俺が転生したせいで悪役令嬢の死亡フラグが、折られまくりの件。
俺が転生したせいで悪役令嬢の死亡フラグが、折られまくりの件。
第一章 転生と悪役令嬢
気がついたとき、俺は貴族の屋敷の豪華なベッドの上にいた。
天井は透き通るような白で、その上には複雑な装飾が施されている。窓からは緑豊かな庭園が見える。ここがどこなのか、俺の脳裏にはすぐに答えが浮かんだ。
「あ、こりゃあ…転生したな」
前世の記憶は鮮明だ。俺は日本の普通のサラリーマンで、過労で倒れて病院で目覚めることなく、こんな異世界にぶっ飛ばされたわけだ。いや、もしかしたら死んだのかもしれない。どちらにせよ、今は異世界にいる。
ベッドから起き上がり、鏡を見てみた。映っているのは、金髪碧眼の少年だ。年は十歳前後だろうか。貴族の子息という風情で、着ている寝間着も高級そうだ。
「えーと、俺は誰だ?」
脳をフル稼働させると、知らないはずの情報が次々と浮かんでくる。俺の名前はアレクサンダー・フォン・ハイデルベルク。この王国でも指折りの貴族の跡取り息子だ。父親は辺境の領主で、この屋敷はその領地にある。
そして、その情報の中に含まれていた、ある少女に関する記憶が、俺を震撼させた。
彼女の名前はセシリア・ウルティマ・アルディナ。この王国の筆頭貴族アルディナ家の令嬢で、外見は美しいが、学園に入学すると、その高慢な態度から多くの貴族の子弟から嫌われることになる。そして、ある男性キャラクターに好意を持つようになり、その執着から様々なトラブルを引き起こし、最終的には…
死ぬ。
転生前の俺は、異世界転生小説の大ファンだった。その知識の中には、セシリアが登場する乙女ゲーム『ロイヤルハート』の攻略情報も含まれていたのだ。セシリアはこのゲームの悪役令嬢で、主人公に激しく執着し、最終的には王妃の計略に陥って、魔力を失い、身体も衰弱し、最後は獄中で息絶える…という悲劇的なエンドが待っていた。
「待てよ…」俺は頭を抱えた。「俺がここにいるってことは、この世界はそのゲーム世界ってわけか?」
窓から見える景色を眺めると、確かに異世界ファンタジー世界らしい。城塞都市、魔法の痕跡、異なる衣装…すべてがゲームの背景そのものだ。
つまり、俺はセシリアが人生を破滅させるその世界へ転生してしまったわけだ。しかも、セシリアが学園へ入学するのは三年後。それまでの間に、俺は何をすればいいのか…
いや、待て。セシリアが悪役令嬢になって死ぬのは確定ルートらしいが、俺がここにいるということは…ひょっとして、俺がセシリアの運命を変えることができるんじゃないのか?
「よし、決めた。俺はセシリアの死亡フラグを全部折ってやる」
乙女ゲームの知識を持つ俺なら、セシリアがどのような選択肢で失敗するのかは知っている。その失敗を回避させれば、セシリアは悪役令嬢としての道を歩まず、普通の幸せな人生が送れるはずだ。
もっとも、俺がセシリアに接触する機会があるかどうかは別問題だ。俺はハイデルベルク家の子息で、セシリア家との直接的な関わりはゲームの中でも少ない。
「何か機会を作る必要があるな」
まずは、この世界での生活に慣れることから始めよう。俺は前世の知識と、この身体に刻まれた情報を整理し始めた。
第二章 領地での日常
アレクサンダーとしての生活は、想像以上に退屈だった。
朝は家庭教師に呼ばれ、魔法理論、貴族としての作法、剣術、国語、数学…と、延々と学ばされる。昼間は領地の視察に付き添わされ、夜は執事に促されて早寝させられた。十歳の貴族の子息には、自由な時間などほぼ存在しなかったのだ。
しかし、その退屈さの中で、俺は大事なことを学んでいた。
この世界の魔法体系、貴族社会の複雑な関係性、各領地の利権…といった情報だ。そしてもう一つ、セシリアの住む領地がここから南へ三日の距離にあること。セシリアの家族構成、特に彼女の母親が王妃の異母妹であること。その母親が、セシリアを利用して王妃の地位を奪おうとしていること…
つまり、セシリアは親の野心の道具に使われているわけだ。彼女がプレイヤーキャラに執着するのは、その男性キャラクターが特別な力を持っているからであり、親の命令によって彼に近づこうとしている…というのがゲーム設定だった。
「セシリアは悪役じゃなくて、被害者なのか」
この認識は、俺のセシリア救出作戦に大きな影響を与えることになった。ただ単に悪役令嬢の死亡フラグを折るのではなく、彼女を親の支配から解放し、本当の意味での幸福を手に入れさせる…それが俺の目標に変わった。
転生してから一年が経ち、俺は十一歳になっていた。
