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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

書き出しを探して「ら」に殺される

作者: 平之和移


 小説の書き出し。それは読者を作品世界へ誘う煌びやかな扉だ。さてそれで悩むは飾り方。どのような言葉で書けばいいのか、解らないまま暗い部屋で唸っている。


 書こうとしている小説は、宇宙で活動するタイプのSFもの。主人公は地球から地獄のような星へ流刑となる。そこで成り上がっていく話。


 プロットは書いてある。まず流罪としてロケットに乗せられているところから始まる。この状況に適切な文を考えて昼から夕方になった。


 これはもうドツボだ。これ以上椅子に座っても埒が明かない。外に出よう。アイデアとは、日常の何気ない所作から生まれる。マンションの暗い一室からではない。だが出るとしたら、作品に関係ある場所に行きたいものだ。


 本作の部隊は過酷な環境。ならば、そのような場所に行ってみることで何かしらのインスピレーションを掴めるのではないか。


 よし、紛争地に行こう。


 人の苦しみを過小評価する不謹慎な考えとは心得ているが、なぁにリアリティとはそのようなものよ。


 椅子から立ち上がり、棚から小銃を取り、動きやすい服に着替え、いざ出発。


 中東のどこかへ着く。最近大々的なニュースはないがここは危険地帯。乾燥すごいし人の目も怖くて後悔が行動を開始。だが人手不足の反乱軍はあっさりと私を受け入れた。これがジャパニーズ・面接術。第一印象は完璧だ。


 素人同然の上官に従って市街地を行く。響く銃声、鳴る爆発、轟く悲鳴は幻か。硝煙と血の臭いが鼻を衝く。お昼の太陽はサンサンと、天にあるのに地獄を照らす。


 家の壁に身を潜めた。


「おい新人。奥の土嚢に正規軍のクズがいる。撃ちまくれ!」


 上官の言う通り土嚢に向けて乱射。反動が肩を打つ。ありったけ撃ち込んだが死んだかどうかは判らない。とにかく撃つ。


 突如、大地が揺れる! 巨獣の来襲に私は震えた。唸るエンジン音は低くて鈍い。その正体は戦車。白黒の戦争映画に出てきそうな古臭い奴。だがそんな老兵は障害物を踏み散らし、機関銃で私たちの同胞を蹴散らしている。


 逃げなければ!


 浅い戦闘経験から逃げようとするも失敗。小鹿のように慌てふためいていたので、あっけなく戦車砲に吹き飛ばされた。新人のあらびきミンチだ。


 いやはや痛かった。戦いの緊張ばかりでインスピレーションもなかったし、やっぱり争いはよくないと思った。


 しかし私は諦めない。次は砂漠へ行こう。本作の舞台も砂漠をイメージしているのだ。より正確に言えば火星だが、NASAだって砂漠で火星研究をしていたんだ。真似したってバチは当たらない。バチ当たらなすぎだろ。仏ってばクソエイム。


 全身を包むヒラヒラとした黒い服。人を焼く太陽光線。砂しかない荒野。手抜きみたいに青い空。そしてミイラのように乾いた空気。自然にしては無彩色なこの地を徒歩で進む。


 にしてもこの服は意外と心地良い。民族衣装には合理的理由があると肉体で理解。されども喉が渇いた。カラカラだ。ペットボトル十分の一ぐらいしか体に水分がない。だが安心してほしい。遠くにオアシスが見える。ヤシの木に土造りの家、エメラルドのような水。なぜ東南アジアで生えているタイプのヤシの木があるのかはさておき、水がある。あそこへ行こう。


 三十分ぐらい歩いて、三時の方向から茶色の塊が迫る。砂嵐だ。粒子状の砂粒が私の目や鼻が口に入り、味覚へ不快な思いをさせる。世界は見えなくなり、痛くて目も開けられない。立ち往生していると、嵐は止んだ。砂を吐くため咳をし、見上げた荒野にオアシスはなし。


 あれは幻覚だったのか。昭和辺りで使い古されたて昨今あまり見なくなったあるあるネタに呻きながら、脱水で死亡(デット・エンド)


 なんということだ。砂にまみれて死体になったのに書き出しが思いつかない。


 そうだ、作品の始まりは流罪となっているのだった。ならば私も島流しにされようじゃないか。伝統ある流刑だ。


 早速最高裁判所へ。無事島流し、マスコミに報道されるなか乗船、南へ流れる。激しい雷雨と船酔い、そして捕りたてのマグロを食べながら島に着いた。


 南国由来のヤシの木、肌にまとわりつく湿気、雨のような空気、肌に密着する粗末な服。流された人としてここまでオールドファッションなのは他にないだろう。


 役人に案内された先には先住民キャンプ。元文明人らしいありあわせの知識で築いた生活が広がっている。話を聞くと、驚くことに学校があるそうだ。是非もなし。すぐ案内を頼む。

 

 雑に整備された道の先には掘っ立て小屋。屋根には雨を吸う草草。窓はなく穴がある。扉だってない。しかし学びを得ようとする意気は伝わる。中では人々が机を並べ、黒板に向き合っている。


 特に止められなかったので空いている席に座る。どうやら国語を学んでいるようだ。聞いてみよう。


「△さん、人に物を頼むにはどう言えばいいでれすか?」


「はい、オレ困ってるんですけど、助けれますか?」


「まぁいいでしょう。すみませんを使ってるとよりいいでしょう」


 ムムムムム。違和感が彼らへの指摘を求めている。しかし私もたまに似たような言葉を使ってしまうことがある。言うのは怖い。


「さて次は……黒板見れますか?」


「ちょっと待ってください」


 あー我慢できなかった。私は立ち上がる。


「先ほどから”ら”抜き、”い”抜き、”れ”入れなどが見られます。素人が言うのもなんですが、間違った言葉遣いを教えることは、学校として間違いではないでしょうか」


 オドオドと言ったが、この場にいる者の目が変色していくのは止められなかった。


 彼らはわなわなと立ち上がり、私に向かって歩みを進める。そのうちの一人が言う。


「いを奪おう」


「えっ。やめろー!」


 奴は私に触れ「 」を奪った。確かに「 」がぬけおちた感覚がある。なんと うことだ。


「次はらだ」


「やめるんだ!」


 さらに触れ れた。「 」がなくなった。


「れだ」

 触 てきた。「 」がな 。もう逃げるしか い。


 すでに囲ま 、追いつめら た。だがあき めん。私は飛び掛かってきたものを足蹴にして外に出て、全力で走った。島を超え海を超え自宅にたどり着いた。おや、抜け落ちた言葉も帰ってきたぞ。


 さて、暗いマンションの一室、机の前に座り込み、書き出しを考える。……ダメだ。思いつかん。


 よし、別の場所から書こう。

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