EP 8
事後処理と掃除屋
黒煙と砂塵が晴れかけた頃、ひだまり孤児院の前に一台の黒塗りのバンが猛スピードで滑り込んできた。
車体にはダンボールに手書きで書かれたような『T-SWAT』の文字はなく、偽装された配送業者のロゴが入っている。
キキーッ!
タイヤが軋む音と共に停車し、スライドドアが開く。
降りてきたのは、フル装備のタクティカルギアに身を包み、愛銃『Korth』を構えた鮫島勇護だった。
「T-SWATだ! 全員動くな! ……と言いたいところだが」
鮫島はゴーグル越しに現場を見渡し、銃口を下ろした。
彼の視線の先には、壁にめり込んで白目を剥いている召喚士たちと、黒い砂山と化したゴーレムの残骸。そして、優雅にタバコを吹かす赤いジャケットの男。
「……終わってるな」
「遅いぞ、公務員。残業代は出るのか?」
龍魔呂は鮫島を見ても驚きもせず、短くなった吸い殻を携帯灰皿にしまった。
「通報を受けてから3分で来たんだがな。……相変わらず、デタラメな制圧速度だ」
鮫島は呆れたように肩をすくめると、懐から赤マルのボックスを取り出し、一本くわえた。
龍魔呂が黙ってジッポを投げる。
カキン。オイルライターの音が、戦場の終わりを告げるゴングのように響いた。
「おい、リアン。出番だぞ。……と言っても、仕事があるかは怪しいがな」
鮫島がバンの後部座席に声をかけると、ランドセルを背負った少年がひょっこりと顔を出した。
リアン・クライン。リリスのクラスメイトであり、裏では『ベンチの賢者』と呼ばれる少年だ。
彼は「ボランティア活動」という名目で、鮫島の現場検証(という名の死体処理)を手伝わされることがあった。
「もう、鮫島さん。僕をこんな危険な現場に呼ばないでよ……僕はただの善良な生徒なんだから」
リアンはブツブツと文句を言いながら、現場に足を踏み入れる。
その目は、獲物を探すハイエナのように鋭く地面をスキャンしていた。
彼の目的は、証拠隠滅用の召喚獣『喰丸』のエサ(死体や魔獣の残骸)を確保することだ。
(さてと……派手にやったみたいだし、魔獣の死骸くらいはあるかな? 喰丸もお腹空かせてるし――)
だが。
リアンの足が止まった。
「……え?」
ない。
どこにもない。
魔獣の死体どころか、血痕一つ、肉片一つ落ちていない。
あるのは、サラサラとした黒い砂(魔力の燃えカス)だけ。
「こ、これ……全部、魔獣の成れの果て?」
リアンは震える手で、足元の砂を救い上げた。
元はアダマンタイト・ゴーレムだった物質だ。
それが、砂時計の砂よりも細かく粉砕されている。
(嘘だろ……!? 魔獣の『核』まで完全に粉砕されてる……! これじゃ魔石として売ることもできないし、喰丸のエサにもならないじゃん!)
リアンは戦慄した。
通常、魔獣を倒せば死体が残る。魔法で焼いても骨は残る。
だが、この男――鬼神龍魔呂は、物理攻撃のみで対象を『原子レベル』まで分解し、自然界の魔素に還してしまったのだ。
(ヤバい……この人、ヤバすぎる。もし僕の『ネット通販』がバレて、この人に狙われたら……マグナギア(弓丸)なんて、一瞬でスクラップだ!)
リアンは顔面蒼白になり、龍魔呂から距離を取った。
龍魔呂がふと視線を向けると、リアンは「ヒィッ!」と小さく悲鳴を上げ、鮫島の背後に隠れる。
「……なんだそのガキは。見学か?」
「ああ、優秀な『清掃員』だ。……まあ、今回はお前が綺麗にしすぎたせいで、出番はなさそうだが」
鮫島は苦笑し、壁際で気絶している召喚士たちを手錠で拘束し始めた。
「こいつらは俺が引き取る。リベラに引き渡せば、法的に骨の髄まで絞り上げてくれるだろう」
「好きにしろ。……俺は店に戻る」
龍魔呂はジャケットを翻し、孤児院の子供たちの方へ歩き出した。
子供たちは、まだ呆然としていたが、龍魔呂が近づくと、シスターがおずおずと頭を下げた。
「あの……本当に、ありがとうございました。貴方はいったい……」
「……ただの料理人だ」
龍魔呂はぶっきらぼうに答えると、子供たちの頭をポンポンと撫でる……ことはせず、少し離れた場所で立ち止まった。
「腹が減ったら店に来い。唐揚げくらい、いくらでも食わせてやる」
それだけ言い残し、彼は夕闇の路地へと消えていった。
「……かっけぇ」
鮫島がポツリと漏らす。
リアンは、龍魔呂の背中が見えなくなるまで、心臓のバクバクが止まらなかった。
(絶対に……絶対にあの人の前で、正体だけはバラさないようにしよう。通販カタログを見られても、『ただのチラシです』って言い張ろう……!)
新たなトラウマを刻まれた少年暗殺者と、ハードボイルドな警察隊長。
彼らが去った後の孤児院には、魔獣の脅威が去った安堵と、かすかな唐揚げの香りが残されていた。
だが、この一件は単なる序章に過ぎない。
龍魔呂が「掃除」した下部組織の全滅は、すぐに『ナンバーズ』の中枢へと伝わることになる。




