第四曲 名を呼ぶ[下]
前回に引き続き、過去の物語です。
トレリアの城を出てから三日ほどたった。
アオとシャオはブルーレルとカリョが親しいからか歴代の神子たち同様、すぐに打ち解けた。
『ブルーレル…』
カリョが、ブルーレルにしか聴こえない『声』で話しかけてきた。
『なんだ?』
『お父様の事、真実を教えなかったの?』
カリョは悲しそうに顔をゆがめて問う。
ブルーレルは何も言わずに、少し前を歩く、アオとシャオの背を見つめた。
カリョも、もうそれ以上何も言わずに、シャオの持つ剣に戻ったのかふと姿を消した。
ブルーレルは遠い昔、まだアオが生まれたばかりの赤子だった頃の事を思い返した。
『…真実か。いつかお前にも言わなきゃならないな…俺も他の核珠同様、世襲制なんかじゃないてことを…』
『選ばれし漆黒の戦士よ、我が声に応え』
誰かに呼ばれたような気がして、ミドリはふと立ち止まった。
生まれたばかりの長男をその腕に抱き、空を見上げる。
だが、空もあたり一面に生い茂る木々も、いつもと変わりなくそこにあるだけだ。
ミドリは再び足を進める。
『我が声を聞け、天の神子よ』
またさっきと同じ、子供の声―――。
「誰だ?」
ミドリは訝しげにもう一度辺りを見渡す。
確かに聴こえたその『声』は、まだ幼い子供のようにも聴こえた。
『風の恩恵を受けし、天の神子よ。今、その珠を受け取らん』
物凄い風が吹いて、ミドリとその家族を包んでいく。
「きゃぁぁ!!アナタ!!アオ!!」
ミドリは風が吹きすさぶ中、必死に妻とその傍らで脅えたようにこわばった娘に手を伸ばす。
「アスカ!マシロ!」
「パパ!」
差し出した手が触れようとしたとき、ミドリはふと、身体が浮いたような感覚を覚えた。そして気が付くと、そこは何もない空間だった。
妻も娘の姿もない。
そこに存在するのは、自分と抱きしめた長男だけ。
『やっと、声に気付いたか。天の神子の血縁者さんよ』
さっきまで何もない闇だったそこに、小さな容貌をした少年がたっていた。
その少年を包む衣は、とても不思議なモノだった。
まるでどこかの民族衣装のようにもとれるその衣。ショールのような半透明の布が風もないのにふわふわと揺れる。
「誰だ!?」
ミドリは我が子を守ろうと必死にその小さな身体を抱きしめる。
『安心しな!なにも取って食おうってんじゃねぇよ。俺の小さな主に会いに来ただけだ。主の命を守るために』
少年は押さない容貌とは裏腹な存在感でそこに座した。
『俺はブルーレルってんだ』
「ブルー…レル…」
ミドリはなぜかその名を聞いたとたん、言いようのない安心感に包まれた。
この少年は、我が子を守ってくれる、と。何の確証もないのにだ。
だが、ある言葉にひっかかりを覚えた。
「……主?」
『俺は、核珠って呼ばれる存在なんだ。で、その核珠ってのは、ものすっごい力を持ってんだよ。それを制御する人間が必要になる…それが……』
そう言ってブルーレルは手をあげ、ミドリの方を指で指し示す。
「オレか?」
『いや、その子供だ。だが、まだ幼すぎる。それで、お前に白羽の矢が立った。この子供が奴らに見つからないように、主のフリをしてほしい。…まぁ、それには代償がついちまうんだけど…』
ブルーレルの言葉を遮って、ミドリは言葉をつむぐ。
生まれたばかりの我が子を辛い目にあわせたくはなかった。
その少年の『主』と言う存在。
それはきっと、なによりも重く、大きなものである事を、ミドリはなぜか知っていた。
でもどうして自分ではいけなかったのか。
何故この子でなければならないのか、はっきりとした事が知りたかった。
『奴が、目覚めたんだ…その目覚めと同時に、その子供が生まれちまった』
”奴”という言葉に多少のひっかかりを覚えながらも、ミドリはあえてその話題には触れなかった。
「代償というのは?」
『無理矢理に主を変えるんだ。俺ら核珠の力は主でなきゃ耐えられない。でも、今のアオじゃダメなんだ。奴らに見つかれば、すぐにでも殺される。それを回避させたいんだ』
それは――。
それでは―――。
「つまりは、オレが引き受けなければ、アオは死ぬというコトか?」
『ああ』
あぁ、そうか。お前はそんな定めを負って生まれてしまったのか…。
ミドリは、腕の中で眠る我が子の行く末を想い、涙を零した。
「いいだろう。その身代わりとやらを引き受けよう」
妻と幼い子供たちをおいて逝く事に覚悟を決めて。
自分という存在が消える事に覚悟を決めて。
最後の望みを口にする。
「その代わり、頼みがある。オレはきっとこれから起きる戦乱で前線に行かなければならなくなる。その間、家族の無事を知っていたい」
『わかった。俺が、お前に家族の様子を届けてやるよ』
―――アオ。俺はお前に嘘をついてる。
お前の父は、病で死んだんじゃない。
オレの主を守る為に、オレに―――殺されたんだ。