失恋ゴースト
私には、好きな人がいて。
小学校の頃からずっと好きで。
一緒の高校に入学できた時はとても嬉しかった。
顔を見るだけで胸が弾んで、言葉を交わす事ができれば、その日一日頬が緩む。
どんな時でも、私の世界はキラキラと輝いていた。
でも――。
『お前さ、年上の彼女出来たんだって?』
『えと、あの、うん、まあ、そう』
『おうっ、そりゃあめでとさんっ』
騒がしい教室の中で、その会話がハッキリ聞こえた。
私の世界が、大きく揺らいだ。
そして。
『やっほー○○♪』
授業が終わった後に、女の先輩が教室に入ってきた。
『ちょ、○○、教室までこなくてもーー』
『いいじゃんいいじゃん、私達付き合ってるんだしっ、さっいこいこ~♪』
『はいはい』
彼と先輩が二人そろって教室を出ていく。
それを眺めて、もしかしたらという僅かな希望が、音をたてて崩れて。
私の初恋が終わってしまった。
その後の事はよく覚えていない。
家までの帰り道も、その後の出来事も。
気づけば明かりの消えた自室のベッドで横になっていた。
目に涙がじんわりと浮かんで。
好きだという気持ちで溢れていた心に、叶わないという思いが交じり合ってぐちゃぐちゃ。
苦しい、悲しい、辛い。
浮かぶものはそればかりだ。
好きなだけで、あんなに幸せだったのに。
今ではそれが私の心を押しつぶす。
――ああ。
悲しみにくれる中、思ってしまった。
こんなに、苦しいのなら。
――”恋”なんて、しなければ良かった。
私がそう思ったから、なのか。
生まれたのが”ワタシ”
”私”の願った通りに、恋という感情を、心から追い出した。
そしたら、”私”は元気になった。
ワタシを置き去りにして。
恋を忘れた私はとっても楽しそう。
恋を忘れられないワタシの目はいつも涙で溢れてる。
私に対して思う事は何も無い。
ワタシの思う先にいるのは、あの人だけだから。
あの人へ向けた想いと、それが届かない事を。
ただ嘆き続ける。
ワタシは裏腹に、楽しそうな私は学生活を満喫していた。
友達とのおしゃべり、退屈な授業、放課後に遊び。
前以上に、笑顔を浮かべていた。
それは、あの人が先輩と一緒にいても変わらず。
まるで、元々そうであったように。
私は楽しく生きていた。
そうして過ごしていく日々の中、
ある日友人が落ち込んでいる事を知った。
一緒に遊ぶ傍ら、上の空だった友達に、落ち着いて話せるだろうと、公園のベンチへと場所を移し、どうしたの? と尋ねる。
「……バレてるかぁ」
最初は笑顔で否定していたけれど、じっと友達を見つめ続けると観念したように苦笑し言った。
振られたんだ、と。
力無く笑う友人に、たくさん励ましの言葉をかける私。
ありきたりな言葉ばかりだけど、精一杯の気持ちを載せて。
「ありがとね」
心からの言葉だけれど、元気にするには足りない。
そう思った私は、名案とばかりに告げた。
――恋をしていた事なんて忘れてしまえばいいと。
そうすれば、元気になれる、何事もなかったように笑う事ができる。楽しい日々を送る事ができる。
「……」
笑顔の私に目を丸くして、考えこむように目を閉じて、首を横にふる。
「どうして? そうやって悲しい思いで一杯になるなら、忘れてなかった事にした方が……」
「私、さぁ――」
戸惑う私の言葉に、友人は小さな声で遮って、空を見上げていった。
「今は辛いし、悲しいけど、忘れたくないんだよね」
友人は横にいる私に顔を向けて、苦笑する。
「気持ちは届かなかったけど――でもね、好きだった相手がかけてくれた言葉も、何気ない優しさも、確かにあったからさ」
それを受け取った事を、好きだった気持ちを、無くしたくない。
辛いという言葉だけで、終わらせたくなんかない、と。
「……」
そう言い切る友人に驚きながらも、私は自分の事を振り返っていく。
届かなくて、悲しかったこと。
でも、それが恋の全てではないこと。
それらを思い返してーーーー。
私は前にたつワタシを見た。
「……」
「……」
わずかな時間時が止まったように微動だにしなかったが、ワタシは私の気持ちがわかる。
だから。
――ワタシは、私と再び一つになった。
そうして、再び恋を取り戻した私の目に、涙が溢れて流れ出す
「ちょ、急にどしたの!?」
「わ、わたしも、したの」
慌てる友人に、嗚咽をもらしながら話していく。
「失恋……したんだぁ」
「……」
「小学生の頃から、ずっと好きで、いつか振り向いてもらえたらって思ってたんだけど、私がどうこうするまえに、彼女ができて……」
「……」
「何もしなかった私が、どうこう言えないのはわかってるんだけどさ」
「……」
「でも、本当に、ずっと、ずっと、大好きで、今も……好きなんだよね」
「……」
突然こんな話をして、友達には悪いなと思ってしまった。
友達だって失恋したばかりなのに。
けれど。
「わかった!」
私の言葉に大きく頷いて。
「今日は失恋記念日という事で私がおごってあげるから、一緒にカラオケでも行こうかっ」
ベンチから立ち上がって、私の手をギュッと力強く握る。
「騒いで騒いで、この痛みと悲しみを吹き飛ばしてさっ」
促されるまま立ち上がる私に、満面の笑みを浮かべて。
「明日からもガンバロ!」
励ましの言葉をかけてくれた。
「……」
最初は、私が励ますつもりだったのに、いつまにか立場が逆転したことが、何だか可笑しくて、そして友達の気持ちが嬉しくて、目じりに涙を浮かべたまま頷く。
「そうとなれば善は急げというし、いこいこっ!」
「うんっ、よし歌うぞ~」
「おぅ!」
はしゃぎながら公園を後にする。
それからは、失恋の痛みと、今までの幸福を振り返りつつ、友達と2人でカラオケで大盛り上がり。
悲しい思いで塗りつぶされないように、必死に明るく振る舞う。
恋は、決して喜びだけでできているわけではないけれど。
悲しみだけではないから。
それをこれからは忘れない。
恋から逃げだすに、頑張っていく。
だから。
もう、失恋ゴースト(ワタシ)は生まれない――。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。