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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

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〈85〉砂漠の王子18



「やぁ、やっぱりお見通しかァ」


 食堂の、例の大型新人だ。ニコニコしながら近づいてくる。

 ゼルは間違いなく『兄者』と呼んだ。


「何年も前に会っただけなのに、よく覚えてるなァ」

「その特徴的な喋り方は忘れん。可愛がってくれたしな。あとその頃からそこだけ伸ばしてたな? 髪の毛」

 ゼルは淡々と返す。

「なるほどォ。これは願掛けなんだよォ……なあゼルヴァティウス。俺のためにさァ」


 背中の半ばまで伸びている、ひと房だけ長い後ろ髪をくるくる弄びながら、さらにニコニコと近づいてくる。

 テオの毛が逆立っている。

 ジンライは、ごくりと大きく唾を飲み込んで、気丈に立っている。


「シイッ」

 ヒューゴーが、突如()()を回し蹴った。


 バチィッ!


 大きな音がして人が吹っ飛ぶが、すぐに空中でくるりと回転して、何事も無かったかのように着地する。


「ハリーさんっ!?」

 

 その人影が誰か判明したレオナは、思わずその名を叫んでいた。

 いつもよくしてくれて、新しいレシピや食材を喜んでくれた、食堂の人の良さそうな調理人が、殺気を放って向かってくる。徒手空拳だが、オーラだけで戦闘能力が高いと分かる。

 

「なぜ……」

 シャルリーヌも、驚きとショックを隠せないようだ。

 

 あのにこやかな好青年は、もういない。

 

 レオナは即座にシャルリーヌを庇うように、廊下の壁を背にギリギリまで壁に寄った。シャルリーヌは、恐怖のあまり現状を把握しきれていないようで、素直に従っている。

 

「挟み撃ちとは、なかなか小狡(こずる)いじゃねえか」

 ヒューゴーはニヤリと笑いながら、ハリーと対峙しつつ『兄者』への警戒もする。

「騙されねえけどな」

「……」

 ジリジリ近づいてくるハリーは、一言も発さない。

「ちょっとあいつを諭してやって欲しいんだァ」

「……俺は、アザリーに戻る気はない」

 ゼルは両方のアザリー人に交互に視線を配りながら、キッパリと告げる。

「うん、俺もそう言ったんだけどねェ。全然信じないんだよねェ」

 タウィーザは立ち止まり、ポリポリと額をかいて苦笑いをする。

「ほら、ハーリド。聞いたかァ? 本人もそう言ってるだろォ?」

 ところが、ハーリドと呼ばれた男は、顔を歪めてそれを必死で否定し始めた。

 

「ゼルヴァティウス様! 闘神シュルークの生まれ変わりの貴方こそが! アザリーの王となるべきなのです!」

「あ? シュルークなんて知らねえ」

 ゼルの声が、怒りで沸騰して震えている。ヒューゴーの肩を押しのけ、ハリー、もといハーリドに対峙する。

「おいゼル……」

 ヒューゴーは、ゼルを止めようとして、やめた。

 これは、ゼルの問題だ。

 

