第二曲 戦乱を誘う神子[上]
『前話までのあらすじ』天涯孤独な少年アオと、不思議な少年は水面を眺めたまま、今は亡きアオの父の話をしていた。
風に乗ってきた不吉な予感を本能で察知したアオは少年と共に、仲間を探し始めた。
少年に導かれるまま、アオはその大きな門を潜った。
「ねぇ、勝手に入っていいの?」
少年に誘われて足を進めたのは、この大国を収める王城の中だった。
『かまわないさ。ここは、天の神子の拠点だから』
少年はさらりと言う。
天の神子。それは最近初めて知った存在。
アオの父がこの薄青のペンダントをアオに託す五年前まで、アオはただの子どもに過ぎなかった。
天の神子として少年の主として城に住み込んでいたという父。
今では、そのペンダントを持っているアオが、その主として現在、天の神子と呼ばれている。
『ここだ』
少年はふと銀色の扉の前で足を止めた。
開けろ、と目で言う少年にしぶしぶ従ってその扉を開ける。
その瞬間、アオは見た事のない白銀と碧色の髪に目を奪われた。
二人の少女が、無言でアオを見ている。
すると普段は姿を隠している少年が、姿をその二人の前に曝した。
急に現れた少年の存在に碧色の髪の少女は驚いていたようだが、もう一人は表情一つ変えない。
『カリョ…出て来い』
少年は呟くようにいった。
「………」
一瞬の沈黙。破ったのは少年ではなく、白銀の少女の方だった。
「わたしはシャオ…ご存知のとうり、アルティアの神子であり、カリョの主…こっちはトレリア。知ってると思うけど、この国の王女よ。今のところ、アルティアの神子とは関係ないわ」
シャオはアオに分るように丁寧に自己紹介をしてくれた。
ひと段落つくのを待っていたのか、トレリアが口を開く。
「…シャオ、アルティアの神子というのは世界を救った救世主のことではなくて?」
トレリアはアルティアという名前をかすかに記憶していたのか、シャオに問うた。
「いいえ。それは確かにこの国に伝えられていた、天地戦争時代の言い伝えだけれど、本当はアルティアというのは、天と地、四組の…計八人の姉妹を統べていた者の名で、その神子というのはそこの少年のような核珠と呼ばれる存在の主になった人物のコトをいうの」
そしてゆっくりとアオに向かって足を進めてくる。アオの目の前までくると、腕に嵌めてあった紅い玉のついたリングに手を翳す。
『天は…望み、地は…望む。刃を違えた天地は自らの望みと対称な形をかたどっていく。天地の闘争の連鎖は、天地の子どもたちの手によって、断ち切られん』
その言葉を聴いて、アオは心が押しつぶされそうになった。
過去の神子が起こした過ちが、こんなにも後の世代まで続いている事への罪悪感からかもしれない。
「…これが、アルティアの本当の遺言。そして、その時に地上に八つの珠が飛び散った。一つは彼の持つ癒しと疾風を司る風のペンダント【ブルーレル】。まぁ、ブルーレルについては、そこの本人に聞くといいわ」
その名に呼応するように少年、ブルーレルの姿は薄青に輝きだす。
「そうして二つ目…私が持つ、業火と破壊を司る焔の剣…【カリョ】」
そういうと、リングは紅い光に包まれ、ゆっくりと形を変えていく。
アオとトレリアが呆然とそれを見ていると、柄の部分に勺朱色の珠のついた剣に変わった。
そしてその光は剣から離れ、薄青に輝き続けているブルーレルのように人の姿をかたどった。
小さな少年の形をしているブルーレルとは対照的に、それは背の高い儚げな容姿をした優しそうな女性だった。
『ブルーレル、お久しぶりです。元気そうですね。』
その容姿に見合うように、その女性、カリョはおっとりとした口調で喋る。
その口調や容姿からは業火や破壊などという言葉は似つかわしくはない。
