EP 7
赤と黒の世界(vs 最強の盾)
夕暮れの孤児院の庭に、絶望的な影が落ちる。
召喚された『アダマンタイト・ゴーレム』。身長五メートル。その全身は、この世界で最も硬く、魔法耐性も持つ黒き神の金属で構成されていた。
動く要塞。歩く絶対防御。
「ヒャハハハ! どうだこの威圧感! いくら貴様がデコピンで魔獣を弾けさせようと、この硬度は別次元だ! 物理攻撃など通用しな……」
勝ち誇るリーダーの言葉を無視し、龍魔呂はゆっくりと右拳を腰だめに構えた。
その瞬間。
ドクン。
世界が、脈動した。
「……え?」
リーダーの視界から、夕焼けのオレンジ色が消えた。
空の青さも、土の茶色も、木々の緑も、すべてが色を失い、灰色の世界へと変貌していく。
――否。
色がある場所が、たった一つだけ存在した。
龍魔呂だ。
彼の纏うジャケットの赤と、全身から噴き上がり、右拳に極限まで圧縮されていく赤黒い闘気の嵐だけが、鮮烈な色彩を放っていた。
時が止まったような静寂の中で、龍魔呂が低く呟く。
「鬼神流――『絶花』」
踏み込み。
音速を超えた正拳突きが、ゴーレムの腹部にある巨大な装甲板へと放たれた。
激突の瞬間、派手な爆発音はしなかった。
代わりに、奇妙な「静寂」が訪れた。
ズブォォォォォン……。
龍魔呂の拳は、世界最強の硬度を誇るアダマンタイトの装甲に、まるで水面に石を投げ入れたかのように、音もなくめり込んでいた。
「は……?」
リーダーが間抜けな声を上げた、次の瞬間。
ゴーレムの全身に、赤黒い亀裂が走った。
ピキキキキキッ――パァァァァン!!
内側から膨張したエネルギーが、巨体を粉々に砕いた。
装甲板が、関節が、頭部が。
あらゆるパーツが原形を留めぬほど微細な破片となり、キラキラと輝く黒い砂塵となって周囲に撒き散らされる。
最強の盾は、ただの右ストレート一発で、砂の城のように崩れ去ったのだ。
「ご、ぼァッ!?」
ゴーレムが砕け散った余波――凄まじい闘気の衝撃波が、後方にいた召喚士たちを襲った。
彼らは悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされ、孤児院の塀に叩きつけられて白目を剥いた。人間相手には直接拳を振るうまでもない。ただの「風圧」で十分だった。
ザァァァ……。
黒い砂塵が雨のように降り注ぐ中、世界に色が戻ってくる。
夕暮れの赤が、庭を染め直す。
龍魔呂は、砂山となったゴーレムの残骸の前に佇んでいた。
返り血一つ、砂埃一つ浴びていない。
彼は懐から赤マルのボックスを取り出すと、一本くわえ、ジッポで火をつけた。
「ふぅ……」
深く吸い込み、紫煙を吐き出す。
その横顔からは、先ほどまでの修羅の気配は消え失せ、いつもの気怠げな店主の顔が戻っていた。
「……た、助かった……の?」
へたり込んでいたシスターが、震える声で呟く。
子供たちは、目の前で起きたデタラメな光景に、泣くことすら忘れて呆然としていた。
「怪我はないか」
龍魔呂は子供たちには近づかず、数メートル離れた場所から、ぶっきらぼうに声をかけた。
「あ、はい……ありがとうございます、えっと……」
「礼ならいい。……だが、この唐揚げは食えそうにないな」
龍魔呂は地面に散らばった、自分が持ってきた唐揚げ(と潰れた紙袋)を見て、残念そうに眉をひそめた。
「……腹が減ってるなら、俺の店に来い。作り直してやる」
その言葉は、どんな英雄の言葉よりも不器用で、しかし温かかった。
最強の処刑人は、静かに煙草の灰を落とした。




