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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

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〈59〉初めて街歩きするのです



「俺は巡回任務に戻ります」


 一人、演習場を去ろうとするルスラーンを、慌ててレオナは引き止めた。

「あ、お待ちになって!」

「?」



 

 約束の物を渡さないと!




「あの、これ宜しかったら! 皆様に作ってまいりましたの」

 持ち込んでいたバスケットから、取り出したのは紙の箱。

 中に詰めた三種類のクッキーは、はちみつ、プレーン、イチゴジャムで、疲労回復のおまじない付きである。

 ルスラーンのは紫のリボンで、ジョエルは紺、ジャンルーカはロイヤルブルー、テオはブラウン、ゼルはゴールド、とイメージカラーで分けてある。

 アイドルに差し入れしている、ファン気分なのは気のせいだろうか? と心の中では推しにプレゼントを渡す心境のレオナだ。

 

「覚えていてくれたのか」

「もちろんですわ。どの味が美味しかったか、後で教えて頂けると嬉しいですわ!」

「ありがとう」

 ルスラーンは、嬉しそうに笑うと鼻の頭がくしゃりとなる。それが可愛くて、思わず見つめてしまう。紫の優しい瞳が見つめて返してくれて、心臓が少し跳ねた。

 

「すごーい、作るの大変だったでしょー?」

 ルスラーンの肩越しに覗き込んでくるジョエルのお陰で、動揺する前に我に返れた。

「いえいえ、やっとお渡しできますわね」

「うれしー! 結局ラジに食べられちゃったからさー」

「ふふ、良かったですわ!」

「え、これ俺達にも?」

「ええ、ゼル様も甘いものが大丈夫であれば、是非」

「おおー! 金のが俺のか! 嬉しいな!」

 ゼルは耳のイヤーカフ。テオは髪と瞳の色。

「僕にまでありがと」

 いえこちらこそ、とむしろテオの照れ顔ご馳走様なレオナである。

「私にも頂けるのですか。これが噂の……」



 

 ちょっとジャン様、噂って何!?


 


「最高に美味しい、手作り薔薇魔女クッキー、うまー!」


 


 え、ジョエル兄様もう食べてるの! てか噂広げてる犯人てもしや……


 


「副団長、行儀悪いすよ」

 では任務に戻ります、と苦笑しながら、ルスラーンは踵を返し

「……後でゆっくり食べるよ。じゃあまた」

 とレオナにだけ言ってくれる。

「はい、また! ごきげんよう」

 レオナは、去って行く長身を見送ると、ちょっと寂しく感じたが、また会える、と気を取り直す。

 

「……ちょーっとまずったわー」

 振り返れば、ジョエルが口の周りに食べかすを付けたまま、浮かない顔をしている。

「調子に乗って派手にやり過ぎちったなー。ジャンやルスまで来ちゃったからねー。イーヴォじゃ、どうしても見劣りするよねー」

「それは……」


 確かに、副団長直々の指導と比較すると見劣りしてしまうのは致し方ないだろう。さらにジャンルーカは近衛筆頭であるし、ルスラーンがドラゴンスレイヤーなのは、周知の事実である。ハッキリ言って豪華すぎる。


「僕もう、教えに来られないかもなー……先に謝っとくー」

「団長は、副団長へのあたりがきついですからねえ」

 ジャンルーカ、何気にぶっちゃけすぎでは? とこちらが焦るくらいの大胆発言だ。

 

「団長が来れば良いのにな」

 とにやりなゼル。

「僕は、ヒューさんがいれば、誰が教師でも大丈夫です!」

 テオ、それは完全にファンの発言である。

「俺は教えられるほどじゃ……」

 謙遜するヒューゴーに

「あとは任せたー」

 と、後ろから抱きつくジョエル。

「ウゼエ。けどまあ誰が代わりに来ても、大丈夫なようにはします」

「ありがとヒュー、愛してる!」

 抱きつかれたまま頬ずりされてしまって

「……殴っていっすか?」

 と心の底から嫌そうなヒューゴーに、レオナも同情する。

「いいと思う!」

「え、レオナひどーっ」

「ぶははは」

「クスクス」

「うくくく」

 楽しい剣術講義も、もしかしたら今日までなのかな、と思ったら、寂しくなったレオナだった。


 


 ※ ※ ※


 


 講義の後、レオナはランチの時の約束通り、シャルリーヌとヒューゴーと共に馬車で街に向かった。

 フィリベルトは、やはりカミロとしばらく研究室に籠りきりになるそうだ。その代わり

「街歩きに備えて作っておいたよ……念のためにね」

 と薄い茶色のレンズが入った、伊達眼鏡をくれた。なるほど、瞳の色は隠した方が良いか、とレオナは納得した。気をつけて行っておいで、と疲れた顔で言ってくれたフィリベルトに、またクッキーでも焼こうと思った。

 

 馬車の中で、

「私、街を歩くのは初めてだわ」

 早速眼鏡を掛けながらレオナが言うと

「尚更本人と行った方が良かったのに」

「俺もそう思います」

「うぐ」

 シャルリーヌとヒューゴーからの、集中砲火である。



 

 だって、二人で街を歩くなんて、私にはハードルが高すぎる!

