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第1話 事件発生


 姦しい間、無機質な空間。


 そこへ革靴のごつごつした音を鳴らしながら歩く男が来た。足音は人々の喧騒よって消された。男の名は竜胆りんどう。蒼い髪の、色白の好青年だ。


この施設は国家一と謳われる大学兼研究所である。それぞれ長い回廊を挟んで位置する、正面から見ると凹型のような建物。彼は教授として大学内の、理学部のフロアにいるのだった。


「講義を始めます」


教室の喧騒の中竜胆は言葉を発した。しかし、その聲はマイクを使っても届かなかった。教壇に片手を添え、こちらを見ようともしない聴衆に向かって続ける。


「最初に。今週末はレポートの提出期限なので、出し遅れの無いように。期限の延長は考えていませんので」





 姦しい間、無機質な空間。


 現在この学舎は一時間の昼休憩中である。生徒達は一階の売店や食堂で勝手に食事を済ませ、次いで職員も食事や午後の授業の準備をする。


「国家一ねぇ」


金縁の片眼鏡をした竜胆がぼやいた。しなやかな指先には缶コーヒーが握られている。


国家一とは、この大学の、例年の偏差値と入試倍率の話である。この大学は理学部と工学部の2つの学部から成るが、どちらも宇宙の勉強がメインである。


近場での宇宙旅行が一般化し、別の星の移住などが目前の今、人々の宇宙への関心が高まっているのだろう。


「18歳の私でも教鞭を執る、尚且つそれが教授だなんて。お偉いサマの採用基準はどうかしている」


彼は3階廊下の手摺りに身体を預け、下の階の様子を眺めていた。



 この施設の全体構造を把握するには時間を要さないだろう。研究所側、大学側それぞれドーナツ型の、5階建て木造建築。中央に空いた穴の頂上、つまり屋上はガラスで塞がれており、日中は下のフロアに光が差し込む。


この大学は2つの学部が存在すると述べたが、工学部はまた別の建物である。何でも、野外実験をしばしば行うので大学自体山奥にあるのだが、寮や資料館などの施設も建てる際、山の一本道上に沿った形が良いという理由で別館になったそうなのだ。



「荒んでるねぇ竜胆」


偶然通りかかった男が、足を止めて言った。マリーという、竜胆より頭一つ分背の高い温厚な男だ。彼は数少ない竜胆の友人であり、現在工学部の教授の助手である。


この理学部の校舎と繋がっている研究所にも、時々顔を出すそうなので、竜胆と同様白衣を着ている。


「聴こえていたか?」


「まあね」


竜胆の右横に立ち、マリーは続けた。


「最近竜胆の悪い噂ばかり聴くから、本人から一言欲しいな」


「安心しろ、全部嘘だ。この仕事にまだ慣れなくて、生徒にナメられてるんだろう。……御所望の言葉はこれかな?」


「うん、ありがとう。ひとまず安心って感じかな」


竜胆は無理に口元に微笑を作った。


彼の悪い噂とは、主に彼に対する嫉妬から生徒がでっち上げたものだった。前教授が急な体調不良で辞職し、急遽新しく教授に採用されたのが竜胆。(もとは隣の研究所で研究をしていたが、資格を取得していたことから強引に)


18歳で教授という世界でも前例のないことと、彼の少々周りと壁を作りやすい性格に、生徒も教員も彼を避けては根拠のない噂話を広めていた。


「まぁ、教授の仕事は上の命令でしょ? どうしても無理なことだってあるよね。ただ、我慢はしなくていいと思うんだ。生徒に無視される、誤った情報を流す、職員から仕事を押し付けられる……今の状況はいじめ。大人のくせに、やってることは子供以下。証拠を集めて訴えたって─」


