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美来来(みらいらい)

作者: 沙華やや子
掲載日:2026/04/15

あたしにはチョイと変わった夢があるんだ~。


「はーい! 待って、待って待って」 

 バンドリーダー・ハスタがドラムスティックを振り演奏をストップさせる。


「とけちゃん、またフラットしてるよ。一生節ごとにフレーズの終わりが特に半音下がりがち。もっかい最初から」


「はい!」


(まったく、ハスタってばいつも厳しいよな~) 

 たまにめげそうになるボーカリスト『とけちゃん』こと『時計草』本名、畑美来(はたけみらい)26才。

 

 趣味と言えどもハスタは、バンド経験20年以上の天才的なテクニックを持つドラマーだ。11才からドラムスティックを握っている。

 センターパートの黒髪をかき上げつつ「そこ、意識して歌ってみてね、とけちゃん」と念を押した。


「うん」 

 スタジオでは弱音を吐かず120%のパフォーマンスをするとけちゃんこと美来。白いレースのミニスカートとポニーテールが今日も飛んだり跳ねたりする。


 スタジオで120%の力で練習をしておいて、本番のステージでは多くても80%までの熱量で()る。ここ、肝心。

 毎回の練習を120%やりまくっているから、ライブハウスでは全力を出さずにリラックスした状態で100%(つまり、ほぼパーフェクト)のステージが魅せられるってわけ。


 ロックバンド『美来来(みらいらい)』はロックンロールも演奏すれば、ジャジーなブルーズもする。パンキッシュな楽曲やアイドル歌謡のようなフワフワした愛らしい楽曲もある。

 七変化するボーカリスト・時計草なのだ。


 ――――「お疲れ~」 金髪ツンツンヘアー、ギターの(たつ)がだるそうに言う。機嫌が悪いわけではない。そういう男なのだ。


「ああ、お疲れさん。辰の新しいリフ、カッコイイね!」とスタジオの会計を済ませたベースの町木(まちき)。町木はフツーのサラリーマン風の男性だが、ひとたびベースを奏で始めると豹変する。ベースの弦を噛み切りそうな勢いだ。


「そう? 徹夜して考えた甲斐があったぜ」


 20代は時計草だけ。他のみんなは30代のお兄さんだ。

 美来来は社会人バンド。と言っても時計草こと美来は只今失業中。先日カフェの仕事を辞めたばかり。

 店長のセクハラに遭ったのだった。店長は執拗に美来をお茶に誘い、誘惑を仕掛けていた。ストーカー行為が発覚し、示談交渉でめいっぱい慰謝料や引っ越し費用をぶん取ったのだ。だが、200万円という額はたくさんのようでいてそうでもない。未来はのんびり屋の自分を知っているので、早く仕事見つけなくちゃ、と焦っている。


「じゃあ、また次の土曜日な!」 

 リーダー・ハスタの言葉が解散の合図だ。


 バンド練習は毎週土曜日の午後2時から2時間だ。


 みなそれぞれバラバラにスタジオ前で手を振り去って行く。


 ――――美来にはちょっとした憧れがある。それは……いわゆる『デス声』を出すことだ。そう、ハードコアパンクなどで、主に男の人が叫ぶ「ぶうぅぉおおおおおー」といった野太い声、ちょっぴりしゃがれたような。

 美来の声はとても澄んでいて高音だ。


 その日美来は弁当店で、唐揚げと目玉焼きとハンバーグと焼き肉の入った『スンゴクすたみな弁当』を買い帰宅した。

(あたし、瘦せ過ぎなのかな。それでぶっとい声が出ないのだろうか)

 美来はなんとしても派手に一丁デス声を轟かせたく、よく食べる。そして隔日で行う自宅筋トレも欠かさない。 


 お弁当を食べ終え、お風呂に入りスッキリ。ロリータチックなネグリジェ風のピンクの部屋着に着替え、美来はパソコンの前に座った。


(動画サイトで……[デス声のレクチャー]とかないかな)


 キーボードを叩き検索。

「ム! ムムム!」


 見つけたのだ、未来は。怪しげだが『デス声出したい人、集まれ~』とのタイトルの動画を。


 アカウントにカーソルを持って行くと『ラミーの一生懸命』と書いてある。『ラミー』恐らくアカウント主のハンドルネームだろう。

 なによりも目に付いたのはサムネイルだ。全然一生懸命じゃなさそうな男性がこちらを見つめている、というもの。ピンク色にヘアカラーされたウルフカット。鼻ピアス。魚の死んだような目。目の輝きに生命力を感じさせないが、引き締まった身体付きの色男だ。年の頃は自分と同じぐらいかな? と美来は思った。


(なになに、どれどれ)

 瞳を輝かせ再生ボタンをクリックする美来。


 サムネイルの男性がしゃべり始めた。


「こんにちは」

 暗い声だ。どこが『一生懸命』なのだろうか。

「ここに君がやって来たということは、そこの君!」

 サッと画面のこちら側に人差し指をさす華麗な姿がムカつく。


「生きてんじゃん、この魚。キャハ!」

 シニカルに笑う美来。


「私がこれから君の欲するデス声を披露する!」


「あ」


 美来は聴き逃すものかと姿勢を正した。


「ぶ――――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


「す、凄い……」


 美来は唖然とする。さっきまでこの男、艶やかなアナウンサーのような声だったのに。


「以上だ。最後に私から話がある。君はバンドをやっているカワイ子ちゃんかもしれないね?」


「へ?! なに、この男、気持ち悪」


 ラミーとかいう動画の主のオリジナリティーが強すぎて、さっきから独り言が止まらぬ美来。


「それとも変声期前の男子かな」


「良いから、早くデス声をええ塩梅に出す方法を教えてよ!」

 突っ込む美来。


「諦めろ」


「ハ」


「君は、デス声が出ないからこの動画に辿り着いたんだろう。出ないものは出ない。以上だ」


 ラミーが締めくくると、楽し気な音楽が鳴り始めた。女性のファルセットで「ラ~、ラミ~。ラミ~はいつも一生懸命。フッフフー」ミドルテンポの明るい曲調。 

 ラミーはクルッと画面に背を向け歩き始める。

 少しずつ画面から離れて行くラミー。おろ?