この一年間で、俺は自分の立場を大きく改善していた。家庭教師たちへの学習速度が異常に速いことから、「天才少年」という評判が立ち始めたのだ。前世の知識が役に立っている。特に数学と魔法理論では、家庭教師たちを驚かせることができた。
そして、その評判は確実に王都にまで伝わっていた。
「アレクサンダー。王都からの手紙だ」
執事がもたらしたのは、王妃からの招待状だった。王妃は俺の才能に興味を持ち、王都の学園に迎え入れることを提案してきたのだ。
「王妃か…」
ゲームの情報では、王妃はセシリアの人生を破滅させる主要な人物の一人だった。セシリアの母親と権力争いをしており、その過程でセシリアを陥れ、魔力を奪う…という計略を実行する。
だが、同時に王妃からの招待はチャンスでもあった。王都に行けば、セシリアとの接触も容易になるだろう。そして、王妃の側近になることで、セシリアへの危害を防ぐこともできるかもしれない。
「承知した。王都への移住を準備してくれ」
俺の決定に、執事は驚いた表情を浮かべたが、すぐに従った。ハイデルベルク家は傍流であり、王妃からの直接の招待に逆らう理由はない。
準備は迅速に進み、二ヶ月後、俺は王都へ向かっていた。
第三章 王都での再出発
王都は、想像以上に大きかった。
領地の城塞都市とは比べ物にならない、巨大な人間たちの集まり。街は魔法で照らされ、建物は複雑に立ち並び、人々は常に何かに急いでいるような雰囲気だ。
王妃直属の館に案内された俺は、そこで初めて王妃本人と対面することになった。
彼女は想像以上に美しく、そして冷徹だった。年は三十代だろうか。黒髪に瞳も暗く、笑みは優雅だが、その奥には計算高さが隠されている。
「アレクサンダー・フォン・ハイデルベルク。評判通りに聡明そうですね」
王妃の声は柔らかく、しかし何か危険な響きを持っていた。
「光栄です、陛下」
俺は完璧な敬礼をした。前世での高級レストランでの接客経験が役に立つ。
「あなたの才能を、王国のために活かしてもらいたいと思います。王都の学園に入学し、さらなる修行を積んでください。そして…」
王妃は一歩近づいてきた。
「あなたが信頼できる者かどうか、確認させてもらいたいのです」
「どのようにでしょうか」
王妃は微笑んだ。
「簡単なことです。あなたを王都の学園に推薦しますが、その代わりに、ある一族についての情報を集めてくれませんか?」
俺の心臓が高鳴った。その一族とは…
「アルディナ家についての情報です。特に、その令嬢セシリア・ウルティマ・アルディナについて詳しく知りたいのです」
案の定だ。王妃は既にセシリアを標的にしていたわけだ。
「かしこまりました」
俺は即座に同意した。王妃に疑いを持たれてはならない。そして、セシリアの動きを監視するには、王妃からの指示という名目が必要だ。これは逆に、セシリアを保護するための準備となるだろう。
王都の学園への入学は、スムーズに進んだ。俺の才能と王妃からの推薦により、試験は形式的なものになった。
そして、学園で俺は数人の友人を得ることになった。
一人は同じ男子寮の同室者で、エドワード・フォン・ウォーターフォード。このゲームでは比較的脇役だが、ゲーム内でセシリアの数少ない友人の一人だった。もう一人は、図書室で出会った女性で、リリア・フォン・シルバーストーン。彼女はゲームでは主人公の友人で、セシリアに同情的な貴族の娘だった。
「アレクサンダー、君って本当に変わってるな」
エドワードは、俺が図書館で古い魔法理論書を読んでいるのを見て、こう言った。
「どのように?」
「十一歳で、この複雑な理論書が読めるなんて。そして、質問があるときも、その質問の内容が…大人みたいなんだ。まるで、中身がおっさんみたいってか」
俺は内心苦笑した。正確には「おっさん」ではなく「三十代の一般人」だが、指摘は当たっていた。
「気のせいさ」と俺は答えた。
リリアは、より直接的に俺に関心を持っているようだった。
「アレクサンダーさんって、何か目的があるんでしょう?」
ある日、図書室で二人きりになったとき、彼女はそう聞いてきた。
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
「だって、あなたはいつも、何かを調べているような目をしているんです。学園の勉強をするための読書というより、何かの『答え』を探しているような」
俺は、リリアをじっと見つめた。彼女は聡明だ。ゲームでもそうだったが、彼女の観察眼は優れている。
「もし、俺が誰かを助けるために、情報が必要だったとしたら?」
