魔王様と侍女
私の名前はシェルフィアラ。魔王様の侍女です。
「シェル。聞きたいんだが何をどうすれば紅茶がこんな禍々しい色になるのだ」
今日もお美しい漆黒の魔王陛下が眉間に皺を寄せて私にお聞きになる。
「さぁ。今日も普通に入れたんですが?何故ですかねぇ」
不思議なもので、私の入れる紅茶は何回かに一回、不思議☆飲んだら死んじゃうぞ?な物体に変化する。
私の主である魔王陛下はその紅茶をバルコニーにある魔界草(注:猛毒。にお掛けになった。
じゅわーッと音を立てて魔界草がしおれる。今回は溶けなかったか。
「こんな危険なものを俺に飲ませようとは相変わらずいい度胸だな」
「だって、陛下絶対飲まないじゃないですか。安心安心。私にも何が起こるか分からないので実はちょっと楽しみで」
えへっと笑って見せたら拳骨でこめかみをグリグリされました。
「酷いです陛下っ!!!ちょっとした可愛いイタズラみたいなもんじゃないですか。心が狭いですよ?魔王陛下とあらせられるお方が侍女の失敗の一つや二つっ………!!!」
「失敗が一つや二つ程度ならな?なんでお前は普段優秀なのに時々こういう事になるんだ???」
大仰に溜息を吐かれました。酷いなぁもう。こればかりは私の体質のようなものだとしか言えない。普段は陛下がおっしゃったように優秀な私だが、時々紅茶だけでなく、掃除し終わってみたら部屋がスライムだらけになっていたとか呪いのようなスキルが発動するのだ。えへん。
「さぁ?私が聞きたいぐらいです」
私が分からないって知ってるはずなのに陛下は毎回こうおっしゃる。まぁ、たいてい被害に会われるのが陛下だから仕方がないのかもしれない。普段、氷のように冷酷な陛下とのスキンシップが取れる貴重な時間だ。しかし、何故私が殺されないのかはいつも不思議。陛下が、多少なりともこのやり取りを楽しんでいらっしゃるという事だろうか。
そんな魔王様と私の出会いは、私が覚えていない位幼少の頃。
魔界に捨てられていた私を魔王様が発見☆子供にもちろん興味があろうはずもなく見捨てて行こうとした所、しがみついて離れなかったらしい。魔王陛下にしがみ付くなんて恐れ多い事、良くやったな幼い頃の私。普通なら、そのまま殺していたらしいその状況でたまたま機嫌のよろしかった陛下にお持ち帰りされて今に至る。機嫌がよろしくてヨカッタデス。それにしても魔界に捨てられた人間なんて私くらいのものじゃなかろうか。
今のところ、魔王様にも情というものがあったのか無事に成長出来てますが飽きたら殺されるんだろうなぁ………遠い目。この前の愛人奴隷4598号さんのように。あれは酷かった。魂ごと消し飛ばしちゃうんだもん。あれじゃ転生もままならない。ちょっと前までお気に入りだったのになんでだろう?
※ ※ ※
シェルは今日もやらかしてくれた。この俺を殺す気なのかと思いたくもなるが、この娘は天然で悪意が全くない。この陰謀渦まく魔窟で稀有な事だ。毒されずに良く育ったものだと思う。
正直に言おう。最初は殺そうと思った。しかし、拾った時に俺の魔眼を正面から見据えて正気を失わなかった子供に興味を覚えた。何よりも誰からも怖ろしいと言われるこの俺の目を睨みつけてくる根性が気に行ったのだ。
思えば昔からコイツはふてぶてしかった。仮にも魔王であるこの俺に「さぁ」とか「でも」とか言えるのはシェル位のものだ。他の物は俺の顔色を窺う事に必死か寝首掻こうとしているかのどちらかだ。他の者が同じシェルと同じ物言いをしたら確実に殺してる。それ位には俺はシェルの事を気に入っている。
この前なんぞ奴隷4598号が自分の立場の何を勘違いしたのかシェルを殺そうとしていたので思わず魂まで消滅させてしまった。シェルは俺の持ち物であって間違って害していいものではない。
※ ※ ※
「陛下、陛下見て下さい!!!新記録。今日は短時間で2回目ですよ?!」
「だから、俺の所に持って来なくていいだろうそんな禍々しい臭気を放つ物体を」
今度はロールケーキがカオスになりました☆なんだかスライムと目玉がごちゃ混ぜになった感じです。
辺りには何とも言えない刺激臭。
陛下はこの皿を持つと部屋の隅にあるなんでも食べる魔界の怪魚ダルロッサの(注:指を入れないでください喰いちぎられます。の水槽にロールケーキをお入れになった。
びっちびちと喜んでロールケーキに喰らいつくダルロッサ。お、今回は平気かな?と思ったら逆さに浮いて骨になりました。
「陛下………ちょっと可哀想です」
「ほう。お前はその可哀想な状況に俺がなっても良かったと?」
「だって陛下食べないじゃないですか」
にっこり笑って言ったら『それを言うのはこの口か』と言われて頬っぺたを思い切り掴まれて引っ張られました。
「いひゃいです~陛下ぁ~」
「当たり前だ。痛くなければ仕置きにならんだろうが(怒」
まったくお前は何度も何度もと言われながら引っ張られます。うー痛い以前に顔が伸びそうです!!かーおーがー!!!やっと離して頂けた所、頬がジンジンして触ってみれば熱を持っていました。
「大人げないですッ陛下!!!650才にもなって!!人間でかよわい乙女の顔が伸びきって戻らなくなったらどうしてくれるんですか」
痛む頬を抑え涙目になってそう言えば、何とも言えない顔の陛下と目が合いました。
「寝言は寝て言え。乙女になりたかったらもうちょっと育ってから言うんだな」
「正確な年齢は分かりませんけど陛下に引き取って貰って16年経つんですよ?ですから十分乙女です」
ぶんむくれて言えば首をかしげてマジマジと顔を見られました。
「そんなになるか?まだまだ子供だと思ってたんだがな??」
何故でしょうか。蛇に睨まれた蛙の気分です。
「ふうん」
上から下まで見られてどっと冷や汗が出てきました。あれおかしいな?私何か地雷を踏みましたか?
「なら、これからは乙女とやらの対応をしてやろう」
なんか舌舐めずりしてませんか。陛下?陛下?!なんです???この捕食者に捕まった気分!!!
「やっぱり………遠慮しておきます。なんか私はまだ乙女には程遠い………」
「遠慮する必要はない。もう決めた」
陛下?!陛下?!!決めたって何をですか??一体何を決めたっていうんです!!!
―――怖くてその先は聞けませんでした。
上機嫌で去っていく陛下を見守りながら私はその場に座り込んだ。この後、私どうなるんでしょう???
シェルフィアラ捕食されるフラグが立ちました。頑張れ。