『そんな挨拶はどうでもいいんだよ!俺が聞きたいのは、お前がどっちにつくかだ。もし敵になるなら、容赦はしない』
ブルーレルの剣幕に動じることなく、カリョは微笑む。
『貴方は、それを私にききますか』
またも、一瞬の沈黙。ブルーレルは微笑みを絶やさないカリョから目をそらし、ふっと鼻で笑った。
『……いや、愚問だな。まぁ、お前の答えが分っているからこそ、俺はココに来たんだ』
カリョとブルーレルは微かに口元に笑みを浮かべていた。
その間にも、シャオはトレリアに、説明を続けていた。
「私たち神子は、アルティアの子供のような存在。……親が子を選べないように、子も、親を選べない。つまりは、天命からは逃れられないというコトよ。私達、アルティアの神子は…」
「それって…」
トレリアの瞳が悲しそうに歪む。シャオはそうなる事が分っていたように俯く。
「ごめんさい。トレリア、私は…戦うために生まれてきたの。あの村で暮らして、その村で戦乱が起こって…私一人が生き残るのも、皆決まっていたことなの」
決まっていたこと。
その言葉にアオは、死の間際の父の言葉を思い出した。
「すまんなぁ。本当はこれをお前にあげたくはなかったんだが…オレもそろそろ限かいのようだよ」
そういってこのペンダントを差し出した父。
「もう生きられないほど、この身体は病に蝕まれてる」
「…え?なに、どういう事?」
「お前は…どっちをとるのかな。兄弟を、あの子を裏切ってオレのように孤独に死ぬか…戦って、英雄となって死ぬか。どっちだろうな」
「父さん!」
それが、生まれて初めて父を呼んだ瞬間だった。
「アオ、オレはお前にそう呼んでもらえて、嬉しかったよ」
ゆっくりと、父の手が冷たくなっていくのろ感じていた。
「もう少し、お前と過ごしたかったよ。ブルーレルを、よろしくな」
なかなかペンダントを受け取らないアオに痺れを切らしたのか、父は無理矢理アオの首にそのペンダントを提げた。
あの時は、全く意味が分らなかった父の言葉。一人っ子なのに兄弟を裏切るとか、あの子とか、英雄になるとか…どっちをとって死ぬかとか…。でも、今の説明でその言葉に意味がやっと分った。
どうして忘れていただろう…神子というのは、他国の言葉で血縁のない双児という意味だったでないか。
「父さんの死も…決まっていた事だったのかな」
アオの小さな呟きも静かな部屋には丁度良い大きさとなって、全員の耳へと届いた。そして、ブルーレルが微かに眉を寄せるのを、カリョは横目に見ていた。
一代前のブルーレルの主だったアオの父はブルーレルの前で死んだ。
きっとブルーレルは今でもまだ、彼を護れなかった事を悔やんでいる。
「やはり、貴方の父も死んでいったのね。……血縁に関係なく、さまざまな家に生まれる【カリョ】や他の珠とは違って、癒しを司る【ブルーレル】は好まれる。故に珠の中でも【ブルーレル】だけは世襲制だから」
アオは胸に掛かったペンダントをぎゅっと握りしめる。
「僕は…本当は戦いたくない。…その戦いの中で、護れるものもあるもかもしれない…でも、失うものの方がきっと、ずっと多いだろうから」
ブルーレルはそっと拳を握りしめる。
アオのその言葉は、アオの父がずっと言い続けてきた言葉だったからだ。
主のその願いを、今度は叶えてやれるだろうか。
一人で孤独に死なせずに、自分も一緒に逝けるだろうか。
主の元へ……今度は自分も。
「でも、目の前で誰かが死んでいくのは、もっと見たくない。もう、僕はあの頃の戦えない子供じゃないんだから」
目の前で、母が死んだ。
姉が死んだ。
そして、父も…。
「ブルーレルと一緒に…僕も戦う」
アオの決意は、きっとこの中の誰よりも、強く儚い決意だった。
『お前は、いつも俺の欲しい言葉をくれるんだ』