第6話 生活記録
あの星を旅立ってからかなり時間が過ぎた。1つ目の星の到着予定は61日後となった。警察及び国は、竜胆の事を捜索しているのだろうか。両者知る手立ては一切無いだろう。
記録─菜園室の扉を開けた。プランターが部屋一面、均等列に並べられている。私は1つの鉢植えの前で膝を付き、発芽し始めた小さな葉を突く。
「順調に発芽が始まっている。どの方法が最適なのか、どこで分岐するのか……。知識はあるが、実践経験がゼロなら初心者と同じだからな」
プランターは部屋一面に広がっている。だが、種を蒔いたプランターは僅かだった。
そう、私は列記とした対照実験を行っているのである。
土の配合、ライトの当て具合、肥料の分量、条件を少しずつ変えて育てている。今のところどの条件も順調だった。
栽培の簡単な植物にしておいて正解だったかもしれない。“許されない失敗”というプレッシャーがあるため神経を削がれる。精神的疲労が原因か寝付きが悪く、疲れやすくなった。難易度の高いものにしていたら今頃どうなっていたか……。
記録─1つ目の星到着まで残り17日。プランターの植物は成長に差が出始めていた。茎や葉を真っ直ぐ伸ばしたものと、上手く育たず枯れてしまったものと。これらの結果は今後の栽培に役立てようと思う。
健康の為、朝に運動を始めることにした。室内なので激しい運動はできないが、ストレッチや気の向いたときに歩くなど、自身の生活を意識してみるとこれまでの不健康さが目に見えてきた。
まさか腕立てが10回も出来ないとは思わなかった。おかげで最近、以前よりは良く眠れるようになったと感じる。
記録─1つ目の星到着まで残り2日。ここでの生活が板に付いてきた。2日後全く知らない星にいるなんて実感が湧かないくらいだ。
だが、どんな世界があるのだろうと好奇心はある。
ここまで近づくと、星までの細い軌道は自分で調整しなければならない。結局、操縦士としての力量は必要なみたいだ。
今回の運転はあの端末に頼ってばかりだったので、次の星へ行くときは自分も運転してみようと思う。そして暫く操縦席から動けないだろうから、明日以降、記録は星に着くまで書けないだろう。
竜胆は着陸態勢へと入っていた。いつもの白衣姿だが、中に宇宙空間用スーツを着込んでいた。やがて船内が激しく揺れ始める。机に置いていた瓶が倒れるくらいには。
深く息を吸って、乱れ暴れる心を静める努力をした。彼が握っている操縦レバーは手汗でじっとり濡れていた。失敗は許されない。たとえ着陸1つであっても。
「着地するなら目立つ場所がいいが、思ったより自然が多いな、ここは。木が茂っているなら水は直ぐ採れそうだし……開けた場所はないだろうか。この周辺は位置的に昼、しかし自転速度的にも夕刻が近いだろう」
竜胆は船を減速させながら着地場所を探した。減速すると高度は低くなるので、あまり悠長にはできないのだ。
「あ、あそこ停められそうだ」
レバーを横に倒し位置を調整する。彼が目をつけたのは山林から少し離れた疎林の一角であった。そこは開けていてなだらかな丘陵を作っていた。位置を定め、丘の真上で機体を停める。あとは減速しながら下へと着陸するだけ。完全に着陸すると、その振動が足元に伝わった。
「大気・気圧異常なし─ようやくご到着か。長かったな、案外。」
操縦席を離れ、手を組んで小窓の方へ伸び上がった。ふと目をやった小窓は、竜胆の知らない世界を映していた。
入口の扉は体重を掛けないと開かない程重い。暫く奮闘して、ようやく出来た顔ひとつ分の隙間から光が入った。目の前に映し出された外界の空は、青よりも黄や白に近かった。
─久方ぶりに自然光を浴びた。竜胆は一歩、船の外へ足を踏み出した。