「何を仰います! ゼルヴァティウス様は、この者達に騙されているのです! 全ては貴方のために! 私の兄も、私も!」

「……はぁ? 今が初対面だろう。兄って誰だ?」

「太陽神殿で、あの日貴方様に儀式を施した神官こそ!」

「……何っ」


 途端にバリバリと、ゼルの怒りが身体から魔力として満ち溢れる。


「おお! やはり闘神っ」

「……き、貴様の兄が……父王に俺のことを言ったのか?」

「おお、おお、左様でございますとも! 貴方様こそ、我々のお導きで王となる……」

「うるせえっ!!」

「っっ」

「くそ! こんなヤツらのために、母さんは……」

「全ては! 神の(おぼ)し召しです!」

 ハーリドは床に両膝を着き、両手を開いて手のひらを胸に向け、親指だけ交差させた。イゾラのポーズだ。そしてうっとりとゼルを見上げ、祈りを捧げる。

「嗚呼! 創造神イゾラの愛する息子、闘神シュルークよ! 貴方様に直に相見えることこそが、私の至高! 本懐(ほんかい)にございます! 貴方様のためならばこの命」


 ボウッ


 ゼルの髪の毛が逆立ち、全身が黄金の炎に包まれたかと思うと、パキィ、と音がして何かが床に落ち――シャリン、と小さく鳴った。


 イヤーカフ……


 レオナは気づいたが、とても拾いに近寄れない。

 黄金の瞳が、憐れな狂信者を捉えて逃がすまいと、怒りで燃え上がっているからだ。



 ――皮肉にも、その姿こそ、まさに闘神。

 


「お前のような身勝手な押し付けは信仰ではない」


 静かに話しながらゼルは、乱暴にブーツを脱ぎ、靴下を脱ぎ、裸足になった。


「ただの戯言(ざれごと)だ」

 ひたり、ひたり、と近づきながら、タイを乱暴に緩めると、無音で構える。

 ぶちぶちと音が鳴って、盛り上がった筋肉が、制服のジャケットとシャツのボタンを吹っ飛ばす。

「な、な、な」

「お前も、お前の兄も、俺にとっては、ただの『母の仇』だ」


 コオッと吸って、カアッと吐く。

 ブロルに教わった、体術。

 習い始めた当初に見せてくれたものよりも、何倍にも練り上げられているようだ。なにせゼルもまた、()()されている間、ルーカスに鍛えられていた。


 ポカンとするハーリドの腹に。


「……殺すのだけは我慢してやる」


 ずん、と一瞬でその拳がめり込んだ。


「ぐがあっ!! あ゛あ゛! あ゛あ゛!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」

 ハーリドは、あまりの痛みに悶絶し、緑色の吐瀉(としゃ)物を撒き散らしながら、床をのたうち回った。


「えげつねえ。わざとだな」

 ヒューゴーが、肩から力を抜いた。

「内臓のどこかは破裂しているだろう。ここはマーカムだ。沙汰を下すのは俺ではない。だが」

 カカッ! と黄金の瞳が再び光った。

「我が母の苦しみは、その比ではなかったはずだぞ! 思い知れっ!」

「っ!!」

 これこそまさに、ハーリドにとって天誅(てんちゅう)では、とレオナはこの光景を目に焼き付けた。暴力で蹂躙(じゅうりん)するのは好きではない。だが、ハーリドとその兄が勝手に行ったことを思えば……レオナはゼルの心の痛みを想像し、目を(つむ)ることしかできなかった。


「やはりこうなるかねェ」

「タウィーザは、何しに来た」

 ゼルが闘気をそのままに、振り返る。

「ん? もちろん、ザウバアとハーリドを止めにだよォ」

 両手を挙げて降参のポーズで、何事もなかったかのように応えるタウィーザは、どこか浮世離れしていた。

「だったらなんで料理なんかっ」

「思いの(ほか)、楽しくってえ」

「……」

 ゼルが頭を抱えた。

「ぐあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 一瞬の油断をつき、ハーリドがゼルの手首を掴もうとしたのを、咄嗟にタウィーザが庇い、その手首を掴まれる。

「ぐっ」

「ハハハハッ! やっ……た……」

 そして、ハーリドは気絶した。

「あー……やられたァ……」

 タウィーザが、大きな溜息をつく横で、ヒューゴーが指示を出し始める。

「テオ、騎士団本部に」

「は、はい。侵入者で一報入れます」

「助かる。あとジン」

「はいっ」

「結界助かった。怖かっただろう。よく頑張ったな! お陰で誰にも気づかれていない」

 よいしょと、気絶したハーリドを雑に廊下の端に寝かせるヒューゴーは、涙目のジンライを労った。

「あ、は、はいっ! ぐすっ、お役に立てて良かったっす!」

 ジンライがフィリベルトから託された結界の魔道具は、防音と撹乱(かくらん)。範囲内でどれだけ暴れようが、誰にも認識されない高度なものだ。ジョエルの指示でリンジーが盗った、キマイラの貴重なアイテムのうちの一つから作られている。

