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第2話 冤罪


 眠りが覚めた。無人部屋だった。見知らぬ天井にベッド、机、椅子。あちこち見回したが、この部屋は寮の自室ではなかった。


自分の格好とベッド横のナースコールから察するに、ここは病院の入院部屋の個室だろう。窓はあるが、カーテンで遮られているため外の景色は見えない。カーテンを開けようにも距離があるし、脚が痛んで動けなかった。


骨が折れている訳ではなさそうだった。怪我は一概に軽いとは云えなかったが、時間が経てばどれも治る程度で済んだ。頭の怪我が一番酷い様に思える。どうやら何針か縫ってそうで、頭皮を撫でるだけでズキズキと痛んだ。


 暫く時間が経って、誰も来ないので私はナースコールを押そうか迷っていた。


─爆発があった日以降の記憶が無かった。恐らく今まで眠っていたのだろうが、何故爆発が起こったのか。自分が倒れてから何があったのか。その件について聞きたいことがあったからである。


「ナースコールとはどんな時に使うんだ? 聞きたい事があるだけだが、やはり迷惑だろうか……。職員か来客が来た時偶然を装って聞くのが一番か? いやでもいつ来るか分からないし」


 (らち)が明かない、と溜め息を漏らし右眼の眼鏡を直す仕草をした。だがいつも掛けてある筈の眼鏡が無く、直そうとした手は空気を斬っただけだった。一瞬で頭の血が引いた。ドクンと心臓が大きな音をたてたのが分かる。私はまた部屋を確認した。


─そんな……嘘だ、嘘だ嘘だ! どこにある? 倒れた時壊れたか? 何で気付かなかったんだ!

私は動く限りの上半身をバタつかせた。


「あ」


 あった。……よかった。結局真横のタンスに置いてあったが、壁掛けのカレンダーが落ちて見えなくなっていたのか。本当に、何故気付かなかったんだ。


「─焦るんじゃあなかった」


落ち着いた様子で片眼鏡を掛けた─と同時に、初めての来客が訪れた。来客は私が目覚めたのをひどく驚いた。私も驚いた。まさかマリーが来てくれるとは思っていなかったから。


「やあ。君が来てくれるとは思わな─」


「りんどおぉぉ!」


マリーは私の言葉を遮ってベッド横で啼泣する。見舞い品であろう本と果物を投げ捨てて。


「よかったよぉ目が覚めて、竜胆ってば何日寝てるのさ!」


「えっ……と、色々聞いてもいいか?」

 


 マリーは机で林檎(りんご)の皮を剥いていた。先程投げ出した中のひとつだろう。


「僕達が駆けつけた時、生存者は竜胆だけだった。その竜胆も、当時は意識が無くて倒れていた。時間差で2回爆発があったんだ。原因は意図的に仕掛けられた爆弾って話らしくて。竜胆が被爆したのは2回目だと思うな」


「生存者って、亡くなった人がいたのか? 私が建物内で声を掛けた時は誰もいなそうだったが」


「竜胆さ、2回目の爆発の時、建物のどこにいたか覚えてる?」


「ああ、東側の一階階段あたりだったはずだ」


「じゃあ建物に入ってすぐ被爆したんだね。そう、施設にいた人は全員死亡した。早く来ていた生徒や職員達だね。多くは3階から上にいたんだ。1回目の爆発でみんな即死だったらしいよ」


「そうだったのか」


マリーがベッド横の椅子に座り、8片の林檎が入った皿を二人の間に置いた。


「さっき落としちゃってごめんね。洗った後皮が残らないように切ったから大丈夫だと思う」


「すまないな。せっかくだし、一緒に食べないか?多分食べきれなくて」


「本当? 竜胆が言うなら食べようかな」

 

 私は林檎をつまみながら言った。


「知りたいんだが、私は何日寝ていたんだ? この部屋カレンダーはあるが役に立たないんだ」


「あ、そうだよ! 竜胆2週間も寝ていたんだよ!? 途中で起きなかったの!?」


「2週間も寝てたのか? 本当に倒れてから記憶がなくて」


「じゃあ、本当にさっきまで寝たきりだったんだ」


 マリーと話して調子が戻ってきた。会話が弾み、林檎は残り二切れになっていた。


「そういえば犯人って捕まったのか? 事件で片付けられたんだろ?」


マリーの顔が強張った。口を真一文字に閉じ、私の目を見る。普段笑顔の絶えない彼が真剣な表情をするのは、何かまずいことを言ってしまったからか? 背丈のせいで威圧感があった。


「竜胆じゃないよね」


「何のことだ? 犯人については聞かない方がよかったか?」


私は意味がわからず小首を傾げた。


マリーは「うん、やっぱり君じゃなさそうだ」と呟いて深呼吸した。


「……落ち着いて聞いてね。全部話すから。結論、犯人は捕まっていない。そして君は濡れ衣を着させられている。現場での生存者がいない今、校舎は全壊で証拠が無い。研究所側で残ってた監視カメラにも碌な情報は無かった。そうなると爆発源の大学……事件前日に当番であった竜胆が責任を負うことになる。“当番の人間がしっかり確認していなかったから”って体で。……ここまで大丈夫そう?」


言葉が出ない。喋ろうとはしたが、喉が締め付けられる。衝撃の内容が津波のように襲ってきた。つまり私が犯人ということか? あの事件は誰かによって()められた罠だった?


マリーの問いかけには弱々しく頷くことしか出来なかった。ここは一度呑み込むのが良いと判断した。


「さらに竜胆が犯人と仮定するとある丁度良い動機が出てくる」


「丁度良い動機?」


「ああ。竜胆へのいじめの件だ。偶然、死者の中に竜胆を虐めていた主となる人物がいてね。“日頃受けていた過度な虐めに耐えられなくなった竜胆が爆弾を用いて全て消そうとした”っていうプロットが出来てしまうわけ」


「その動機は不自然だ、現に私は被爆しているんだぞ。犯人なら自ら爆発に巻き込まれたりしないだろう」


「虐めた人間を殺した後、自分も死のうとしていたら? 今回の事件、犯人は間違いなく死刑になるよ。死刑になる前に死にたかった、とか。幾らでも言えるよね」


私は今どんな顔をしているだろう。これまで慎重に積み上げてきた何かが崩れた様な感覚。何を言っても駄目な気がして、ただ茫然としか出来ない。


「竜胆。僕は君を信じる。友人が冤罪で死刑になるのはごめんだ。だから抵抗しようと思って」


「何言ってるんだ。今この状況も、どこかで監視されてるに違いない。余計な事言うとお前まで─」


「ああ、それは大丈夫。全部確認済だから安心してほしい」


「は?」


「今僕も余裕が無いから手短に言う」


 この後に続く言葉は生涯忘れもしないだろう。

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