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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
最終章 薔薇魔女のキセキ

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227/229

番外編4 薔薇魔女の結婚式 前

 いつもありがとうございます。

 薔薇魔女公開一周年記念の番外編となります。つまりはほぼオールキャスト! で頑張っております。

 お楽しみ頂ければ幸いですm(__)m


 


「やっぱり、来るのね……はぁ」


 ローゼン公爵邸にある、私室。

 レオナは、執務机に向かう姿勢で盛大なため息をついた。


「どうされたのです?」


 育児休暇のマリーに代わって側付きメイドを(にな)っているスイが、心配そうに尋ねる。

 

 レオナは、自身の結婚式の準備で忙しい毎日に、さすがに嫌気がさしていた。招待客へのお礼状の準備、ウエディングドレスの最終確認やお披露目お茶会の手配、新居候補選定……とやることが多すぎるのだ。

 

「ブルザーク帝国皇帝陛下がね、絶対出席するって言って聞かないの」

「な……るほど」

「んもうー! アリスター殿下やお兄様の結婚式には出なかったのに、なんで私のには出るのよ! ややこしいじゃない!」

「やはり、ご婚約のお申し出を断ったからじゃないですか?」

「だからそれ、全く覚えがないのよ」

「ディートヘルム様のは、覚えがあるのに?」

「ディートには、直接言われたし」


 憂鬱そうなレオナの態度に、スイがぴんときた顔をする。


「あ。もしかして。皇帝陛下には一瞬グラッとした、後ろめたさがあったりして?」

「っ」

 


 ――鋭いなあ、スイ……

 公開演習でお茶をそろえて待っていてくれた時はね。弱っていたのもあって、ほんのちょっとだけね。



「だって、ゼル様がいらっしゃると聞いても平気ですもんね~?」

「……」

「ディートヘルム様も、マクシム様も」

「……」

「カミーユ殿下も」

「もー、からかわないでよ!」

 


 ――だって、あのスパダリ皇帝陛下だよ! もし私に少しでも恋愛経験値があったのなら、きっとあのアプローチに陥落したんだろうなって思う。思い返せば、だけど。


 

「ルスラーン様が聞いたら、ブルザークが滅亡しますね」

「言わないで」

「言いません」


 

 ――ルスラーンと出会わなかったら、きっとブルザークに嫁いでいたんだろうなって、うっすら想像しちゃったのよね。

 でもここに『皇帝ルート』はないから。



 レオナは、お礼状を書いていたペンを置いて、スイが淹れてくれたお茶に口を付ける。立ちのぼる湯気で少し頬が潤い、緊張が多少は緩んだ気がした。

 

「ふう。せっかくキーラちゃんとも仲良くなれたしね……また会いたいわ」

「ブルザーク皇帝陛下の、生き別れだった妹君殿下ですね。明るくて元気な方でしたものね……って……、全っ然気づきませんでした! 申し訳ございませんっ!」


 スイが突然、ガバリ! と直角のお辞儀をした。

 

「ん?」

「その……扉の向こうにですね、あの……」

「げえ!」


 レオナが即座にティーカップを置いて立ち上がったのを合図に、急いで姿勢を直したスイが恐る恐る扉を開けると、大層不機嫌なルスラーンが立っていた。眉間のシワが深い。


「あー。任務が早く終わったから。驚かそうと思って来た」

「はい」

「その、聞き耳を立てたのは、悪かった」

「……はい」

 