 それに、お付き合いもしていない男女が、二人でお出かけしても良いものなの!?

 私には分からない〜!


 


「とりあえず、雑貨屋が多めのところで降りましよ」

 シャルリーヌが先導してくれる。

「ああ、あの辺なら色々ありそうですね」

 とヒューゴー。

 ついていきます! とレオナは改めて気合いを入れた。



 王都の誇るショッピングストリートは、貴金属店やオートクチュールが軒を列ねる高級エリアと、雑貨屋やカフェが並ぶ一般エリアとに分かれている。中央広場には噴水があり、その周りに食べ物の出店がある、デートスポットでもある。


 復興祭ではこの広場に野外ステージが組まれて、演劇やダンスショーをやっていたらしい。レオナも見たかったが、シャルリーヌが成人を迎えてから、二人で一緒に行こうと約束したので、来年のお楽しみになっている。

 

「レオナ、何かイメージしているものはあるの?」

 シャルリーヌに聞かれるも、実際はさっぱり分からない。

「男の人って、何が欲しいんだろう……」

「レオナ様がくれるものなら、何でも嬉しいのでは」

「それはあなたでしょうよ、ヒューゴー」


 


 うーんうーん。


 


「あ! 今日クッキーを差し入れしたのよ」

「皆さん喜んでましたね」

「えっ、皆にあげたの?」

「そうよ? 剣術の時間に差し入れで……」



 

 いけなかった!?



 

「……はー。この子はほんとに、鈍感というかなんというか」

「えっ」

「まあそこが良いところですし」

「どこ!?」

「そうね……今たまたま悪い方に出てるだけよね」

「ええっ、悪かった!?」


 しゅーんとしつつ、まずは文具屋に入ってみる。

 上質なインクと紙の匂いが漂う店内には、様々な羽根ペンや付けインク、便箋が置いてある。

「あ、このカード可愛いわ!」

 早速レオナは、薔薇の模様が入ったカードを見つけた。

「あら、良いじゃない。贈り物に付けたら?」

「こちらに素敵な封筒もありますよ」

 とりあえず出だしは順調にお買い上げができた。

 

「じゃあ次は〜……どうする?」

 シャルリーヌが店を出ながら考えてくれているが、なかなか良い考えが浮かばないようだ。レオナは

「ねえヒュー、騎士様が持ち歩くものって何かしら?」

 と聞いてみる。

「装備以外ってことですよね」

「ええ」

「うーん……近衛の私物となると……財布、ナイフ、余裕がある人は時計って感じですかね。基本屋内もしくは街中勤務なんで」

「外だと?」

「火打ちセットとか、針と糸とか、カトラリーとか、任務によってですね。騎士にこだわらなくても、それこそペンとか、ハンカチーフとか、小物でも良いのでは」

 

 なるほどだ。

 

「そういえば、あのね、初めてお会いした夜会で、タキシードにラペルピンを付けていらしたのだけれど」

「なるほど、なかなか自分では買いませんね」

 ヒューゴーが頷き、

「ルスラーン様ほどのお方なら、王都にいらっしゃれば夜会のお誘いは多いかもしれないわね!」

 シャルリーヌも同意してくれたので、メンズの衣服店へ行ってみることに。



 

 お誘い……多いよねきっと……


 


 艶かしいドレス姿の美女達に、笑顔で対応するルスラーンを想像するレオナは、勝手に気分が沈んでしまう。



 

 凹むな〜成人扱いとはいえ、私はまだまだお子ちゃまだもんなあ。うう。


 


 カラロン、と品の良いドアベルが鳴る、こじんまりとしたテイラーに入ってみる。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 店主は初老の品の良いおじさまで、王立学院の制服姿である三人にも丁寧な応対をしてくれたので

「あの、贈り物に何か良い物がないか、探していて」

 こういう時は正直に言った方が良いかなと判断した。

「なるほど。大変不躾ですが、お相手の方は男性でいらっしゃると?」

 途端にレオナはカアーッと頬が熱くなる。

「ふむふむ。となるとこのあたりはいかがでしょう」

 返事できていないが、どうやら悟ってくれたようだ。

 

 ベルベットの敷いてあるトレイに、次々とタイリング、ラペルピン、ネクタイピンなどを並べてくれる。

「こういった小物でしたらいくつあっても困らないですし、お値段も手頃なものがございます」

 凝ったデザインのものも、シンプルなものも、どれも素敵だった。男性のスーツって、結構細かいアクセサリーが豊富なんだなと関心しつつ見たが、正直、交流試合優勝のご褒美となると、レオナにはピンと来なかった。申し訳ない気持ちでいると

「ゆっくり迷うのもまた、楽しみでございますよ」

 にこやかにフォローしてくれた店主には感謝である。

「すみません……」

「いえいえ、どうぞ色々見ていってくださいませ」

 一通り店内を見てから、また来ますと声を掛けてお店を出た。

 

「ピンと来てないみたいね?」

 シャルリーヌが気遣わしげで、申し訳ない気持ちになるレオナ。

「……うん、なんか、ああいったものを好んで身に付けられている気がしなくて……」

「それは分かる気がします」

「ルス様は、そのまんまで十分素敵だし……」

「「!」」

「うーん。あとは何があるかしらね」


 


 あれ、二人の顔が赤いぞ? 暑い?


