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異世界魔法少女短編集

悪役令嬢は魔法少女になりたくない!

作者: 音無來春

「はぁ⁉ なんで私が魔法少女なんかやらなきゃいけないの‼」


 高らかに響く叫び声が、王立マジア学園の中庭にこだまする。

 金髪巻き髪、紅いドレスに身を包んだ少女――その名はクラリッサ・エルネスト=フォン=ローゼンベルク。

 高貴な家柄に生まれ、魔力の素養も一級品。

 学園中からは「冷酷」「尊大」「絶対に目を合わせてはいけない令嬢」などと恐れられている。

 

 そんなある日、空から落ちてきた謎のウサギ型小動物にバラの花型の杖をわたされて、こう言われた。


「ボクの名前はメルフィ! 君こそが選ばれし《光の継承者》ー魔法少女マジカル・ローズだ!」

「そんなダサい名前、絶対イヤ‼」


 だが断った瞬間、ドォォン‼ と大きな爆発音が響いた。


「報告! 園内に魔獣発生、ランクS級、月海魔のクラーゲンです!」


 憲兵が大声で叫んでいる。学園中が阿鼻叫喚の雨に包まれた。


「さあクラリッサ、早くマジカル・ローズに変身して! 合言葉はマジカル・チェンジだよ!」

「ぜっっっっったいイヤ! ダサすぎて気絶してしまうわ!」

「でもいいのかなぁ。あれ……」


 見てみると巨大なクラゲみたいな生物の下に、白い軍服をまとった金髪碧眼の美男子が。


「って、レオンハルト殿下じゃないの! どうしてあんなところに⁉」


 彼の名はレオンハルト・フォン・グランツライヒ。剣と美貌を兼ね備えた王都の名門・グランツライヒ王家の第一王子、そしてクラリッサの婚約者である。

 そんな彼のもとへ巨大クラゲの魔の触手が迫ってきている。


「ピンチみたいだけど、助けなくていいの?」

「う、う~……。もう、しょうがないわね!」


 クラリッサはステッキを掲げて高々と叫んだ。


「マジカル・チェンジ!」


 すると身に着けていたドレスが光に包まれ、ひらひらと宙で解け、変身を遂げた。

 フリルてんこ盛りの赤いワンピース。頭には大きなリボン、背中には白い羽、手にはバラの花型のステッキ。


「ダッッッッッッサ!」


 手鏡で確認した自分の姿に思わず叫んでしまう。

 というかさっきから叫んでばかりである。


「それじゃあがんばってね、クラリッサ。いや、マジカルローズ!」

「うぅ……、なんで私がこんな目に……ってあら? あらあらあら?」


 その場でぴょんとジャンプしたり体をひねって動かしたりしてみる。


「う、動きやす! しかも力が溢れて来る……。こんなにスカートがふわっとしてるのに、めちゃくちゃ戦いやすいじゃないの⁉」

「でしょ~。やっぱり魔法少女って最高だよね!」


 最高かどうかはともかく、意外と気に入ってしまった。

 クラリッサは羽のように軽い足取りで、レオンハルトのもとに一瞬で駆け寄った。


「殿下! 大丈夫⁉」

「き、君は……クラリッサ?」


 ヤバい、正体がばれる!

 クラリッサはとっさにたまたま手元にあったパピヨンマスクを顔に着けた。


「だ、だ、だ、だれの事かしら~? 私の名はマジカル・ローズですわ! オーッホッホ!」


 思わずダサい方の名前で名乗ってしまった。しかも普段使わないお嬢様口調付きで。


「そうか。似ていると思ったから……。すまない、助けてくれてありがとう」


 何やら特別な力が働いているのか、正体はバレていないようだ。

 助かったと冷汗をかいていると、ミルフィが耳元でささやいてきた。


「さあ、君のマジカルステッキで魔法の必殺技を唱えるんだ」

「えぇ。それって絶対言わなきゃいけない?」

「魔法少女には必殺技が付き物だよ。さあ、りぴーとあふたみー。薔薇の穿光(ローズ・ピアス)