 スイがダラダラと冷や汗をかきながらそそくさと退室していき、入れ替わりでルスラーンが部屋に入ると、彼はパタンと扉を後ろ手に閉じる。

 レオナは、いじけられるか()ねるか、どちらだろう? と密かに身構えた。


「……やっぱり、皇帝の方が良かったか? なんて、前の俺だったら聞いたんだろうな」

「えっ」

 ところが、想定外のセリフが降ってきた。レオナが驚いてルスラーンを見ると、なんと優しい紫が微笑んでから

「レオナは、俺を選んだ。だろう?」

 そう言って、両手を広げた。――もちろん、レオナは駆け寄ってその中に飛び込む。

「ルスッ」

「あまり手伝えなくて、すまない」

 ギュッと抱きしめられた後で頭頂にキスが降ってきたので、レオナが喜びと共に見上げると、熱い瞳で見つめられていた。

「愛しているよ、レオナ」

「っ、わたくしも!」


 ちゅ、ちゅ、と頬や瞼への軽いキスの雨の後、物足りない! とばかりに唇でねだるレオナへ少しだけ応えた後で

「あー、これ以上は止まらなくなる。あと、見せたくないしな」

 嬉しそうなルスラーンが言い

「せやなー、わいも見とうないわ~」

 いつの間にか、扉とは真逆の窓際に現れていたのは、伝説の隠密こと第三騎士団師団長のリンジーだ。

 足元にはじわじわと黒霧がにじみ、窓枠に腰をもたせかけて両腕を組んでいて、逆光。濃い紫の長い前髪が隻眼を少し隠している。


「リンジー! 久しぶりね!」

「レーちゃん、元気そうで何よりやわ。そこのポンコツ近衛筆頭と一緒に、閣下のところで警護体制の打合せしててん。ついでに寄ってみてんけどぉ、お邪魔やった~? ニシシ」

「はあ。今の聞いたか? 相変わらずポンコツ扱いだぞ。どうにかしてくれよ、ご主人様」


 ルスラーンの腕の中にいるレオナへと、もったいぶった歩調でゆっくりと近づいてくる隠密は、逆光で見えなかったが――徐々にはっきりとしてくるその顔には予想通り、意地悪な笑みを浮かべている。

 

「ポンコツやろが~い。ま、過去の男で動じなくなったところは、多少褒めたってもええけどな?」


 これには、レオナが目を白黒させて抗議する。

 

「過去って!? 違うし!」

「ちがくもないやろ~帝国であんなことやこんなことが」

「リンジー!?」

「ウケケケ」


 リンジーは、完全にレオナをいじって笑っている。

 が――

 

「レオナが愛しているのは、俺だけだ。もう動じない」

「ふえ!?」


 後ろから強くハグされた上での、ルスラーンの男らしい宣言に、レオナの頬が真っ赤に染まる。

 

「うーわ。逆に鬱陶(うっとう)しいでこれ。レーちゃん、ほんまにこんなんでええの? わいに乗り換えるんなら今のうちやで?」

「乗り換えません!」

「残念やわ~」

「譲らん……が。万が一俺が死んだら、リンジーに託したいけどな」

「ルスー!?」

「うっは。相変わらずシャレの通じんやっちゃ……言われんでも任されとくから安心し」

 

 レオナは、目をパチパチと(しばたた)かせる。


「どうした?」

「どないしたん?」

「え、と。いつの間にかすごい仲良しね?」


 ルスラーンとリンジーは顔を見合わせてから

「あれだけ勝負してたらな。俺の勝ちだけど」

「はあ? 今んとこ、わいの勝ちやし」

 それぞれ同じようなことを言って、ふたりしてニヤッと笑った。


 ――ほんっと男の人って、殴り合うと仲良くなるのね、とレオナはため息をついた。




 ※ ※ ※




 コンコン。

 

「はい?」


 ルスラーンと自室のソファに並んで座り、招待状の確認と式の段取りを説明していたレオナは、唐突なノック音に顔を上げた。


「レオナ様。ゼル様からの先触れにございます」


 執事のルーカスが、丁寧な所作で伝えに来た。

 

「ゼル?」

 レオナがルスラーンの顔を窺うと

「……俺も立ち会おう」

 快く頷かれたので、

「分かったわ!」

 胸がざわりとしつつ、答える。


「かしこまりましてございます。ガーデンにてご準備をさせていただきます」

「お願いね」


 ルスラーンが首を捻る。


「いったい先触れを出してまで、なんだろうな?」

「ええ……」


 ゼルは、ローゼンに対しては気安いままなので、滅多にそのような手順を踏まない。

 テオに会いに来たぞ! とふらりとやってくることもあるのだ。

 ふたりは声に出さないが、もしやアザリーに何かあったのか、と少しだけ肩に力が入るのだった。




 ※ ※ ※




 ルーカスは、応接室に併設されている、中庭が一望できる大きなバルコニーに用意をしてくれていた。


「レオナ! ルス殿も」


 ゼルはいつものラフな服装ではなく、光沢のある黒ジャケットに白いアスコットタイ、ゴールドのタイリングを付けている。耳のイヤーカフと合わせてとてもよく似合っていた。アザリーの王族として公式にローゼン公爵邸を訪れた、ということを意識させる装いだ。

 

「ごきげんよう、ゼル殿下」

「ご機嫌麗しく」

「ひさしぶり。ふたりともどうか、友人として楽にしてくれ。忙しいときに申し訳ない」


 テーブルに着くゼルは、精悍さはそのままに、王族としての貫禄も出てきたように思う。

 アザリー王国国王として戴冠した兄のタウィーザを支えるために、王弟として色々頑張っていると聞いている。

 気を利かせたルーカスとスイが席を外したのを、横目で確かめたレオナは

「じゃあ、ゼル? ……急に、どうしたの?」

 と促す。

 ゼルは、ティーカップを持ち上げて香りを楽しみつつ、どう切り出そうか悩んでいる様子だ。

 

