閉じていると、美味しそうな焼き菓子を片手に侍女が戻って来た。

 卓の上に置くと、ティーカップに紅茶を淹れる。美味しそうな香りに瞳を細めると、匂いを楽しんだ後口に含んだ。

 茶葉の渋みがほど良く、口当たりもいい。



「美味しいです、ココさん」

「お気に召していただけたようで良かったですわ」



 微笑みながら軽く礼をするココは焼き菓子の中でもお勧めのスコーンを里愛に進める。出来たてなのか、まだ熱々のスコーンにジャムをたっぷり塗って食べる。

 口の中でさくさくと音を立てながら広がって行くスコーンはとても美味しかった。

 思わずおかわりをしてしまうほどだ。夢中になってスコーンを食べていると、空いたティーカップに紅茶を淹れてくれた。

 適度な甘さのスコーンに風味のある紅茶とくればお茶の時間が凄く楽しみになってしまった。



「女の子は甘い物が大好きだからねぇ」

「んん!これも美味しい!」



 微笑ましい光景を見つめる老人のような発言をするシリウスを他所に里愛は頬を弛ませながら愉しい一時を満喫していた。

 この世界にやって来て初めて幸せだと思えた瞬間だ。まあ、人間の三大欲求の一つですからね、食事は。

 異世界に来て美味しい物が食べられないなんてそんな悲しい事はない。一時であるが、悲しい気分を払拭出来た事に感謝しつつ、美味しいお菓子に満足した里愛は紅茶を啜っていた。

 一瞬侍女であるココが作っているのかと思ったが、離宮専用の料理人に作ってもらったらしい。

 他の花嫁候補達も甘い物には目がないらしく、同じような要求をするのだとか。

 すみませんね、お仕事増やしてしまって。と心の中で謝りつつ、これからも茶菓子は欲しいのでお願いしておくことにした。

 日本じゃあんな美味しいお菓子を滅多に食べる機会がないだけに嬉しすぎていっぱい食べてしまったのだ。

 コルセットでギュウギュウに締め上げられた体ではかなりキツイものがあるが、しょうがない。

 美味しいものは美味しいのだから止められる筈がないのだ!



「じゃあ、今度来る時は有名な洋菓子店のケーキでも買ってくる事にするよ」

「今度来る時って?」



 まるで何処かに行ってしまうかのような言葉に里愛は小首を傾げる。

 この世界に来てからほとんど彼が側に居たからずっといるものだと思っていたが、そうではないらしい。 

 何とも言いしれぬ不安を覚え、顔を俯かせれば悲しそうな色を含んだ声が聞こえてきた。



「残念だけどこの離宮には男性が長居してはいけないことになっているんだ。花嫁候補とはいえ、将来大魔術師となるアルヴィドの奥方になる人達が住んでいる場所だからね。何か間違いがあったら困るだろう?」



 それこそ本当の意味で自覚の問題じゃないのだろうか。こんな場所で花嫁候補を襲う莫迦などまずいないだろうし、いたとしたら大問題である。

 だが、彼の口調からして花嫁候補が浮気するかのような口調だった。偏見だろ、そんなの。と思ったりもしたが、過去に何度もそういったことが起きているのだそうだ。

 侍女であるココがそういうのだからそうなのだろう。なんて自由思考なのだろうこの世界の花嫁達は。

 所詮花嫁候補だから選ばれないと高を括っていたのだろうか。でも、後でばれた時が怖いと思わない所だけは凄いと思う。

 自分だったら恐すぎて無理だ。そんな事をした日には朝日を拝めないような気がする。

 凍土のような冷たい眼差しを思い出し里愛は身震いをする。ムリムリムリ!絶対無理っ!

 あんな男を好きになれる人がいるのであれば見て見たいものである。

 自分には一生無理だと断言しても良いくらいだと思いながら里愛は何時の間にか温くなってしまった紅茶を口に含む。

 魔術師を思い出してしまった恐怖ゆえか口の中は酷く渇いており、ちょうど良い温さだった。

 

 