 渋々ながらクラリッサはステッキを巨大クラゲ魔獣に向けた。


「……薔薇の穿光(ローズ・ピアス)


 すると無数のバラの花弁が宙を舞い、空間に魔法陣が浮かび上がる。

 そこから噴出された紅い閃光が鋭く魔獣を貫き、巨大クラゲは一撃で爆発四散した。


「うわ、つっよ!」

「さすがだねマジカル・ローズ! これで学園の平和は守られた!」


 あまりの威力に驚愕していたが、唖然とする王子が目に入り、我に返った。


「君は一体……」

「オーッホッホ! では、ごきげんよう‼」


 王子殿下に正体がバレるわけにはいかない。

 クラリッサ改めマジカル・ローズは足早に、駆け足に近い速足でその場を去っていった。



 それから数日。学園では「正体不明の魔法少女が夜な夜な魔獣を退治している」という噂で持ちきりになっていた。


「クラリッサってばすっかり有名人だねぇ」

「冗談じゃないわ! あんな子供っぽい衣装、王子に正体がバレたらなんて言われるか……」

「そんなこと言いながら実は結構楽しんでるくせにー」

「うるさいわよこの小動物! 今度コックに頼んで料理してもらおうかしら」


 王立マジア学園の講堂。新入生歓迎の式典は荘厳にして華やかだった。

 メルフィの姿は他の人には見えないようで、こうして大勢の人がいる前で小動物と話をしていても不審に思われない。


 魔法少女の時といい、何ともご都合主義な生き物である。

 しかし全体的に和やかな雰囲気が漂う中、突如としてレオンハルトが叫んだ。


「クラリッサ嬢、貴女にはもう愛想が尽きた! 貴女との婚約はこれをもって破棄とする!」

「な! 私を婚約破棄ですってぇ⁉」


 寝耳に水である。

 特に失態や落ち度はなかったはずなのに、一体なぜ?