「上下毛玉だらけの黒いスウェットじゃん! アハハハ」

 美来はウケる。 

 小さくなって行くラミー。自分の部屋なのだろうか。ドアの所まで行くと振り返ったラミー。

「グッドラック」

 ボソッと、とても良いことがこの先起こりそうにない、覇気なき声で口にし、右手を上げてバイバイのポーズを取った。


「あほくさ」

 大爆笑しながら、ふとパソコン画面『ラミーの一生懸命』プロフィール写真近くの数字に目をやり、美来はおったまげた。


「ヒ! と、登録者数、ご、50万人……ンンン!?」 

 

 こんなただの変態男になんで……。しかし二ッチな需要もあるということだろう。


(それにしても、ま、言い得て妙かもね)

 美来は動画を消し、思った。

(デス声を出せたら良いなと思ったけど、のどの構造とかあるのかなあ。出来そうにないことにこだわり続けるよりも、得意な所を伸ばせばいっか) 


 ――――まさか、この日を境に自分が『ラミー沼』にハマって行くなんて、思いもつかない美来であった。



「とけちゃん、新しい歌詞できた?」とハスタが訊く。


 また1週間が過ぎ、今日も楽しくもあり、緊張感もありのバンド練習だ。


「あ、ごめんなさい! なんか良い詞、浮かばなくて」


「珍しいじゃん、とけちゃんにしては」

 エフェクターを繋げていたベースの町木が言う。


「最近バタバタしてんだよね」と美来。


「就職活動かな?」とおっ立てた金髪ヘアーを整えつつ、ギターストラップを首から既にぶら下げている辰が言う。


「ンまあ、そういったところね」


「あーい。じゃあいつもの順番で通すよ」

 ハスタのスティックの音が鳴り、5曲のメドレーから始める。



――――「お疲れ様~」ちょっとソワソワしている美来。

(毎週土曜日なんだよね『ラミーの一生懸命』動画のさ、更新曜日)


「来週は書いて来てよ~、とけちゃん。辰の新曲にバッチリ合う歌詞」

 ハスタに念を押される美来。


「うん、任せといて! じゃ」

 

 一番乗りでスタジオを跡にした。

 タタタタタと駈け駅に向かい電車に乗る。

(電車~、速く行け―)

 いや、美来。速く行ったらアウトだから、電車。危ないし。


 美来は『ラミーの一生懸命』をリラックスして観るために、入浴やお肌と髪のお手入れをとっとと済ませ落ち着きたいのだ。 鑑賞中のお供は極上のドリップコーヒーだ。



 ――――「さあ、始まるぞ!」

 お祈りするみたいに左右の指同士を交差させた手を、ちょいと右に傾け、乙女チックな水色のネグリジェで、まるで人待ち顔の美来。


 夜7時半に必ず新しい動画がUPされることを美来が知ったのは、例のデス声動画を観た次の週の書き込みからだった。

 その日はなんとなくまたあの混沌としたデス声動画を今一度観たくなり、ラミーの所へ飛んで行ったのだ。


『ラミーさん、いつ見ても一生懸命脱力しててかっこいい♡ byサトミ』

『ラミーさんへ。今度ゆで卵のカラを上手にむく方法を一生懸命教えてください byシゲル』

『みんなー、あ、特にラミーさんのことをあんまり知らない方へ。新しい動画は毎週土曜日の19時半にアップだぜ。 by親衛隊長』


(およ? そうなんだ~)と美来は思った。 

 

 ちなみにその日は、ラミーファンの書き込みに対しラミーが答えるという回だった。

 白いA4用紙を数枚持ったラミーが出て来た。


「こんばんは」ボソッ。

 今夜も暗い。東京中の街の灯を全て抹殺してしまうほどの威力があるネクラっぷり。


「今日は君たちの質問に答える。その1。『ラミーさんにはしっぽの痕がありますか』」

 ラミーは俯き腕を組んだ。なにやら考え込んでいる。

 そして断言した。


「痕じゃなくしっぽそのものがある」

 真顔だ。クールな瞳ではなくクーラーボックスに閉じ込められた、やはり魚の目だ。もう死んでいる。


「なっに、それ、なんにも可笑しくないし」

 ちっ、つまんなーいと言わんばかりの醒めた気分の美来は(もうこんなの観るの、やめようかな。たまたま観たデス声の回は衝撃だったけど)とパソコン画面をスクロールし、カーソルをバツの所に持って行きページを閉じようとした。

 が、次の瞬間息を飲んだ。


「わわわわっ、お尻出し始めたじゃん! この兄ちゃん(ラミー)」

 画面には肌色の部分にモザイクがかけられていた。


「やっぱなんかわざとらしくて好きじゃない」

 でもやはり気になる。


 真顔のままのラミーは、毛玉だらけの黒いスウェットパンツを履き、何事もなかったかのように次の質問を読むため、カサカサ! と音を立てA4用紙を再び手にした。


「『ラミーさん、あたし、一生懸命働いてんのに、全然お給料が上がらないの。なんだかさ、自分で“一生懸命”ってなんだろうってさ、わかんなくなって来るよ』……ふむ」


 どう答えるのかなと美来は興味が湧き、動画にくぎ付けになった。


「私も『一生懸命』ってなんだかわかんない」


「プ!」

 美来は吹いてしまった。じゃあなんで『ラミーの一生懸命』というチャンネル名なのか。


 続けてラミーが話した。

「わかる必要ないし、会社変われば」


 美来は、なるほど、としっくり来た。

 嫌なことは基本的にやらない美来である。好きなことを達成させるためのちょっと嫌なことなら頑張るけど、わかんないというまで気持ちがもつれると、面倒なので辞めるのだ。


 次の質問は『ラミーさんの趣味はなんなんでしょうね』だった。


「私はロックが好きだ。特に70年代パンク」


「あ! フツーに答えた!」


 自分と趣味が一緒だなということよりも、このニヒリストのような偏屈男が、ちょっぴり温もりのある己を語った姿勢に対し、美来は心が動いたのだ。


 その日の締めくくりももちろん「ラー、ラミ~、ラミ~。ラミ~はいつも一生懸命。フッフフー」

 番組に似合わないハッピーな曲調。


 そしてラミーのチャンネルが癖になった3週目から半年経過した今も、美来は動画を観続けている。 


 ――――(今日はどんな『一生懸命』だろ? ウフフ)


 定刻の19時半。パジャマに着替え光の輪を湛えている黒髪を梳かし、今か今かと動画のUPを待つ美来。


 始まった。


「こんばんは」

 暗い! 7月の宵の薄暗さなど明るい、明るい。そんなものでは追い付かない深淵だ。ミッドナイトブルー。なんておどろおどろしい挨拶だろう。これなら黙って本編を始めたほうがマシなのに。


「『ラミーの一生懸命』をご視聴くださりありがとう」

 棒読みだ。なんで。

 あ! それもそのはずか。より一層暗さを増している理由は、今日の動画タイトルに書いてあるこれが原因ね。


『ラミーは一生懸命、活動休止します』


「……て、え!?」


 視聴者が皆一斉にコメントを書き始める。


『辞めないで! ラミーさん』

『なんでだよぉ』

『俺の土曜日オワタ』


 さすが登録者数50万人。皆心を痛めている。コメントは次から次へと綴られて行く。いったいラミーになにがあったというのか。


「うむ。今日のタイトルを見てさぞや君たち、驚くことだろう。察しはつく」


 驚いているうちの1人、美来は目を丸くして耳をそばだてパソコン画面とにらめっこだ。


「私はマッチングアプリに登録しようと思う。いっぺんにたくさんのことは出来ないので、さらばじゃ」

 ブチッ。

 まるで、喧嘩の電話で一方的に相手から電話を切られるみたいに動画は突如として終わった。

 いつもの「ラー、ラミ~、ラミ~。ラミ~はいつも一生懸命。フッフフー」のエンディングテーマはなかった。


「あーあ……」

 毎週土曜日の美来のお楽しみが儚くもたった今、消えてしまった。



 今日はスタジオ練習。そう、土曜日! ラミーがいなくなった土曜日!