「ゼル君。どうか気を遣わずに。思ったまま言ってくれればいい」


 ルスラーンの一言が、彼の背中を押したらしい。

 こくりとお茶を飲み下してから、丁寧な所作でソーサーにカップを置いたゼルは、両こぶしを握って膝の上に乗せた。

 

「ありがとう、ルス殿――実は困っていることがふたつある。ひとつはヒー兄、もうひとつは俺自身のことだ」

「ヒルバーア殿下?」

「ああ」


 アザリー王国第五王子であったヒルバーアは、その地位を捨ててユイと共に、マーカム王国第三騎士団の一員として世界を飛び回っていると聞いている。

 師団長であるリンジーの(こころざし)に賛同し、闇の子の救済にあたっているのだ。


「ヒー兄は、アザリーから出奔(しゅっぽん)してマーカムの第三騎士団所属になっただろう? その志のために、生涯独身を貫き通すと言うんだ。アザリー王族がマーカムに下ったと揶揄(やゆ)する者がいて危ないからと、ユイを別の人間へ嫁がせようとしている。が、ユイが暴れて手に負えない」

「まぁ……」

「ふむ。ゼル君の問題の方は?」

「俺は……その……実は、何年もある女性に追いかけられていてな。さすがにそのご令嬢の人生を台無しにしてしまうから、今度こそ断りたい」

「あー。ザーラ様ね?」

 

 フランソワーズの友人であった、王立学院での同級生で伯爵令嬢。

 ゼルが闘神であると自ら明かした後ですら、変わらず慕い続けていたことは、レオナも知っていた。


「そうだ。申し訳ないが、彼女と婚約する気はない」

「っ……」

「ええと、大変不躾(ぶしつけ)だが、理由を聞いても?」

 

 言葉に詰まってしまったレオナの代わりにルスラーンが問うと

「俺には、まだまだアザリーでやるべきことが山ほどある」

 きっぱりと告げるゼル。

 それを聞いたルスラーンは、さらに問いかける。

 

「ゼル君。やるべきことは、皆こうしてたくさんある。だが俺は、レオナと共にあって充実しているし、フィリベルトも一層忙しいが、幸せそうだぞ?」

「そ、うだな……」

「もしかして、ザーラ嬢に気持ちが傾くことはないと断言する、他の理由があるのではないかな?」

「はは。さすがルス殿だな」


 ゼルは、ふーっと大きく息を吐きながら、(こうべ)を垂れた。

 

「はあ……実は、俺には……その……想う相手が……いるのだ……」



 ――え!



 衝撃で若干腰を浮かすレオナの膝にそっと手を置いたルスラーンが、静かにゼルを見つめながら続けた。

 

「ふむ……それが誰なのかは、言いづらそうだね?」

「ああ。事情があって、誰とは言うことができないし、誰にも言っていない。俺は、この気持ちを死ぬまで黙っている覚悟だ」

「えーと、ゼル? それほどまでに、その、禁じられた恋? のようなものなのかしら?」

「はは、禁じられた恋とは、うまいことを言う……ああルス殿、念のため言うが、レオナのことではない」

「……そうか」

「ま、それは置いといても、ザーラ一家がアザリーへ移住したいと言って、当然それを利用しようとする勢力が出て来てな……事態は割と深刻だ」

「「うっ」」


 これには、ふたりそろって絶句してしまった。いくらなんでも、である。


「今は婚約できない、と言ったのがまずかった。逃げていればそのうちあきらめるだろうと……もっとしっかり最初から断れば良かった」

 はあ、とゼルが大きな溜息をつく。

「いったい、どうしたら良いのか」

 

 ゼルはなるべく、ザーラが傷つくのを避けたいのだろう。

 

「うううぅ」

「あー、えっとだな……はあ。俺もこういうのは苦手だな」

「ルス殿も、学院では相当追いかけられていたと聞いたが」

「そうだなあ。俺はほんと、卒業まで逃げまくってただけ……あ」


 ルスラーンがびくっとなってレオナを振り返る。

 何やら、室温がぐっと下がった気がしたからだ。

 

「へーえ……? それはそれは。大変でしたのね?」

「ちが、その、なにもないぞ!」

「おほほ。そんなに慌てるのってなぜかしら。後ろめたいのかしら?」

「ちげえ! ほら、なんか出てんだって! うわ、つめてっ」

「あら、そうかしら?」


 そのやり取りをしばらく見守っていたゼルは、たまらず吹き出した。

 

