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何もかもが理不尽

 リチャード・ナイトは妻の物が運びだされた家の中で呆然としていた。


 ほんの一か月前まで仲の良い夫婦だった。それがあっという間に離婚となった。


 妻のクララと結婚でき本当に幸せだった。そのうち子供がうまれ、子供達が成長するのを二人で見守り、愛する妻を一人にしたくないので死ぬ時は二人同時に死ねたらと思っていた。


 それが友人達と家で飲もうと集まった時に、同僚でもある友人が連れてきたあの女――同僚の女がリチャードの人生を変えた。


 男だけでのんでいる場所に女性を加えるべきではなかったが、すでに気持ちよく酔っていたので連れてきたなら仕方ないと女を家に入れた。


 同僚の女は前々からリチャードに好意をみせていたが、リチャードはその女に興味がなかった。


 しかしクララに同僚の女に気を持たせるような態度をとるなと注意されたことがあった。


「優しくされて笑顔を向けられたら誤解するものよ。女性との関わり方には気をつけて」とクララはいった。


 クララはリチャードの職場に差し入れをもってくることがあり同僚の女とも顔見知りだった。リチャードは同僚の女が誤解するようなことはしていないので大丈夫とながしていた。


 あの夜のことは酔っ払っていたので記憶がまだらなこともあり、なぜあの女が帰らずリチャードの家に居座ったのか記憶がない。


 友人達の話をつなぎ合わせると、解散となった時に友人があの女を送ろうとしたが、リチャードに送ってもらうと言い張ったらしい。


 それなら少し酔いをさましてから送っていくとリチャードがいったので友人達はそのまま帰った。


 そのあと女がリチャードの体を好き勝手にしたようだが、リチャードは飲み過ぎていたので事はなされなかった。


 そのことは不幸中のさいわいだったが、自身の母をふくむ女性達は信じなかった。


 ある意味それは当然といえた。裸の男女がすることなどひとつだ。


 しかしあの日のリチャードは交合するための部分が酔いすぎて機能しなかった。しかしそれを証明することはできない。


 男性はそのあたりの事情を理解してくれたが、交合そのものはなかったとしてもそれ以外のことがあったことを否定するのはむずかしく、うかつだったといわれた。


「酔っ払っている人間を裸にして自分の欲望をとげようとした方が悪いだろう」


 リチャードのその言葉にほとんどの人が何もいわず、あいまいな表情をうかべ同意できないという雰囲気をただよわせた。


 あの女にはめられたというリチャードの主張を分かってくれたのは、幼馴染みであり親友のノアだけだった。


「リチャードのいう通りだ。これが男女逆なら絶対男が悪いとなる。酔っ払った女の子を裸にした卑劣な男といわれるはずだ」


 リチャードはノアの言葉に救われた。


 男女の体格差や力の差を考えると、女性が男性の体を無理矢理好きにするなど出来ないという思い込みがある。しかし酔っているなど男が抵抗できない状況はある。


 そのことをクララにだけは分かってもらいたかった。あのような状況になったのは自分の意志ではなかったことを、裏切るつもりなどなかったことを。


 しかしその思いは届かなかった。愛する人に自分を信じてもらえない。それだけでなくリチャードをみて吐いてしまうクララは、全身で自分を拒んでおりリチャードの心をすり減らした。


 あの晩いっしょに飲んだ友人達がリチャードを励ますため集まった時に、その中の一人がリチャードだけでなくクララも被害者だということを忘れるなといった。


「お前が自分は被害者だっていうのは分かる。でも立場を逆にして考えてみろよ。たとえば俺とクララが裸で寝台に一緒にいるのをお前がみたとする。


『何もしてない。酔っ払って服を脱いだだけ』といわれて納得できるか? 