「クラリッサ。君はいつも僕に厳しく、他の淑女たちにも冷たい。公爵令嬢としての立場にあぐらをかいて、まるで僕を支配しようとしているようだ!」

「それは私に釣り合うようにとあなたのためを思って。あと他の女に冷たくしていたのは、あなたに悪い虫がつかないようにと……」

「言い訳はいい! 特に最近は僕と口を聞いてくれないし目を合わせてもくれないじゃないか!」

「それは、ここ最近忙しくて疲れてて……」


 さすがに魔法少女をしていたからとは言えない。

 しかし日ごろから王子らしい礼儀作法や所作をわきまえてもらおうとしていただけでここまで言われるか。


「もうたくさんだ! 僕はこの、リリィ・ホワイト嬢と婚約する!」


 レオンハルトの隣には、銀髪ロングのいかにも清純派然とした大人しそうな美少女が立っていた。


「何よ。すでに別の結婚相手を見つけているというわけ……。これほどの屈辱を受けたのは初めてよ!」

「ああ、僕もこれからは君の顔を見ないで済むと思うと清々するよ」

「ぐぬぬ……。後悔するわよ! あなたなんか、私がいなきゃ何もできないんですからね!」


 ダァンとヒールを地面に打ち鳴らし、クラリッサは憤慨した面持ちで講堂を出た。

 勢いよく扉を閉めようとするその時、二人の仲睦まじくしている光景が、目に焼き付いた。



「ムカツクムカツクムカツク! キーーーーー‼」


 走って飛び出た中庭で、ハンカチをかみしめながら地団太を踏む。

 ここ最近は魔法少女として正しいことをしていたはずなのに、これではまるで悪役だ。


「まぁ、そういうこともあるよ。切り替えていこう!」

「この小動物! もとはといえばあなたが私を魔法少女になんてするからこんなことになったんでしょうが‼」


 クラリッサはマジカルステッキを思いっきり地面に投げつけた。

 こんなことになるなら、そもそも最初から魔法少女になんかならなければよかった。

 大体、王子は王子で未熟者なのだ。

 ちょっと普段から厳しくしていたら、その辺の愚にもつかないモノ言わなさそうな娘にコロッとなびいて。


 ただ三食の献立から靴下の色まで私生活を管理して、礼儀作法や立ち振る舞いを間違えたらそのたびに指摘してあげていただけなのに。


「うん。多分そのせいじゃないかな?」

「うっさいわね! あなたに私の何が分かる……⁉」


 次の瞬間、ドォォン‼ と大きな爆発音が響いた。


「報告! 園内に魔獣発生、ランクS級、黒炎の影角獣(シャドウホーン) です!」


 憲兵が叫んだ。学園内を恐怖の悲鳴がこだまする。

 また魔獣が現れた。しかも方角からしてさっきいた場所。

 もしかしたら講堂の、レオンハルトのいたところに現れたのかもしれない。


「クラリッサ、助けに行かないの?」

「誰が行くもんですか! 殿下なんて魔獣に食べられてしまえばいいんだわ!」

「本当にそれでいいの?」

「……」


 メルフィのつぶらな瞳が問いかけてくる。

 講堂の方からは大勢の貴族たちが悲鳴を上げながら逃げ出してきている。

 その中にレオンハルトの姿は見えない。


「あーーーーー、もう‼」


 クラリッサは落ちているステッキを拾い直し、勢いよく駆け出した。


「マジカル・チェンジ!」


 光とバラのエフェクトと共に、フリフリなドレス姿の魔法少女へと変身する。

 講堂の中に入ると、黒い炎をまとった鋭い3本の角を持った獣が、レオンハルトを追い詰めていた。


「はあ、はあ。く、化け物め……」


 彼が剣技に長けているといっても、それは人間の中での話だ。

 魔獣、しかもSランクとあっては歯が立たない。

 その邪悪な狂角がレオンハルトの剣を砕き、心臓に達しようとしている、その時。


薔薇の穿光(ローズ・ピアス)!」


 クラリッサ改めマジカル・ローズの放った赤い閃光が、黒き魔獣の角を打ち抜いた。

 ぽっきりと自慢の角が折られて悶絶している魔獣を、とがった


 巨大な魔獣の上から見る景色。

 ボロボロで傷だらけになったレオンハルトと、その新しい結婚相手リリィ。

 自らが守ったはずの光景に、どこか胸がチクリとする感覚を覚えた。


「グオオオオオォォォ‼」


 バタバタと魔獣が暴れ始めた。一度地上に降りて、杖を構え直す。


「とどめですわ! 覇王(ロイヤル)薔薇(ローズ)終奏曲(レクイエム)!」


 クラリッサの背後に巨大なバラの花園が咲き乱れ、大量の魔力を含んだ赤い花びらが雪崩のように魔獣を包み込んだ。

 そして瞬く間に爆発四散し、魔獣は粉みじんに消え去った。


「やったね! さすがマジカルローズだ! お見事だよ!」

「このくらい朝飯前ですわ。さて、終わったことだしティータイムにでもしましょうか」


 今まで冷たくしていた淑女たちにふるまってあげようかなどと考えていると、レオンハルトが近づいてきた。


「待ってくれ。君に何かお礼がしたい。ぜひ今度食事を」