リリアは少し考えてから、微笑んだ。
「それなら、私も手伝いましょうか。でも、教えてもらわないと、誰を助けるつもりなのか分かりませんけど」
この瞬間、俺はリリアを本格的に仲間にすることを決めた。一人で完結できることではなく、セシリアを本当の意味で救うには、複数の協力者が必要だったのだ。
「近いうちにね。でも、その前に…」
俺は声を低くした。
「ここでの会話は、誰にも知られてはならない。特に、王妃の耳に入ってはいけない」
リリアは、その深刻な表情から、これが簡単なことではないことを理解したようだ。彼女は頷いた。
第四章 セシリアとの初対面
セシリアが王都に到着したのは、学園開設から三ヶ月後だった。
彼女の到着は、王都全体で話題になった。アルディナ家の令嬢、それも王妃の親戚という身分。多くの貴族たちが、彼女の評判について語り合っていた。
「聞いたか?セシリア・ウルティマ・アルディナだって。美しいらしいぞ」
「でも、性格は悪いとか。親のおもちゃらしいぜ」
「何言ってるんだ。王妃の親戚だぞ。注意しないと、後が大変だ」
俺は、食堂でのそうした噂を聞きながら、セシリアの到着を待った。
そして、ついに彼女を見ることになった。
学園の大広場での新入生の紹介式。学園長が新しく入学してきた生徒たちを紹介していく中で、セシリアの番が来た。
彼女が舞台に上がったとき、一瞬、静寂が走った。
セシリアは、本当に美しかった。ゲームのCGを遥かに超えた、実在する美しさだった。銀色に輝く長髪、エメラルドのような瞳、整った顔立ち。そして、彼女が着ている制服さえも、他の生徒の制服とは違って見えた。
「セシリア・ウルティマ・アルディナです。よろしくお願いします」
彼女の挨拶は、完璧だった。礼儀正しく、気品に満ちていた。ゲームの情報では、セシリアは高慢で傲慢だと言われていたが、この瞬間の彼女からは、そのような態度は微塵も感じられない。
「これはおかしい」
俺は、エドワードに囁いた。
「セシリアは高慢な悪役令嬢のはずなのに…」
「え?アレク、セシリアのこと知ってるの?」
俺は即座に言葉を訂正した。
「いや、噂で。でも、紹介式での彼女は、そんな悪い子には見えないけどな」
その後の数日間、俺はセシリアの観察に徹した。彼女の行動、言動、友人関係…すべてに注意を払った。
そして、ゲームの情報と現実のズレに気づくようになった。
セシリアは確かに聡明で、魔力も強い。だが、彼女は他の生徒たちに対して、ゲームで描かれたような高慢な態度を取っていない。むしろ、彼女は慎重に振る舞い、慎重に友人を選び、慎重に言葉を発していた。
「もしかして…」
リリアと図書室で会ったときに、俺はその推測を口にした。
「セシリアは、すでに自分の立場の危うさを理解しているのかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「ゲームの情報では、セシリアが悪役令嬢になるのは、彼女の高慢さが原因だとされていた。だが、もしも彼女がすでに計算して行動しているとしたら?」
リリアは考えた。
「つまり…セシリアさんも、何か知っているということですか?」
「可能性がある。あるいは、彼女の親が彼女に教えているのかもしれない。いずれにしろ、セシリアに直接接触する必要がある」
その機会は、思った以上に早く来た。
学園の魔法実習の授業で、俺とセシリアが同じペアにされたのだ。
「アレクサンダー・フォン・ハイデルベルク…」
セシリアは、俺の名前を呟いた。彼女の瞳には、複雑な表情が浮かんでいた。
「何ですか?」
「いえ…王妃様から、あなたのことを聞いていただけです」
その言葉で、俺は確信した。セシリアは王妃のスパイだ。そして、同時に俺も王妃のスパイだ。つまり、俺たちは同じ主人に仕えるスパイ同士ということになる。
「そうですか」
俺は慎重に応答した。
「では、この魔法実習で、どのような課題が出されるか、ご存知ですか?」
セシリアは少し考えてから、小さく笑った。その笑みは、緊張に満ちていたが、同時に何かの判断をしているようにも見えた。
「いいえ。知りません。アレクサンダーさんは、何か知っているのですか?」
この時点で、俺はセシリアが単純な高慢な悪役令嬢ではないことを完全に確信した。彼女は、俺と同じように、情報を持っており、状況を判断しながら行動している。
「いえ。ただ、パートナーに関心を持つのは自然なことだと思っただけです」
セシリアの目が、ほんの少し柔らかくなった。
