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【本編完結】公爵令嬢は転生者で薔薇魔女ですが、普通に恋がしたいのです  作者: 卯崎瑛珠
最終章 薔薇魔女のキセキ

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〈205〉薔薇魔女のキセキ



「たお……した……」


 魔術師団本部。

 フィリベルトは、身体中の力が抜けそうになるのを、かろうじて堪えた。


「うん、まちがいないよ」

 オスカーが、宙を見つめて言う。

「ユグドラシルの子たち、みんなぶじみたいだね」


「そ……か……」

「良かった……」


 ジンライとペトラは、へたりこんで、抱き合って泣いた。その膝に、黒猫の姿になってぐたりと寝転がるオスカー。

 ディートヘルムは、従士のエリックの肩をぽん、と叩いてから、床で大の字になった。――なんと、もうイビキをかいて寝ている。

 カミロは、ブルザーク皇帝直通の通信に「リヴァイアサン、倒れたり」と送ってから、机に突っ伏した。――こちらも気絶するように寝ている。


 扉の向こうには、大量の冥界獣の死骸があり、外には物理的に出られない。罠と魔法と、グングニルの結界によって、なんとか紙一重で生き残ったこの本部は、まさに通信の要だった。


 テオが繋ぎ続けてくれたリヴァイアサンとの死闘の『実況中継』を仲介し、大陸四国全てへ情報共有したのは、カミロの技術とフィリベルトの手腕だ。


「希望というのは、何よりも大事だな」


 フィリベルトは、眼鏡を外して眉間を指先でもみながら、椅子に身を投げ出す。

 

 ドラゴンスレイヤーたちが、世界を救ったその影で。

 希望を胸に、全員一丸となって戦い抜いていた。

 

 やがて、フィリベルトの目の前の通信魔道具が、ひっきりなしに光り始めた。真偽を問うものと、祝電と。それらを処理するのもまた、当然フィリベルトの仕事だ。

 

「……やれやれ。一眠り……するわけにもいかないか。魔石、足りるかな……」


 眼鏡を掛け直して、フィリベルトは、また仕事をし始めたのだった。


 


 ※ ※ ※


 


「勝った……」

 結界の中で、ひたすら恐怖と戦っていたサシャに、皇帝からもたらされた吉報。

 思わず飛び出て、アレクセイに抱きついて、

「がっだよおおおお」

 泣きじゃくった。


 汗みどろで、冥界獣の体液と、火薬の匂いにまみれていたアレクセイは、少し躊躇った後にぎゅっとそれを抱きしめて――

「よしよし! 頑張ったな、サシャ。怖かっただろうに。よう耐えた!」

 と子供のように頭をわしゃわしゃ撫でて褒めた。

「ううー! 閣下あー!」

「はははは! さ、後始末だ」


 にやり、と笑う陸軍大将は、夕日にその胸の勲章を煌めかせ、片腕でサシャを抱き上げたまま、


「者ども! 憂いは去ったぞ! だが、完全勝利のためにぃ! 残らず掃討せよ!」


 と叫んだ。

 国境の懸念を一掃するためでもある。


「ひえぇぇ、カッコ良い……惚れちゃいそうです!」

「ん? なんだ()いやつめ。どれ」

「わぶ!?!?」

「ぢゅうううう」

「んー! んー! んー……(ぐたり)」


 ――サシャが言うには、小高い丘の上で夕日を背負った最高のシチュエーションではあったが、ベタベタの獣臭い、最悪のファーストキスだったそうだ。未だに恨んでいて、アレクセイとはまた仲が悪くなってしまったらしい。

 

 

「あーのーなんか俺……見てはいけないものを見ちゃったような……」


 アレクセイたちがいる、ちょうど真向かい。マーカム側の小高い丘で、ようやく休んでいたヤンが、小刻みに震えている。


「あー……」

「うん、まあ、見なかったことにしろ」


 オリヴェルもマクシムも、すかさず別方向に身体を向けている。


「え? 待って、アレクセイ閣下って? ……え?」

「えー……」

「閣下はお気持ちの大きなお方だからな」

「……きもちの……大きな……?」

 ヤンがぷるぷるしているので、

「ごほん。私達はまだ従軍期間が短い戦闘しか経験ないが、閣下の時代は平気で年単位だったから。ね」

 オリヴェルが、念のために、と補足する。

「そう。女性皆無の環境だからまあ、なんだ、うん」

 マクシムはさすがに……ぼかした。

「あの俺、なんていうかその、今、心が終末です」

「「ぶは」」


 吹き出した二人に、ヤンはぽりぽりと頭をかいた。

 

