第一曲 始まりの唄[上]
『約束したを…した…太陽が沈む…暁の中で…』
『…決してこの手を…離さないと…だけど…アナタはそう言って…決意するから…』
その歌声に呼応するように風が二人の髪を揺らす。
シャオは、愛しげにこの唄を唄う。
トレリアは悲しそうにその声を聴く。
唄が終わったのか、微かな沈黙が流れる。
その沈黙を破るのはいつも同じ。翡翠の髪と碧の瞳をした少女、トレリアの方だ。
「それが、貴女が唯一覚えてる唄…なんだか、とても悲しい唄ですのね」
その声にこたえるように、白銀の髪を持つ少女が振り返る。
ここは、この星を収める大国の首都の中核に位置する王城。
翡翠の髪に碧の瞳を持つトレリアはこの大国の一の姫であり、白銀の歌姫と名高いシャオの唯一無二の親友だった。
透き通ったその声は、聴く人全てを魅了する。それが、シャオは国民から、白銀の歌姫と謡われている理由だ。
「シャオは、本当に歌が好きですのね」
トレリアは小さく笑う。
「好きよ。……これは、恋人を謡ったものなの。もう一つ、対になるパートがあるのだけれど、私はそのパートを知らない。恋人と唄ったはずの唄さえ、私はなくしてしまったの」
シャオの悲しそうな表情にトレリアも悲しそうに微笑む。
シャオは、自分が何者なのかを、知らないから。
二人が出会ったのは、三年前。
傷だらけのまま森で倒れていたシャオは表情もなく、感情を露わにする事もなく、ただ虚ろな目をしていた。
そしてトレリアと少しずつ話すうちに今のように時折だが、感情を表すようになった。
トレリアにとってそれはとても嬉しいことだった。
でも、誰も彼女が失った本当のモノを知らないのだ。
シャオはトレリアをまっすぐに見つめた。
大国の王女であるトレリアとシャオが出逢ったのは今から五年前だ。
元々シャオは国外れの小さな村で暮らしていた。その村には、普通の町に在るような娯楽は一切なく、あるのはささやかな平和。
それが崩れたのが五年前の戦乱だ。国境付近に位置したシャオの故郷は戦乱の地と化してしまった。村は焼け爛れ、人は死んだ。その中で唯一生き残ったのが、まだ十一歳の少女であったシャオ一人だった。
トレリアはシャオを引き取り、居場所を与えた。
生きているコトが、不思議な状況だった。
『遠い昔の…果てしない…約束を…君は…君は…』
トレリアはふと顔をあげた。
シャオが口ずさんでいる歌は、"あの唄"ではなかった。
トレリアと関わって、知った誰でも知っている歌。
そしてそれは、古の時代国民に夢と希望を与えた王族に忠誠を誓う、守人の歌だった。
『交わしても…それでもなお…求めるのは…君が…とても一途だから』
シャオは不思議な存在だと、城中で噂になっている。
この世に存在するはずのない白銀の髪も、その身にまとう桁違いの霊力も。…………すべて。
『守るといった…あの儚い…約束ごとを…』
シャオは、ゆっくり部屋の中へと戻って行く。トレリアが急いで後を追うと、その部屋の中にある一番大きな鏡が、光り輝いていた。
歌が途切れる。
「戦乱の時代が、始まってしまう」