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第41話 部屋紹介

 次の星到着まであと二十日。昼間、珍しくリビングに全員が揃った。


「いやぁー、蓮の髪もすっきりしたよね! 前髪は置いといて」


菜園室から水をやって出てきたクロッカは、ソファー角に座る蓮の前髪を見て言った。


数日前、蓮の散髪をしていたクロッカが、誤って前髪を切りすぎてしまったのである。蓮の前髪は今、眉上でピッタリと切り揃えられている。


「うるっせぇーなー」


蓮はそんな屈辱的な髪にされた悲しみよりも、同じことを何度もいじるクロッカに面倒臭さを感じていた。最初の数日は落ち込んだ様子だったが、最近ではもう諦めたようだ。


「もう見慣れましたよ。笑う程ではない」


水を飲みにキッチンへ出てきた竜胆が、蓮をフォローする。先日誕生日に貰った、水色のパーカーを着ていた。


「竜胆は髪切らなくていいの? 僕なら切れるけど」


「自分で切るので結構です」


そう断りながら蓮の隣に腰掛けた。パーカーのポケットに忍ばせた本を取り出して、続きから読み始める。すると蓮が小さく


「誰がお前に頼むかよヘタクソ」


とクロッカに向けて呟いた。


「あ! 言ったな!? もう蓮の髪切らないからな!?」


「こっちから願い下げだっつーの」


「ぐぬぬぬ……!」


お互い顔を近づけて睨み合っている。竜胆は慣れたように


「喧嘩はよしてください。これで何度目ですか」


とクロッカの右腕を引っ張って自身の隣に座らせた。間に竜胆が座っているので、強制的に二人の喧嘩は終わった。


「……」


「…………」


「……ねえ暇ー」


暫くの沈黙のあと、クロッカが脚をバタバタ振りながら言った。


「今日の分の仕事は終わったのですか?」


本に目線をやったまま竜胆が聞いた。


「菜園室の水やりはさっきやったし、掃除は順番的に蓮だもん」


「そうですか」


「……いやだから暇なんだって! 何か面白いことないの!?」


二度目の沈黙のあと、その空気に耐えられなくなったクロッカが言った。


「と言われても。逃亡を第一に旅を始めたので、娯楽なんて――」


「あ! 僕いいこと思いついちゃった!」


竜胆を遮り、振る脚をピンと伸ばして言った。


「何だよ?」


蓮が顔を傾けてクロッカに聞いた。


「みんなのお部屋探検ツアー!」


「「却下」」


食い気味に竜胆と蓮が断った。


「ええー! 面白そうじゃん!?」


「何で得もねえのに部屋見せなきゃいけねぇんだよ」


「……じゃあ見せてくれたら蓮に飴玉2つあげるよ」


クロッカがぶすっとした顔でそう言うと、


「見せるっ! 今すぐ見せる!! おい早く行くぞ!」


と蓮が席を立って部屋へ走った。もうすっかりやる気で、嬉しさが挙動からにじみ出ていた。


「やったー」


クロッカがその後を追うので、竜胆も本を丸テーブルに置いて席を立った。




 「おう! 好きなだけ見てけよ!」


蓮が自室のドアを開けた。相変わらず鍵は掛けておらず、ドアノブを捻るとそれはすぐに開いた。


「おっじゃましまーす! ……って何もないな!?」


真っ先に部屋に入ったクロッカが言った。備え付けのベッド、机、ドアや天井に至るまで見渡したが、何もなかった。


「仕方ねえだろ、荷物なんてねえし」


頭をポリポリ掻きながら言った。部屋にある彼の物と言ったら、母星を去る時に持ち出した槍くらいだろう。


左角にベッド、その手前に机。反対側にタンスが設置されている。他の部屋も同様だ。彼の槍はタンスの横に立て掛けられていた。それ以外は何の変哲もない、真っ白な普通の部屋だった。