「まあ、マクシム中佐は別格ですけどね」

 オリヴェルが確信犯的に、余計な一言を付け加える。

「は? べっかくて……?」

 ヤンに、いよいよ終末が訪れている。

「やめろオリヴェル」

 マクシム、真っ青である。

「いつでも軍には本気勢が」

「っ、オリヴェル中尉、命令だっ! 掃討に加わってこい!」

「ふふふ。アイアイサー」

「ほんきぜい……?」

「ヤンもだ! 暴れて忘れろ! いいな!」

「アイアイサー?」


 ブルザークとの国境は、こうしてすぐに平和を取り戻した。

 



 ※ ※ ※




「なんとかなった、な、ター兄」

「助かったァ、ゼル」


 ガルアダとアザリーとの国境で、アザリー摂政の残存勢力と睨み合っていた砂漠の王子たち。

 同国民同士戦いたくはない、と、タウィーザは対話の道を取った。ゼルは、それを「甘い!」と不満を上げる重鎮たちに「いたずらに命を奪うのは、守護神の信条に反する。殺し合いたいなら、俺がいくらでも」と凄んで黙らせた。


「なあ弟よォ……」

「うん。戻って来よう。もう少し勉強してから、だが」

「良いのかァ?」

「ああ。レオナにも振られたことだしな」


 ニヤリ、とゼルが笑う。


「そうかァ」

「やはり俺は、この国が好きだ!」


 砂漠のふちを、夕日が赤く焼いている。

 ゼルは、砂地の上で裸足になり、ステップを踏み始めた。

 振り上げた手が美しく弧を描き、赤光のもとで癒しの舞をふるまう闘神の姿は、人々の心に望郷の念を呼び起こした。

 

 ピィーーーー

 

 はるか頭上で、鷹が鳴いた。


 


 ※ ※ ※



 

「レオナちゃん!」

 号泣しながら、ホワイトドラゴンのリサが飛んできた。

「レオナちゃん! レオナちゃん!」

「リサ様……ありがとうございました……」

 上体を起こすルスラーンの背を支えながら、レオナが答えると

「ううん! それはいいの、いいんだけど、いそがなくちゃ!」

 なにやら焦っている。

「いそぐ??」


「あーれー? 僕、焼かれたようなー?」

 ジョエルが、ぶるぶると顔を振りながら身を起こす。

 ラザール、ヒューゴー、テオも、きょろきょろしながら起き上がった。

 リンジーとヒルバーアは、ぐったりと眠ったままだ――肩や腹は上下している。相当消耗したせいだろう。

「あ! リサちゃんじゃーん」

「ジョー君! ザール君と、その黒い人!」

「私もか」

「へ? 俺?」

「レオナちゃんと一緒に、背中乗って!」

「「「「へ?」」」」

「いいから早く!!」


 問答無用で、ぽいぽいぽいっと全員を口でくわえて背中に放り投げると、ばさばさと飛び上がる。

 取り残されたのは、ヒューゴーとテオ。


「なんだったんだ……」

 ヒューゴーは、なくしたはずの右肩をさすり

「やっぱりかわいい……」

 テオは、その姿をぼうっと見送っていた。

 

「た、たかいっ」

 レオナは、ぎゅう、とルスラーンの首にすがりついた。

「……」

 ルスラーンが、にやけながらそれを抱きしめているので

「あ?」

 ジョエルは横から、そのおでこをピン! と強めにはじいた。

「いだっ!」

「ダークロードスレイヤーのくせに、鼻の下すげー伸びてたー」

「うぐ」

「ふむ。これは心からの助言だが、戦場での言葉は本気にしない方が良いぞ」

「「え」」

「ただの生存本能だ」


 ぴしゃり。


「ラジ様……?」

「あー! あれねー、あれはひどかったねー」

 うんうん、とうなずくジョエル。

「一体何が……え……まじか……」

 つぶやきながら、真っ青になるルスラーン。

「着くよ! 降りるよ!」

 

 問答無用で直滑降のホワイトドラゴン。完全に絶叫系である。


「ひっ」

 レオナが悲鳴を上げると、ルスラーンが耳元で「大丈夫、大丈夫」と言ってくれる。きゅんきゅんしているのが、ルスラーンに対してなのか、絶叫系に対してなのか、混乱してしまう。これが吊り橋効果ってやつかーなどと現実逃避していると――


 ふわり、どん。


 さすがに地上に降りるときは、一度ホバリングしてくれたリサ。


「間に合った……かな、ぎりぎりかな」


 先ほどまでの浮ついた気持ちは、この惨状を見て吹っ飛んだ。


 敵を倒して、はい終わり、ではない。

 王都北端の、最も苛烈な戦場には、悲劇が広がっていた。全てをここで食い止めたのだ。致し方がないとはいえ、命の犠牲は割り切れるものではない。


「ここでリヴァイアサンは、完全体になった」

 ラザールが、背から降りながら淡々と言う。

「うん。僕とラジは、ここで一回死んだ。リサちゃんが助けてくれたんだー」

 ジョエルは飛び降り、周囲のかつての部下たちの姿を、痛そうに見回す。

 ラザールは、さすがに変わり果てたトーマスを見て……動けなくなった。

 