  ――――「どしたの、とけちゃん、今日は踊んないの? 元気ないぞ」

 ロックバンド・美来来のリーダーであるハスタが、1曲演奏したところで心配そうに声を掛けて来た。


「あ、ああ。ごめんね、心配掛けて。ちょっと、熱っぽいかな」


「え? そうなの、とけちゃん。無理しないほうが良いぜ」とギターの辰。


「病院に行ったほうが良いんじゃないの? とけちゃん、ライブまでまだ時間があるし、なによりも身体が資本だよ」

 ベーシストの町木が言う。


「そうね。ハスタ、良いかな。あたし今日は帰っちゃって」


「ああ、健康が一番大事だよ、とけちゃん。無理しないで」


「ありがとう」

 時計草こと美来はスタジオを出た後泣きそうになった。

 本当は熱なんかない。

(ラミーの動画、面白かったな。もう観れないなんて淋し過ぎる……。でも、ラミーは今から幸せを掴むんだよね。彼の幸せを祈るしかない)


 もう、もう美来の気持ちはいわゆる『推し』を軽く飛び越え『本気』かもしれない。本人は気づいていないらしいが。


(気晴らしに80年代ジャパニーズコアのアナログ盤でも買ってか~えろっと) 美来はいつもの中古レコードショップへ立ち寄った。


 大切にレコードジャケットを掻き分け宝物探し。


(わ! 超レアもの発見っ)とジャケットに手を伸ばした時、美来と同時にそのレコードを掴んだ男性の手が。

 ハッとし「すみません」と顔を上げた美来。


「どっひゃあ――――!」 

 驚いて両掌が前面を向いた。


「な、なんですか」

 ピンク色のウルフカット、鼻ピアス、魚の死んだような目。

 ラミーじゃん!


 美来が感動に打ち震えていると、ラミーは美来にすぐ「あ、レコード良いっすよ。どぞ」と手に取り差し出して来た。


「あ、ありがとうござい、いえ。え、と……ラミーさんだよね!?」


「あ」

 男性はバツが悪そうな顔をした。


(そうだよな)とその時美来は思った。

(50万人から求められる人気者だもの。ゴシップ厳禁だよね。あたし、女性だし)「すみませんでした! 失礼します」 

 美来は立ち去ろうとした。


「あ、待って!」


 フツーじゃん、ラミー。フツーの人。意外。


「え……」

 美来はとどまり、瞳を見た。ラミーがなにを望んでいるのかわからないから。

(魚の死んでるような目じゃない。でもこの人、ラミーよね?)


「わかっています。動画サイトと現実の僕のギャップがあり過ぎて驚いているのでしょう?」


「は、はい」

 言い当てられ、なんとなく逃げたいような気分に陥る美来。


「あの、僕のサイトを視聴してくださっていた方ですね」


「はい」

 美来はなんとなく恥ずかしい。なんで?

(あたしってもしかして!)


「ちょっと待ってて」

 レコードを持ちレジに向かうラミー。


「え、はい」


 すぐに美来の所に戻って来た。

「店内は静かなので、店先で、良いですか」


「はい?」


 美来が質問する()なく店を出て行こうとするラミー。慌てて追いかける。店先の(くすのき)の木陰の(もと)、自分へ追いついた美来へレコードを差し出し「どうぞ」とラミーが言う。


「あ、え? ええ! 初対面の方にそんなことしていただくなんて、わたし、困ります!」

 戸惑いを隠せない美来。


 ラミーもそうであるらしい。

「あの、僕、女性にあまり接したことがないので、今、変なことをしているのでしょうね。すみません……」


 ギャ、ギャップよ。どうよ。なにゆえ?


「いえ。あのぅ……本当にラミーさんですよね。視聴者に向かって『君』と呼んでいた……」


「はい。僕は俳優を目指しているのです」


「あ!」

 それでお芝居が上手なわけか、と美来は納得した。

(でもあんなに旨く演技出来るなんて、今のラミーも演技だったりして?)


 美来の妄想が尽きぬ中、木陰に立ったままの二人。


「あの、僕が動画サイトを休止した理由は本当です。恋人を探そうと考えました。でもなんだか、マッチングアプリに登録するのも恥ずかしくて。自己紹介を書くとか、苦手なんです」 

 とても『ラミー』とは思えない、目の前の男。『ラミーラミー詐欺』? そんなのないか。 身なりはド派手、どこから見ても遊び人。けれど純情一直線のこの男。自己紹介を始めた。


「僕は、博多園之(はかたそのゆき)と言います。29才で、さっきも言ったけど俳優を目指しつつ、時々チョイ役なんかでドラマや映画に出つつ、今の本業は土木作業員をしています」 


 美来は、ラミーこと園之を悪い人じゃなさそうだなと感じたので自分も自己紹介をした。

「あたしは畑美来と申します。26才。パンク、好きですよ! なんでも聴きます」 

 先程、園之と同じレコードに手を伸ばしたことを思いそう告げた。


「ああ、僕はパンクやハードコア一辺倒です。あ、なんだか長話で引き留めちゃいましたね。すみません、美来さん。本当に、僕、アナログ盤をいっぱい持っているのですよ。ちなみにこのアルバムは既にCDを持ってるんです。だから美来さんにプレゼントさせてください」


「あ、でもやっぱり初対面の方に、それも有名人のラミーさんに贈り物をいただくなんて、あたし……気が引けます」


「僕、有名人ですか? 有名人なら主役が回って来ても良さそうなんだけどな~、ハハハ」

 淋し気な笑いにほだされ「わかりました。ではラミー、あ、園之さんのご厚意に甘えさせていただきます」と美来は激レアオムニバスアルバムをGetしちゃった。園之に申し訳ないなと思うけど、素直に嬉しい。


「あ、あの……美来さん」


「はい、なあに」


「お、お友達になっていただけませんか」


(くー! やっぱナンパかーい) 両手に大切に抱えたレコードを突き返す美来。「あたし、恋人は要りません。音楽が恋人です! 失礼します」


「あ……」

 しょんぼりするラミーを演じていた園之に背を向け、その場を去った美来。


(園之さんのことだって、やはり演じていたかもしれないわ。いきなり[お友達になってください]だなんて!)


