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美海の回想

 あの日、ワタシは待ち合わせをしていた。

 恋人の礁弥(しょうや)と会うために。


 礁弥がワタシを見付けやすいようにと夜光虫を引き連れて、いつもの沈没船で待っていたのだ。

 けれど、それがいけなかった。


 夜光虫の光を目印にやってきたのは礁弥だけではなかった。

 そのことに気付けないままワタシは礁弥の元へ()()を引き連れたまま向かってしまった。


「危ない!」


 ホオジロザメだったのだろうと思う。

 礁弥の悲鳴に近い叫びで反射的に振り向いたワタシの目に入ったのは、視界を覆うほどの巨体と鋭く尖った獰猛(どうもう)な牙だった。

 すんでのところで礁弥がワタシの手を引いてくれたからサメに噛まれずに済んだけれど、サメの興味は彼の方に向いてしまった。


美海(みみ)、あっちへ」


 礁弥が指をさす。

 その指先をサメの視線が追っていた。


 礁弥は平静を装っているが、ワタシたちの力でどうこうできる相手ではない。

 それを百も承知でこの場から逃がそうとしてくれたのだ。

 そんな礁弥の優しさに応えるため、彼と別れたワタシは助けを呼ぼうと人魚の里の方へ急いで向かった。


 ところが、運悪くその途中でまた別のサメに鉢合わせてしまった。

 幸い体も大きくない子供のサメだったので私の泳ぎでもどうにか振り切ることができたけれど、その時には礁弥がいるのがどちらの方角か見失ってしまっていた。


「しょうやぁ……」


 名前を呼んでも返事をしてくれる彼はどこにもいない。

 泣きながら礁弥を探して泳ぎ回って、力尽きそうになった時に目に入ったのが海から繋がるこの洞窟だった。


 ここなら比較的水深も浅いからサメが追いかけてくることはないだろう。

 そう思ってしばしの休息のために洞窟の奥へ体を横たえた。


 朝になるとワタシの周りにはゴツゴツとした岩が剥き出しになっていた。

 干潮になると海とは切り離される洞窟だったらしい。

 いくら混乱していたからって気付かずに迷い込んでしまうなんてワタシは馬鹿だ。


 体が乾いてしまわないように深く水が溜まっているところへ移動して満潮を待とうかとも考えたが、礁弥のことが頭をよぎる。

 彼は無事に逃げ延びることができただろうか。

 不安で居ても立っても居られなくなったワタシは意を決して岩場を這って移動することにした。


 腕が、お腹が、尾びれがギザギザした岩に擦れて削り取られる。

 初めての陸上では肺呼吸もままならない。

 息苦しさに喘ぎながらワタシは必死で身をくねらせた。


 海まではあと十メートルほどあるだろうか。

 これが水中なら尾びれをひと振りの距離なのに。

 朦朧とする意識の中、腕を伸ばして岩を掴む。


 あと少し、あと少しで海だから……――。


「えっ!? 人魚……?」


 頭上から声が聞こえた。

 視線を上げて目に入ったのは二本の足。

 人間だ。


 人間は残酷な生き物だから決して近付いてはいけないと母さまから言われていたのに。

 陸に上がったワタシには逃げることすら叶わない。


 ただデートの約束をしていただけなのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 ワタシは絶望の中目を閉じた。




 意外なことにワタシは死ななかった。

 洞窟の奥に見えていた少し深く水が溜まった地底湖のようなところへ運ばれ、寝かされていたのだ。


 岩に擦ったお腹や尾びれには包帯が巻き付けられていた。

 あの時の人間がやってくれたのだろうか。

 水中に顔が沈まないように寝かせてくれていたおかげか、ワタシは知らず知らずのうちに肺呼吸を体得していた。


「……ぅ……ぁ」


 間もなくしてワタシは肺呼吸の大きな代償に気付く。

 声が出せなくなっていたのだ。

 それは水の中でも同じ。


 かつて人魚の里を捨て人の世界へ恋焦がれた娘がいたという。

 人間と同じ足を手に入れた彼女は代償に声を失い、人間に恋をし、恋に破れて泡となって消えた。その逸話は人間界にも残っているそうだ。


 人魚は人間の世界に来ると声を失ってしまうのだろうか。

 ワタシも人間に恋をして泡となって消えるのだろうか。

 とりとめもない考えは洞窟の天井をぐるぐると回り続けた。

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