君だけが、私にとっての月明かり。
7月。
布団の中。
あつい。
蝉がうるさい。
まるで、あの日みたいな。
「寝れないん?」
君が、優しく声をかけてくれる。
「…なんでそう思うの?」
「同じ布団で、そないにごちゃごちゃ動き回られたら、そら誰だってそう思うで。」
呆れたような声で、君は話を続ける。
「……ねぇ。」
「なんや?」
「夏ってさ、何であるんだろうね?」
「…哲学者目指してるんか?」
「違うよ。」
夜だから、とヒソヒソと静かな声で話す。
とはいっても、このアパートは防音仕様だけど。
「まぁ、公転の影響やろ。」
色気の無い、面白みの無い返事が帰ってくる。
「理系め。」
「うっさいわ。」
ちょっとだけ不機嫌そうな君。
君が居ればどうでもいいかって思う、いつもの夜。
「どんな答えが欲しかったん?」
「…お日様が、元気だから、とか?」
ふっ、と君が鼻で笑う。
「なんていうか、らしい答えやな。」
「……どういう意味だよ〜…。」
君のお腹に、拳を突き当てる。
「………何、夏嫌いなん?」
「嫌い。」
君が、私の頭をくしゃくしゃになでる。
「なんで?」
「暑いし、汗かくし。蝉うるさいし。」
「…ほぼ引きこもりなんに、暑いとか関係あるん?」
「ロジハラですよ。」
くすくす、と君がいたずらっぽく笑う。
「…まぁ、冗談や。確かに暑くてかなわんわな。」
「……夏、好き?」
「んー?」
少し考え込むような動作をした後、君は
「……ま、季節とかぶっちゃけどうでもええわ。」
と、議題を全て投げ捨てるような一言を呟いた。
「えぇ…。質問した意味無いじゃん…。」
「うーん。でも、正直な気持ちやで?」
ぎゅっ、と君が私の体を、片手で軽く抱き締める。
「うぁっ。」
「…一緒に居れれば、それだけでええわ。」
慈愛に満ちたその声が。
温度の篭もるその腕が。
鼓動を湛えるその胸が。
私が私であることを、これ以上なく証明する。
「……あついってば。」
「…離れる?」
「やだ。」
「即答かいな。何のために文句言ったんや。」
「………事実確認?」
自分からも、抱き締める。
自分の腕に、力を入れる。
「ん…。 ずいぶん、力強くあらへん?」
「気のせい。」
ぎゅうっと、君を抱き締める。
骨が軋むくらい、強く、強く。
どこにも、行かないで。
「……ねぇ。」
「…なんや?」
もう、君だけだからさ。
「好きって、いって…。」
君の胸に、自分の顔を擦り付ける。
私のことを、忘れられないように。
鼓動を。
香りを。
吐息を。
刹那的に襲ってくる、衝動までも。
忘れないよう、忘れられぬように。
「……なんでや。 なんか変やで、今日。」
さす、さすと君の手が背中を撫でてくれる。
それじゃ、足りない。
それだけじゃ、足りない。
「………すきじゃ、ないのぉ?」
自分でもびっくりするぐらい、甘えた声が出る。
仕方ない。君だし。
「…あーっ、はいはい。好きや好きや。」
「……テキトーめ…。」
ぶっきらぼうに言ったって、知ってるんだぞ。
「………いやぁ、暑っついなぁ。 離れへん?」
「嫌。」
「…………そっ、かぁ。」
どっくん、どっくん。君の心臓が、速くなるの。
私しか知らない、私以外には聞かれたくない。
君の、音。
「……なんか、寂しくなることあったん?」
「べつにない…。」
そういう訳じゃ、無い。
「…昔のこと、思い出したん?」
「…。」
すぅ、と息を吸い込む。
まだ薄く香るベルガモットだけが、私の居場所。
「……図星か。」
「…。」
何も、答えてない。
何も、答えてない。
君は、わかるんだ。
「なぁんも、心配せんでええよ。」
「……。」
両腕で、ぎゅうっと抱き締められる。
身体全部が、君だけに包み込まれる。
もう、嫌だ。
「…もっと、つよく抱いて。」
「ん。はいよ。」
君の役に、立ちたい。
もっと、もっと。
けど。
「……すき…。」
「…僕も、好きや。」
一人になりたくない。
ずっと、君といたい。
こうやって生きたい。
ここよりお外は恐いから。
君は誰よりも暖かいから。
痛いのはもう、嫌だから。
君以外はもう、何も信じない。
がまんはなにも、したくない。
好きな事をして生きていたい。
きらいな現実は、見たくない。
誰も皆、敵ばっかりの世界だから。
世界が滅んだって、君がいるから。
理解してるの、君だけなんだから。
もうあの頃には戻りたくないから。
「…………明日のご飯、なんか食べたいもんある?」
「…君……。」
そこで、言葉が途切れてしまう。
「…僕、ご飯とちゃうで。」
「…君の作るものなら、なんでも好き……。」
どうしようもない本心を吐き出したあとに、君の首筋に甘く噛み付く。
「ちょ…あかんって、やめなや。」
噛み付く、というよりは、吸い付いている現状。
このまま、本気で噛んだら、君は、死ぬのかな。
そんなこと、やんないけどね。
「……また、絆創膏貼らなならんやんか…。」
「………いつも、ご迷惑かけてます…。」
「冬まで我慢せって、この前も言ったやんか…。」
冬になったら、ハイネックで隠せるから、と。
確かに、先週もそんなことを言われた気がする。
そんなことは、関係ない。
これだから、夏は嫌いだ。
「…落ち着きそう?」
「もうちょっとかかる…。」
「……まぁ、もう手遅れやし…ゆっくり噛みや。」
「優しくてたすかる……。」
嗚呼、また君にどろどろ溶かされる。
優しさの海で、とろとろ溶かされる。
なんて、情けない。
自分一人で生きていける気もしない。
「…かぷぁ……。」
「……お、落ち着いたんやな。」
なんて都合のいい寄生虫ライフ。
「……お世話に、なりました。」
「…ちゃうやろ?」
けどさ。
いいじゃんね。
「………これからもよろしくお願いします、やろ?」
君のこと大好きなんだからさ。
「…しょうがないなぁ。」
「ちょ、なんで僕が甘えたみたいになってんねん!」
にやあ、と口角が上がってしまう。
抑えるのは、とてもめんどくさい。
「……ふぁ…。」
「…ん、眠そやな。」
いい感じ。
君のベルガモット。
「………寝る寝る。」
君に私を、押し付ける。
「んはは、やっとかいな。」
私を君が、受け止める。
「…おやすみ。」
君を私が、抱き締める。
「おやすみ。目覚めたら、次は朝や。」
私を君も、抱き締める。
君だけが、私にとっての月明かりだから。
ずっと照らしててください。
体が冷えないように。
道に迷わないように。
繋いでいる手が見えるように。
君の顔が良く見えるように。
向かって、歩いて行けるように。
そうして私は、暗い闇の中に落ちた。