「ぶは! くくくく。レオナもヤキモチを妬くんだな! かわいいな!」

「へ? ヤキモ……んもう、わたくしったら!」


 ぼん、と赤くなるレオナを、にこにこ眺めるゼルは「赤くなるのも可愛い」「可憐だな」とベタ褒めで、

「あ!?」

 とそれに対して思わず殺気を放つ、ルスラーン。

 

「今からでも俺にしないか、レオナ」

「おい、ゼル君。聞き捨てならんぞ」

「しーまーせーんー」

「ははは! また振られた!」

「はあぁ~勘弁してくれ」

「スマンスマン。あまりにも微笑ましくてな。からかっただけだ」


 ルスラーンは、大きく眉尻を下げた。


「いや……次に進めたのは、何よりだ」


 すると、突如として冷たい声が流れてきた。

 

「ほう? 我が妹より素敵な女性に出会ったと? 興味深いな」

「お兄様!」

 

 すかさずレオナが立ち上がり、ハグをしに行く先に立っていたのは――美麗なローゼン公爵令息、フィリベルトその人だ。


「レオナ。ただいま」

「おかえりなさいませ!」

「やあ、フィリ」

「お邪魔を」

「ようこそ、ゼル殿下。ルス」

 

 ローゼン公爵家次期当主として多忙を極めるフィリベルトは、レオナより少し前に結婚式を執り行っていた。

 フランソワーズの可憐なドレス姿は、出席した男性貴族たちを大いに魅了し、会場中にフィリベルトの吹雪が舞ったことは記憶に新しい。

 今は別邸に新居を構えているのだが、おそらくルーカスがゼルの来訪を耳に入れてくれたのだろう、とレオナは予想した。

 

 その公爵令息が、冷たい微笑みを浮かべたまま、テーブルの一席に着く。


「さて。ゼル殿下は、その女性を傷つけずに断りたいのですね?」

「そうだ。ああ、どうかいつも通りに接してくれ」

「ふふ。ではありがたく……ゼル君の名誉は多少傷ついても良いのかな?」

「っ、無論だ」

「うん。分かった」


 あっさりと頷くフィリベルトに、

「えっ、お兄様?」

「フィリ?」

「分かった、とは?」

 三人ともポカンである。


「良い機会だね」

 氷の貴公子は、微笑む。

「愛しい妹の晴れ舞台だ。この際雑事は、全部片づけたいな」



 ――全員の背筋が凍ったのは、言うまでもない。

 


 

 ※ ※ ※




「あああの、陛下」

「なんだサシャ」

「ここ、こんな大人数でだいじょぶでしゅか」

「良い」

「ひええぇ」


 サシャは、自身の()であるロラン・ビゼー伯爵が操る馬の前に乗っていた。

 並走するは、ブルザーク帝国皇帝ラドスラフ、その人だ。先導は、陸軍大佐のマクシムと、陸軍大尉のオリヴェル。

 そろりと後ろを振り向くと、同じく馬に乗る帝国の面々がずらり、である。

 外交を兼ねているとはいえ、皇帝自ら馬を駆り、かつ帝国陸軍大佐を先頭に一軍を率いているこの大所帯。

 周辺に緊張感を与えているのは、致し方がないことだろう。


 さらに、ひとつだけ豪奢(ごうしゃ)な馬車がある。


「キーラもこの旅を楽しんでいる。マーカムは初めてだからな」

「そそそ、そですけど……」


 その馬車には、生き別れとなっていたラドスラフの腹違いの妹、キーラ・ブルザークが乗っている。


 『奈落戦争』を経て帝国の内政が落ち着いた頃、海の向こうの国へと、行方知れずの姫君を探しに出た海軍大将ヨナターン。

 彼は見事に無事発見して連れ帰る、という偉業を成し遂げた。帰国したキーラとレオナとは、ブルザークで盛大に行われたラドスラフの誕生日パーティで会い、仲良くなって手紙のやり取りもしている。

 