 膨大な魔力消費を引き起こすのがネックで、実用化には至らなかったのだが、ジンライによって日の目を見ることができた。(ちなみにフィリベルトは、こういったややこしい一点物を作ることを好んで研究している。)

 

「……その手首は」

 指示を出し終えたヒューゴーが、タウィーザを真剣な顔で見る。

「うん……油断しちゃったなぁ、ここまでするとはねェ。仕方ない。面倒かけるけど、弟のこと頼むよォ」

「っ、確かに承った」

「ふふ、ありがとねェ」

「なんの話だ?」

 ゼルが闘気をしまい、尋ねるも

「あー」

 とヒューゴーはポリポリと頭を搔く。

「大丈夫。なんでもないよ、ゼルヴァティウス」

 タウィーザは、優しく微笑んだ。

 

「シャル、大丈夫?」

 レオナがハッとして背後のシャルリーヌを振り返ると、目をギュウッと瞑ったままコクコクと頷かれた。賢い彼女らしい対処だな、とレオナは思う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「あ!」

 唐突にタウィーザが叫んだので、全員が一斉に何事かと注目した。

「俺、不法入国だわぁ。捕まるかなァ? えへ」

 そして全員が一斉に脱力する。

「……おいゼル、アザリーの奴らって全員ろくでもねえな」

 呆れ口調でヒューゴーが言うと

「あ? タウィーザとあの阿呆だけだろ?」

 ゼルがブーツを履きながら不思議そうに言う。

 タウィーザが手のひらを拳でぽん、と叩いた。

「そういや、ザウバアにも会ったんだってねェ。あいつも大概だもんねェ」

「「おまえが言うな」」

「わーお! なかよしィ!」

「「仲良くはない!」」

 三人でわちゃわちゃしている中に、恐る恐るテオが切り込む。

「あの、えっと、そろそろ騎士の方、来ちゃいますけどっ」

 ヒューゴーが

「あー、ゼルと俺とこいつら残して撤収……」


 ガション、ガション


 ところが既に、遠くから帯剣が鳴る音が近づいて来ている。帯剣が鳴る、ということは通常装備がサーベル状のメイン武器と、式典用装飾短剣の二本差しである――

 

「お? やたら早……って近衛か! しまった」

 どうやら近衛が動くのはヒューゴーの計算外だったようだ。思いの外早く到着してしまった。しかも、よりにもよってジャンルーカとルスラーンだ。

「あー……」

 わしゃわしゃと頭を搔くヒューゴーに

「しょうがないよねェ」

 あくまで、のほほん姿勢のタウィーザ。

「マーカムへの不法入国は、結構な罪のはずだぞ」

 ゼルの忠告にも

「知ってるよォ」

 と、まるで他人事だ。

 

 マーカム王国は、創造神イゾラの導きによって開墾された豊饒の地、という()()()()()()()国である。他国へ出るのは簡単でも、入るのは難しいので有名だった。だからこそザウバアは合同での公開演習を目論んだのだが。


「侵入者との通報が! ……って皆さんお揃いで」

 ジャンルーカが、苦笑しながら歩み寄る。

 ルスラーンは、その斜め後ろに無言で従い、油断なく視線と覇気を巡らせている。

「ごきげん麗しゅうございます、ジャンルーカ様、ルスラーン様。御足労頂き、大変恐縮にございますわ」

 即座にレオナが、簡易なカーテシーで挨拶をする。

 この中で最も高位なのは、本来であれば王子たるタウィーザとゼルだが、タウィーザは不法入国の疑いがあり、ゼルは亡命で伯爵令息扱い。つまり、不本意ながら公爵令嬢であるレオナが、第一位であると判断したからだ。


