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光につつまれて

 日の光をうけ新緑がつややかにかがやく気持ちのよい午後、クララ・ナイトはヒューゴをつれ買い物をしようと店にむかっていた。ヒューゴがクララの手をはなし走るので馬車にひかれないよう抱きあげた。


 すっかり重くなったヒューゴを抱っこするのは大変になってきたが、丸いやわらかなほっぺたに頬ずりする楽しみにはあらがえない。


 クララがヒューゴの頬にキスをし再び歩きはじめると様子のおかしい男がこちらに歩いてくるのがみえた。


 男をさけるため四つ角を曲がろうとしていると、


「クララか? 何でクララがこんなところに――。もしかしてその赤毛はリチャードの子か?」


 名前をよばれ話しかけられたが男に見覚えがない。


「何だよ、お前ら。いつの間に復縁したんだ? 浮気されたのにそんなにあの男がいいのか?」


 手入れされていない髪やひげ、服装も乱れだらしない格好なので一目見ただけでは分からなかったが、リチャードが王都で働いていた商会の同僚だった男だと気付いた。


 リチャードとよく一緒に酒をのんでいた同僚の男で、この男があの女を家での飲み会に連れてきた。


「なあ、リチャード稼いでるから金あるだろう? ちょっと俺、困ってるんだ。金貸してくれよ?」


 急に馴れ馴れしい態度になったかと思うと金を貸せといい、自分が知っている男とは別人のようだった。


「なにお高くとまってんだよ。離婚した傷物女が」


 好き勝手にひとりで話している男の姿は明らかに異様だった。身なりが荒れているだけでなく、独り言のように思いついたことを口走り正気ではないかもしれない。


 酔っ払っているか、あやしい薬に手をだしたのか、普通の状態ではなさそうだった。


 抱っこしているヒューゴを男から隠すためにかかえなおし、相手を刺激せずこの場をはなれなければと頭を働かせる。


「そういえばあの子がどうなったか知ってるか? 馬鹿だと思ってたけど、本当に馬鹿だったよ。


 リチャードに純潔を無理矢理うばわれたといえば親が自分とリチャードを結婚させてくれると思ったんだってよ」


 男がおかしそうに笑う。


「そんなこといったら純潔かどうか調べられると思わないのかって話だよな? 嘘がばれて親が怒り狂い更生施設に送られたってよ。


 馬鹿すぎるだろう? 笑えよ、クララ。馬鹿な女のせいでリチャードは強姦男にされそうになったんだ」


 この男がいっていることが事実なのか、妄想なのかどちらか分からないが、あの女のことなど知りたくもない。


「更生施設なんて犯罪の一歩手前なことをやらかしたり、貞操観念のゆるい女を矯正する場所だから娼婦のたまり場だ。貞操観念が矯正されるどころか娼婦に感化されるだけだろうに」


