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まこちゃんがいなくても

 師長や主任とも相談した結果、わたしに6年間のブランクがあることを考慮して、初めの1ヶ月は日勤のみ、朝の8時からお昼の12時までの1日4時間、週3日から始めることにした。

 まずは仕事を覚えることが最優先。それから少しずつ現場の環境や生活リズムにも慣れて行って、働く時間を増やしていく。そのあいだ、病棟の子どもたちとも触れ合うのも大事だ。わたしは担当になった患者さんを中心に、積極的に子どもたちと話すようにした。


 1人目。4才のりりちゃんは、望月先生の患者さんだ。

 普段の彼女は、かわいいものと魔法少女が好きな、ごく普通の女の子。甘いものも大好きで、おやつの時間にお気に入りのお菓子が出ると飛び上がって喜んでいる。苦いおくすりは嫌い。でも、望月先生に褒められたくてがんばって飲もうとしてくれる。健気なかわいい子だ。


 2人目。天明先生の患者さん、9才のルイくん。

 幼い頃から入退院を繰り返してきたせいで、年々わがままになってきている……とウワサの小学4年生。年頃の男の子らしく、わんぱくで、いつも走り回っている。「廊下で走り回るとあぶないよ」とは言っているけれど、素直に聞いてくれそうもない。まあ、反抗期だもん、そりゃそうだよね。口ではああ言ったけれど、一応、転んで怪我しないように目を光らせておこう。

 天明先生が巡回に来たときに限って、わがままが顕著になるのはきっと甘えたいからだよね。怒られているのもきっとわざとでしょう? 天明先生も天明先生で、ああ見えて、子どものことをよく見ている。初めはぶっきらぼうなだけだと思っていたのに、不思議なことだ。


 3人目のセイちゃんは、ピーマンと苦いおくすりが苦手で、どうしても食べられない5才の男の子。ピーマンはともかくとして、おくすりは苦手でも飲んでもらわないと困るから、我々看護師も相当に手を焼いている。ゼリー状のオブラートを使ったり、アイスクリームやプリンに混ぜてみたりしてなんとか飲んでもらっているけれど、うまくいかないこともある。混ぜるものによっては余計に苦くなったりするから大変だ。

 苦味を消すといえばタンパク質。ミルクやココア、合わせ味噌の味噌汁、カレースープなんかに混ぜると効果があるというから今度試してみよう。もちろん、飲んだらすぐにお茶を飲ませて口内に薬が残らないようにするのは鉄則だ。


 4人目は、りりちゃんと仲良しのココちゃん。としは1個下の3才。

 ビーズアクセサリー作りが好きで、よく、わたしにも小さなブレスレットを作ってくれる。器用な女の子だ。日曜日の朝には、プレイルームに行って、りりちゃんと大好きな魔法少女アニメを見るのがお決まりの日課。

 まだ3才ながらしっかりしていて、手がかからないのはちょっぴり心配でもあるけれど、忙しい日にはありがたい存在でもある。


 5人目は、1ヶ月近く経って、ようやく担当になった。

 天明先生の担当患者のひーちゃん。10才の小学5年生。

 もともとは外来の患者だったが、今回、一時的に入院することになった。わりとおとなしめの女の子だ。まだまだ知らないこともいっぱいだけど、これからたくさんおはなしして、もっともっと仲良くなれたらいいなあ。


 わたし、新卒だったあの頃ぶりに、忙しい毎日を過ごしている。気づけば、最近は悪夢を見る暇もなくなっていた。良い兆候だ。

 久しぶりの仕事が『楽しい』と感じたのは、子どもたちと触れ合うのが楽しかっただけではない。ナースステーションのほかの仲間たちにも恵まれたからだ。


 まず、師長は、気遣いのかたまりのような人。

 まこちゃんが「優秀な人だからきっと力になってくれる」と言っていたのがよくわかった。わたしが困っていると、さりげなく寄ってきて気遣いの言葉をかけてくれる。小柄で美人でかわいくて、大好きな上司、わたしの一番の『推し』だ。


 主任は、持ち前の明るさと豪快さで、なんでもフォローしてくれる。

 絶対的な安心感。

 主任がいるからこそ、わたしは、失敗を恐れずに仕事ができる。こんな風に思えたのは、生きてきて、初めてのことだった。


 水野さんは、気さくで話しやすい、頼りになる先輩だ。

『できる女』の師長が好きだと聞いたけれど、それは本当かな? それにしては何のアピールもしていない気がするのだけれど、どうしてもっとアプローチしないのだろう?


 『ノンちゃん』こと希未ちゃんは、とにかくかわいい。そして優秀な先輩でもある。だけど、前に女の子4人で天明先生と望月先生、どちらが好みのイケメンか盛り上がったとき、彼女だけ天明先生派だった。確かに良い先生ではあるけれど。あんな無愛想な男のどこがいいんだろう。


 奏絵さんは、ああ見えて、結構頼りになるお姉さんだ。ちなみに望月先生派らしい。だけど好きな理由が『分厚い胸板』だったのはちょっと変わってるのかも? 意外と筋肉フェチなのかな。だったら、水野さんとも案外、相性が良かったりして??