 キーラの馬車に同乗するのは、レオナの元学友で鍛冶職人のジンライと、その妻である帝国留学時の学友で侯爵令嬢の、ペトラ。

 両脇を護衛するのは、キーラの夫である近衛騎士団長のレナート、帝国陸軍曹長となった陸軍大将アレクセイの息子ディートヘルム、同じく陸軍のヤン少尉だ。


「ふわぁ~。レオナちゃんって、あああ改めてみると、てて帝国とこんなにも縁があるんだなぁ~~~」


 サシャの発言に、ラドスラフは思わず微笑む。


「そうだな。レオナの存在なくして、帝国はこれほどまでに強固にはならなかっただろう」

「そでふね……」


 大帝国外交官であるサシャは、複雑な心境でラドスラフを見やる。

 その横顔に未だ残る恋慕を、どうしたものか、と――

 



 ※ ※ ※



 

「おぉ~久しぶりやな、タミーマ!」


 マーカム王都に手配された高級宿の一室に通されるや否や、ヒルバーアは両手を広げた。


「お久しぶりです、ヒルバーア殿下」


 微笑んでそのハグを受けるのは、タウィーザの妹タミーマ。

 褐色肌にこげ茶の髪色と瞳で、アザリー特有の赤いシルクで作られた民族衣装を身に着けている。顔やボディラインを覆い隠すよう全身に巻いている黒い飾り布は、その端にシャラシャラと音を立てるたくさんの金飾りがついていて、一目で王族のものと分かる。

 タウィーザのエスコートでソファに腰かけたタミーマがその布をほどくと、中からは大きく潤んだ瞳とふさふさのまつ毛にぷっくりとした唇、そして豊かなバストを持つ女性が現れ……部屋付きの侍従が、その妖艶な美貌にこっそりと唾を飲み込んだ。

 

「もう殿下ちゃうし、他人行儀やめてーや。タウィーザはやっぱり来られへんの?」

「はい……」

「そら、残念やわぁ」


 ヒルバーアは、俯くタミーマの向かいの椅子に腰掛け、使用人達に手を振って人払いした。全員が丁寧な礼の後退出し、部屋の扉がパタンと閉められたのを確認してから、再び口を開く。


「まだ残存勢力が暴れてんのん、ええ加減なんとかせななぁ」

「いくらなんでもここまでしぶといのは……神殿の力添えではと陛下が懸念されています」

「!」


 かつて前国王の指示のもと、ゼルの暗殺をもくろんだ神官が所属する、アザリーの太陽神殿。

 その線をヒルバーアももちろん追いかけていたが、情報が途切れている。隠密をもってしても、排他的で絶対不可侵の神殿に入ることは、相当に難しいのだ。


「くれぐれも、無茶したらあかんで」

「もちろんです」

「ゼルには()うたんか?」

「いえ、まだなのです……お忙しいようですわ」

「ふーむ。ほんでどないすんのん? 前国王の遠縁から結婚しろって迫られてんねやろ?」

「……王国のためならば」


 ふいぃ~、とヒルバーアは天井を見上げた。


「タウィーザの苦悩が分かるわ。今さら前国王のことなんて考えんでええ、と俺は思うで」

「後宮勢力を整える過程で、前王妃派が暴露して回ってしまったのです。オアシスを牛耳る豪族の、下品な娘だと。わたくしの存在が兄様の重荷になるなら」

「あーあ。追い出された腹いせとはいえ、えげつないやっちゃな~。タウィーザとは母親が同じ。つまりちゃんとした『王妹(おうまい)』や。血がつながってることは変わらんやんか。タウィーザにはタミーマが必要やで。今となっては、後宮勢力をうまく采配できんのは、タミーマだけやろ」

 

 ヒルバーアは、聡明な妹を(いつく)しむように見やる。


「俺は、例え血が繋がっていなくとも、大事な妹やと思ってる。好きでもない野郎に嫁ぐ必要なんかないで」

「ありがたく存じます、ヒル兄様」

「ん。ゼルには話したんか?」

「ふふ。とても恐ろしくて、お話できていないんです」

「まあなあ……でも、知らんかったら知らんかったで()ねそうやで」

「そのうちにお話しますわ。それはそうと、今後ろで拗ねてらっしゃる方は、良いのです?」


 クスクスと笑うタミーマの目線の先には、ユイが憮然とした表情で立っている。

 

「んあ~。ずっとああやねん。無理」

「お兄様らしくないです。引き受けたからには、最後までちゃんと責任取ってくださいまし」

「せやかて」

「アザリーの元王族として、きちんとけじめ。つけてくださいましね」

「うご。説教はかなわん!」


 ヒルバーアは、たまらず黒霧を発生させ――まばたきをしている間に消えてしまった。


「また逃げた……」

 思わず漏れるユイの溜息に

「兄が申し訳ないわ。こうなると、退路を断つしかなさそうね」

 タミーマは、それはそれは見惚れるほど綺麗な笑顔を返した。

 

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