「それより浮気とか、していたのばれた人って罰則とかあったの?」

「罰則というか、二度とこの大陸に足を踏み入れる事は叶わなくなったね」

「永久追放ってこと?」

「そうそう。いくら相手に興味がないとはいえ、花嫁候補でやって来ているのに他の男に現を抜かすようじゃ駄目だって事らしい。後は二度と顔も見たくないって意味だろうな」

「ふぅん」



 あまりにも素っ気ない態度だったから相手の事など何も考えていないと思っていたのだがどうやら自分の思い過ごしだったらしい。

 でなければそんな風にまどろっこしい罰則などせず、処刑してしまえば良いだけの話なのだから。

 私も他の誰かと浮気をして永久追放くらえば元の世界に返してもらえるのだろうか。

 そんな邪な考えが微かに頭を過ぎるが、先にシリウスが釘を刺した。



「勿論里愛は浮気なんてしないよねぇ。相手もいないし。因みに浮気をして永久追放なんかされた日には一生里愛の願いは叶わないって事、忘れないでね」

「ぐっ……」



 手っ取り早い方法を思い付いたと思ったのだが、どうやら駄目だったらしい。残念だと思いながら里愛はこっそりと溜息をついたのであった。











 他愛のない話を交わした後、シリウスは帰って行った。自分の家に帰れるなんて羨ましすぎて睨み付けてしまったほどだが、彼からしたら死活問題らしい。

 異世界に居たのならまだしも、元の世界に戻ってきたというのに奥さんの元に戻らないのは不味いそうだ。

 多分帰ったら半殺し程度にフルボッコは決定だろうなぁと微笑みながら遠くを見つめるシリウスに一瞬同情しそうになったが止めた。

 むしろ私の方が可哀相な境遇の人だと言いたいくらいだ。

 それにしても奥さん居たんだ。とそっちの方に驚いた。

 妙にスキンシップの激しい男だとは思っていたが、こんな男を旦那に持つ奥さんはさぞかし大変な事だろう。

 異世界に居た期間は三年間だと言っていたし、その間彼は家に戻っていないことになる。

 そんな長い間、旦那が家を空けたらそれこそ心配するなり怒ったりしそうなものだが――離婚の危機に直面はしないのだろうか。

 人間の感覚からすれば三年はとても長い。人の思いなど簡単に移ろい変わるものだ。

 まあ確かに最初の頃、ハニーとか口にしていたからそれなりに仲は良いのでは無いだろうか。

 ……私だったらハニーなんて呼ばれた日には殴り飛ばしちゃうけど。

 未来の旦那様(仮)を想像し、ハニーと呼ばせてみるが寒気しかしない。思わず二の腕をさすりながら頭を激しく振るう。

 うん、それはない。絶対にありえない。まだ自分の感覚が普通だということに感動しながらも、里愛は黙々と片付けを続けているココに視線を向ける。

 片付けをしている最中だというのに里愛の視線に気づいたのか、こちらを振り向いた。



「どうしました?リディア様」

「ちょっと聞きたい事があって。この離宮って図書館みたいな所あるの?」

「ありますよ。何か読みたい本がございましたら持ってきますが?」

「ありがとうココさん。でも大丈夫。少しは動かないと身体が鈍っちゃうから」

「では、図書館までご案内しますわ」

「うん」



 椅子から滑り降りると、里愛は踏ん張るように立つ。中々立つだけでも力が必要だが、多分この一ヶ月毎日このような姿をしなければならないのだろう。

 だったら慣れた方が良いに決まっている。お腹も満たされたことだし、少しは腹ごなしをした方が良いだろう。

 普段より歩幅が小さく、ドレスも重いため歩みは亀並の鈍さだが主人を置いて行く気はないらしく、ゆっくりと歩いてくれている。

 お喋りをしていればさほど長い廊下も気にならず、相変わらず無駄に人気のない回廊を横切り目的地に辿り着いた。


 図書館といっても広い一室に本を詰める程度かと思っていたのだが、これは想像以上に広い。広すぎる。

 まるで世界中の本を収めているのではないかと思うほど広い図書館に思わず立ち止まってしまった。

 三階建ての図書室は天井まで連なるほど高い本棚で埋め尽くされている。どれもこれも難しい題名の本ばかりだ。

 それ以前にこの中から目的の本を探し出す事の方が難しいような気がした。



「ええっと……どうしよう」



 本を探しに来たというのにこれでは目的の本に辿り着くことすら難しそうだ。

 大量の本を目の前に困惑する里愛。ココとてこの広すぎる図書室の何処に何が収められているのかなど分かるはずもない。

 これだけ広い図書館なのだから司書とかいないのだろうか。

 そんな事を思いながら視線を彷徨わせた時だった。本棚の間から一人の女性が歩いてくるのが見えた。

 自分が着ているドレスとは異なり、首元まで覆い隠す漆黒のドレスは何処となく禁欲的だ。

 柔らかくウェーブのかかった銀髪に固く閉ざされた瞳。褐色の肌をした女性の手には長い杖が握られていた。

 実用性を重視されているのか飾りも素っ気なく、魔術師達が持っていた短杖とは異なっているようにも見える。

 若い女性なのは分かるが、年齢不詳なのが第一印象だった。



「おや?随分と珍しい子がいるね」



 ふと鈴が転がるような声音が辺りに響いた。瞳を固く閉ざしたまま杖を片手に迷う事なくこちらに向かって歩いてくる。

 足元は絨毯で覆われているとはいえ、図書館の入り口には利用者のために机と椅子が置かれている。

 一定の距離に配置されているわけでもなく、見栄え重視で置かれているそれは目が見えぬ者にとっては邪魔でしかないはずだ。

 だが女性は瞳を閉じたまま難なく机を避けると、里愛の目の前にまでやって来た。

 遠くにいたから小柄な女性のように見えていたが、実際は以外と大きかった。

 多分百八十センチは超えるのでは無いだろうか。女性にしてはかなり長身な分類に入る。

 ただでさえ小さくされているのに、相手がでかすぎるせいで巨人を相手にしているような気分になった。

 とりあえず会釈でもしようかと頭を下げる里愛。仕草で何となく分かったのか女性は口元に手をあてがいながら笑みを零した。

 品の良い笑みに控えめな仕草。完璧な淑女の動作に思わず見惚れていると、ドレスが汚れるにも関わらずその場にしゃがんで下さった。

 相変わらず瞳は閉ざされたままだが、まるで全てを見透かすように女性は里愛を見つめているのが分かる。

 ……うん。凄い美人さんだ。閉ざされた睫毛は頬に影を落とすほど長いし、褐色の肌と柔らかな銀髪が迚も似合っている。目尻にある黒子も妙に色っぽい。瞳の色が見えないのが残念だった。

 外に露出している部分が顔と手だけという禁欲的な姿をしているにも関わらず色気が半端ない。

 まるで全身から溢れだす色気に酔わされるような感覚を覚える里愛だった。

 


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