「そうですね。私も、あなたに関心があります。天才少年の噂を聞いていたので、どのような人物なのか、確かめたかったのです」
「で、どんな人物だと判断されましたか?」
「まだ、分かりません。でも…」
セシリアは、俺をまっすぐに見つめた。
「あなたは、私を何かから救おうとしているように見えます。なぜですか?」
その問いに、俺は一瞬言葉を失った。セシリアの観察眼は、本当に鋭かったのだ。
「もし俺が、そうだとしたら?」
「なぜですか?」
「理由?」
俺は考えた。本当のことを言うべきか、それとも…
「もしも、俺がセシリアの死亡フラグを知っていたら?」
その言葉は、俺の口から出たとき、セシリアの顔色が変わった。彼女の瞳が、極度に開き、彼女の全身が硬直した。
「あ、まずい。言ってはいけないことを…」
だが、その瞬間、セシリアは笑った。その笑い方は、今までのどの笑顔よりも本物に見えた。
「アレクサンダー。あなたは…何ですか?」
「説明が複雑なんですが…」
俺は、彼女と向き合うことを決めた。
「俺は転生者です。前世では日本という国にいました。そして、俺は『ロイヤルハート』というゲームをプレイしていた。セシリアは、そのゲームの悪役令嬢として設定されており、複数の死亡ルートが用意されていました」
セシリアは、しばらく何も言わずに俺を見つめていた。その表情は、様々な感情が混在していた。
「つまり…」
セシリアは、ゆっくりと言葉を継いだ。
「あなたは、私の運命を知っているということですか?」
「そうです。そして、俺はセシリアの死亡フラグをすべて折ろうと決めました」
セシリアの瞳から、ゆっくりと涙が流れた。
「なぜ…」
その声は、非常に小さかった。
「なぜ、そんなことを…」
「セシリアは、ゲームでは悪役令嬢として描かれていました。高慢で、傲慢で、誰からも好かれない。だから、その死亡ルートも自業自得として描かれていました」
俺は続けた。
「でも、実際のセシリアを見ていると…あなたは、そうじゃない。あなたはむしろ、被害者だ。親の野心の道具として使われ、自分の人生さえ選べない…そんなセシリアが死ぬなんて、俺は許さない」
セシリアは、うつむいて肩を震わせていた。彼女は泣いていたのだ。
「あなた…本当に、何者ですか?」
その問いに、俺は答えた。
「ただの…転生者で、大きなお世話な男です。セシリアを勝手に救おうとしている、余計なやつです」
セシリアは、顔を上げた。彼女の涙で濡れた瞳は、しかし同時に希望の光を宿していた。
「ありがとうございます…アレクサンダー」
その瞬間から、俺たちの関係は大きく変わることになった。
第五章 秘密の同盟
それからの日々は、俺とセシリアの秘密の計画に充てられた。
図書室の奥にある秘密の席で、俺たちは毎晩のように会った。そして、俺はセシリアにゲームの内容を詳しく説明した。
セシリアの死亡ルートは、複数あった。一つは、彼女がプレイヤーキャラに執着することで、王妃の目に留まり、脅迫されるルート。二つ目は、彼女が親の野心に利用され、魔法の儀式で魔力を吸い取られるルート。三つ目は、彼女が王妃と親の権力闘争に巻き込まれ、獄中で病死するルート。
「つまり、どのルートでも、私は死ぬということですね」
セシリアは、静かに言った。
「いや。ここからが重要だ。この世界が完全にゲームと同じではないということだ。セシリアは、ゲームの設定では『高慢で誰からも好かれない令嬢』だった。だからこそ、誰も助けてくれなかった。だが、現実のセシリアは違う。君は聡明で、慎重で、実は人に好かれる可能性がある」
「それが、何になるというのですか?」
「それが、すべてを変える。もしもセシリアが、本当の友人を持つことができたら?もしも、セシリアが親の支配から逃れることができたら?」
セシリアは、じっと俺を見つめた。
「あなたは…本当に、何者ですか?」
「俺は、セシリアの運命を変えに来た、ただの転生者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
その会話の中で、リリアも仲間に加わった。俺がセシリアの秘密を打ち明けることを決めたとき、リリアは驚きはしたが、疑わなかった。
「つまり…セシリアさんは、本当は悪い人じゃないということですね」
「その通りです」
セシリアは、リリアに対して初めて本当の笑顔を見せた。
「ありがとうございます。信じていただいて」
「いえ。アレクサンダーさんが信じているのなら、私も信じます」
こうして、秘密の組織が誕生した。俺とセシリア、リリア。そして、その後にエドワードも加わった。