 しかし……なんだか園之のことが気になり、彼が豆粒ほど小さくなったであろう頃、美来は振り返った。

 園之は楠の下にずっとつっ立っていた。俯いているようだ。

 なんだか可哀相。

(この暑さの中)


 美来は慌てて園之の所まで早歩きで戻った。

「園之さん」


「あ、美来さん」


「お友達になっても良いわよ。恋人じゃなく、お友達ね」

 美来はなぜか照れてしまい目が若干泳いでいる。


「ありがとう! 美来さん。友達ってどうやってなるんですか?」 


 ガク――――。て、天然? 否、これまで孤独だったのかな。

 美来はスマホを取り出した。「ROUL(連絡アプリ)交換しましょ」


「はい」

 園之は美来に従い、美来の連絡先を登録した。


「じゃあ、あっついしあたし、帰ります。バイバーイ」


「バ、バイバーイ」

 ぎこちない『バイバイ』だ。『バイバイ』の似合わない男だ。



 帰宅し、何度も頭をひねる美来。にわかに信じがたい。あのラミーの内側はああだったのか。お芝居だったら警察に訴えてやる。あ、この場合民事なのか? わからんわい。 プレゼントしてもらったレコードを聴く気にもなれずに、美来は園之の恥ずかしそうにする表情や、笑っちゃいそうなほどの純情さを想い起こしていた。 


 ――――お風呂を上がり、牛乳を一気飲みした直後、美来のスマホが鳴った。 見ると早速園之からのROULだ。


『美来さん、友達になってくれてありがとう。嬉しいな。今度お茶でもしませんか……? “素敵な女性の口説き方”という本を今日買って帰ったの。そこに上記のように言う、と書いてありました』 


 なんだかなあ……ここまで天然じゃあ、俳優やって行けないのでは、登場人物の想いに寄り添えないのでは、と心配する美来だ。

 そんな想いも相まって、美来は園之をなにやら放っておけない。


『うん、良いですよ。お茶しましょう。こちらこそ、レコードをありがとう』


『僕の土木の仕事の休みは日曜日です。急なんだけど、明日はいかがですか? 美来さん』


 ドキリ! 急なお誘いで、慌てるし、不思議な胸の高鳴りを感じる美来。

『うん、良いよ』


『じゃあ、僕ね、素敵な喫茶店を知っているんです。今日のレコードショップの丁度裏側の“喫茶マドラー”どうですか? ……といった塩梅に女性をリードするのがスマートだと、例のハウツー本に書いてありました』 


 ガクー! いちいちそれ、説明しなくて良いから。美来は園之の1つ1つのぶきっちょさに呆れながらもなんだか嬉しくなって来る。だっておもろいやん。可愛いし(?) 

 美来は、いちいちツッコミを入れるのがめんどくさいので“説明しなくて良いよ”との説明を端折り『うんうん、そこ行ってみたいな』とだけ返信した。


『ありがとう。じゃあ、明日のランチタイムはどうですか?』 

 その文面と返信の速さから、これはハウツー本に頼っていない園之の言葉なんだな、と感じた。 


 そうして二人は明日の11時半に『喫茶マドラー』でランチを共にする運びとなった。待ち合わせは直接お店でする。



(でも……[ラミーさん]って超有名人じゃないのかな? あたし、テレビも流行り物の動画サイトも全然観ないからわかんないなー。スクープとかされちゃわないのかな? 変装して来るんだろうか、園之さん) 


 あれこれと思いを巡らせながらドレッサー前の美来。 お化粧が嬉しい。凄く嬉しい……。

(あたしって? 園之さんのこと、好きになっちゃったのかな? ラミーはもち推していたけど、あくまでラミーへの想いだったし、恋ではなかった……)

 手にした、動きの止まっていたパフで再びファンデーションを塗る。

 洋服はエレガントなベージュのプリーツスカートと菫色のブラウスを選んだ。今日は美来のトレードマークのポニーテールを下ろしている。 フェミニンな黒のレースアップサンダルを素足に履いた。


 先週ぐらいから鳴き始めた蝉の声が空の青をさらにくっきりとさせる。 


 ――――(こんな所にこーんな可愛い佇まいのお店があったんだ~) 

 白いログハウスだ。 

 カランコローン。ドアベルが愛らしい音を立てた。 


 園之は……変装していなかった。シンプルな黒いポロシャツを着、ブルーのスリムデニムを履いている。

 どこからどう見ても、派手・派手の『ラミーさん』の顔のまんま、頭のまんま。サングラスを掛けもしなければ付け髭など着けていない。 マニアックな人の間でだけ有名人なのだな、たぶん。知らんけど。 


 奥の4人掛けテーブルで既に待っていた園之が立ち上がり手を振って見せた。 

 あの『ラミーの一生懸命』で醸されていた暗さが見当たらない。恥ずかしそうにしているが嬉しそう。


「ごめんなさい、待ちました?」


「あ、ちょっと待ってね、美来さん……」

 ゴソゴソゴソ。園之はなにかをテーブルの下で隠したあと答えた。


「今来たところだよ!」 


 嘘臭い。


 美来はテーブル下に目をやり、園之が手にしている物を見た。

『素敵な女性の口説き方』という本だった。


「園之さん? そんな物要らないよ。恋はお芝居じゃないの。ハッ」

 頬を真っ赤に染める美来。

(あたし、今[恋]って言ったよねー。マジか。そうなんか。そうなんや――――) 

 美来は、自分は園之を好きと気づいた。


「あ……え、と。うん。わかったよ」


「園之さん、リアルの世界で台本をなくしたらきっと売れっ子の俳優になれるよ」(あたし、超良いこと言ったね、ネネネネネ?! 今!)とお調子に乗りつつも、園之の出世を本気で祈る美来。


「ありがとう。いつも失敗したらどうしようって、オレって本当は気が小さいんだよ」 

 園之が「オレ」と言ったことに自分で気づいていないのはリラックスして来たからだろうと、美来は喜んでいる。だから敢えて触れない。


「そんな風で、よくも『ラミーの一生懸命』をやっていましたね。まるで別人……」


「うん。なんかね、頭のボルトがぶっ飛ぶ時があるの」


(え、怖い)


 青くなった美来の顔を見てすぐさま付け加える園之。

「ああ、大丈夫。アーティスティックにという意味」


(お尻出すことがアートなんだ~) 

 美来は、視聴者からの質問『しっぽの痕の有無』について思い出した。


「う、うん。それにしても園之さん、登録者数50万人って凄いですね! あたし、びっくりしちゃた。あたしは世間に対してモグリなので。あ、園之さん、この間もだったけど、あたしなんかと一緒にいるところが見つかったら、マスコミに追いかけられないの?」


「追いかけられたいよ……」

 哀しげな園之。ラミー、降臨か。


「そ、そか」

 ラミーは登録者数が凄いけど、有名じゃないらしい。小説だからそういうことで許してほしい。


「あ、美来ちゃん、メニュー見ようよ」

(チャンて言ってくれた~) 