「いいよそんな事しなくて。この国に期待なんてしてない。生徒がアレなら、学校に受け入れた人間はアレ以上。訴える意味が無いのは明確じゃないか」


「それもそっか」


マリーは皮肉たっぷりの竜胆をクスりと笑った。


「さて、休憩時間も終わる頃だ。授業の用意をしないとな」


と言って、竜胆はコーヒーの空き缶を自販機横のゴミ箱に突っ込んだ。


「本当だ! 僕、桔梗ききょうさんのところ行かなくちゃ! ああ竜胆待って!」


「どうした」


マリーは竜胆を呼び止め、ごほん、と咳払いをしてから言った。


「今日は竜胆が“当番”だけど、手伝おうか?」


竜胆は一度、意味を取りかねたように目を瞬たかせた。


「あー……、いや大丈夫だ」


予鈴が鳴った。10分後には授業が始まる。白衣の胸元を正し、二人は互いに背を向けて歩き出した。





 陽が沈み空に黒が広がる。


 夜の建物に独り、竜胆が歩いていた。


 “当番”とは、夜に教員が校舎内を点検すること。点検内容は、各部屋の戸締り確認、薬品や道具の個数確認、不審者の確認─そして、施設裏の山道を幾らか歩くと見られる、宇宙船の確認などがある。


最後のものは有識者が限られるため、特別な資格を持っている二人で交代し、手入れする必要がある。一人が竜胆、二人が桔梗という男だ。桔梗は最近顔を出してないので、実質竜胆ひとりで手入れしていた。


学校が保有している船はこの一機のみ。以前研究所と有名企業とが協働して作った、特別な船らしい。宣伝の意味もあって、一機を大学へプレゼントしたという経緯がある。実際使うわけでもないし正直、お荷物と言っていいだろう。



 竜胆は船に触れながら辺りを一周する。


「異常なし…はぁ」


検査項目の表示された端末を地面の草原に投げ出し、そこへ自身の身も投じる。


「私、何でこんな事してるんだろう」


クロスした両手で顔を覆い被せる。


周囲は植物たちの揺らぐ叢。彼の独り神妙な気を邪魔する者は誰もいない。


「青い空の向こうに何があるのか? それが知りたくて、研究員になったのにな……」


黒い空に散りばめられた星々が、竜胆を僅かに照らす。それに向かって手を伸ばしても、当然だが届かなかった。





 日付が変わる頃だろう。竜胆は仕事を引き上げ寮へと帰宅した。寮は、生徒は2人から4人の相部屋。入寮希望を出している職員は1人部屋が割り当てられる。


彼の部屋は極めて簡単な物で済まされており、こだわりも執着の欠片も感じられない。部屋に入り鍵を掛けるなり、ベッドへ行くのも面倒に感じその場で泥の様に眠ってしまった。



 早朝。まだ仄暗い空だが、雲のひとつ無い単調な空のため、日が昇れば気持ちの良い快晴になるだろう。


毎日5時30分に設定しているアラームの音で、竜胆は目を覚ました。変に痛めた首をポキポキ鳴らしてカーテンを開ける。顔を洗う。さして好みでもない栄養食を口に詰め込む。


時間に余裕が出来て、昨日の出来事や今日の情報などを調べる……朝のルーティンを一通り終え、黒色の自転車で大学へと向かった。





 “異変”は唐突に訪れる。自転車で山道を走る最中─山を抜け、木々の隙間から建物が姿を現し始めたとき、そこから轟音と共に黒煙が上がった。ガラス片や壁の一角が雨の如くスロー再生で降ってくる。


─っ、爆発!? 薬品反応か?テロ? 恐らく中には人がいる、だが今ので大半は動けなくなっている筈! 状況把握と救援を……!


竜胆は自転車を投げ出し建物内部へと走った。悪い想像ばかりが働いてしまう。冷や汗も手の震えも乱れ打つ心拍も止められない。


「何方かいらっしゃいますか!?」


息を切らしながら、生徒玄関からロビーへと走る。


見える範囲内で出火している箇所はない。折れた柱や、あちこちに置いてあった観葉植物が床に倒れており、視界がかなり悪くなっている。


─酷い有様だ。返事はない。案外人はいないのか?周囲に不審な人物はいなかった。有毒な気体は発生していない。火災も見当たらない。……爆発の発生源は一体どこだろうか? 建物の損傷が激しくて西側の階段は使えない。昨日私は何か見落としたか? 否、そんな事断じて無い、決して無い。


─もっと早く、もっと早くに気付くことは出来なかったのだろうか。なぜ“直面”するまで判らなかったのだろうか。そんな事を考える間も無かった。


瞬きの間に身体が建物の外へと吹き飛ばされた。竜胆は横たわったまま動かない。瞼が開くこともない。ざっくり割れた頭からは生温かい液体が流れた。



 静寂の時、無機質な空間。



 事件発生からこれまで、ほんの一瞬の出来事だった。


はじめまして。これが処女作になります。

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