「その子はどうするおつもりなのかしら?」


 そこに意識を失っているリリィが、地面に倒れ伏しているというのに。

 この男は。


「ああ、もちろん後で救護の者を向かわせるよ。だから」

「あなたはそうやって、次々と女を捨てていくのね」


 クラリッサは思った。どうして今までこの男のことが好きだったのだろう、と。

 今やレオンハルトの黄金のように輝いていた金髪は色あせて見え、サファイアのようだった碧眼はくすんで見えた。


「な、君の正体は、まさか……」

「さようなら。お幸せに」


 レオンハルトが右往左往する中、クラリッサはため息をつき、振り向かずに空へ飛び立っていった。



「かっこよかったよ。クラリッサ」

「ふん! レディに向かってかっこよかったなんて誉め言葉にはならないわ! そうね、絢爛(けんらん)だったと言いなさい!」


 ティーカップに入った紅茶をがぶ飲みする。

 魔法少女の身体なら、普通であればやけどする熱さでも口に入れて平気なのだ。


「しかしいいのかい? 王子は君に好意を抱き直したかもしれないのに」

「いいのよ別に。あんな男、こっちから願い下げだわ」


 日差しよけのパラソルの下。白い丸テーブルの上に置いたクッキーをつまむ。

 その甘みが、紅茶で潤った苦い口内と心にしみわたってくるようだ。


「でもさ、せっかく君がお茶会に誘っているのに誰も来てくれなかったね。もしかして王子だけじゃなくて他の人からも嫌われてたんじゃ」

「あーあーあー! うるさいうるさい! お代わりよ!」


 唯一の話し相手であるメルフィが、空のティーカップにトポトポと紅茶を注ぎ入れる。

 クラリッサがもう一度飲み直そうとすると、ひょっこりと見たことのある顔がパラソルの下に覗いた。

 リリィ・ホワイト嬢である。


「あのー。クラリッサ様?」

「何よ何か用……はっ! だ、だれの事かしら? 私の名は魔法少女マジカル・ローズですわ。オーホッホ!」

「……」

「……」


 まずい。墓穴を掘った。

 このままではあらぬ噂を根掘り葉掘り立てられまくってしまう。

 そして無実の罪で捕らえられ、ゆくゆくはギロチン台行きに。

 などと思っていると、リリィがクスクスと笑い始めた。


「ごめんなさい。先ほどのお礼が言いたくて。良かったらお相手してもいいですか?」

「あ、ああ。どうぞ」


 対面にいたメルフィが席を譲り、目の前にリリィが座る。

 トポトポと空のティーカップに紅茶が注がれる。


「あの、ごめんなさい。あんなレオンハルト様を奪うような事をしてしまって」

「別に気にしてないわ。じゃなくて、何のことだかさっぱりですわ!」

「ふふふ。面白いですね。マジカル・ローズ様は」

「オーホッホッホ……メルフィ、助けなさいよ!」


 当の小動物マルコットはニコニコと素知らぬ顔をしている。

 本当にコックに頼んでステーキにでもしてやろうか。

 とりあえずいったん落ち着こうとティーカップに口を付けた。


「あの、先ほどの戦いお見事でした! 私、感服いたしました!」

「あっそう。それはどうも」

「ですからローズ様……、私をあなたの弟子にしてくれませんか!」

「ブッ! は、はぁ! なんで私が⁉」


 思わず紅茶をメルフィの顔面にぶちまけてしまった。

 動揺するクラリッサを構わず、リリィはさらにまくし立てて来る。


「私もローズ様のように強くて気高い女性になりたいのです! 弟子でなければ雑用、しもべでも構いませんから!」

「結構よ! しもべなら一匹いるからもう十分だわ!」

「そこをなんとか! お願いします!」


 そうクラリッサの両手を握って懇願してきた。

 大人しそうな娘だと思っていたが、こうも無駄な行動力があるとは。

 しかしこれ以上うるさいのが増えてはかなわない。ここは穏便に済ませなければ。


「そうね。どうしてもっていうなら、友達にならなってあげてもよろしくてよ」


 って違う違う、何を言っているんだこの口は。

 これでは「冷酷」「尊大」「絶対に目を合わせてはいけない令嬢」としての威厳が崩壊してしまう。

 しかし時すでに遅し、リリィの目は眩しく見開かれていた。


「ぜひ! よろしくお願いします!」


 あまりに清純なキラキラとした瞳に圧倒されていると、メルフィが耳元にささやいてきた。


「ね。魔法少女って最高でしょ?」


 最高というわけではないが、先ほどまでの最低な気分ではなかった。


「ま、悪くはなくってよ」

「ん? 何か言いました?」

「何でもないわ。それよりあなた、あの王子殿下とはどうなったの?」

「分かれましたー」

「あらそう。賢明ね」


 そうして二人は仲良くなった。

 クラリッサは婚約破棄の代わりに手に入れた友達と紅茶を飲みながら、王子の悪口で盛り上がったのであった。

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