 園之という男はそこらへんが鈍感なのか。自分がいつの間にか言っていることに気づいていない様子。

 美来は何気にときめいている。

「うん」


「あ、オレ、ハンバーグ食べたいな~。ハンバーグとエビピラフ。アイスコーヒーにしよう」


「ンー、あたしはねー……魚介のバジリコパスタとミックスジュースにする」


「うん」


「お願いします」

 園之がリードしなさそうなので、右手を上げ店員に声を掛け注文する美来。


 その様子を見て園之は「あ」とひと言言い、リュックをゴソゴソし始めたが、すぐに思い直したようにその動きを止めた。


 口角をキュッと上げ、下がり気味の眉で美来は言う。

「だから~『素敵な女性の口説き方』はもう見ない! オケ~イ?」


「オケ」

 真っ直ぐな線のような園之の「オケ」は風呂桶みたいだ。


「あたしは趣味のバンドで歌っています」

 自分のことを知って欲しくて美来が話題を振った。


「あ! そうなんだ~!」

 人間らしい血の通った返事が返って来た。パンク一筋、音楽人間の園之、趣味の話題で嬉しいのだろう。


「うん。オリジナルの曲を()っています」


「へ~。美来ちゃんが作っているの?」


「はい。歌詞と歌メロはね。作曲はギターの人です」


「凄いですね!」 

 園之の暗い洞窟に一筋の光が届いたようだ。それを彼のラミー、否、ミラーで跳ね返しているかのように放ち始めた明るさ。


「でもさ、園之さんも『ラミーの一生懸命』で発信し続けていたでしょう。凄いよ! あたしはいわゆる古参ファンではなかったけど、すぐに虜になっちゃって半年欠かさず動画を観ていました。だから最終回はショックだったのよ?」 


 まんざらでもなさそうな園之。


「ンー。なんか表現したくって。オレ、俳優の端くれなのに仕事が回って来ない。なにかこう、オレのオレを出したかったの」


「うん、うん」 

 園之と美来と、沙華やや子にしか意味がわからないかもしれないが、美来には通じたのだ、その時園之のラミー語が。 

 でもこれは小説だから、読者がわかるように書くべきなんじゃないか? と悩む沙華やや子。――――彼女のことは置いといて、今一度二人のデートを覗いてみようじゃあないか。 


 ――――そこへごはんがやって来た。

「うわっほぉーい、美味しそうなパスタ! 蛸とホタテの量が凄い~」


「あは。美来ちゃん……美来ちゃん、美来ちゃん?」


「ハイ」


 園之がなにか言いたそうだ。


「か、かかかか、可愛い、ね」

 やっと言えた。


 ポッ。

 パスタの中、魚介と一緒に入っているトマトよりも頬を真っ赤にする美来。

「ありがとう」


 園之の前には鉄板ハンバーグがジュージュー言っている。

「た、食べよっか、美来ちゃん」 

 気を取り直すかのように園之がナイフとフォークを持った。


「そうね、うん!」 


 美来は、パスタを堪能している途中でジュースを飲む時にやっと、店内の様子を落ち着いて見ることが出来た。だって乙女だもん! やっぱ園之さん、超イケメンなんだもん。

 美来にとって園之は『ラミー』としてパソコンで見るよりも、実物がはるかにセクシーオーラを放っているのだ。

 だけど話し始めると頓珍漢。たまらぬギャップだ。

 店内はアンティークドールやテディーベアに、ロマンチックな装飾のオルゴールが所狭しと飾られたメルヘンチックなムード。かわゆい物が大好きな美来のツボをついて来る。


([素敵な女性の口説き方]にはまさか、お店までは載っていないわよねー。あたしのために……。嬉しいな!)


「うま! うっま。このハンバーグ。大正解、このお店!」

 叫ぶ園之。まるで初めて食べた人であるかのようだ。


「そうなのね。ハンバーグは初体験だったんだあ、園之さん」


「あ、だって初めて来るお店だもん」


「え?!」


「あ……『素敵な女性の口説き方』でね、このお店が良いよと載っていたの。ついでに知ったかぶりをしろ、って」 


 美来はフォークとスプーンをナフキンに置いた。


「嘘つき! 園之さんなんか大っ嫌い!」


 そう言い残し、店を飛び出した。自分はこんなに速く走れたのかという程のスピードだ。涙が千切れて後ろへ流れ行く。


「ヴ、ヴ、ヴヴッヴヲウオオオオオォ――――ッ!」 

 デス声、出た。 

 街中であろうとも、なりふり構わず、好きな人の裏切りに泣く女の雄たけび。

(デス声なんか要らん! 要らん、要らん、要らんよっ。あたしは園之さんが!)


「ヴウォォオオオオオ――――!」

 とめどなく溢れ出る愛情たっぷりのデスボイス。


 駅近くの小さな公園まで辿り着いた。この胸の痛みと疲労を癒やしたく、ブランコに揺られる美来。


 ブランコを10回ぐらいこいだ頃、現れたるは汗だくの園之。美来をみとめた園之は、公園の入り口で一度膝に両手をやった。肩で息をしている。


 そして顔を上げた園之と、園之をじっと見つめる美来の目が合った。 

 ひとたびおさまっていた美来の涙が再び溢れ出す。ウルウルした瞳にへの字口。


「聴こえていたよ、美来ちゃん。立派なデス声だ」


「この期に及んでなに言ってんの! 園之さん」


「……」

 なにも言えない園之。


「あたし、帰る」


「待って!」


「待たない。園之さんのこと嫌いになった。嬉しかったのに。素敵なお店に連れて行ってくれて、本当に嬉しかったのに! うっ、う、ううう」 

 美来はさっきみたいに上手にデス声が出ないように気を付けて泣いた。今要らんから。今じゃないから。


「オレ、恋の仕方がわからないけど、美来ちゃんを喜ばせたい気持ちは本物だ」

 キッパリと園之が言い切った。


「そう」 

 今、美来は遠い目だ。デスボイスを出し切った疲れもある。


「あのさ、未來ちゃんのバンドはなんというの?」


「美来来よ」


「ライブいつ?」


「ちょうど2か月後の9月」


「チケットもう買える?」


「まだ」


「そか」


「ライブは9月10日の19時から。『ライブハウス・オールライト』であるの」


 その時鳩のフンが園之の頭に落ちた。

「あ! あっ、やられた~」


「じゃあね、バイバイ」 

 あんたがクソ男だからそんなことになるのよ、と心の片隅で思わなくもない美来が陽炎の中に消えて行った。 

 ピンクの髪の毛にくっついたフンをティッシュで拭いつつ、淋し気な顔の園之は美来の背中を見送った。


* 


 今年の夏は猛暑だというけど、美来の胸の中には、一足お先に木枯らしが吹き荒むようだ。 あれから何度も園之から連絡があった。メールには『美来ちゃん、オレが悪かったよ。物を知らなくてすみません。気が利かない男でごめんなさい』『美来ちゃんに逢いたいです』 

