魔法少女のプロローグ(前編)
私がこの世界のおかしさに気が付いたのはいつ頃だっただろうか。
・・・・・・もう思い出せるわけもない。
正しさを求めていた私、世界を正したいと思っていた私。
あぁ・・・そうだ、私は・・・黒羽夕莉はきっとそう願っていたのだろう―――。
「うぅ・・・夕莉ちゃん、ここわからない、教えてぇ」
夕莉の目の前で、彼女の友人であり、幼馴染である桜木蛍はそう懇願をしてくる。
そんな様子に夕莉はまたかと言わんがばかりのため息をつく。
「・・・・・・いつも言っているだろう?君はもっと早くから勉強をしたほうが良いと」
「私だって勉強したかったんだよ?でも、ほら逆張り?というか何というか・・・」
「その結果、考査一日前に私に泣きついてきたなら意味がないじゃないか・・・蛍?君はだな――――」
それからというものの・・・蛍は夕莉による体感一時間を超える説教を聞かされることになるのだった―――。
―——勉強のため、蛍が夕莉の部屋に訪れてから数時間、すでに外は暗くなり始めていた。
一通りの勉強は教え終えた私は蛍に対して別れを切り出していた。
「この辺りで最近、不審者が出たらしいから・・・気を付けて帰るんだぞ」
「もー、夕莉ちゃんは本当に心配性だなぁ・・・私も一応高校生なんだし大丈夫だよ、じゃあね!」
少しあざとさもありながら蛍は頬を少し膨らませながらそう別れの挨拶を交わす。
「あぁ、また明日」
その言葉と同時に、玄関の扉は閉まるのだった――――。
「・・・・・・ふぅ、とりあえず、明日の科目については安心だなぁ」
夕莉の家を出てから少し経ち、蛍は一人そんな安堵の言葉をこぼしていた。
蛍の友人である夕莉はドが付くほどの生真面目で厳格な性格の人間だ。
高校では考査はいつも学校内では一位、その上運動もかなりできる。
友人である蛍ですら嫉妬してしまうほどの才能を持った少女、それが夕莉だった。
「あ、そうだ!夕莉ちゃんにお礼のメールでも送っておかないと」
そう蛍は言いながら、スマホを取り出して、夕莉にメールを送ろうとした時のことだった。
―————
突然、蛍の歩く道路の正面の方角、声にならない叫び声が聞こえてくる。
その声に蛍は驚きのあまりスマホを落としてしまう。
「えっ?何々?いきなり・・・・・・」
蛍がそんな言葉を吐いた瞬間だった。
それは・・・確かにすごい速度で足音が近づいてくる。
そこで・・・・・・蛍は夕莉が言っていた言葉を思い出してしまった。
―——最近、ここら辺には不審者が出ると。
「ひっ、に・・・逃げないとっ」
その言葉とともに・・・蛍は走り出す。
・・・・・・が、それはもうすでに遅かった。
そもそもとして蛍という少女はそこまで運動神経が良いとは言えない。
だからこそ、逃げたところで意味はなかったのだろう。
蛍の背中に・・・・・・・これまで感じたことのないほどの”痛み”が走る。
激痛、なんてものじゃない。
ただ痛いなんて言葉で表せるものではない。
焼けるように・・・熱い。
痛い・・・痛い痛い痛い。
ただ・・・それでも、蛍は痛いという言葉以上にこの”痛み”を表現する言葉が思い浮かばない。
「・・・・・・・・・・」
暗闇でどんな姿をしているのかすらわからない。
一切の言葉を・・・その何者かは発しない。
ただ・・・その何者かは何度も・・・何度も、何度も・・・・・・
その意味のないであろう行動をまるで意味があるかのように・・・繰り返す。
蛍という少女の背中に、腹部に、足に、腕に・・・頭に。
もう・・・その少女は動かないであろうに。
無意味であろうその行動をただ続ける。
そして・・・蛍も。
その最期には、ただ静かに”彼女”に伝えられなかった”罪”という疑問を想う。
それは・・・蛍自身、彼女に対する嫉妬と同時に感じていた劣等感からのものだった。
本当に私が彼女の幼馴染であり、友人であっていいのだろうか。
本当に私が彼女の隣を歩いていていいのだろうか。
・・・私という存在が彼女にとって”鎖”になっていないのか。
考えだしたらキリがないほどだ。
私は彼女に返しきることができないほどの”罪”を犯してしまった。
蛍は・・・想う。
これはきっと・・・これまでの数えきれないほどの”罪”の贖罪であるのだろうと。
