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幸せという罰

 日の光をうけオレンジ色にかがやく髪をなびかせヒューゴがクララ・ナイトにむかって走ってくる。


「ママー!」


 クララに勢いよくぶつかるヒューゴを受けとめ小さな体を抱きしめる。「ヒューゴ、大好き」というと笑い声がする。


 クララの所へ走ってくるまでヒューゴと手をつないでいたリチャードが、「仲間はずれはうれしくないなあ」ヒューゴとクララの二人をまとめて抱きしめた。


 ヒューゴを真ん中にし三人で手をつなぎ家へもどる。


 クララはずっと涙をこらえていた。


 胸が張り裂けそうだった。ごく普通の家族のように振るまっていることがつらかった。


 家族としての生活を乱すような顔をしてはいけない。自分に許されるのは笑顔だけだ。ヒューゴを悲しませるようなことはしない。ヒューゴに幸せを与えることだけを考える。


「手伝うよ」


 洗濯物をたたんでいたクララの隣りでリチャードもたたみはじめた。


 最初の結婚生活でもリチャードは家事を手伝ってくれたが、復縁してからもそれは変わらなかった。


 クララは離婚するまで裕福な家庭で家庭教師として働いていたが、復縁したあとはヒューゴを育てるため家にいる。家事はクララの仕事で手伝わなくてよいとリチャードにいっているが、一緒にやった方が早くすむと手伝うことをやめなかった。


 クララはヒューゴを育てるためにリチャードと復縁した。


 子を捨てたクララがヒューゴを引き取り育てるなど許されないので、クララがヒューゴを育てるにはリチャードと結婚する以外方法がなかった。


 もしヒューゴが他家の養子になっていたら自分で育てることなど不可能だった。リチャードがヒューゴを引き受けてくれていたからこそ可能なことだ。


 現状に不満をもつなど許されないのは分かっていても、つらいと思う気持ちをクララはどうすることもできなかった。


 港町で男として、エリオット・オコナーとしてリチャードと再会した時に、一生顔も見たくない相手ではあったが、以前のように吐くことなく話すことができたので一緒に暮らせるだろうと思った。


 リチャードと離婚した時には自覚していなかったが妊娠していた。離婚前にリチャードをみて吐いていたのが、どれだけがつわりで、どれだけがリチャードを受けつけられずに吐いたのかは分からない。


 リチャードに対し吐くほどの拒絶感はなくなっているが裏切られた記憶は消えていない。


 ヒューゴの世話をしていればリチャードとの接触は最低限におさえられると思っていたが、リチャードがこれまで通りヒューゴの世話をするのでクララが思うよりもはるかにリチャードと接することが多かった。


 しかし復縁してからリチャードが、


「最初からやり直したい。だから書類上では夫婦だけど出会ってゆっくり関係をきずこうとしてると思ってくれればよいから。クララが嫌がることはしないから安心してくれ」といった。


 クララは夫婦にもどったのだからとリチャードから以前と同じ関係を求められるだろうと覚悟していたので、リチャードのその言葉はありがたかった。


 クララにとって復縁はヒューゴを育てるためだけのものなので、リチャードとの関係は表面的に問題なくみえるだけでよく、関係をよくすることは考えていなかった。


 クララはそのことをリチャードに何もいっていない。ヒューゴのためにずるく立ち回ることも、人にほめられないことをするのもいとわない。


 生きる屍だ。人から何と思われようと気にしない。ヒューゴを幸せにすることだけを考え生きていくだけだ。それがヒューゴを捨てた自分に唯一できることだった。


 クララがリチャードと復縁して気付いたのが、酒好きだったリチャードが断酒したことと、教会で定期的に保護活動をしていることだった。


 断酒について「もう二度と酒での間違いをおこしたくない」とリチャードがいった。


 クララはそれを聞き、もしあの日リチャードが酒を飲んでいなければ、あのようなことは起こらなかっただろうか? と考えた。


 酔うと理性が働かなくなるのは分かるが、あの件に関してはそれだけでないものが絡んでいる。


 リチャードは口ではあの女に興味がないといっていたが、あの女を好ましく思う気持ちがあったはずだ。


 もし出会う順番がちがっていればリチャードと夫婦になったのはクララではなくあの女だったかもしれない。


 リチャードはクララを愛しているというがクララは信じていなかった。


 リチャードがクララと復縁したのは罪悪感と同情からだろう。結婚の誓いをやぶったことへの罪悪感と、子を捨て男として生きていたクララをあわれんだのだろう。


 優しい人なので変わってしまったクララを見過ごせず、復縁して夫婦にもどったのだから愛しているふりも必要と思っているのかもしれない。


 同情も見せかけの愛もいらない。ヒューゴのために幸せな家族のふりができるだけで十分だ。


「ノアがこっちに帰ってくる」


 リチャードの幼馴染みで親友のノアのことはクララもよく知っている。二人は家業をつぐため王都で修行していたので、クララはノアと顔を合わせることが多かった。離婚の話し合いにもノアがリチャードにつきそっていた。


 ノアはリチャードとクララが復縁してすぐに王都から会いにきて、「よかった」と何度もいって涙ぐんだ。


 気のよい彼をだましているようで心が痛んだが、そのような痛みもすべてのみこみヒューゴを幸せにするとクララは決めた。


 ノアは王都での修行をおえ実家へもどってくるという。これから顔を合わせることが多くなるだろう。


 少し気が重いがリチャードの妻であるクララがノアを完全にさけることはむずかしい。


「ママ」


 小さな体が足にまとわりつく。二歳になるヒューゴは構ってほしいとまだ言葉でいえない。


 ヒューゴを抱きしめ大好きと顔中にキスをしながら、クララは心の中でヒューゴにあやまっていた。クララがヒューゴとはなれている間にヒューゴの多くの「はじめて」を見逃している。


 はじめて寝返りをうった時、はじめて言葉を発した時、はじめて歩いた時、それらをクララは見ることができなかった。


 ヒューゴはクララが自分の側に長くいなかったことを覚えていないだろう。気にする必要はないといいクララをなぐさめる人はいるだろう。


 でもクララだけは絶対に忘れてはいけない。自分の子を捨てたことを。自分のことしか考えない母親であることを忘れてはいけない。


 洗濯物をたたみおえたリチャードが、ヒューゴを寝かしつけるために抱きあげクララと目が合うと「愛してる、クララ」といった。


 苦しい。幸せになってはいけない自分が、幸せといえる状況に身をおかなくてはいけないことが苦しい。


 リチャードはヒューゴを寝かしつけると、そのまま一緒に寝てしまうことが多い。


 クララは二人が寝ているのをたしかめたあと、戸棚の奥から男性用の服を取りだした。エリオットであった時に着ていた服を人に譲ろうと思っていたが、サイズがあいそうな知り合いが思いうかばずそのまま持ってきた。


 クララは酒がのみたくなると男装し酒場にいっていた。リチャードが断酒したので家にまったく酒をおいていない。そのため酒をのむには酒場にいくしかなかった。


 できるだけ姿形がかくれるよう、頭をすっぽりおおうフードのついたコートを男装したあとはおる。


 近所の人達や知り合いにクララが男装していることや、男しか出入りできない酒場へ行くのを見られるわけにはいかない。そのためクララは隣町の酒場へいっていた。


 クララは辺りの様子をさぐったあと外へでた。


 女性としてごく普通な身長のクララは男装すると少年に思われがちだ。家を出入りするところを誰にも見られないよう気をつけているが、もし誰かに見られたとしても少年が出入りしているようにしか見えないはずだ。


 クララは素早く家からはなれ辻馬車をひろい酒場へとむかった。

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