 でも美来は、差し迫って来ているライブのために集中したかった。穏やかな恋ならバンド活動の心の支えにもなるが、園之の独特な言動にはどうしても振り回されてしまう。だから美来は一切返事をしなかった。



「だいぶん仕上がって来たよね。とけちゃん、良い感じじゃん! よし、ライブで演る曲もっかい流そ」 

 ハスタがカウントを取り演奏がスタジオで始まる。


 今日は土曜日。いつも通り、美来来のバンド練習の日だ。


 ひと通り演奏し終わったタイミングでベースの町木が言う。

「新曲の詞も歌メロも良いよね。こういう、ロマンチックな雰囲気の歌って初めて作ったよね、とけちゃん」


「そうだよ、俺のイメージしてた通りに作ったね、とけちゃん」と続けてギターの辰。


 それはハッピーエンドを歌ったラブソングだ。実は園之とのデートの前日に、突如と沸き起こった詞とメロディーだった。

(大好きだったのにな、あたし、ラミーのことも園之さんのことも)

 密やかなため息にバンドメンバーは気づかなかった。そうしてみっちり2時間、本気120%のスタジオ練習は続けられた。 



 ――――いよいよ迎えたライブ当日。

 今回のライブはワンマンではなく、美来来を含め3バンド出る。美来来はトリを飾る。

 本日はかなりの入りだ。お客さん、スタンディングで200人は入っているだろう。『ライブハウス・オールライト』満員だ。

 自分達より先に演奏するバンドを客席で観ても良いんだけれど、今夜はなぜかそんな気分になれず、美来は控え室にいた。他のメンバーは客席に行き、自分たち以外の2バンドを観に行っている。 


 ボンテージファッションに身を包みツインテールにしている今日の美来。編み上げロングブーツを履いている。

 2番度目の中盤辺りで、ハスタ、辰、町木が控え室に帰って来た。


「楽しもうぜ」とハスタ。


 ――――出番だ! 

 お気に入りのミュージシャンのSEが流れ、照明の落とされたステージに、美来来一人一人のメンバーが入って行く。

 時計草こと美来がマイクスタンドの前に立つとどよめきが起こり、パッとライトアップされ、すぐにロックンロールが始まった。 白熱するステージ。グイグイ客席から伝って来る感触。メンバーそれぞれの名を呼ぶファンたち。


 2曲終わった後MCをする。

「えー、ああ! 今日はこんなにお越しくださりありがとう! みんな喜んでいます」 

 そこで美来はメンバー3人の顔を見渡した。3人はうんうん、と頷いた。

「じゃあ、次は激し目な奴」と投げキッス。

 ゴッリゴリのギターサウンドの中、ハードコアナンバーが始まる。美来来の人気ナンバーだ。 

 この曲のために時計草(美来)はデス声が出せたら良いのになー、と思っていたのである。

 演奏が始まるや否や、鋲の付いたライダースジャケットで皮のピタパンを履いたブーツ姿の男性が前に躍り出て来た。 

 ピンクの髪がツンツンしている。


 園之だ!

 泣けて来た。あらゆる意味で美来は泣けて来た。久しぶりに逢う、やっぱり忘れられない好きな人が今目の前にいる喜びだけじゃなく、気が散るから今直ぐどこかへ行って欲しいと焦る気持ちで泣きそう。

 それでも必死で歌う時計草こと美来。


 園之はノリノリでヘッドバンキングしている。ひ! 頭取れるよッ?! 

 間奏の所でステージに上がる園之。 

 拳を掲げる園之に合わせ「うおぉぉ――!」と会場の皆も拳を上げる。叫ぶ。「同志よ~!」ってな感じで。 

 そして園之が客の渦へとダイブした!(危ない!)

「ヴゥッゥゥッォォォオオオオ――――」すんごいデス声、時計草から出た。泣きながら出た。マイクは余さず時計草の叫びを拾い『ライブハウス・オールライト』中に響き渡らせた。 

 ハードコアナンバーを歌い切った。なんとか涙を止め、汗に見せかけタオルで拭き次の曲へと移る美来来。 


 次は例の新曲だ。

 美来が園之を愛し始めた頃に書いた歌詞。

「♪あなたはあたしの王子様~。たぶん違あう星から、やって来たー。スキスキスキよ、本当は。言えないあたしを許してね。こんなあたしでも、姫に似合うかしら。初めてのデート~が、楽しみよ。おしゃべりしましょ。楠、笑ってくれるかなあ……」 


 時計草の真ん前で、鋲ジャン男が時計草を見上げ聴き入っている。勾配のあんまりない『オールライト』の構造上、パンキッシュ過ぎるウニ頭は後ろに立っている人にとっては迷惑極まりない。ステージが見えないもん。でも見た目が怖いし、さっきこの人ダイブしてたよな、とみんな思うから園之に「どけて」と言わない。黙っている。 


 メロディアスなアルペジオギターのミドルテンポの曲。そよ風が吹いて来そうなラブな曲。 

 ステージからはお客さんの表情が良く見えるんだ。 

 目を合わせないようにしていた園之の顔を、時計草は勇気を出して歌いながら見てみた。 

 

 園之の頬に涙がこぼれていた。

(な、泣くんだ――――!) 

 好きな人が自分の想いを受け取り感銘を受けてくれている、という感情よりも『園之が泣くことへの驚き』が先に立つ美来。 


 その曲の後は、ブルージーな曲を演り、最後は骨太なロックナンバーで締めくくった。 

 時計草こと美来にとって、戸惑いだらけの大変なステージだった。


 ――――「お疲れ~」

「お疲れっす」 

 控え室は安堵感に包まれている。

「いやー、さすがですね! 美来来さん。対バンありがとうございました。超クールでしたよ」 

 1番目に演奏したガールズバンドの女の子がハスタに声を掛けている。


「こちらこそ、サンキュー。うちはボーカルが要だからさ」 

 するとガールズバンドの女子が「時計草さん、衣装もセクシーだし、なにより歌がうまい! 感動しました」と握手を求めて来た。

「ありがとう」

 落ち着かない様子ではあるがニコッと笑い握手に応える美来。 


 ギターの辰が着替え終わり美来に言った。

「いや~! とけちゃんのデス声初めて聴いたわ。今まで隠してた?」


「ううん。プライベートで急に出るようになったの」 


 キョトンとする辰。

「プライベートで?」


「あ、ちが。不意に出たの」と言い直す美来。


「そうなんだー。かっちょ良かったぜ」 

 町木も隣で頷いている。


「うん、サンキュー」


「どうする? とけちゃん、方向一緒だから車で送ろうか?」とハスタ。


「うん、そうね。夜も遅いし、よろしく」 

 話しながらライブハウスを出ると、園之がライブハウスの壁にもたれタバコを吸っていた。どうやら美来には気づいていない。 

 立ち止まる美来。


「どしたの? とけちゃん、知り合い? あそこにいる男の人」

 

