第一曲 始まりの唄[下]
『前話までのあらすじ』戦地となった村の唯一の生き残りであるシャオは王女であるトレリアに引き取られ現在は王城で暮らしていた。白銀の髪を持つことから白銀の歌姫と呼ばれていた。過去の記憶を持っていないシャオを、トレリアは心配していて・・・。
透き通った水面。
木々から滑り落ちた落葉が、ゆらゆらとその水面を揺らす。
ゆら、ゆら。
ゆら、ゆら。
アオは一人で、その葉を見ていた。
いや、一人ではない。水面を覗き込むように佇むその背後に、他者には見ることの叶わない、幽霊のような存在が確かにいた。
「ねぇ、父さんの話を聞かせてよ」
アオは水面を見つめたまま呟く。
するとそれに答えるように、その存在が、ゆっくりと自らの姿をはっきりとしたモノに替えて行く。そこに始めからその少年が存在していたかのように、アオはその姿を一瞥した。
先の戦争。
それで、アオは母と姉と妹を失った。
残されたのはまだ十歳になったばかりのアオと顔も知らなかった父だけだ。
『ミドリの、か…?』
その少年はなにかを懐かしむように、目を細める。
『あいつは、いつもお前の事を話していたよ』
少年は優しく微笑む。
『今日はアオが初めて立ち上がったとか。今日は初めて歩いたんだ、とか。そんな父親らしいことしか、アイツは話さなかった』
「父さんは…どうして僕に会いにきてくれなかったのかな」
アオは少し悲しそうに少年を見る。少年はアオの問いに少なからず驚いたようで、目を大きく見開いて固まった。
普段は澄ましたような表情と態度ばかりをとっているから、たとえ、外見が十歳ほどにしか見えなくても、少年が何千年も生きている事を否応なしに、実感させられていたアオだったが、こういう表情は歳相応に見えなくもないと微かに笑った。
『アイツは会いに行かなかったんじゃなくて…』
少年の話を遮るように風が吹いた。その風の微かな変化にアオはふと顔をあげた。
『どうした?』
脳裏に直接響いてくるその声は、微かに心配そうな音を含んでいる。
「…いや」
『サラリエルが動いたのか?』
アオは微かに頭を横に振った。
「わからない。わからない、けど…用心した方がいいかもしれない」
アオは自分の傍らで何かを思案しているような少年に視線を投げかける。
『仲間を、見つけておいたほうが良さそうだ』