 『たまちゃん』こと珠恵さんは、優しくて、仕事のできるヘルパーさん。

 わたしたち仲良し4人組の中でも唯一の彼氏持ちだから、どこか余裕がある。若くても気後れしない。堂々とお姉さんたちと渡り合っているのは本当にすごいと思う。


 それから、天明先生。

 口は悪いけれど、結構、気が利く人だ。普段はあんなに無愛想なのに、子どもたちにはなぜか優しい。そのせいなのか、若い女子職員には妙に人気があるらしい。こないだ、更衣室で会った受付の女の子が、ナントカっていうイケメンアイドルに似ていると言っていたけれど、そんなに似ているのかな?


 望月先生は、肩幅も広いけど心も広くて、大らかな、優しい先生だ。

 こんなに『いい人』なのに、なんで彼女がいないんだろう。もしかして、ずっと片想いしている相手がいるとか? それで相手がめちゃくちゃに鈍いとか?? もしそれが本当なら……望月先生の恋、いつか成就してほしいなぁ。



***


 2ヶ月後。

 日々の仕事にもだいぶ慣れてきたところで、週3だった勤務を週5に増やしてみないかと言われた。時間も2時間ほど延ばして、1日4時間から、午前中とお昼休みを挟んで午後3時頃までの計6時間である。わたしは、ぜひやらせてください、と言った。

「助かるわ。無理のない時間から始めればいいとは言ったけれど、医療の現場はどこも人手不足でしょう。あなたは仕事熱心だし、わたしたちもそれには刺激をもらっているのよ。よく頑張っているね」

「ありがとうございます」

 週5日、1日6時間、変わらず日勤のみのパートだけれど、わたしとしては1ヶ月で随分成長したほうだ。週の所定労働時間が20時間以上になったから、これからは社会保険の加入対象になる。自立への第一歩、という感じだ。

 時間が長くなったぶん、子どもたちのことを見る時間も増えて、同僚とのコミュニケーションを図る機会も多くなり、わたしの1日は、ぐっと濃密なものになった。毎日が楽しい。ふさぎこんでいたころは考えられないほど、人生が豊かになっていくのがわかる。


 これからは夜勤にも入ってほしい、と言われたのは勤めて半年が経ったころのこと。

 確かに正社員やフルタイムのパートさん、派遣さんも多いなかで、日勤も夜勤もこなしている人も多く、わたしだけずっと『日勤だけ』というのも決まりが悪い。わたし自身も、そろそろ、日勤だけでなく夜勤もやってみたいと思っていたところだ。ちょうどいいのかもしれない。それに、最近は、例の悪夢を見ることもなくなったから……。

「ありがとう。あなたは本当に努力家なのね。とはいえ、初めての夜勤では不安もあるでしょうから、できるだけの配慮はさせてもらうわ」

 ということで、まずは、深夜0時から朝の6時までの6時間だけ入ることになった。これからは日勤も夜勤も合わせての、週5日だ。なんだかわくわくしてきた。

 わたし、いま、がんばってる。まこちゃんがいなくても、ひとりで生きていけてるんだ。


 そして……ついに初めての夜勤の日が来た。


 朝から、小学生の遠足みたいにドキドキしている。夜中の勤務のために今は少しでも寝ておきたいのに、まったくもって寝付けなかった。

 しかたがないから、十分な睡眠が取れないままで職場に来た。外来が閉まったあとの病院に来るのも久しぶりだ。いつもとは違う、誰もいない廊下を通り抜けて、これまたいつもとは違う、しんとした更衣室の中で制服に着替える。ナースステーションに着くと、既に病棟の灯りは消えたあとで、ステーション内だけがまぶしく光り輝いていた。

()()()()、リンちゃん。今日はよろしくね」

()()()()()()()()()、奏絵さん」

 今夜の夜勤は、わたしと奏絵さん。それと助手さんがひとり。

「リンちゃん、夜勤は初めてだっけ? 丁寧に教えていくから、少しずつ、一緒に覚えようね」

「はい」

 奏絵さんに付きっきりで指導してもらいながら、わたしは、夜勤でしなければならないことをひとつひとつメモに取る。6時までの勤務だから、夜中の巡回とおむつ交換や体位交換、資材整理などが中心だ。もちろん、患者さんが急変したときやトラブル対応、ナースコール対応には応えなければならない。

「疲れたでしょ? 先に仮眠行ってきていいよ」

 奏絵さんがそう言うので、お言葉に甘えることにした。実を言うと、昼間もあまり眠れなかったので、眠くて眠くてしょうがないのだ。このまま起きていたら、あわや大惨事になりそうなので、さっさと仮眠して次の交代に備えることにした。


 仮眠室のベッドにもぐって、静かに目を閉じる。そうしてじっとしていると、やがて深い眠りの世界がやってきた。

 ここが慣れない仮眠室だということも忘れて、わたしは眠りにおちていく……。


 真っ暗だったまぶたの裏に、いつのまにか、ぼんやりと見覚えのある景色が浮かんでいた。

**おまけの女子会


大野: 決めた! あたし、次の休みに天明先生を食事に誘うわ!

中川: ノンちゃん偉い! そうね、わたしも見習わないと……わたしも、望月先生に空いている日の予定を聞いてみよう。そしたら念願の初デートよ!

小林: お~。二人とも頑張って~。

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