 園之と美来は20mぐらい離れていた。


「う、うん。あたしやっぱ電車で帰る」


「あ、そうなの。気を付けて帰るんだよ?」


「ありがと、ハスタ。じゃあ」 


 2カ月ぶりに逢った園之のもとへと駈けて行く美来。


 園之は慌てている。

「あ、ああ、美來ちゃん!」


「うん。今夜、来てくれたのね。ありがとう、園之さん」


 園之は携帯灰皿にタバコをもみ消し、灰皿をポッケに仕舞った。

「オレは、美来ちゃんが喜ぶ顔が見たいんだ。それだけだよ」 


 美来の中で、もつれていたなにかがほどけた。


「あたしは恋に恋していたわ」


「え」


「園之さんのことを見ていなかった。あたしね、やっぱり、そのまんまの園之さんが好きです。嘘つきなんかじゃない。やっぱり園之さんって『一生懸命なラミー』です!」


「嬉しい。嬉しいよ、美来ちゃん。今日の3曲目……」


「そうよ、園之さんのために書いたの」 


 しばらく二人の間に心地よい沈黙が流れた。


「あ、オレ、車で来てるの。もちろん呑んでないよ。美来ちゃんさえ良ければ送りましょうか?」


「うん! お願いします」

(キャ――――♡あんなことぉ、そんなことぉ、ヤバいことぉ)

 一気に美来の中を桃色の妄想が駆け抜ける。

(園之さん、未経験なのかな? そんな感じがするな)とか思う。 


 そういえば二人は互いの住所は知らなかった。

「あたしのお家は○○区の○〇町です」


「ああ、オレとけっこう近いですね。同じ区だったなんて。オレは○○町」 


 ――――園之が運転する車中で二人は互いを前より知った。 

 園之は東京生まれ東京育ち。美来は自分が大阪生まれの京都育ちであることを教えた。


「関西弁って可愛いよね? 今でもしゃべれますか?」


「あったりまえやん。バリバリの関西弁やっちゅうねん!」

 園之のリクエストに軽快に応える美来。 

 楽しく語らっている間に未来の自宅近所に近づいて来た。


「あ、そこの角を曲がると早いです」


「はい、わかりました。ネー、美来ちゃん、今度一緒に動画出演しない?」


「ン」


「もうオレはマッチングアプリに登録する必要はなくなった。そう想っちゃダメですか?」 


 美来は素直に答えた。

「……そうです! 園之さんはもうマッチングアプリに登録する必要がありません。登録しちゃダメ! 登録しちゃ嫌です。あたしがいるんだから」

 やっとはっきり告白できた。 


 ハンドルを握っている園之の横顔を見ると耳まで赤くしている。 

 そしてなぜか、おもむろに車を停めハザードランプを灯らせた。 

 美来へと身体を向けた。


「美來ちゃん、愛しています」


 澄んだ瞳に見つめられる美来。幸せだ。


「園之……くん」


「うん」


「あ、さっき言っていた動画って? あたし、顔出しするの?」


「う……ん。もしも美来ちゃんさせ嫌でなければ。でももちろん無理強いはしません。パッと思いついちゃっただけ。『ラミーとミラーの一生懸命』なんてね」 


 話を聴いて、美来は楽しそうだな、と感じている。これまでの『ラミーの一生懸命』はいわゆるフリースタイルだった。なにか決まったコーナーがあるわけでもなく、ラミーの気の向くままにやっていた感じ。 

 変わらなかったことと言えば『ラミーが出演しているという点』それと『例のふざけたエンディングテーマ』だ。 


 ミステリアスな園之だ。ここまで書いていて作者は、美来ちゃんのことをちょっぴり心配している。ただのスケベ野郎だったら許さねー。 


 ――――「あたし、動画出演、興味があるな。ドウガーデビューなんてカッコいいじゃない! 園之くんと一緒に色んなこと発信してみたいな」


「そう? 嬉しいな。あ、あの……オレはまた『ラミー』に変身するけど、嫌いにならない、オレのことを、美来ちゃん」


「なに言ってるのー。あたしはラミー沼にハマっていた女だよ。ウフフ。ラミーと園之くんの『差』も好きなの」

 美来は『あたしだけが知っているラミー』を宝物のように抱いている。どっちも好き。


「オレ、部屋着、毛玉の付いたスウェットしか持ってないけど、嫌いにならない?」


「そーんなの最初から知ってる!」 

 ケラケラと笑う美来。(あ、ちょっと笑い過ぎたかな)と、複雑な表情の園之の顔を見た時我に返った。


「なら良かった」

 園之は怒りもせず、納得した様子だ。

「じゃあ、車を出すね。ごめんね、長話して遅くなっちゃったね、美来ちゃん」


「ううん。いっぱいお話し出来てあたし凄く嬉しいのよ、園之くん」


「うん。じゃあ帰ろうね、美来ちゃん」


「はい」


 ハンドルを右に切り、車を発車させる園之の腕は、身体がスマートなわりにはたくましい。ドキドキ。


「あ、あのマンションよ!」

 指さす美来。


「うん。ぜひ、美來ちゃんのアイディアを聴きたいな。いつでもROUL頂戴ね」


「はーい」 


 マンションに到着し、車を降りた。車を見送る気なので、エントランスに入って行かない美来を見かね「もう夜遅いから、美来ちゃんお部屋に行ってください」と助手席の窓を開け園之が言う。


「うん、わかりました。お帰り気を付けてね! 園之くん」


「はい。おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 美来がエントランスに入り、エレベーターに乗った後、園之は帰路を辿った。


* 


 ――――『ラミーの一生懸命がリニューアルオープンするって本当?』と銘打たれた動画が、10月初めの土曜日19時半にUPされ、ラミーファンがざわついた。


 嬉しそうに美来も動画を観ている。 

 

 動画スタートとともにすっごいコメントの数だ。

『ラミーさん、おかえり~』

『ラミーさん、婚活旨く行かなかったのかな? でもここがあるから良いじゃん! 俺たちがいるよ』

『どんな風にリニュするのかな』など次々と綴られるコメント。


 ――――「こんばんは。ラミーです」 暗さは変わらない。そのことに皆一種の安心感を憶えている。ネクラを取ったらラミーがラミーじゃなくなる。


「うむ。今夜銘打ったタイトル内容は事実だ。私は君たちを裏切らない。リニューアルする。その前に、君たちが一番気になっているであろう事について言及しておく」 


 園之と美来は、まだ動画撮影をしていない。アイディアについても検討中だ。よって、今日の動画がどんなものか、美来にも知らされていない。


「こういうことだ。コホン、ンン、ン」 のどの調子を整え改まる園之。



「時計草ちゃん、私と結婚してください」



「え……」


 美来はすぐさま園之に電話したい気持ちを押し留めた。最後まで動画を観てから電話しよう。

 ちなみに作者が言い忘れていたけど、この動画は生配信ではない。収録動画だ。書き直したほうが良いかな?