エドワードが加わったのは、彼がうっかりと俺たちの秘密の会議を目撃してしまったからだ。彼は最初、驚き、混乱した。だが、俺たちがすべてを説明した後、彼は静かに言った。
「アレク。君は…本当に変わった奴だな。でも、セシリアは確かに悪い子じゃないと思ってた。だから…俺も手伝うよ」
こうして、四人の秘密の同盟が成立したのだ。
その後、俺たちは具体的な計画を立て始めた。
まず第一段階は、セシリアが王妃に疑いを持たれないようにしながら、同時に王妃の支配から逃れるための基盤を作ること。
第二段階は、セシリアの親の野心を未然に防ぐこと。具体的には、セシリアの母親がセシリアの魔力を吸い取ろうとする計画を阻止すること。
第三段階は、セシリアが本当の友人を持ち、学園での立場を確保すること。
「最初の段階が重要です」
セシリアが言った。
「王妃は、私をプレイヤーキャラの側に配置させ、その男性キャラクターの情報を集めさせようとしています。でも、そのプレイヤーキャラがまだ学園に来ていません」
「何年生で入学する予定なんですか?」
俺が聞いた。
「1年後です。上級学年に入学されると聞いています。その時点で、王妃はその人物に私を近づけるよう命じるでしょう」
「分かりました。1年の間に、セシリアの立場を強化しておく必要がある」
俺は作戦を立てた。
「セシリアは、学園での人間関係を改善することに注力してください。友人を増やす。成績を良くする。そして、何より重要なのは、王妃や親から独立した個人的な実績を作ることです」
「具体的には?」
「魔法の研究です。セシリアは魔力が強いのですから、その力を何か社会に役立つことに使う。例えば、魔力の効率化の研究とか」
セシリアの目が、光った。
「それは…可能かもしれません。私の親は、私の魔力を吸い取ることには興味がありますが、私が何を研究しているかには関心がありません。うまくいけば、隠れて研究を進められます」
こうして、実行計画が始まった。
数ヶ月の間に、セシリアは学園での立場を大きく改善させた。彼女の聡明さと実は親切心のある性格が、他の生徒たちに認識されるようになったのだ。
同時に、彼女は「セシリア・ウルティマ・アルディナ」という親の野心の道具から、「セシリア」という一個の人間としての顔を持つようになった。
そして、1年後、事件は起こった。
プレイヤーキャラクターが学園に入学したのだ。
彼の名前は、ルイス・フォン・ブレイド。王国の傍流の貴族の子息で、しかし強大な魔力を持つ人物だった。彼がクラスに入った瞬間、学園全体の注目が集まった。
そして、王妃からの命令が、セシリアに下った。
「セシリア。ルイス・フォン・ブレイドに近づきなさい。彼の力の秘密を探ってください」
その命令を受けたセシリアは、静かに俺に報告した。
「来ました」
俺たちは、すでにこの瞬間の到来を予測していた。
「セシリアは、王妃の命令に従うふりをしながら、同時に自分の研究を続ける。そして、ルイスとは距離を保つ。これが重要だ」
「でも、王妃に疑いを持たれませんか?」
「セシリアは、ルイスに近づきはする。ただし、慎重に。そして、得られた情報も、選別して王妃に報告する。王妃を満足させつつ、セシリアの立場を危うくしない」
俺たちの作戦は、複雑なバランスの上に成り立っていた。
しかし、その計画を狂わせる出来事が起こった。
ルイスが、セシリアに好意を持ち始めたのだ。
学園の魔法実習で、ルイスはセシリアを助けた。その後、彼は彼女に接近を試みた。ゲームのシナリオでは、ここからセシリアの執着と高慢さがルイスを追い詰め、彼の心が別の女性(プレイヤーの選択した攻略対象)に向かうことになるはずだった。
だが、現実のセシリアは、ゲームの悪役令嬢ではない。
「ルイスさんとの関係をどのように進めるか…」
セシリアが相談に来たとき、俺たちは大いに悩んだ。
「基本的には、セシリアは王妃の命令に従って、ルイスに接近する必要がある」とリリアが言った。
「でも、彼女がルイスに本気で好意を持つようになったら…」
エドワードが続けた。
「そうなると、ゲームとは別の新しいルートが生まれる可能性がある」
俺は、じっくりと考えた。
「セシリア。ルイスのことをどう思う?」
セシリアは、ためらった。
「正直に…ですか?」
「正直に」
「ルイスさんは…良い人です。親切で、誠実で、そして強い。初めて、自分の意思で誰かに好意を持つことができました」
それは、重大な言葉だった。
「つまり、セシリアは親や王妃ではなく、自分の気持ちを大事にしたいわけだ」