 


「無自覚怖い」

「……これが毎日続くんすか」

「頑張ってヒュー」

「ウス」



 

 え? 何の話?




「あ、ごめん! 私このお店ちょっと見てくるから、待ってて!」

 シャルリーヌが、急にテイラーの隣のお店に入っていく。

 ヘアアクセサリーのお店のようだ。ショーウィンドウを何気なく眺めると、凝ったヘアピンや、ヘアクリップが並んでいる。宝石や魔石を使ったものもあるようで、少し高級なお店のようだ。

 

「ヒューゴーは、マリーに何か買わないの?」

 レオナは窓から店内を見つつ、彼に問う。

「うー。正直苦手すね」

「ほら、あのオレンジのとか、すごく似合いそうじゃない?」

「どれすか?」

「あの奥のやつ」

「んー?」

 ヒューゴーが、レオナの背後から額に手をかざしてウィンドウを覗き込む。ガラスが影になったので、また少し見やすくなった。

「ほら、あの三つ石が並んでるの」

「あー、いいすね。前髪邪魔そうな時あるし」

「ね!」

 振り返って微笑むと、ヒューゴーの肩越しに、長身の男性が見えた。いつもと違う、黒のマントを身に付けた第一騎士団の制服で、大通りを挟んだ向こうに立っている。

「あっ」

 レオナは慌ててヒューゴーの身体から顔を出して、ひょこりとお辞儀をしてみる。すると、ひらり、と軽く手を振り返してくれた。やはりルスラーンだ。

 

「どうしました? ……あ」

「ルス様が」

「っ! やべ」

 慌ててヒューゴーも振り返って頭を下げる。

「すみません、レオナ様」

 下げたまま、彼は言う。

「えっ、どうしたの?」

「……誤解されたかもです」

「誤解? って?」

 レオナが腑に落ちないでいると、ルスラーンはもう一度手を振って、行ってしまった。剣術講義の時に言っていた通り、巡回任務中なのだろう。

「はぁー、やらかした」

 ヒューゴーが頭を上げ、さらに天を仰いだ。

「お待たせ……って、どうしたの?」

 店から出てきたシャルリーヌが、ヒューゴーを見て首を傾げた。



 ヒューゴーがかいつまんで説明をすると、シャルリーヌは眉を少し寄せて

「……ごめんね、私が待たせたばかりに」

 と。レオナは謝られる理由が思い当たらない。

「ううん? 良く分からないけれど、私は大丈夫よ。何を買ったの?」

「これ、ヘアクリップ。ジョエル様にあげようと思って」

「え」

 ヒューゴーがその名前を聞くと固まるのは仕様です。

「書類仕事の時、前髪邪魔って愚痴ってたから。……その、これのお礼にね」

 シャルリーヌがこれ、と言うのは、馬蹄(ばてい)の形をしたペンダント。蹄の中央には青い石がはめ込まれている。

 まさかそれが、破邪の魔石だなんて夢にも思わないであろう、素敵なデザインだ。前世ならエル●スかカルティ●か、とも思うが、実は馬蹄はブノワ家の紋章でもある。

 

 シャルリーヌが買った銀色のクリップにも、青い石がはめこまれていて、男性が使っても違和感のなさそうなシンプルなものだった。というかいつの間に、ジョエルとそんな会話をしたのだろうか。

「片目じゃますます肩凝るわよって言ってるのに、面倒くさがってるのよね。これなら簡単に止められるでしょ。ほんとはレオナみたいに、何か作れたら良いんだけど、私不器用だから」




 シャルさんすっげえ〜……



 

 さり気ない女子力の高さ……というかそういう感じのを私も探したい! とレオナは強く思った。

 身に付けられるもの、持ち歩くもの……何か作る……

 

「あっ!」



 

 ピンと来たぞ!


 


「「?」」

「ありがとう、シャル! 思いついたわ!」

 顔を見合わせるシャルリーヌとヒューゴー。

「手芸屋さんに行きたいんだけれど、この近くにあるかしら?」

 針と糸はマリーが豊富に持っているはずだ。

「それなら、そこの通りを入ったところにあったと思うけど……?」

「連れて行って!」

「決まったんすか?」

「ええ!」

 パタパタと店に向かい、二人はレオナの言う通りのものを店内で探してくれた。多少時間はかかるかもしれないけれど、次の剣術の講義ででも渡せたら良いな、とレオナは頭の中で計算する。二人に考えを話すと

「……なるほど」

「すごい、絶対喜ぶと思う!」

 二人ともうんうん、と賛成してくれた。


 

 よし、頑張って作ろう! と決意するレオナなのであった。

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