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君だけが、私にとっての月明かり。

作者: いだすけ
掲載日:2023/11/28

 7月。

 布団の中。

 あつい。

 蝉がうるさい。


 まるで、あの日みたいな。


「寝れないん?」


 君が、優しく声をかけてくれる。


「…なんでそう思うの?」

「同じ布団で、そないにごちゃごちゃ動き回られたら、そら誰だってそう思うで。」


 呆れたような声で、君は話を続ける。


「……ねぇ。」

「なんや?」

「夏ってさ、何であるんだろうね?」

「…哲学者目指してるんか?」

「違うよ。」


 夜だから、とヒソヒソと静かな声で話す。

 とはいっても、このアパートは防音仕様だけど。


「まぁ、公転の影響やろ。」


 色気の無い、面白みの無い返事が帰ってくる。


「理系め。」

「うっさいわ。」


 ちょっとだけ不機嫌そうな君。

 君が居ればどうでもいいかって思う、いつもの夜。


「どんな答えが欲しかったん?」

「…お日様が、元気だから、とか?」


 ふっ、と君が鼻で笑う。


「なんていうか、らしい(・・・)答えやな。」

「……どういう意味だよ〜…。」


 君のお腹に、拳を突き当てる。


「………何、夏嫌いなん?」

「嫌い。」


 君が、私の頭をくしゃくしゃになでる。


「なんで?」

「暑いし、汗かくし。蝉うるさいし。」

「…ほぼ引きこもりなんに、暑いとか関係あるん?」

「ロジハラですよ。」


 くすくす、と君がいたずらっぽく笑う。


「…まぁ、冗談や。確かに暑くてかなわんわな。」

「……夏、好き?」

「んー?」


 少し考え込むような動作をした後、君は


「……ま、季節とかぶっちゃけどうでもええわ。」


 と、議題を全て投げ捨てるような一言を呟いた。


「えぇ…。質問した意味無いじゃん…。」

「うーん。でも、正直な気持ちやで?」


 ぎゅっ、と君が私の体を、片手で軽く抱き締める。


「うぁっ。」

「…一緒に居れれば、それだけでええわ。」


 慈愛に満ちたその声が。

 温度の篭もるその腕が。

 鼓動を湛えるその胸が。


 私が私であることを、これ以上なく証明する。


「……あついってば。」

「…離れる?」

「やだ。」

「即答かいな。何のために文句言ったんや。」

「………事実確認?」


 自分からも、抱き締める。

 自分の腕に、力を入れる。


「ん…。 ずいぶん、力強くあらへん?」

「気のせい。」


 ぎゅうっと、君を抱き締める。

 骨が軋むくらい、強く、強く。


 どこにも、行かないで。


「……ねぇ。」

「…なんや?」


 もう、君だけだからさ。


「好きって、いって…。」


 君の胸に、自分の顔を擦り付ける。

 私のことを、忘れられないように。


 鼓動を。

 香りを。

 吐息を。


 刹那的に襲ってくる、衝動までも。


 忘れないよう、忘れられぬように。


「……なんでや。 なんか変やで、今日。」


 さす、さすと君の手が背中を撫でてくれる。

 それじゃ、足りない。

 それだけじゃ、足りない。


「………すきじゃ、ないのぉ?」


 自分でもびっくりするぐらい、甘えた声が出る。


 仕方ない。君だし。


「…あーっ、はいはい。好きや好きや。」

「……テキトーめ…。」


 ぶっきらぼうに言ったって、知ってるんだぞ。


「………いやぁ、暑っついなぁ。 離れへん?」

「嫌。」

「…………そっ、かぁ。」


 どっくん、どっくん。君の心臓が、速くなるの。

 私しか知らない、私以外には聞かれたくない。


 君の、音。


「……なんか、寂しくなることあったん?」

「べつにない…。」


 そういう訳じゃ、無い。


「…昔のこと、思い出したん?」

「…。」


 すぅ、と息を吸い込む。

 まだ薄く香るベルガモットだけが、私の居場所。


「……図星か。」

「…。」


 何も、答えてない。

 何も、答えてない。


 君は、わかるんだ。


「なぁんも、心配せんでええよ。」

「……。」


 両腕で、ぎゅうっと抱き締められる。

 身体全部が、君だけに包み込まれる。


 もう、嫌だ。


「…もっと、つよく抱いて。」

「ん。はいよ。」


 君の役に、立ちたい。

 もっと、もっと。


 けど。


「……すき…。」

「…僕も、好きや。」


 一人になりたくない。

 ずっと、君といたい。

 こうやって生きたい。


 ここよりお外は恐いから。

 君は誰よりも暖かいから。

 痛いのはもう、嫌だから。


 君以外はもう、何も信じない。

 がまんはなにも、したくない。

 好きな事をして生きていたい。

 きらいな現実は、見たくない。


 誰も皆、敵ばっかりの世界だから。

 世界が滅んだって、君がいるから。

 理解してるの、君だけなんだから。

 もうあの頃には戻りたくないから。


「…………明日のご飯、なんか食べたいもんある?」

「…君……。」


 そこで、言葉が途切れてしまう。


「…僕、ご飯とちゃうで。」

「…君の作るものなら、なんでも好き……。」


 どうしようもない本心を吐き出したあとに、君の首筋に甘く噛み付く。


「ちょ…あかんって、やめなや。」


 噛み付く、というよりは、吸い付いている現状。

 このまま、本気で噛んだら、君は、死ぬのかな。


 そんなこと、やんないけどね。


「……また、絆創膏貼らなならんやんか…。」

「………いつも、ご迷惑かけてます…。」

「冬まで我慢せって、この前も言ったやんか…。」


 冬になったら、ハイネックで隠せるから、と。

 確かに、先週もそんなことを言われた気がする。


 そんなことは、関係ない。


 これだから、夏は嫌いだ。


「…落ち着きそう?」

「もうちょっとかかる…。」

「……まぁ、もう手遅れやし…ゆっくり噛みや。」

「優しくてたすかる……。」


 嗚呼、また君にどろどろ溶かされる。

 優しさの海で、とろとろ溶かされる。


 なんて、情けない。


 自分一人で生きていける気もしない。


「…かぷぁ……。」

「……お、落ち着いたんやな。」


 なんて都合のいい寄生虫ライフ。


「……お世話に、なりました。」

「…ちゃうやろ?」


 けどさ。

 いいじゃんね。


「………これからもよろしくお願いします、やろ?」


 君のこと大好きなんだからさ。


「…しょうがないなぁ。」

「ちょ、なんで僕が甘えたみたいになってんねん!」


 にやあ、と口角が上がってしまう。

 抑えるのは、とてもめんどくさい。


「……ふぁ…。」

「…ん、眠そやな。」


 いい感じ。

 君のベルガモット。


「………寝る寝る。」


 君に私を、押し付ける。


「んはは、やっとかいな。」


 私を君が、受け止める。


「…おやすみ。」


 君を私が、抱き締める。


「おやすみ。目覚めたら、次は朝や。」


 私を君も、抱き締める。



 君だけが、私にとっての月明かりだから。

 ずっと照らしててください。

 体が冷えないように。

 道に迷わないように。

 繋いでいる手が見えるように。

 君の顔が良く見えるように。

 向かって、歩いて行けるように。



 そうして私は、暗い闇の中に落ちた。

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