「はい」
セシリアの瞳には、決意が宿っていた。
「でも…王妃の命令に逆らうことはできません。もし、王妃に疑いを持たれたら…」
「なら、王妃の命令に従いつつ、同時にセシリアの気持ちを守る。そんな綱渡りをしよう」
俺は決めた。
「セシリアはルイスに接近する。王妃への報告は続ける。しかし、セシリアの本当の気持ちは、ルイスのためのものにする」
「それは…本当にできるのですか?」
「やってみようぜ。セシリアは聡明だし、ルイスも悪い男じゃない。うまくいくと俺は思う」
その後、セシリアはルイスとの関係を慎重に進めた。
彼女は王妃にはルイスに接近していることを報告し、ルイスには自分が王妃の命令で接近していることを隠さず打ち明けた。
「俺のことを、王妃が興味を持っているのか」
ルイスは、最初のうち複雑な表情を浮かべた。だが、セシリアが自分の気持ちを素直に伝えたとき、彼は理解を示した。
「セシリア。君は…大変な立場にいるんだな」
「はい。でも、あなたと会えたことで、初めて自分の気持ちを優先させたいと思いました」
「なら、一緒に頑張ろう。王妃にも、お前の親にも、負けないようにさ」
その言葉で、セシリアとルイスの関係は確固としたものになった。
第六章 権力の闘争と陰謀
セシリアとルイスの関係が深まるにつれて、王国の権力闘争も激化していった。
セシリアの母親が、アルディナ家の影響力を使って、王妃の地位を脅かそうとし始めたのだ。その過程で、セシリアは再び両親の野心の道具にされようとしていた。
「両親から、新しい指示がきました」
セシリアが俺に打ち明けた。
「セシリアに何を?」
「ルイスさんの魔力を吸い取り、その力を親に献上するよう命じられました。それで、両親はアルディナ家の力を大幅に増強し、王妃に対抗するつもりのようです」
それは、ゲームで言及されていたシナリオの変形だった。原作では、セシリアの母親がセシリア自身の魔力を吸い取ろうとしていたが、ここではルイスの魔力が対象になっていた。
「つまり、セシリアが両親の命令に従えば、ルイスは魔力を失う」
「はい。そうなると…ルイスさんは貴族としての価値を失い、王国からも見放されることになるでしょう」
これは、セシリアの第二段階の死亡フラグだった。親の野心に協力することで、愛する者を傷つけ、その結果として王妃や親から報復を受けるというルート。
「セシリアは、親の命令に従いますか?」
俺の問いに、セシリアは静かに首を振った。
「いいえ。従いません」
「分かっています。では、どうするか」
「これは…俺たちの秘密の同盟の最大の試練かもしれない」
俺は、エドワードとリリア、そしてルイスを招集した。
もう秘密にしておく必要はないと判断したのだ。ルイスは既にセシリアの立場の困難さを理解しており、彼は信頼できる人物だった。
「つまり、セシリアの両親とルイスの魔力を巡って争うことになる」
ルイスが確認した。
「その通りです。そして、セシリアの両親だけではなく、王妃も動いています。王妃にとっても、ルイスの魔力は価値があるものなのです」
「なら、どうすればいい?」
エドワードが聞いた。
「一つの方法があります」
俺は、ゆっくりと説明した。
「セシリアの魔力を、どうか分散させる。複数の人間に分散させることで、誰も完全な力を手に入れられなくする」
「それは…可能ですか?」
リリアが疑問を呈した。
「セシリアの研究によれば、可能です。彼女が魔力分散の儀式を完成させたと聞きました」
セシリアが頷いた。
「はい。完成させました。その儀式は、一つの大きな魔力を、複数の小さな魔力に分散させることができます。ルイスさんの魔力を、数名に分散させれば…」
「誰も、ルイスの全力を手に入れられない」
ルイスが理解した。
「でも、そうするとルイスは弱体化する」
「いや」と俺が言った。「ルイスは弱体化しない。というのも、分散された魔力は、複数の受け手の中で共鳴し、全体としての力は変わらないのです。ただし、一箇所に集中した力ではなく、分散した力となる」
「それは…」
ルイスは、俺の目を見つめた。
「俺の力が、複数の人間に受け継がれるということか。その人間たちと、俺の力は結びついたままになる」
「その通りです。本来であれば、分散魔力は不安定です。だが、セシリアが儀式を完成させたことで、その不安定さを解消することができました」
セシリアが説明した。
「受け手たちは、アレクサンダーさんと、エドワードさんと、リリアさん、そして…」
「そして、俺」
その瞬間、扉が開き、誰かが入ってきた。