―———ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん・・・な、さい。
そんな最期の最期まで口に出すことができなかった言葉を・・・彼女は最期に想うのだった―――――――。
「————全くもう、どうしてあの子はいつもいつも・・・」
そんな小言を口にしながら、私は彼女の家へと足を進める。
蛍が帰り、夕莉は自身の部屋の片づけをしようと戻ると、そこには蛍のものであろう明日の考査範囲の教材がぽつんと置かれていた。
その物を見て、夕莉は大きくため息をつくのと同時、蛍に忘れ物しているから取りに戻って来いとメールを送ったわけだが・・・一向に既読がつかなくなり、痺れを切らし、夕莉が蛍の家へと向かうことにしていた。
―——そんな時のことだった。
どこからか・・・悲鳴が聞こえてくる。
その悲鳴を聞いて・・・私はどうしようもない不安感に襲われる。
「・・・・・・向こうからだな・・・行かないと」
ただ何事もないことを祈りながら・・・私はその悲鳴が聞こえてきたほうへと走り出していた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・蛍、無事でいてくれ・・・」
ただ・・・ただ走る。
嫌な想像だけが頭の中を支配されながら・・・・・・
そして・・・そして・・・・そして。
「・・・・・・・・・・あ、あぁ」
たどり着いた。
たどり着いてしまった。
目の前に広がる光景は確かに夕莉の目に脳に脊髄に・・・
見たくもない光景は夕莉の中へと入っていく。
「・・・・・・・な、んで?どうして・・・・・・蛍」
先ほどまで、目の前で自身に向けて笑顔を向けていた彼女の姿は、
惨いなんて言葉だけで表すことができないほどの状態だった。
その蛍だったであろうその存在は、
何度も何度も・・・体の至る部位をこれまでかと言わんばかりに刺され、
そして血が止まることなく流れていた。
彼女の様子は・・・医者でもないただの一般人から見ても死体そのものだった。
ただ・・・夕莉はそんな事実を理解することなんて、納得するなんて・・・できるはずがなかった。
「起きてくれよ・・・蛍、また・・・・・・笑顔で、私のことを・・・・・・・」
言葉が出てこない。
だって・・・その言葉を口にしたら、それはもう永遠の別れになってしまうから。
だからこそ・・・私はただ・・・言葉にならない言葉を、ただただ口から出す。
そうでもしないと・・・きっと自分は狂ってしまうと思うから。
だから、だから、だから・・・・・・・・・
―———あれから、もうどれだけの時間が過ぎたのだろうか。
・・・あれ?あの後・・・私はどうしたんだっけ?
「・・・・・・もうこんな時間か、学校・・・行かないと」
ふらついた足取り。
生気を感じられない目。
今にも死ぬかもしれないほどだ。
「・・・・・・・・・いや、もういいか」
倒れるようにして、夕莉はその場にうずくまる。
そんな彼女の様子にもう生きる意志なんてないようにすら感じられる。
それほどまでに・・・夕莉にとって彼女という存在はかけがえのないものだったのだろう。
どれだけ時間が経ったとしても、いつまでもこびりつくあの情景。
それは夕莉という15歳の少女にはひどく苦しいものだった。
「・・・・・・そう、言えば・・・犯人は・・・」
少しだけ、あの時のことを覚えていたことがあった。
蛍という少女を殺した犯人について。
その犯人は偶然、そのあたりを巡回していた警察によって捕らえられたと。
そして・・・その犯人の裁判がまた近い内に行われるということ。
ふと、そんなことを夕莉は思い出す。
だからこそ、私は・・・重たい体を無理やり動かし、そして・・・テレビをつける。
偶然にもテレビにはあの犯人についてのニュースが映し出されていた。
私はそのニュースを見て・・・目を見開く。
「・・・・・・・・・・は?」
・・・なんでだ?どうしてなんだ?
そんな言葉しか・・・出すことができない。
どうして?どうしてどうして・・・
「・・・・・・・・どうして、こいつは・・・無罪なんだ?」
やっとの思いで絞り出したその言葉は、暗い暗い闇の中へと吸い込まれていくのだった―――。
少しお話が長くなると感じたので、前編と後編にして分けて投稿します。




