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嵐の海へ泳ぎ出す

 夜が明けても空は暗いままだった。

 風は低く唸り、重たく湿った空気が体にまとわりつく。


 こんな空気は嫌い。

 こういう日は水の中の、うんと深いところへ潜ってしまうに限る。

 波が荒れてもわからないくらい、うんとうんと深いところへ。


 ワタシは地底湖の底で体を丸めてじっとしていた。

 こうして水の流れに身を任せて漂っていると、生まれて間もなかった頃を思い出す。


 流れに連れ去られてしまわぬよう大切に抱えてくれていた母の腕。不機嫌顔でぬっと現れては去っていく深海魚たち。

 つい数日前までいたはずの場所なのに、随分と懐かしい景色のような気がする。


 あの海へ帰りたい。


「美海ちゃんっ!」


 ああ、奈波がワタシを呼んでいる。


 いっそ奈波にも尾びれが生えてくれたらいいのに。

 そうすれば何も気にせず一緒に海に行けるのに。


 ワタシはぼんやりと考えながら水面に浮きあがった。


「美海ちゃん……、よかった」


 奈波は泣きそうな顔をしていた。

 目に大粒の涙を浮かべながら、「セーラーフク」が濡れるのも気にせず地底湖に飛び込んできた奈波を見てワタシは後悔した。


 ――我々人魚には不思議な能力(ちから)があって、それによって意図せず人間を魅了してしまう。

 そこに男も女も、老いも若きも関係ない。

 何より恐ろしいことに魅了された人間も、魅了した人魚も幸せになることは決してないのだから絶対に人間に近付いてはいけないよ。


 母の言葉が思い出される。

 濡れて重くなった「セーラーフク」を引きずるように泳ぐ奈波を抱き留めながらワタシは母の言葉の重さを痛感していた。


「私ね、美海ちゃんに置いていかれたのかと思って……。本当に本当に不安だったの」


 ワタシの背に回された奈波の腕は力強く、このままひとつの生き物になってしまうのではないかと思うほど互いの体が密着する。

 かすかに甘い奈波の匂いがワタシを包んだ。


「美海の身体、冷たいね。海とおんなじ温度だ」


 涙で潤んだ声で奈波は笑う。

 その笑顔があまりに素敵すぎて、ワタシの心に魔が差してしまった。


 潮が満ちて地底湖と海が混じりあっている。


 今なら帰れるんだ。あの狂おしいほど懐かしい海へ。

 奈波にも魚たちが舞い踊る美しい景色を見せてあげたい。


 途中で力尽きてしまってもいい。

 その時は奈波と一緒に海に還ろう。


 ワタシは奈波を背中に乗せ、思い切り尾びれを振った。

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