それは、王国の魔法局長ロード・アルフレッドだった。
「いかん。儀式の開始までに集まるのは四人で足りるか」
「ロード・アルフレッド…」
俺は、驚いた。彼がこの計画に関わっているとは。
「実は」と彼が説明した。「俺は、セシリアが最初に魔力分散の研究を始めたとき、彼女を援助していた。なぜなら、俺はセシリアの野心と使命を信じていたからだ。彼女は、王国の権力闘争の道具にされるべき存在ではなく、自分の力を使って、自分の道を歩むべき人間だと思った」
ロード・アルフレッドは、王国の魔法局を統括する最高位の魔法使いだ。彼の支援があれば、儀式は確実に成功するだろう。
「では、決めましょう」
セシリアが言った。
「ルイスさんの魔力を、五人で分散させます。そして、その魔力を使って、両親にも王妃にも、ルイスさんの力を奪わせない。それが、私の決定です」
儀式は、その夜のうちに行われた。
地下の魔法塔で、セシリア、ルイス、俺、エドワード、リリア、そしてロード・アルフレッドが集まった。
セシリアが詠唱した儀式の言葉は、複雑で、美しく、そして力強かった。ルイスの魔力が、五つの光に分かれ、それぞれが俺たち五人に流れ込んでくる。
その瞬間、俺は理解した。これは単なる魔力の分散ではなく、ルイスとの精神的な結びつきの確立だったのだ。俺たちは今、ルイスとの絆で繋がっている。
儀式が終わったとき、ルイスは笑っていた。
「なんか…変だな。でも、悪い気はしない」
「これからが本番です」
ロード・アルフレッドが言った。
「セシリアの両親と王妃が、ルイスの魔力吸収を試みたとき、彼らは失敗するでしょう。なぜなら、ルイスの魔力は、もう一つの源からは吸い取られないものに変わったからです。複数の人間に分散した魔力は、一つの源から吸い取ることができない。それは、セシリアの研究が生み出した新しい魔法の形です」
第七章 最後の試練
セシリアの両親からの命令に従わないセシリアに対して、彼らは激怒した。
ついには、セシリアを無理矢理に家に連れ戻そうとさえした。だが、その時点で、ロード・アルフレッドが動いた。
彼は王妃に、セシリアの研究について報告した。その研究は、王国の魔法技術を大きく発展させるものだったのだ。同時に、セシリアが王妃の秘密エージェント以上の価値を持つ人物であることを示した。
その結果、王妃はセシリアを保護することを決めた。セシリアは、王妃の直下で魔法研究を行う特別な身分を得たのだ。
セシリアの両親は、その決定に異議を唱えることができなかった。王妃は、結局のところ、王国で最高の権力を持つ者だったからだ。
その後、セシリアは学園に残り、同時に王妃の魔法顧問として活動することになった。
ゲームでは、ここで悪役令嬢セシリアは死ぬはずだった。
だが、現実のセシリアは、生き残った。
そして、より重要なことに、彼女は自分の道を歩み始めた。
「アレクサンダー」
数ヶ月後、学園の図書室で、セシリアが俺に言った。
「あなたが転生者だと知ったとき、正直に言えば、戸惑いました。でも…今は、感謝しています」
「何に対して?」
「自分の人生を自分で選ぶ権利をくれたことに対して。あなたがいなければ、私は親の野心の道具のままでした」
「俺が何かしたわけじゃない。セシリアが自分の人生を選んだんだ。俺は、ただその選択を応援しただけだ」
「でも…」
セシリアは微笑んだ。その笑顔は、俺が最初に見たときの気品に満ちた笑顔と違い、より柔らかく、より人間らしい笑みだった。
「もしも、あなたがいなかったら、私はこの笑顔を持つことができなかったでしょう」
その夜、俺たちは学園の屋上で、星を見上げていた。
ルイス、セシリア、エドワード、リリア、そして俺。五人で。
「これからどうするんだ?アレク」
エドワードが聞いた。
「どうするって?」
「ここから先だよ。セシリアの死亡フラグはもう折られたし、もうセシリアは悪役令嬢じゃない。俺たちがやることは終わったのか?」
俺は、考えた。
確かに、セシリアの死亡フラグはすべて折られた。彼女はもはや、ゲームの「悪役令嬢セシリア」ではなく、セシリア・ウルティマ・アルディナという一個の人間として、自分の人生を歩んでいる。
だが…
「いや。終わりじゃない」
俺は言った。
「セシリアの人生が、これからもずっと幸福であるように、見守り続ける。それが、俺たちの役割だと思う」
セシリアは、俺の手を握った。
「ありがとう…アレクサンダー。そして、みんな」
ルイスも笑った。
「俺たちは、セシリアの味方だ。これからも、ずっとな」
その瞬間、俺は思った。