「ユグさんにお願いしたの。魂、出ていかないようにしてって」

 リサは、人の姿になって、泣きそうな顔をしながらレオナの背に隠れる。このような凄惨な光景は、見るに堪えないだろう。その背中で、こそりと「ユグさんの子たちの力と、イゾラ?の力で、みんな戻せるよ」とつぶやいた。

「どうすればいい!」

 ルスラーンが迫ると、

「加護を使えばいいって。加護?」

 リサが首をひねる。

 

 ざ、とルスラーンがレオナとリサの前に跪き、胸の前で手を交差させる、イゾラの祈りのポーズをした。

 ジョエルとラザールもすかさずそれに並び、同じように跪く。

 レオナも自然と、両手を胸の前で交差させていた。

 


 ――私は、特別な存在でなくて良いのです。この力の全てを使い切ってしまっても構いません。どうか、皆が家に帰れますように。皆に平和が訪れますように。

 


 するとレオナの口から、勝手に言葉が紡がれる。


「ユグドラシルの子らよ……冥界への(いざな)いは、全て奈落の神リヴァイアサンが引き受けた……よってここに彷徨う子らは、そなたらに還そう……」

 

「イゾラよ!」ルスラーンが呼びかける。

「その慈悲、ありがたく」ラザールが、礼を言い、

「ここに、必ず人の子らを守る誓いを立てよう」ジョエルが代表して誓う。

「「「ユグドラシルの名の下に」」」


 ()()()は、満足そうにうなずいた。

(しか)と」

 


 ふわ、とまたレオナの身体を光が覆い、その波動が溢れて円状に広がっていく。

 するとどうだろう。宙を彷徨っていたと思われる光の玉の数々が目に見えるようになり――ふわふわと漂って、その主人を見つけたかと思うと、胸の中に納まっていくではないか。


「っ……」

 ジョエルは、涙する。この奇跡をもたらしたのは、小さな頃から見守ってきた、自身の妹のような存在なのだ。

「ふ、やったな」

 ラザールは満足げにうなずいた。もう自信のなさそうな、不安そうな彼女はいないのだと。

「……」

 ルスラーンは、もう一度この大いなる存在を受け止め、どんなことがあっても生涯守っていこうと、改めて決意していた。


 それらを見たリサは、

「なんか、みゆちゃんに会いたくなっちゃった! よかったね! よかった!」

 と涙を浮かべて微笑んでいた。


 ――ここには、薔薇魔女の愛があふれている。

 起き上がった人々が、戸惑っている。怪我も疲労も、全てなくなっていたからだ。

 そして泣き出す。平和が戻ってきたと確信したからだ。


 

 日が暮れていく。

 今日が終わる。

 家に帰れる。

 朝、送り出した人々と、再会できる。

 その「普通」が、なんと幸せなことだろう。


 

「じゃ、暗くなったら、飛べなくなっちゃうから。リサいくね! またね!」

「ええ!」

「心から感謝を」

「リサちゃん、家できたら教えてねー!」

「うむ、必ず行く」

「うん! ばいばーーーーーーい!」


 バサバサと、あっという間に竜の姿になって飛び去って行く。


「「「ばいばい?」」」

 言いながら首を傾げる三人の男たちがおかしくて、

「あ、ごきげんようのご挨拶なんですって。あはははは!」

 レオナはお腹を抱えて笑った。

 その背後で、続々と目が覚める人々が、美しい深紅の瞳で笑うレオナを見て――口々に「あれは、絶対に女神だった」と語ったのはまた別の話である。

 

 

 

 ※ ※ ※




 レオナの願いに心を打たれたイゾラは、

「聞いたか? リヴァイアサン。いや、ゲルルフよ。皆の中にはそなたも入っておるのだぞ」

 と後ろを振り返った。

「……俺は……」

「償いたいのなら、奪った命を背負うが良い。そして我が夫の下僕(しもべ)に戻れ」

「……は」

 泣きそうな顔をしたゲルルフは、そうして深く礼をして、消えた。

 

「さて愛し子よ。少しだけ、そなたを贔屓してしまったよ」

 とイゾラは苦笑しながら、皆の魂を戻していく。

「私の贔屓で、そなたの今後の人生も大きく変わってしまうが……それもまたそなたの世界の人々の願いゆえ。許せ」

 

 その隣に、ユリエがいる。

「ユリエよ。レオナが、今度こそ幸せに、と言っていたぞ?」

「うん……」

「すまないが、神であっても魂の入れ物は選べないのだ。次こそは自分の力で切り開けると良いな」

「うん。ありがとう、イゾラ。ありがとう……レオナ」



 イゾラ神話が、時の流れとともに自然と書き換わってゆく。

 薔薇魔女の辿った()()と、起こした()()は、永遠に、人々の間で語り継がれるのだ――


お読み頂き、ありがとうございました!

次のエピローグで、完結です。


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