「ご機嫌麗しゅう、レオナ嬢。早速で申し訳ないですが、状況をお聞かせ願えますか?」

 ジャンルーカは、視線でルスラーンにハーリドの拘束を促し、ルスラーンは無言で頷き動いた。

 この近衛筆頭は、誰に対しても常に敬意を持って接してくれるが、今日はさすがにいつもの柔らかな物腰ではなく、尋問のそれに近かった。

「それが、その……動揺してしまって……宜しければ、ヒューゴーにその役目を託したく存じます。この場にいる私達、お昼からずっと一緒におりましたの。発言の整合性は後から取って頂けますと助かりますわ」

「なるほど。ではヒューゴー君」

「はい。手短に申し上げます」

 ヒューゴーは、気絶しているハーリドをルスラーンに引渡しながら発言をする。


 いつも通り食堂で昼食を済ませ、皆で講義に向かっていると、なぜか調理人のハリーが殺意を持って襲ってきたため撃退した、という非常に簡単な説明だった。


「……なるほど。襲われたのはゼル君――いえ、ゼルヴァティウス殿下であらせられる、と」

「いつも通りで良い、ジャン殿。その通りだ」

「ありがとう。その瞳は……」

「ん?」

 言われてゼルは気づき、両手で自身の耳に触れる。

「あ、ゼル。途中で壊れたみたいなの」

 レオナが床に落ちたそれを拾い、ゼルに手渡すが

「なるほど、すまん。……むう、壊れているな……」

 と困り顔である。

「魔道具だったのですね」

 ジャンルーカが事情を察してくれた。

「ああ。災いの元だからと色を隠している。薔薇魔女と同様、厄介なものだ」

 ゼルが苦笑で返す。

「なるほど……」

「あ、そうだわ! ゼル、良かったらこれ」

 レオナが手持ち鞄から出したのは、街歩き用眼鏡。

「お? ああ、街歩きの時のか」

「ええ、少し小さいかもしれないけど……よいしょ」

 レオナは取り出して広げ、ゼルに掛けさせようとする。

「!?」


 全員が、動揺してそれを見ている。

 ――まるで夫の用意を整える、妻のような仕草だったからだ。


 ゼルは、もちろんそれを知った上で、素直に従った。

 ルスラーンは、無意識にハーリドを拘束する腕に力が入るが、気づいてはいない。下手したら骨を折るどころか腕ごと引きちぎってしまう、とジャンルーカはそれを見てハラハラしている。

 ヒューゴーは、主人の迂闊(うかつ)な行為に頭を抱えたくなり、テオは、なぜか分からないが赤面した。

 そしてジンライは、カッとなりつつあるシャルリーヌの気を()らすべく、密かに腐心(ふしん)していた。


「なんか、夫婦みたいだねぇ」

 全員の緊張感を見事にぶち壊してくれたタウィーザに、皆こっそり感謝したのは言うまでもない。

「えっ!? まぁ、私ったら! ごめんなさいっ!!」


 ――やはり天然だったか……と胸を撫で下ろすことができたからだ。

 ゼルだけは、余計なことを、とタウィーザを睨んでいたが。

 

「失礼致しましたわ」

 と、レオナが思わず、といった様子で苦笑いしたので、この緊迫した場が少し緩んだ。

「ゼル、少しだけ賢く見えるわよ」

 シャルリーヌが呆れたように言う。この確信犯め、と目が告げていた。


 バタバタ、バタバタ

 バタバタ、バタバタ


 次々と騎士団員が増援にやってきて、講義終わりの学生達もやってきてしまう、と場の撤収を急ぐことになった。

 ハーリドにはすぐに備品のポーションが与えられた。騎士団本部の休養室に運ばれ、念のため治癒士を呼んでもらえることになった。

 

 タウィーザは『巻き込まれた一般人ですよゥ』を押し通すことにしたようだが、結局ハーリドと同様に、騎士団本部へ連行されることとなった。




書いてから気づきました。

ゼルのスーパー○イヤ人感に……

無意識でしたよ!ほんとです!


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