 甲高い声で男が笑う。


 クララは一秒でもはやくこの場をはなれたいが男がクララからずっと視線をはずさない。


 もしクララが視線をはずせば襲いかかってきそうな不気味さが男にあり、クララは男におびえをみせないよう腹に力をいれ視線をはずさず逃げるチャンスをうかがった。


「リチャードは若い女の子の人生をかえといて、自分は妻と復縁して幸せにしてるなんてありえないだろう? なあ、クララ。そう思わないか?」


 怒りがこみあげ男を怒鳴りつけそうになったが、腕に抱えているヒューゴが動いたことで冷静になれた。


 クララはヒューゴを守ることだけに集中する。


「かわいそうな女の子への贖罪に金をだせよ。困ってるんだ。そのぐらいできるだろう?」


 よく分からない論理をふりまわす男に金をなげつけ追い払いたいが、近所での買い物はつけ払いなので持ち歩いていない。


 繁華街から少しはなれた場所で周りに人がいない。


 全力で走るしかないと覚悟をきめたクララは、あの女を家に連れてきたこの男のせいでという怒りで一言いわずにいられなかった。


「汚い! 負け犬!」


「ざけんな!!」 


 つかみかかろうとする男から逃げるためクララは全力で走った。ヒューゴを守るため死ぬ気で走る。


「クララ!」リチャードの声がした。


 振りかえるとリチャードがクララを追いかけていた。


「こわかっただろう。大丈夫か?」


 安心したとたんヒューゴが泣いているのに気付いた。ヒューゴは怖さのあまり泣いていたようだが、クララはずっと男に集中していたので気付かなかった。


 リチャードに抱っこをねだるヒューゴの姿をみて母親失格だと胸が痛いが、「罪悪感ではなく幸せを」心の中で罪悪感で自分を責めないようにする言葉をとなえた。


 男はリチャードと同行していた自警団の団員に捕らえられていた。


 元同僚の男はまずリチャードの職場にあらわれ金の無心をし追いだされたあと、リチャードと共に男の飲み仲間であったリチャードの親友、ノアの所へいこうとしていたらしい。


 義父がリチャードに男の様子がおかしいので、ノアに男のことを知らせにいく前に自警団によって一緒にいってもらえといったおかげで男をとりおさえることができた。


「まさかあいつがクララ達と鉢合わせるなんて寿命が縮むかと思った」


 リチャードがヒューゴとクララの無事をたしかめるように何度も体にふれよかったとつぶやいた。







 初夏の目が火傷しそうなほどまぶしい光に照らされ、オレンジ色にかがやく髪をふりみだしたリチャードとヒューゴが走っている。


 カイトをとばしに空き地にくると、リチャードがヒューゴに競走だといって駆けはじめ、ヒューゴがリチャードのあとを必死でおっている。


 二人が走っている姿をみながらクララは一か月前にあったリチャードの元同僚の訪問を思い出していた。


 結果的に元同僚の男はこの地にきたことで自身の首をしめた。


 男は自警団にとらえられたあと国の警備と治安をになう保安隊に引きわたされた。


 男は賭博にはまったことから借金漬けになり働いていた商会の金を横領し、ありとあらゆる知り合いから金を借り逃げ回っていた。


 王都にいられなくなった男はリチャードとノアのことを思い出しこの町にきた。


 男はリチャードにもあの女についての話をしたらしい。男がいったことが本当であろうが嘘であろうがリチャードもクララもどうでもよかった。


 あの女が引き起こした過去は変わらない。


 二度と自分たちの前に現れるなとしか思わなかった。


 クララとリチャードは二人の関係をきずきなおしていた。


 お互いの間にできてしまったわだかまりや不安をなくすのは簡単ではなかった。


 クララにとって一番の問題は、罪悪感と自責の念にかられ自分を罰しようとしてしまうことだった。


 クララはヒューゴとリチャードに罪深いことをした。


 リチャードはもともと気持ちの切り換えが早く嫌なことがあっても引きずることはないが、離婚にかかわることは別だった。


 リチャードは寝ている時にうなされることがある。それがクララに捨てられる夢のせいだと知ったのは関係をきずき直しはじめてからだった。


 回数は減っているがリチャードは今でもまだ夢でうなされる。


 そのようなリチャードをみて罪悪感をもたないなど無理だった。


 しかし三人の幸せのためにクララは乗り越えなくてはいけない。


 すっかり習い性となってしまった自責の念にかられた行動を変えるのはむずかしく、「悲劇の主人公でいるのが心地いい」と酒場の中年男をあざける言葉を思い出し自分をふるいたたせた。


 あの時そのようにいった男を無神経で人の気持ちがまったく分からない非情な人間だと思った。


 しかしいまはなぜ親友に恋人をうばわれた中年男がそのようにいわれるのか分かる。


 自分自身をみじめにさせることが習慣になると、その状態にひたっている方がみじめさを解消する努力をするより楽になる。


 自分をかわいそうな状態にしておけば現状を変えないことへの言い訳になり、苦しかったりつらいと感じると何らかの償いをしているような気分になれた。


 しかしその状態は誰も幸せにしない。クララが他人を巻き込まずひとりで不幸にひたっていられるなら好きなだけ悲劇の主人公でいればよい。


 しかしヒューゴとリチャードを巻き込まず不幸でいることは不可能だった。


 二人を幸せにするためにいつまでも悲劇の主人公でいられない。


 とはいえヒューゴに「ママきらい」「パパのほうがいい」といわれると胸をえぐられ、リチャードの不安そうな表情をみると申し訳なさで泣きたくなる。


「なぜ私がこんなつらい思いをしなくてはならないの」自責の念にかられた言動をしてしまうと怒りがわきおこり、そのような自分をあわれんでしまいクララは苦しみ落ち込んだ。


「習慣を変えるのは大変だ。勝手に体や考え方が習慣通りにうごく。


 クララはこれまでずっと自分を責めつづけてきてそれが習慣になってる。だから自分を罰しようと行動してしまうのは仕方ないんだよ。あせらず変えていこう」


 リチャードからのなぐさめを支えにクララは少しづつ幸せになる習慣を身につけ直している。


 クララは空き地を走り回るヒューゴとリチャードをみてこみあげる愛おしさに幸せをかんじる。


 大切な夫と息子。この世の中で誰よりも幸せにしたい。


 二人に追いつこうとクララも走る。


 まぶしい光につつまれ、燃えるという言葉がふさわしいあざやかな赤毛の男達のもとへ。


 クララと幸せを分かち合う二人のもとへ。

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