「つまんなーい。これじゃ未使用の部屋と変わらないじゃないか!」


クロッカは早々に部屋を出て、不満げに言った。


「見せたんだからちゃんと寄越せよな!」


蓮はそう言いながらドアを閉めた。


「じゃあ次竜胆!」


「……蓮と大差ないですよ?」


納得の行かない様子で、ズボンのポケットから鍵を取り出し、開けた。入口の電気を点け、二人に入るよう促す。


部屋の造りは他と変わらない。正方形の室内にベッドと机とタンスがある。真っ白で無機質な空間だと竜胆自身も感じる。蓮と違う箇所を挙げるなら、壁の時計と、机上に筆記具が出ていることだろう。


「おおー……何もねぇな」


蓮が頑張って感想を述べようとしたが、何も出なかったようだ。


「物は机の引き出しにしまっているんです。何もない訳じゃない」


事実、机には引き出しが二つある。竜胆は右側に紙や日記帳を、左側に文具や眼鏡の手入れ用具を入れていた。


「物がない訳じゃないんだけど、最低限の物ばっかで、情報が無いよね。無機質って感じ。蓮と違って部屋を飾る選択肢があった上での部屋。いわば完成形なんだよね、これが」


クロッカが顎に指をくっつけて言った。


「言いますけど、クロッカも大して変わらないでしょう? 星を出る時に碌な用意もしてないんですから」


ムッとして、竜胆が冷たく言い返した。


「そんなことないよ! じゃあ見なよ!」


クロッカはいそいそと膝丈ズボンの右ポケットから鍵を取り出し、竜胆の部屋を出て対面の部屋の鍵穴に挿して開けた。


「「おお」」


クロッカの部屋の中央まで来て、蓮と竜胆が感嘆の声を上げた。彼の部屋は、第一に物が多くて狭い印象を与えた。備え付けの真っ白なベッドや机も、小物やクロスなどでモダンな雰囲気になっている。


「星を出る時こんな物ありましたっけ?」


「ちゃんと持ってきた物もあるけど、術で創った物もあるかなー」


クロッカが部屋の電気をつけながら言った。


「なんか天井からぶら下がってねえかコレ?」


蓮が天井に吊り下がったモビールに興味を示していた。飾りの一つを指で小突き、ゆらゆらと揺れるのを呆然と眺めた。


「それはモビールって言うの。鳥の飾りおしゃれでしょ?」


竜胆はふと部屋を見回した。タンスの上にはよく分からない置物が、壁には額に入れた抽象画が、机にはポケットサイズの楽器と、


「……これ何ですか?」


顔くらいの大きさの白い球が置かれていた。球の上部に小さな穴が一つ、横にボタンが二つある。特に何の特徴もなく、用途が分からないのが竜胆の興味を唆った。


「あぁ、これはね」


クロッカが言いながら部屋の電気を消した。そして頭にはてなを浮かべる二人を尻目ににやりと笑い、球のボタンを押す。


「おぉっ!?」


刹那、蓮が目を丸くして驚いた。暗い部屋の天井に、無数の白い点が、光る球によって映し出されたのだ。


「プラネタリウム、ですか?」


竜胆は天井を見て冷静に答える。クロッカは


「当ったりー! 昔行った星の土産品だよ!」


と言って球を部屋の中央に置いた。


「こうやってクッションを敷いて、寝転がって見ると本当の空みたいで好きなんだ」


ベッドの枕を床に置き、そこに寝転がった。蓮もどさっと横に寝転んで、腕を組み枕の代わりにした。


「……知らない星がある気がするんですが」


竜胆もクロッカの横に座って、天井を見上げた。


「遠い星のものだから、知らなくても不思議じゃないんじゃないかな」


「……そうですか」


竜胆は、あなたは母星からどれだけ離れた星まで行ったことがあるのか、そう聞こうとしたが止めた。何だかクロッカの本質を突いてしまいそうで、それを受け止めるにはまだ覚悟が出来ていなかった。


そう言えば同じことを思ったことが前にもあるな、とぼんやり考えていたら、


「久しぶりに、本物を見たいな……」


と零していた。


「三人で本当の星空を見れる日が来るといいね」


クロッカに聴こえていたようで、こちらを見てふっと笑った。竜胆は微笑を浮かべ


「そうですね……。いずれ」


と偽物の星を見上げて答えた。


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