転生して、セシリアを救うために来たこの世界。その任務は、ただ彼女の死亡フラグを折ることではなく、彼女が本当の意味で幸福になるのを見守ることだったんだな。
そして、セシリアを助ける過程で、俺たちは本当の友情を手に入れた。ゲームの世界であろうと、現実であろうと、変わらない友情を。
「アレク」
セシリアが、静かに話しかけた。
「ゲームの中では、私は死ぬはずだった。死亡フラグが複数あり、そのすべてに導かれていた」
「そうだな」
「でも、あなたがいたから…私は死なずに済んだ。死亡フラグを折ることができた」
セシリアの瞳には、涙がありました。しかし、それは悲しみの涙ではなく、感謝の涙のように見えました。
「アレク。教えてください。ゲームの中で、私の死亡フラグの先には、何があったのですか?」
俺は、少しためらってから、答えた。
「獄中での死。病気で衰弱し、誰にも看取られずに、ひっそりと消える…そういう結末だった」
「そうですか…」
セシリアは、ゆっくりと目を閉じた。
「もし、あなたがいなかったら…私はそのようになっていたんですね」
「そういうことだ」
「では…」
セシリアは目を開きました。その瞳には、強い決意が宿っていました。
「これからの私の人生は、あなたが与えてくれた第二の人生です。だから、私は、この人生を絶対に無駄にしません。親の野心ではなく、王妃の野心ではなく、ルイスさんのためでもなく…私自身のために、この人生を生きます」
「それが、一番いいと思う」
俺は、セシリアに笑いかけた。
その笑みに、セシリアも応えた。
そして、俺たちの秘密の物語は、一つの章を閉じた。
エピローグ 数年後
俺が転生してから、五年が経っていた。
俺とセシリアは、学園を卒業した。
セシリアは、王国の最年少の魔法研究員として、魔法技術の発展に携わるようになった。彼女の分散魔力の研究は、王国の魔法体系全体を革新し、多くの新しい魔法が生み出されるきっかけとなった。
ルイスは、セシリアと正式に婚約した。彼は、セシリアの研究をサポートする傍ら、王国の魔法騎士団で活躍していた。
エドワードは、家の跡を継ぎ、領地の発展に尽力していた。
リリアは、王国の貴族社交界で、セシリアの友人として活躍していた。
そして、俺…アレクサンダーは。
「いや、本当に最高の人生だ」
俺は、自分の研究室で、新しい魔法技術の設計図を眺めていた。俺は、セシリアの研究をサポートしながら、同時に王国の科学技術の発展に携わっていた。
転生者としての知識は、この世界での発展に大きく貢献していた。
だが、何より重要だったのは、俺がこの世界で、本当の友人を得たということだった。
ゲームの世界で、死ぬはずの悪役令嬢を救うという、最初の目的から始まった人生。
その過程で、俺は多くの人間関係を築き、本当の意味での人生を手に入れた。
「アレク」
その時、セシリアが研究室に入ってきた。彼女の腹部は、ゆっくりと膨らみ始めていた。
「セシリア…」
「はい。ルイスさんとの子どもです。アレクさんに、一番最初に伝えたくて」
セシリアの笑顔は、本当に幸せそうだった。あの日、図書室で涙していたセシリアの面影は、もうそこにはない。
あるのは、自分の人生を自分で選んだ、一人の幸せな女性の姿だけだ。
「おめでとう、セシリア」
「ありがとうございます…アレクさん。あなたがいなければ、私がこの子を産むことはありませんでした」
「そんなことはない。セシリアが自分の人生を選んだんだ。俺はただ…その選択を応援しただけだ」
セシリアは、俺に抱きついた。その抱擁は、幸せに満ちていた。
「本当にありがとう。あなたは、私の運命を変えてくれました。死ぬはずだった私を、救ってくれました」
そして、その瞬間、俺は確信した。
転生者としての使命は、もう果たされたのだ。
セシリアは、もう死なない。彼女は、自分の人生を、自分の意思で歩んでいる。
俺が転生したのは、彼女を救うためだったのかもしれない。
だが、彼女を救う過程で、俺もまた救われたのだ。
異世界での人生、真の友人たち、そして、この世界への愛…
すべてが、ここにある。
「やあ。セシリア。これからのお前の人生を、応援させてくれよ」
「はい。もちろんです、アレクさん」
二人で窓から外を眺めると、王国の街は夕日に染まっていた。
この夕日の下で、セシリアは第二の人生を歩んでいく。
その人生が、本当に幸せなものであるように…
俺たちは、ずっと見守り続けるだろう。
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