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他人事

作者: 木崎 美登

 ボクは花束を抱えキミの家へ向かう。今日はボクタチの記念日だから、きっとキミはこの花束を喜んで受け取ってくれるだろう。

 電車の中でボクは他の人にこの花束をつぶされないように必死で守ったよ。だってこれはキミの分身みたいなものだから。他の誰にも触らせたくはない。だからボクは必死でキミを守っていたよ。

 キミに害をなそうと近づく者にボクは容赦しない。キミの泣き顔は見たくないから。いつもキミには笑っていてほしい。その笑顔を守ることだけがボクの生きる意味になる。

 初めてボクがキミを見つけたとき、キミは泣いていたね。大勢の他人の中でキミはボクの近くに立っておびえた目でボクを見上げていた。小刻みに震えながら目には涙をいっぱい浮かべてボクを見ていたんだ。その顔を見たとき一瞬で恋に落ちたんだ。少しだけ手を伸ばせば触れられる距離にキミはいつもいてくれた。ボクの腕の中でキミはいつも他人におびえながら震えていたんだ。

 大丈夫、ボクがキミを守ってあげるよ。他の誰にもキミを触れさせはしない。ボクだけがキミを守れるんだ。

 だから泣かないで。ボクの腕の中でいつも笑顔でいてほしい。

 ボクの大切なキミ

 ボクのかわいいキミ

 今日はこの花束をキミにあげよう。ボクラが結ばれた記念日だからね。小さな、小さな花を集めたこの花束はキミにふさわしい……


 

 私は毎日の通勤が苦痛でした。人がたくさんいる電車に乗るのがとても苦痛でした。毎日毎日知らない他人が私のパーソナルスペースの中に入ってくる、その人の呼吸が聞こえるほど近くにいる。悪寒さえ覚えていました。私がそう感じているのだからきっと他の人も私のことをそう感じているのだろうとは思っていました。

 我慢して我慢してこの通勤時間を耐えていたのです。けれどあの日を境に私の周りの状況が変化しました。私の横にいつも同じ人がいることに気がついたのです。その人はいつも私の左後ろに立っていました。そして他の人の体が私に触れないように手を伸ばしたり、カバンを使ったりしてくれていたようです。

 …… 安心感ですか?

 いいえ、そんなものはありません。だってその人の呼吸が私の耳元にいつもしているのですから。はじめはゆっくりでそして……

 思い出したくはありません。悔しいです。私はずっと今日まであの人の思うままにされていたのですから。

 すし詰めの電車の中で抵抗ができるわけがないじゃないですか! 何度も何度もあの人を見て抗議をしていました。なのにあの人は私の目を見てもそらすことなく私を見ていました。それに何を思ったのかその体をどんどん近づけてくるんです。

 だからだから私は…… 私は…… 



 その日はとても寒い冬の日だった。駅では家路へ急ぐサラリーマンの姿が見受けられる。誰もが無言だ。誰もが少し下を向いている。まるで他のなにも見たくないかのようだ。

 彼女が改札を出てきた。今日の仕事を終えて家へ帰ろうとしているのだろう。改札口を出て少し歩いたところで彼女は止まった。そして少し上を見上げで自分のカバンの中へ目を落とした。ガサゴソとカバンの中に手を入れて何かを探しているようだ。



 彼が改札口を出てきた。手には小さな花を集めた花束を持っている。少しうれしそうに笑顔を浮かべ花束に口付けをしている。改札口を出て彼は顔を花束から前へ向けた。誰かを見つけたのだろう。とてもやさしくやわらかく包み込むような笑顔を浮かべてゆっくりと足を一歩前へだした。


 彼女はカバンの中の何かを手に取り少し誇らしげに笑みを浮かべ改札口のほうへ振り返った。すれ違ったサラリーマンは彼女の手にしたモノを見て立ち止まった。彼女はそんなサラリーマンをよそにカバンの中から手にしたナイフを胸元に持ち改札口へ向かって歩き出した。


 彼は改札口を離れ駅の出口へ向かっている。その手にした花束をゆっくりと前へ愛おしそうに差し出した。


 彼女と彼の肩がゆっくりと二人はすれ違った。


 一呼吸あいただろうか? 

 彼の手から花束がゆっくりと離れていった。そして誰かの叫び声が聞こえる。

 彼の体が前に傾いた。手から離れた花束が駅の床に乾いた音とともに落ちていった。

 彼女の手にしたナイフには赤い血がついていた。そして彼女は満足気に笑みを浮かべている。そう、もうこれで彼女に害をなす人間はいないはず。

 彼女は駅の床を見てもう一度腕を振り上げた。

 彼は床に落ちた花束に手をかけようとしていた。

 そして二人の手にまた別の手が伸ばされた。



「止めろ!! 」



「離して! こいつを殺さないと私は! 私は! 」



 彼女は振り上げた腕を男性につかまれ、もがいている。



「大丈夫? 」



 彼の手は女性の手に触れていた。



「なにがあったんだい? 」



 彼はゆっくりと後ろを振り返った。そこには一人の中年サラリーマンが腹を押さえてうずくまっていた。そして彼のすぐ横にはサラリーマンに両腕を後ろに回され、もがいている彼女がいた。その足元には血のついたナイフが落ちている。



「いったいなにが…… ?」



 彼は自分の彼女を抱きしめて言った。



「さぁ、けどあなたが無事でよかった」



 抱きしめられた彼女は満足気に笑っている。床に倒れた彼は悔しそうに、もがいている。その二人の間には白と赤の花束が一つ落ちていた。

 


私の作品は登場人物が少ないです。それは、まだまだ私が複数の人の行動を制御できるほどの文章力を持っていないからです。

今回の作品は登場人物が多いようで、少ない。少ないようで多い……?

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