EP 4
女神と魔王の女子会
深夜一時。
路地裏のBAR『DEATH & SUGAR』の重厚な扉には、『CLOSED』の札が掲げられていた。
だが、店内からは嬌声と怒号、そして氷がグラスに当たる音が漏れ聞こえていた。
「もうやってらんないわよぉー! マスター! おかわり! 濃いめで!」
カウンターで管を巻いているのは、薄汚れた芋ジャージに便所サンダルという、休日の干物女スタイルの女性。
その正体は、この世界を創造した最高神、女神ルチアナである。
彼女の右手にはストロング系チューハイ(タロウ国直輸入)、左手には愛煙する『ピアニッシモ・メンソール』が握られている。
「……飲みすぎだ、ルチアナ。ウチの酒蔵を空にする気か」
龍魔呂は呆れた顔で、新しいグラスを差し出した。
彼はバーテンダーの定位置で、いつものように角砂糖をガリリと齧る。
「いいじゃないのよぉ! 聞いてよ龍魔呂ちゃん! 最近、天使族の若いのがどんどん家出してんのよ! 『タロウ国でアイドルになります』とか置手紙してさぁ! ヴァルキュリアちゃんが胃薬飲みすぎて倒れそうなのよ!?」
「知らん。管理不行き届きだろ」
龍魔呂が冷たくあしらうと、隣に座っていた妖艶な美女が、フフッと笑って身を乗り出した。
「あらあら、ルチアナったら見苦しいわねぇ。男の前で仕事の愚痴なんて、モテないわよ?」
紫色のドレスに身を包み、圧倒的な魔力を放つ彼女は、魔族の頂点に立つ魔王ラスティアだ。
彼女の前には、リベラから差し入れられた高級チョコレートと、深紅のワインが置かれている。
「うるさいわねラスティア! あんたこそ、また国の予算でエステ行ったでしょ! 天使の監査が入るわよ!」
「必要経費よ。……ねえ、龍魔呂。私の肌、今日もお餅みたいでしょ? 触ってみる?」
ラスティアは甘い吐息と共に、龍魔呂の手を強引に自分の頬へ導こうとする。
龍魔呂は無表情のまま、その手にするりと『おしぼり』を握らせた。
「……手が汚れてるぞ。チョコがついている」
「むぅ……つれないわねぇ。私の『重力魔法』でも、貴方の心は引き寄せられないのかしら」
「俺は重い女は嫌いじゃないが、物理的に重いのは勘弁だ」
世界を滅ぼせる二柱を相手に、龍魔呂は眉一つ動かさずグラスを磨いている。
この店は、神と魔王が「ただの女」に戻れる、世界で唯一の場所だった。
「はぁ~……生き返るわぁ」
ルチアナはチューハイを一気に干し、タバコの煙を天井へ吐き出した。
そして、急に真面目な顔(といってもジャージ姿だが)になり、声を潜める。
「……そういえば龍魔呂ちゃん。最近、タロウ国の周りで『変な気配』がしない?」
「気配?」
「ええ。なんかこう……古臭くて、カビ臭い、トカゲの匂い」
ルチアナは鼻をつまむ仕草をした。
「『始祖竜』の欠片よ」
その言葉に、龍魔呂の手が止まる。
始祖竜。太古の昔、世界を支配しようとした規格外のバケモノだということは、知識として知っていた。
「私の管理システムにエラーが出てるのよ。時空が歪んでるっていうか……『時間を巻き戻す』ような力が、この国のどこかで使われてる気がするの」
「……時間の巻き戻しだと?」
「そう。タロウちゃんが言ってた『ナンバーズ』とかいう連中……その中に、始祖竜の力を取り込んだ『イレギュラー』がいるわね」
ルチアナは空になったグラスを揺らし、忌々しげに呟く。
「本来なら私が天罰を下すんだけど~、今日は非番だし~、めんどくさいし~。龍魔呂ちゃん、もし見つけたら『処分』しちゃっていいわよ。特例で許可する」
「……俺は便利屋じゃない」
龍魔呂は角砂糖をもう一つ口に放り込んだ。
だが、その脳裏には、昼間にタロウと鮫島が話していた内容が蘇る。
――『選別』。スキルを持たない者の排除。
もし、そんな連中が「時間を操る力」を持っていたとしたら?
(……厄介だな。俺の店が営業停止になるような事態は御免だ)
龍魔呂の瞳の奥に、冷たい殺意の光が灯るのを、魔王ラスティアだけは見逃さなかった。
彼女は嬉しそうに微笑み、ワイングラスを掲げる。
「フフッ、いい顔ね。その『獲物を狙う目』……ゾクゾクしちゃう。貴方がその気なら、私の『魔炎竜』くらい貸してあげてもよくてよ?」
「断る。店が燃える」
龍魔呂は素っ気なく断り、伝票をカウンターに叩きつけた。
「さて、そろそろ閉店だ。……二人とも、今日の会計は?」
ルチアナとラスティアは顔を見合わせ、満面の笑みでハモった。
「「ツケで!!」」
「…………」
龍魔呂のこめかみに青筋が浮かぶ。
神と魔王相手に、取り立て屋の真似事は骨が折れそうだ。
「……次に来る時は、タロウ国指定の『ゴミ袋』を持参しろ。店の掃除を手伝ってもらう」
「ええーっ!? 女神に掃除させる気!?」
「魔王に雑巾がけをしろと!?」
「嫌なら払え」
ギャーギャーと騒ぐ世界最強の酔っ払い二人を、龍魔呂は強引に店の外へ追い出した。
静寂が戻った店内。
龍魔呂はタバコに火をつけ、紫煙越しに虚空を睨む。
「……始祖竜、か」
甘い角砂糖の余韻と共に、苦い予感が喉の奥に広がっていた。
平穏な日常が崩れる足音が、すぐそこまで迫っている。