 本当に服を脱いだだけだとしても、夫以外に見せるべきではない裸を妻が他の男に見せてたら頭にこないか?」


 彼の言う通りだった。もしクララが他の男と裸でいるところを見たら逆上するだろう。情交はなかったといわれても信じない。


 自分以外の男がクララの体にふれたらと考えただけで怒りがこみあげる。


 クララが吐くほどリチャードを拒否した気持ちがようやく分かった。クララは実際に裸であった夫とあの女の姿をみている。激しい怒りがあったはずだ。


 しかしリチャードはクララを裏切るつもりなどまったくなかった。その気持ちがクララに通じないことに、そして自分を信じてくれないクララに苛立ちと怒りがあった。


「……でも本当にクララを裏切る気などなかったし、あの女が酔っ払ってる俺を好き勝手にしたせいなんだ」


 友人が大きく息をはいた。


「お前の気持ちは分かる。でもお前が何といおうと妻のいない間にあの女と裸で一緒にいたという結果は変わらない。


 お前だけじゃなく、俺たち全員が酔ってたせいで判断を間違えた。あの女を飲み会に加えるべきじゃなかった。


 あの女、お前の同僚だしごく普通の女の子にみえた。まさかあんなことするとは思わなかった……」


 友人のすまなそうな顔をみて怒りがふきあがる。あの女を連れてきたのは彼ではない。しかし誰もあの女が加わるのを反対しなかった。


「お前らが、誰か一人でもあの女が加わるのを拒否してたら――」


「いい加減にしろ!」


 女を連れてきた同僚の友人が突然大声をだした。


「お前に同情してる。あの子に悪いところがあったのもたしかだ。


 でもお前はクララがあの子への接し方を変えてほしいといったのに変えなかったよな? 俺らにクララがかわいい嫉妬をしてくれるってのろけてた。


 もしクララにいわれた時にあの子への態度を変えてたら、こんなことにならなかったんじゃないか? 


『リチャードも本当は私のことが好きだけど、結婚してるから積極的に私のことを口説けないのよ』ってあの子に思わせたのはお前じゃないのか?」


「まてよ。何だよそれ? まさかそんなこと――」


「ないといえるか? あの子におだてられて、まんざらでもない顔してただろう。すごいっておだてられていい気になってただろう。


 あの子にかわいいとかいってたよな。お前にしたら大した意味はなかったかもしれないが、あの子にしてみれば好きな人にかわいいっていわれたんだ。意味があるように思うだろう」


 リチャードはまさかという気持ちでいっぱいだった。社交辞令でいったことが誤解をうむとは。


 たしかにあの女にかわいいといった。しかしそれは自分をほめてくれるお返しの意味でしかなかった。それが思わせぶりな態度になるなどリチャードは考えもしなかった。


「お前がクララに誤解をときたかったのは分かるが、俺は悪くない、あの女にはめられたって言いながらクララに謝ったようだが、そんな謝り方クソだろう」


「……だって本当のことだ。だから……」


「クララにしたら開き直ってるようにしか思えなかっただろうよ」


「でも…… 俺は、クララを裏切ってない。あの女が――」


 同僚がわざとらしいため息をついた。


「こんなこと言いたくないが、あの子が本当にひとりでお前を裸にできたと思うか? お前が自分で積極的に服を脱いだかもしれない可能性を考えたことないのか?」


 頭を殴られたような衝撃がおそった。まさか自分が積極的にあの女の誘いにのっていたかもしれない――。


「酔っ払いの男を寝台に移動させるだけでも大変だ。だからお前が自発的に動いたと考えた方が自然だろう」


「やめろ! ちがう! 俺はそんなことしてない、してない! クララを裏切ってない!」


 ノアが何度も同僚にやめろといっていたが同僚の口はとまらず、ノアがつかみかかってやめさせた。


 すべてが理不尽だった。


 ただの同僚でしかない女が勝手にリチャードにのぼせあがりすべてを壊した。クララを失い、周りからも理解されない。リチャードは打ちひしがれた。


 クララの気配がまったくしない家を見回し、リチャードはこれが夢であったならと思う。すべてが夢で目をさませばこの家にクララがいて、愛していると抱きしめてくれる。


 あの女にすこしだけ愛想よく接しただけだった。


 あの女が憎い。すべてを壊したあの女が憎い。すべてあの女が悪い。あの女のせいで。


 ――クララも被害者なんだ。


 ふいに友人のいったその言葉がうかんだ。


 ずっとクララに裏切っていないことを信じてもらいたいと、そのことで頭がいっぱいだった。


 リチャードをみて吐いてしまうクララが、すべては誤解だと分かれば吐くことはないはずだと必死だった。自分を全身で拒否するクララをみるのは胸がつぶれた。


 クララを失いたくないとあせり、自分の気持ちをぶつけることしかしなかった。


 それだけでなくたった一度の酒での失敗を許さないクララに過剰反応だと思う気持ちもあった。


 あの夜のことはリチャードにとって事故としかいいようがなかった。それを分かってもらえない不満と苛立ち、そして怒りがくすぶっていた。


 そのためクララも被害者だということまで気が回っていなかった。クララも被害者としてずっと苦しんでいたのに。


 クララを愛している。何があっても彼女を失いたくなかった。離婚などしたくなかった。


 一度だけでよいのでチャンスがほしい。やり直したい。


 リチャードは戸棚にある酒をすべてとりだした。


 もう二度と酒での間違いをおこさない。


 リチャードは酒を流し台にぶちまけた。

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