 もとい。


『時計草ちゃんって誰?』

『やっぱマッチングアプリしたんだー、ラミーさん』

『驚愕』

『ラミーさんに結婚という二文字、似合わなさ過ぎ』

『おめでとう!』 

 コメントの反応は色々。


 ライブがあった9月の再会から正式にお付き合いを始めた美来と園之だが、キスどころか、手を触れたことさえないのだ!

 まるで大昔の儀式みたいじゃん。それで結婚するなんて。 

 美来は正直言って戸惑った。 

 これまで交際した彼氏が過去に何人かいる美来。 

 さすがに、生粋のプラトニックラブから結婚、となると気が引ける。


 戸惑いながらパソコンのラミーを見つめている美来。

「ラー、ラミ~、ラミ~。ラミ~はいつも一生懸命。フッフフー」 

 なんと! エンディングテーマが流れると投げキッスを画面に向け送ったラミー。

 本当に園之が言っているのか? 混乱気味の美来。



 即座に園之に電話をする美来。


『ああ、美来ちゃん、観てくれたんだね』


「うん……あんな大事なことを『園之くん』で言わずに『ラミー』に言わせるなんて、あたし、なんだか変な気持ちよ?」


『あ、あああ』 

 園之は美来を傷つけてしまったのだと気づき、言葉を失っている。


「それに……あたし達、お付き合いしているけど、そのぉ……園之くん、チューすらしてくれないじゃん! あたし、淋しい。深い仲でもないのに、結婚って考えにくいです」


『うん。ごめんなさい、軽はずみなことをして……オレ。謝って済むことじゃないけど、本当に反省しています』


 すれ違っちゃう二人だ。

 でも、なにも相手が園之じゃなくても、自分が美来じゃなくても。人と人ってそういうものかもな、とも美来は思った。

 好きな人が自分の望むように動かないのは当たり前のこと。だって、別々の人間だから。


「良いよ。園之くん。あたしも未熟なのね、きっと。ただ、結婚については考えさせてください」


『うん、わかったよ』


「あ、園之くん、明日お休み、予定はあるの?」


『ううん、特に』


「ウチに遊びに来ませんか?」


『え! 良いんですか』


「うん。お家デートしましょ」


『わかった!』

 園之が子どものように喜んでいる。


「じゃあ、10時はどう?」


『うん、わかった。10時に行くよ』


 電話を切った後、動画のアイディアもバンドで歌う新しい歌詞のことも、就職のことも、考えられない。

『園之の“ダミー”ならぬ“ラミー”を使ったプロポーズ』のことで頭がいっぱいの美来。

(やっぱりまだ、お受けするのは早いわ。もっと知り合ってから……)

 そう感じる。



 ――――お家デート当日。美来はフリルがあしらわれたピンク色のパフスリーブのミニスカワンピを着た。美しく赤いネイルを塗って。艶々の髪をポニーテールにし、水色のリボンで結んだ。 


 10時05分。ピンポーン。玄関チャイムが鳴った。 

 インターホンのモニターに園之が映っている。 

 いそいそと美来はドアを開けた。


 うっとりさせるナイスガイが立っていた。

(あたしにプロポーズをしてくれた人) 

 まっ白なロンTにストレートのデニムパンツがカッコいい園之。


「どうぞ」


「うん」


 園之が靴下のまま上がって来たので、美来は園之のために準備しておいた黒いモコモコスリッパを勧めた。


「ああ、ありがとう、美来ちゃん」


 今年は10月になっても暑い日が多い。エアコンを程良く効かせている室内の「ソファーに座って、園之くん」と言い美来は、アイスコーヒーを淹れた。


「綺麗にしているね、お部屋、美来ちゃん」


「そう? 園之くんのために一生懸命お掃除したわ」 

 そう言いながら、園之のお隣にさりげなく美来は座っちゃった。


(なにか、して欲しい)


 好きだから触れ合いたい、自然なことさ。がんばれ! 園之。もしくは美来ちゃん。


「あの、改めて、動画のことを謝ります。美来ちゃん、嫌な気持ちにさせてしまってすみません」

 美来のほうに身体を向け、園之は頭を下げた。 

 美来とお付き合いを始めてから、園之はちょっとずつ人とのコミュニケーションが上手になって来たみたい。


「いいえ。もう良いよ、園之くん。これからもっともっと知って行きたいの、園之くんのことを、あたし」


「ゴクリ」 

 その直後、園之ののどは酷く大きな音を立てアイスコーヒーを飲み込んだ。

 そして「オ、オレも、美来ちゃんのことを深く知りたい」


「深くぅ?」


 ギュ! 


 美来は思い切って園之の大きな手を握った。

 そして、長いまつげをパチンと1回伏せた後上げ、上目遣いで園之の切れ長の瞳を、覗き込んだよ。やるじゃん、美来! 


 ガバ! 


 とっても、とーってもぎこちなく、園之は美来を抱きしめた。 

 二人ともわずかに震えている。スウィートな熱さに幸せなめまいを起こしている。


「キス、して良い? 美来ちゃん」 


 美来はジッと園之の瞳を見つめ、コクリと頷いた。そして目を閉じ顎を上げた。


 チュ……。


 蕩けて行く二人。美来はメリーゴーランドに乗っているかのような高揚感を憶えた。 


 二人は、心身共に結ばれた。



 ――――『プロポーズ失敗』からお休みしていた『ラミーの一生懸命』が10月下旬に復活した。 

 アカウント名が変わったぞ?

『ラミーとミラーの一生懸命』 

 わお! 美来と園之は10月中旬には電撃結婚を果たしちゃったのである。


 ――――「こんばんは、ラミーです」 

 前より声のワット数が上がっている。


「こんばんは。新妻の時計草ことミラーです」 

 動画には二人が仲良くソファーに並んでいる姿。 


 コメントは大騒ぎだ!

『ギャー、ついに大好きなラミーさんが結婚? ハンカチ嚙む』

『ご結婚、おめでとうございまーす!』

『えーと、お二人の出逢いってマッチングアプリですか? 俺もトライすっかな』 


 ――――美来の京都の家族、園之の家族、美来来のバンドメンバーも二人の結婚をたいそう祝福してくれた。 


 あの時『デス声』を夢見て良かった。デス声を出したくて怪しいラミーに出逢えたんだ。その実、不器用で誠実な紳士だった。


 夢は見てみるもんだね。





またまた登録者数激増しちゃうかもよ?

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